エイプリール・ストーム 前編

 

 

『坂田銀時に彼女ができた、らしい。』

そんな噂が学園内を駆け巡ったのは、4月に入ってすぐだった。

そんでもって。大抵、そんな噂に限って本人にはなかなか伝わらないものである。

1日の大半はそばにいる十四郎ですら知っているというのに…。

お節介にも、同じ剣道部の沖田が十四郎のクラスにまで知らせに来たのだ。

「相手は、2年の松平栗子って子でさぁ。」

「ああ、知ってる。松平のとっつあんの娘だろ。確か、バレーボール部の…。」

「あっれえ、結構詳しいじゃねえですかい。もしかして、あんたも狙ってた口ですかィ?」

「まさか。女子バレー部の新キャプテンになった子だろ。1時期結構有名人だったじゃねえか。」

親のテコ入れで部長になったのだとか噂になった。

けれど、本人を見ればわかる。努力家で裏表のない性格で、皆に好かれていた。

「まあ、有名って言ってもあんたら二人ほどじゃねえですがね。」

「…はあ?」

「あんたと坂田の旦那。目立つんでさぁ。白と黒で。」

「縁起でもねえな。」

ぼそりという十四郎に、小さく肩をすくめた沖田。

お前の方がよっぽど目立つだろうがよ。とは十四郎の心の声。

少女と見まごうばかりの美貌に、飛びぬけた剣道の腕前。

女子の間では結構人気がある。定かではないがファンクラブなるものもあるらしい。

なのに、男子からねたまれずにいるのは、本人の人柄なのか…?人柄も何もドSなのだけれども……。

「で、ここからが本題なんでさぁ。」

「何だよ?」

「その噂。本当なんですかィ?」

「………なぜ俺に聞く?」

「坂田の旦那のことに関しちゃ、誰よりも詳しいじゃねえですかい。」

「んなことねえよ。」

「知らないんですかィ?本当のところはどうなのか?」

「知るか。」

「あれ、拗ねてんじゃねえでしょうね。」

「はあ?何で俺が拗ねるんだ?」

「旦那が浮気してたら、古女房としては怒り心頭かと…。おわっ。」

十四郎が、教科書を思いっきり沖田に投げつけた。

焦ったような声をあげながらも、余裕で受け止める沖田にち、と舌うちをする。

「にしても。その噂、どこまで知れ渡ってるんだ?」

「ほぼ全校生徒が知ってまさぁ。何せ、坂田の旦那はこのうえもなく有名人ですからねぃ。」

「………。」

校内で『万事屋』なる商売をする銀時。

掃除当番の代わりから、買出し、部活の助っ人など。ほかにもさまざまな依頼を請け負っている。

十四郎も1年生のころに『万事屋銀ちゃん』と印刷された胡散臭いチラシをもらったことがあるが、『秘密厳守』の文字を見つけ、ああ結構こいつ本気なのかも…と思ってから、部屋で銀時が何かごそごそやっていても見ないようにしていた。

だから、どんな生徒が依頼主なのかは全く知らないのだが。噂によると、教師の一部までもが人目をはばかり依頼に来るという。

言ってみれば、校内にいるほとんどの人間が顧客と言っていい。

そんな銀時を知らない者は学園内にはいないと言って良かった。

その銀時と付き合う…となれば、平穏無事とはいくまい。

「…彼女、無事か?」

「さすがに多少の嫌がらせはあるようですぜぃ。ただ、親がとっつあんですからねぃ。」

当校教師の娘では、表だった嫌がらせはできないのだろうが。だからと言って、このままでいいはずもない。

「注意しておいた方が、いいな。」

「分かりやした。近藤さんに話通しておきまさぁ。2年の風紀委員にそれとなく気をつけておくようにも言っておきやす。」

沖田が教室を出て行った。

1年の頃からずっと風紀委員をしている十四郎は、今年副委員長となった。

委員長は近藤だ。(ちなみに沖田も風紀委員だ。)

『風紀委員長』という肩書を持つには、幾分おおらか過ぎるところもあるが、男には意外と好かれる。(その分女には全くもてないが)

そんな彼をサポートする『副』という立場の自分は細かいことにうるさいくらいでいいと常々思っているので、沖田も近藤にではなく自分の所に来たのだろうと思う。

まあ、噂の真相を確かめたいとの思いもあったろうが…。

十四郎はふう、とため息をついた。

銀時に好きだと言われたのは春休みの話だ。

何を煮詰まったのか、突然抱かれ、告白された。

銀時の気持ちが本気であることは痛いほど分かった。

即座に応えられないからといって、その気持ちを十四郎が否定していいものではないことも。

だから、春休みの間中さんざん奢らせて、それでチャラにしたのだ。

以来、時々抱きつかれたり懐かれたりはしているが、銀時はそれで満足しているらしく、不埒な真似はしてこないので、好きにさせておいた。

彼女ができたのならめでたいことだとは思うが、こんなに早くなくてもいいんじゃないか…と思うのは十四郎の我儘だろうか。

ただ、ヤリたかっただけなのか?欲求が満足すれば、それでいいのか?

無理矢理抱く。なんてことをしておいて、この変わり身の早さ。俺って一体何?と思ってしまう。

…考えたところでどうしようもないことだ。

ふう、ともう一度ため息をつくと、部活へ行く為に立ちあがった。

「お〜い、土方。これから部活か?」

廊下を歩いていると、後ろから銀時が追いついてきた。

「ああ、まあな。お前は何やってんだ?」

「ヤボ用。」

「女?」

「ばーか、んなんじゃねーよ。」

十四郎の言葉を、いつもの冗談として笑い飛ばす。

この反応で、彼女との付き合いが始まったとは思えない。

多分『万事屋』の仕事がらみで話こむなどしているところを見られたかなんかして、その辺から出た噂だろう。

ほおっておけばすぐに消えるだろう。

その時は、そう思った。

 

 


ところが、もうすぐゴールデンウィークに突入しようかという時になっても、噂は顕在だった。

むしろ『付き合っているらしい』ではなく『付き合っているのだ』と断定的な内容にエスカレートしていた。

どうやら噂は本物だったと判断されたようで、栗子の方は銀時のファンから結構な嫌がらせを受けている模様。

十四郎や沖田を含め、かなりの数の男子風紀委員が半ばボディーガード状態で、それとなく彼女が一人にならないように気を配っているのだが。

完璧にフォローできるわけもない。

ちょっとした隙をつかれて、結構な嫌がらせを受けていた。

あの、沖田が『女ってえげつねえですねぃ』と呆れるほどに繰り返される。

元々明るく芯の強い栗子ではあったが、相当メゲてきているらしい。

一度、数名の女子に囲まれているところを見つけ、十四郎が助けに入ったことがあったのだが。女子たちが立ち去った後、十四郎にすがって泣き出したこともあった。

なのに、良く分からないのは銀時の態度だ。

呆れたことに、この期に及んで未だ噂は本人の耳に入っていないらしく、態度が全く変わらない。

栗子がどんな目にあっているかも知らないだろう。

他人の恋路に口を出すのはヤボだと思って、今まで何も言わずにいたが、やはり少し注意するよう言った方がいいだろうかと十四郎がひそかに思った日。

夜になって、今までどこへ行っていたのか夕食の後姿が見えなかった銀時がドスドスとものすごい足音で床を踏み鳴らしつつ帰ってきた。

部屋に入るなり『土方!』と最高に不機嫌な声で呼ばれる。

「………?」

宿題の手を止め、いぶかしげに振り返った十四郎を銀時はギロリと睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

20090801UP

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