手をつなごう。4
サスケは自分を好きだと言う。
正直言えば、嬉しかった。
けれど…。例えばナルトの中に封じられているものの存在を知っても、同じように思ってくれるのだろうか?
ナルトを真直ぐに見つめる目が、いつか逸らされてしまうんじゃないだろうか?
だったら、今のままでいい。仲間として、サクラと3人上手くやっていければそれで。
そう、思っていた。…はずだった。
なのに、サスケは自分の身を呈してナルトを庇った。
そのことを後悔していないと言う。
今度同じようなことがあったら、又きっと同じことをするとまで言っていた。
『お前が弱いからだろ、ドベ。』
楽しそうに、そう言った。
何でだよ?俺のどこがいいんだ?…俺なんかの…。
誰も好きになってなんてくれなかった、俺の。どこが?
サスケの傍にいると、心が騒ぐ。
周囲の冷たい視線には慣れていた。そんなのは、『なんでもない』と跳ね除けてしまえばそれですむのに。
サスケが見る目は、優しい。
たとえ喧嘩をしているときでも、ナルトを諌めている時でも。
その瞳の奥は、優しくて暖かい。
だから、どんな顔をすればいいのか。どんな態度を取ればよいのか分からなくなって。
結局いつも突っかかってしまう。
そして、それすらも『分かっている』というように、優しい目で包んでしまうのだ。
だから、こんな夢を見てしまったんだ。
里中から追われるようなことになったとしても、きっとサスケだけは違うと。
例えば、カカシやイルカですらその態度を変えるような事態になろうとも。サスケだけは…。と。
はあ、はあ、と。
悪夢の余韻の荒い息をつきつつ開けた視界には心配そうなサスケの目があった。
ああ、これだ。俺の、好きな目だ。
魘されていたナルトの体を揺すって起す。
「ナルト、おい。ナルト。」
「………っ………。」
バチっと目は開けたものの、はあはあと荒い息をつくだけでナルトの体は硬直したように動かなかった。
サスケにも覚えがある。
本当の恐怖を感じた時。逃げれば良いと分かっていても、誰かにすがりつきたくても、体は思うようには動かない。
どうやら、今のナルトがその状態のようだ。一体どんな夢をみたのやら…。
「魘されていたぞ。大丈夫か?」
「…………、サ……スケ………。」
かすれた声でそう呼ぶと、ようやく体の力が抜けたようでふうと小さく息をついた。
「起きられるか?」
背中や肩を支えてやり、体を起す。
「水、飲むか?」
「……うん。」
かすかに頷いたのを見て、サスケが冷蔵庫まで行こうと体を動かした時。浴衣の袖をぎゅっと掴むナルトの手の感触。
「…大丈夫だ、水を取ってすぐ戻る。」
「…うん。」
ナルトの手を外させて、冷蔵庫の中にあるミネラルウォーターのペットボトルと備え付けのコップを取ってきた。
コップに水を注ぎ、ナルトに差し出す。
「飲めるか?」
「…うん。」
震える手でコップを受け取る。
口元までコップを持っていくが、ガチガチと震えるコップからは上手く飲めそうも無かった。
「………。水、飲ませるだけだからな。」
サスケはナルトからコップを取り上げると、自分の口へと水を含み口移しでナルトの口へと押し込んだ。
こくん。
少し零したものの、何とか飲み込んで。ようやく人心地付いたようだった。
いつも元気で強い光を放つ瞳が、涙で塗れて弱々しく細められていると。なにやらいたたまれないような気持ちになる。
「落ち着いたか?」
「…うん。」
「水、もう、良いか?」
「………。もっと。」
「………ナルト?」
「水、もっと。」
すがるような目で見られて怯む。
自分は分別をわきまえた大人ではない。
先程は、ナルトがその気になるまで待とうと思ったのだけれど。そんな目で見られると、自分に課した決心が緩んでしまいそうだ。
だが、いまだ震えているナルトの身体。自分で飲むのは難しいだろう。
小さく溜め息を付くと、サスケは再び水を口に含みナルトの口へと運んだ。
こくん。
小さく喉が鳴る音さえ、まるでサスケを煽っているようで…。
「もう、良いだろ。」
「やだ、もっと。」
「ナルト。」
さすがにちょっと腹が立ってくる。
サスケの気持ちを知っているはずなのに。
「水。もっと。」
「ナルト。………、飲みたきゃ自分で飲め。」
「…やだ、もっと。」
「…これ以上は、俺が我慢できなくなる。」
「………。」
一瞬口ごもったナルト。けれど。
「やだ。水、もっと。」
真直ぐにサスケを見つめてきた。
「お前……。」
『まだ』といったのはつい先程だったはず。
一体、眠っている間に何を思ったのか?
いや、魘されていた夢が原因なんだろうか?
その恐怖から逃れたくて、一番傍にいるサスケにすがっているだけなんじゃないだろうか?
「ナルト…。」
「サスケ。水。もっと。」
何故だか分からないけど、ナルトの中で何かが変わったらしい。
サスケをサスケと認識していて。そして今度口移しで水を飲ませてもらったら、その後に何があるのか。それも分かっていて。
その上で、水を強請っている。
「……ナルト。良いんだな…?」
うん。と頷くのを見て。コップに残っている水を口に含み、ナルトの口へと流し込む。
「……ん…。」
そして、ナルトの喉がコクリと鳴るのと同時に、サスケはそっと舌を差し入れた。
「…ふ……ん。」
先程の無反応とは明らかに違う。受け入れるキス。
「ナルト。」
そっとその体をベッドへと横たえると、首筋へと唇を移していった。
本当は怖かった。
いつ、『イヤだ』といわれるのか?そんな恐怖と戦いながらの行為だった。
けれど、明らかに今までとは違うナルト。
抱きしめれば抱き返してくる。キスをすれば必至に答えようとする。
サスケのぎこちない精一杯の愛撫に、必至に答えようとするナルト。
突然の変化に戸惑いつつも、受け入れてくれようとするナルトが嬉しくて。
その体を傷つけないように、サスケなりの細心の注意を払って抱きしめた。
「お、おはよう。」
「う、うん。おはようってばよ。」
思いっきりぎこちない朝。
目が合った時のお互いの表情で、昨夜のことが夢ではなかったのだと知る。
朝食を終えて、クリーニングされて戻ってきた服を着て、旅館を出た。
今日の集合時間と場所は、すでに昨日聞いていた。
どうせカカシは遅れてくるのだろうが、二人は間に合うように森の中を歩いていった。
「………。」
「………。」
何も話さなくても、その沈黙はすでに気まずいものじゃない。
「あ、あのさ。サスケ。」
「うん?」
「お、俺。」
そういったきり、足も口も止めてしまったナルト。
暫く待っていたが、号を煮やして言葉を催促しようとした時。
ナルトがおもむろに口を開いた。
「あのな、サスケ。俺、本当に…。」
「?」
「あの、ありがとな。」
「………?何が?」
「あ、あのな。俺、魘されてたろ?あ、あれな。その、結構嫌な夢だったんだってばよ。けど、サスケが助けてくれたんだ。」
「………。」
「それってな。考えてみればただの夢じゃん?」
「まあな。」
正にそう反論しようと思っていたサスケは、ただナルトの言に頷く。
「けど、なんと言おうと俺の夢だから。俺が見た夢だから…。だから、やっぱり俺はサスケが好きなんだってばよ。」
「は?」
「好きだから、だからサスケに助けられた夢を見たんだと思うんだ。」
「………。」
「サスケならあの場合、何を敵に廻しても俺を助けてくれると思ったんだと思う。」
それは、人を信じることに臆病になっていたナルトが。サスケを信ずるに値する人間だと認識してくれたということなのか?
今までだって、仲間としては信用してくれていただろう。けれど、サスケが欲しかったのはそんな生ぬるい信用ではなく。
唯一無二のもの。
それを、ナルトはくれるというのか?
「多分、これから先…何があっても…。」
「ナルト?」
「例えば、サスケが俺や里を裏切ったように思える行動をしても。他の誰がお前を切り捨てたとしても。俺はサスケを信じるってばよ。」
「………。」
「お前がどんな言葉や態度で俺を傷つけたとしても。それでも、俺はお前を信じたことを後悔しないし、昨夜の…アレも後悔しない。絶対に。」
「………。」
全く。何てことを言いやがる。そんな殺し文句。ナルトの分際で。
昨夜の直接体を繋げる行為も、確かに喜びを感じたし感動もした。
けれど、これは昨夜の比じゃない。身体全体が震えるほどの喜びなんて、本当にあるんだ…。
「俺も…。」
「サスケ?」
「俺も、お前がどんだけドジで間抜けのウスラトンカチでも。絶対に見捨てない。」
「むう、なんだってばよ。」
「約束、する。」
「うん。約束だってばよ。」
目を合わせ、クスリと笑う。
「あ、ああ、あのな。」
「?」
再び歩き出した二人。
けど、すぐにナルトが話し掛けてきた。
「その。」
「何だよ?」
「手。」
おずおずと差し出されたナルトの手。
ああ。
すぐに気付いて、サスケはその手を取った。
ぎゅっと握って再び歩き出す。
「お前が迷子になるといけないからな。」
「なる訳ねエだろ!一本道だってばよ!」
この道がずっと続けば良い。
繋いだ手に互いのぬくもりを感じながら、出来る限りゆっくり歩く二人だった。
20070107UP
END
お子様同士のエッチは書けませんでした。
(07,01,08)