ここにいるよ。15

 昼食の後は、パレードとなる。

 司令部の入口の前にある広場のところに小さな舞台を作り。ジュディが短くスピーチをして、車に乗り込むという手はずになっている。

 建物の内に居たうちはいいけれど、これからが緊張のどころなのだ。

マスコミは来ているし、見物の軍人も出て来ているからごった返す。

 建物の2階から通る場所や立ち位置などを説明すると、ジュディは『はい、はい』と素直に頷いてくれる。

 『あそこは』『ここは』と指をさして説明するハボック少佐にも、普通に『はい』と頷いている。

 やっぱり親しげだと思ったのは、気のせいだったみたい…。

 打ち合わせと注意を終えて、外へと出た。

 私が先導してジュディが続き、その後ろに少佐が続く。

 周りを警備している者は何名かいるけれど、ジュディの姿を見た途端わっと人が集まってしまった。

 ジュディは穏やかな表情を絶やさなかったけど、こちらはそれどころじゃない。

「こっちです。」

 ジュディの肩を抱いて、身体ごと抱き寄せる。

 その時、一瞬ジュディの全身が強張った。 …何?

「……っつ。」

 声を上げたのは、ハボック少佐だった。

「ジョーカーっ!」

「はい!」

「後、頼んだ。」

「はい!」

 そう副官に言い置いていってしまう。

 ジュディは心配そうにその後姿を見送っていた。

 何があったの?

 分からないでいると、副官のウィルソン中尉が部下の人を使ってアレコレ指示を始めた。

 っ!!!!!

 足元には血だまりと、ナイフ。

 少し離れたところで、暴れる男を二人がかりで建物の中へと連行する姿が見える。

「…行きましょう。」

 ジュディが言う。

「…けどっ!」

「少佐は少佐の仕事をなさいました。私は私の仕事をします。あなたは?」

「………っ。」

 少佐がどんなにステキな人か、あなたなんかには分からないでしょう。

少佐はあなたを庇って怪我をしたのよ!

 こんなに血が出て、どんな怪我かも分からないのに!

 私にとって、大切な人が。

「………。ウィルソン中尉。行きましょう。」

「はい。」

 ジュディはハボック少佐の副官と一緒に、私を追い抜いて歩いていった。

 その全く乱れない歩調に、初めて私は『ジュディ・M』を嫌いだと思った。

 冷たい女性だと。

 入口を出てすぐの所だったので、まだ皆には気付かれていない。

 マスコミのフラッシュも、ジュディを追って移動していく。

 その後ろ姿を睨みつけて、私はきびすを返して建物の中へと駆け込んだ。

「ハボック少佐は!?」

 そこにいる者に聞く。

「あ、先程医務室へ……あの!?」

 駆け出した私を呼び止める声がしたけど、構わず医務室へと向かった。

「ハボック少佐っ!」

 医務室へ駆け込むと、上着を脱ぎ腕に包帯を巻いてもらっている少佐が居た。

 脱いだ上着はザックリと切れ、赤く染まっている。

「どうした?ジュディは?」

「怪我は!?」

「………。何でここにいる?」

 少佐の表情が硬くなる。

 時折見せる真剣な表情とは違う。……怒っている?

 だって、私は少佐が心配だから!だからこうして駆けつけてきたのに!!

「少佐が心配で…。」

「軍人なら、自分の仕事をしろ!お前が心配するのは、俺じゃなくジュディだろ。今すぐもどれ!」

「………。」

 イヤだと顔に出ていたのだろう。少佐の表情がますます険しくなる。

「だって、あの人。平気な顔して『行きましょう』って。」

「当たり前だ!それがあいつの仕事なんだから!」

 ビリビリと伝わる声。

「でも………。」

「以前程じゃないとはいえ、軍に対する市民感情が複雑なのは変わりない。『ジュディ・M』が軍に迎合するかのようなパフォーマンスを取ることを快く思わない奴も多い。

それを阻止するために俺らがいるんだろう?

これを期に不満を爆発させる輩が出ないと言えるか?

今年『ジュディ・M』が暴漢に襲われたりしたら、来年誰が続くんだ?

あいつはこの仕事を請けたときから自分が狙われることも覚悟の上だった。いつナイフや銃弾が飛んでくるか分からない状況で、平然と笑うためにあいつがどれだけの気力を振り絞っているか、お前に分かるのか!!」

「っ。」

「まあまあ、少佐。」

 言葉に詰まった私をとりなすように、医務室の老先生が穏やかに声を上げた。

「お嬢なら、大丈夫じゃろ。お前さんの副官はそれこそお嬢の信者だし。パレードの安全の為にお前さん達が何ヶ月も前から準備をしていたのだしな。」

「………。」

 少佐は小さく溜め息を付いた。

「ほれ、治療は終りだ。上着を替えれば目立たんよ。」

「ありがとうございます。」

そこへドアが開いて、将軍と中佐が入ってきた。

「どうなってるんだ、ハボック?………っと、君は?」

 将軍の眉が顰められる。

「何故、君がここにいる?」

 いつもの女性に対する時の柔らかな口調じゃない。

「まあまあ。」

 再び先生が間に入ってくれる。

「今、少佐にも怒られとったところだ。」

「…ふむ。仕方ないな。しかし職場放棄は規律違反だ。多少の処分は覚悟したまえ。」

「………。はい。」

 大いに不満ではあったけれど仕事をほっぽりだしてしまったのは事実なので、神妙に頷いた。

「ハボック、お前も。もう少しどうにかならんか。」

「すいませんね。殺気が無かったので、気付くのが遅れました。」

「殺気が、無い?」

「殺すつもりは無かったようですね。いくらなんでも殺気みなぎらせて来てればもう少し早く気付きましたよ。そうしたら腕で庇うなんてマネしなくて済んだんですが。」

「お前、以前に私が言った言葉を覚えているか?」

「『大総統になったら、女性軍人の制服をミニスカートにする』…っスか?」

「それも言ったが。」

「冗談っスよ。『優秀な護衛なら、主を守った上に自分自身も守れ』。」

「そうだ。お前はその点においては、なかなか合格点が出せんな。」

「すいません。」

「今回のことで、ジュディがどれだけ気に病むか分かるか?」

「あいにくと。丸分かりです。」

「ちゃんとフォローしとけよ。」

「はい。」

「…さてと。パレードは今どの辺りかな。」

 少佐は腕時計を見た。

「大通り辺りですね。」

「絶好の狙撃ポイントだな。」

「一応、潰してはありますが…。」

「誰が、見当をつけたんだ。」

「ジョーカーと俺と今年入った新兵っス。」

「そうか…。」

「あ、…あの。新兵…って。」

「狙撃する相手がいつも超一流のスナイパーとは限らないわ。素人同然の人間がたまたま銃を手に入れた場合、選ぶ狙撃ポイントはプロとは違ってくるの。だから、前もって準備が出来るのであれば、潰せるポイントはバリエーションに飛んでいる方が良いのよ。」

ホークアイ中佐が教えてくれる。

 そういえば、この人も軍内で1・2位を争うスナイパーだった。

「大丈夫だ。きっとな。」

「はい。」

「あいつは、たった1日ではあったが、イシュヴァールだって無傷でくぐり抜けたんだから…。」

 イシュヴァール?疑問に思った私の目の前で会話は続いていく。

「実は、最近そのイシュヴァールがネックになっているらしいんです。」

「どういうことだ?ハボック?」

「あの時の言葉『セントラルで待っている』。あれを頼りに最近退役軍人達がお嬢にコンタクトを取ってくるんです。」

「………。」

「まともなのは良いんです。きちんと事務所にアポを取ってお嬢に会い、一時会話を交わして満足して帰る。」

「ふむ。」

「問題は正式なアポが無い場合です。」

「退役軍人の身の振り方も、色々だからな。」

「はい。」

「まさか…。」

「もしかしたら、先程のも…。」

「ジュディは、その事は?」

「言ってはいませんが、察しているかも知れません。」

「…そうか…。」

「お辛いでしょうね。」

 と、ホークアイ中佐。

「一応、事務所とも連絡を取り合ってはいます。事務所の方の警備も強化はしていますが、民間で出来ることには限界がありますからね。…けど…。」

「軍が表立って出るわけには行かんしな。」

「はい。」

「難しいですね。」

「…さて、そろそろジュディが戻る頃かな。」

「はい。」

「私も出迎えに言って良いかな。」

「建物の外にお出にならなければ。」

「…仕方ないな。」

「自分は上着を取ってきます。」

立ち上がり医務室を出て行く面々。私は一人入口とは別の方へ行く少佐を追いかけた。

 

 

 

 

 

20070126UP
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ジョーカー君久々登場です。
彼もイシュヴァールに居たので、当然ジュディの慰問コンサートを聴いています。
もう、『ジュディ・M』の熱狂的な信者です。
で、彼の場合。ハボとジュディをセットで崇めちゃってます。
(07、01、28)

 

 

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