ここにいるよ。16

「少佐、あの…。」

「ジュディは…。」

 私の言葉をさえぎって、少佐はこちらも見ず歩調を緩めもせずに言った。

「自分のために誰かが怪我をして、平気でいられる子じゃないよ。」

「………けど…。」

「あれだけのマスコミの前でジュディが取り乱し、パレードやその後の予定が変更、あるいは中止なんて事になったら…どうなっていたと思う?」

「………。」

「軍はやっぱり嫌われているんだと皆の目には映るだろうし、あんな輩一人抑えられなくて無能だとも映るだろう。…そうやって、せっかく回復してきた軍の印象を再び悪く貶めることになる。…そうなれば、その軍に擦り寄るようなパフォーマンスを見せた『ジュディ・M』にも非難は向くだろう。」

「………。」

「ま、本人はその辺、どうでも良いと思ってるだろうが。」

「………。」

「軍の内部で言えば、今回の件を提案し実行したマスタング将軍の評価も下がる。…成功すれば、…まあ、この件だけじゃないが、そろそろもう1つ上にいけそうな気配だから、弾みもつく。」

「………。」

「ジュディは、内外のそういった事情を全て知って、成功させるためには自分が一日何をしなければいけないか分かっていた。

 あそこでパレードの中止なんてさせられない。だから『行こう』といった。顔は笑っていたって、怪我をした俺を心配してない訳でも、自分を狙って男がナイフを突き立てようとしたことにショックを受けてない訳でもないんだ。」

「………。」

「あんたの仕事は、そういうジュディのフォローを1日することだったんじゃなかったのか?」

「……っ!! すみませんでした!!」

 噛んで含めるように言われて、初めて自分を恥ずかしく思った。

 なんと浅慮だったのだろう…と。

 『ジュディ・M』が私と同じように医務室に駆け込んでいたら…。そこまではしなくても、例えば悲鳴を上げたり、『もうこれ以上は続けられない』と言ったとしたら…。

 パレードは勿論中止だったろうし、ほとんどの人に気付かれずに処理できたトラブルも、皆の知るところとなっただろう。

 シュボッと青いジッポから煙草に火を移して、煙を吐いた少佐。

「…今しか、吸えるときありませんものね。」

 小さく言うと『まあな』とニヤっと笑った。

 良かった、もう怒っていないみたい。

「仕方ねえよな。誰もがあいつと同じように出来る訳じゃねーから。」

 何気なく言った言葉。

 多分『だから、しょうがないよ』と許していてくれる言葉。

…けど、その時私は思いっきり切り捨てられたのだと分かって目の前が真っ暗になった。

 

 

 『ジュディ・M』を載せた車が無事戻ってきた。

 良かった。

 穏やかに微笑む彼女を見て、私はほっと胸をなでおろした。

 けれど、将軍はムッとした声で言った。

「ハボック。いつまでもジュディにあんな顔をさせておくな。」

「……っかりました。」

 上着を着替えて腕の包帯を隠した少佐が早足で出て行った。

 どうしたのだろう?

 止まったオープンカーに駆け寄り、降りようとする『ジュディ・M』に手を貸す。

 二言三言言葉を交わしてるようだ。

 多分、怪我の状態を言っているのだろう。

 車から降り立ちほっとしたように少佐を見上げた『ジュディ・M』の顔は、今まで見ていた表情とは明らかに違っていた。

 …か、かわいい…。

 今まで、『ジュディ・M』は美人なのだと思っていた。けれど、多分あれが素の表情なんだろう。

 凄く女の子らしくて、可愛い感じだ。

 この表情を見たから分かる。さっきまでの表情はまるで仮面のようだった。恐らくは、内心の心配や不安を押し殺して自分の役目を果たすための。

「…もう大丈夫だな。」

「…はい。…もう、諦められたらいかがですか?」

「…しかしなあ。」

「では、全く知らない他の誰かでも宜しいのですか?」

「う…。」

「死ぬまで彼女があなたの……であることに変わりは無いのですから。」

 私を憚ってか、余りはっきりとは言わない。

「…仕方がないな…。」

 将軍が小さく溜め息をついた。

 その時は何の事か分からなかったけど、将軍が大将に昇進してすぐに皆の知るところとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歌姫『ジュディ・M』 国軍少佐と電撃結婚!!

実兄はイシュヴァールの英雄『焔の錬金術師』だった!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、先生。先生は『ジュディ・M』がマスタング将軍の妹だってご存知だったんですか?それと、少佐とのことも。」

「…まあな。お嬢と将軍のことは極一部の者しか知らんがの。お嬢と少佐が少なくとも旧知の仲だったことは多くの者が知っておるよ。」

「え?そうなんですか?」

「イシュヴァールの内戦の頃にな。現地に慰問に来たことがあるんじゃ。」

「え?『ジュディ・M』がですか?…って何年前の話です?」

「あのころ、お嬢は11歳だか12歳だか…。かわいらしいお嬢さんだった。」

「まだ、子供じゃないですか!」

「そうじゃよ。大の大人が何人も逃げ出したんじゃ。とうとうあんな小さな子供まで担ぎ出した軍も軍じゃが…。お嬢にしてみれば、イシュヴァールの最前線に放り込まれたっきりの兄に一目会いたかったのじゃろう。当時はすでにご両親が亡くなられて、兄妹二人きりだったそうじゃからな。たった一人セントラルで待つのは辛かったじゃろうな。」

「……会えたんですか?」

「会場の端と端でな。」

「…そんな…。」

「当時から二人が兄妹というのは絶対に隠し通さねばならなかったのだよ。」

「え?」

「兄に言うことを聞かすために妹を使われては困るだろう?逆も又然りじゃ。」

「…あ。」

「将軍が大将となり上層部に食い込んできて、そういった圧力を撥ね退けられるようになってきたから、発表したのじゃよ。」

「…少佐のことは?」

「ああ、そのイシュヴァールの慰問の時に1日彼女の護衛をしたのが、学校出たてのペーペーだったハボック少佐じゃよ。」

「は?」

「あの当時はそれも話題になったな。元は他の大尉がやっていたのだが、そいつが少佐を引っ張って来てな。当日急遽一緒にやることになった。…まあ、その大尉に気に入られたんだな。その後、マスタング将軍の護衛にも抜擢された。」

「少佐がですか?」

「ああ。」

「凄いんですね。」

「少佐に言わせるとな。自分が行き残ることが出来たのはお嬢のおかげなんだそうだ。」

「『ジュディ・M』の?」

「そう、たった11やそこらの子供がステージに上がる段になるときちんとプロの顔になったのに驚いたんだそうだ。あのステージは戦場の真っ只中だった。いつ敵の奇襲があってもおかしくない。観客はむさくるしいおっさんばかり。そんな中。ただの一音も音を外すことなく歌い上げた。聞いた輩は全員涙したさ。故郷に置いてきた家族を想ってな。女神のように崇める奴も居たよ。

 そんなお嬢を見て少佐は自分を反省したのだと。学生気分が抜けないままに戦場にいたら、自分は必ず死ぬだろう。あの時それにお嬢が気付かせてくれたから、何とか今まで生き残れたのだと。だから、お嬢は命の恩人なのだと。」

「………。」

「その後、東方司令部に配属になった少佐は再びマスタング将軍の下に着くことになった。何度かお嬢はイーストシティでコンサートを開いておる。その度に警備するのは…。」

「東方司令部ですね。」

「そうじゃ。兄がいるからな。余分に日程を組んで現地入りしていた。東邦司令部の中で時々お嬢を見かけたもんじゃ。敷地内で花見をした時はわしも呼んでもらったんじゃ。」

「お花見…ですか?」

 それはまた、のどかな。

「そういやあの時。子猫が木の上から降りられなくなってな。降ろしてやろうと少佐に抱きあげられたお嬢が手を伸ばした途端、子猫が二人の頭を足場にして飛び降りて逃げた…なんてことがあったま。弾みで倒れた時にお嬢を庇って下敷きになった少佐の鳩尾にお嬢の肘だか膝だかが入ってな。苦しそうに咳こんどった。」

 わっはっはっ、と楽しそうに笑う。

 きっとその時、お嬢…ジュディは大慌てで『大丈夫?』なんて痛むところさすったりして…。そうマスコミの前などでなけれれば。そうやって二人、長い時間を掛けて互いに成長してきたのだ。

 やっと心の中にあったわだかまりが消えた気がした。

「色々とお話くださってありがとうございます。」

「いいや。…まあ、気を落とさんようにな。良い男なら他にもいくらでもおる。」

「あら、先生みたいに…ですか?」

「うん?うわははは。なんならわしの孫を紹介するぞ。ピッチピチの10代じゃ。」

「あ…はは。考えておきます。」

 医務室を出ると向こうからハボック少佐が、相変わらず煙草をふかしてやってきた。

「少佐。」

「おう。」

「この度はおめでとうございます。」

 笑って言えた。…良かった。

「おう、サンキュ。」

 照れくさそうに笑うハボック少佐。

 『政略結婚だ』とか、『歌姫を軍が買った』とか。悪く言う人もいるけれど、そんな訳ない。

 だってこの数日、ハボック少佐の表情は緩みっぱなしだもの。

 

 

 

 

 

20070227UP
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中央の大文字は、新聞記事の見出しなんですが…。分かりましたでしょうか?
やっとここまできました。
次回はちょっと楽しいお話を…と考えています。
ハボとジュディの結婚式前後のお話です。
(07、02、28)

 

 

 

 

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