君をみつけた日
前編
今日は銀魂学園の入寮日だ。
すでに部屋割が決定している2・3年生はまだ春休み中だが、新1年生が入室する。
全寮制ということもあり、女子より男子の方が生徒数が多い。
女子寮が2棟、男子寮が4棟あり部屋は、広さに応じて2人部屋から4人部屋まである。
広い部屋で4人で暮らすか。狭い部屋で2人で暮らすか。
どちらが良いとは一概には言えないが、とにもかくにも同室の人間がどんな人間であるかによってその快適さは左右されるだろう。
本当にどうにも相性が合わないような場合は、特例で部屋割を変えてもらえることはあるらしいが、通常はそのまま1年間を過ごすのだ。
早々に入寮した銀時は、今や遅しと同室の人間を待っていた。
入寮日は3日間ある。
両親が早くに亡くなり、面倒を見てくれていた祖父が他界してからは、担任の独身男教師の家に転がり込んだり…と言った生活をしていた銀時は、入寮開始を待つかのように1日目に入寮した。
だが同室の人間は2日目になってもやってこなかった。
今日は入寮最終日。いくらなんでも今日は来るだろう。待つのに飽きてきて、先ほどから何度も大欠伸を連発している。
温かくなってきた日差しが部屋に入ってきている。
これは昼寝にちょうどいいんじゃね?
うつらうつらし始めた時、コンコンという軽いノックの後、ガチャリと部屋の戸が開いた。
やっとお出ましか…。
寝そべっていたベッドの上に起き上がった。
入ってきたのは、黒い髪と黒い瞳が嫌に印象的な少年だった。
小造りな顔は、女にモテそうに整っていて。ああ、ちょっと気に入らないかも…と心の中で思う。
「よう、先に入寮した方が好きな場所を取って良いって言うから、右側のベッドと机を使わせてもらってるぜ。」
「………。」
堅苦しい挨拶はとりあえず抜きでそう声をかけると、唖然としたような顔でこちらを見たまま微動だにしない。
「………おい?」
こちらを凝視する視線をたどれば、それは自分の頭に向けられていた。
………ああ、またか。
銀時は溜め息をつく。
目立つ銀色の髪。
多くの場合。驚かれて、引かれる。
所謂不良なんじゃないかと、中学時代はPTAで問題にもなった。
別に何かのポリスィーがあって染めたりしているわけじゃない。
生まれつきの地毛なんだからしょうがねえじゃん。
ぼたっ。
?
相手は持っていたボストンバッグをその場にとり落とす。
や、あれ?そんなに驚いた?
「……あ…の…?」
そして銀時に向け真っ直ぐ突進してくると、そのままギュッと銀時の髪をつかんだ。
「わ、……何?……あ、イテテテ。」
「お前、この髪、地毛?うわ、毛根どうなってんだ?わあ、何だ、天パか?」
身長が同じくらいなので、綺麗に整った顔が目の前わずか数センチのところにある。
や、何だよ?ドキ…って。
いくら顔が綺麗だからって、相手は男だからね?
「や、ちょっと、あのね!」
その手から逃れようとするが、ギュッと髪の毛を握りしめられているため、動くと痛い。たぶん何本か抜けていると思う。
「…ってか!痛えって!!離せよ!」
「………あ、悪ィ。」
「…ったく、何なんだよ?地毛だよ悪いか!生まれた時からこうなんだから仕方ねえだろうが!」
「や、ああ、うん。何か、綺麗だな…って、や、うん。手触り良いし。」
「………はあ?」
改めて見ると、その眼には嫌悪も蔑みもなかった。
ただ本当に、地毛なのかどうか確かめてみたかったのと、単純に触ってみたかっただけ、らしい。
「………、あ〜、まあ、何だ。1年間よろしくな。俺は、坂田銀時。」
「ああ、俺は土方十四郎。よろしくな、坂田。」
「ベッドと机、こっち側を使わせてもらってるぞ。開いてるのは向こう半分。」
「ああ。」
「奥のドアの向こうは簡易シャワーとトイレが付いてる。」
「へえ?各部屋に?」
「らしいぜ、何でも理事長が温泉を掘り当てたらしい。」
「マジかよ。すげえ。」
銀時の説明に合わせて、自分のベッドや、机を眺め、シャワールームへの戸を開けてのぞいてみたりする十四郎。
「大きい荷物は、宅急便で送ったんだろ?1階の会議室に運ばれてるぜ。」
「会議室?」
「案内する。」
「サンキュ。」
一度銀時の髪を触って満足したらいしい十四郎は、その後まったく銀時の髪の毛について話を振ってくることはない。
『地毛なのかどうか』という自分の中の疑問が解決してしまったら、あとはどうでもいいらしい。
外国の血が混じっているのか?とか、突然変異なのか?とか。普通なら浴びせられるだろうさまざまな質問は一切なしだ。
なんか、こいつ面白いかも。
整った顔に一瞬反発を抱いたけれど、すぐにその気持ちは消えていた。
二人揃って1階へ降り、会議室へと向かう。
今日が入寮のピークを迎えているようで、会議室はごった返していた。
「げ、こんなかから探すのかよ?…大丈夫か?土方。」
「ん?…ああ。」
元々人ごみがそれほど得意でない銀時は、入口で一瞬たじろぐ。
が、十四郎は全く気にする様子もなくスルリと中へ入ると、舎監の長谷川に名前を告げている。
中へ入る気には到底なれなかった銀時が、そのまま入口のところで見ていると。
長谷川ですらオロオロと生徒と荷物の間を行き来しているというのに、あっさりと自分の荷物を見つけ、銀時を見た。
「あ〜はいはい、手伝え…ってね。」
布団に衣類に、制服。さまざまな日用品に文房具。一人で到底持てる量ではない。
運ぶのを手伝うべく、部屋の中へ入る。
ざわり。
部屋の中が、どよめいた。
これが普通なんだよな。
ヒソヒソと銀時の髪のことを言っているのが分かる。
「悪いな、坂田、手伝ってもらっちまって。」
「いや、いいよ。どれ持つ?」
二人で分けて荷物を抱える。布団はもう一度とりに来ることにして、二人は部屋へ戻る。
「お前は一人でどうしたんだ?」
「さっきいた舎監の長谷川さんに手伝ってもらった。1日目に入寮するヤツは少なかったから。」
「ふうん。」
布団を取ってくると言って、十四郎はもう一度会議室へと降りて行った。
銀時は自分のベッドにごろんと転がってふうとため息をついた。
同室者は、多分『当たり』だろう。
いちいち口うるさい奴とか、銀時の髪に眉を顰める奴とか。そんなんだったらどうしようかと思ったけれど。
話しやすいし、一緒にいても疲れることはなさそうだ。
しばらくして布団の入っている包みを抱えて戻ってきた十四郎は、ほら、と銀時に何かを投げてよこした。
「…え?」
「荷物運び手伝ってもらったから。…まあ、報酬だな。そんなんで悪いけどよ。助かった。」
投げられたものを見れば、パックのジュース。
1階の廊下にある自販機で買ったのだろう。
律儀な奴だな。
「いや、サンキュ。」
自分の分にと買ったジュースを飲みながら、荷物の整理を始めた十四郎の背中に『もしも次にこんな機会があったらいちご牛乳にしてね』と言えば、『げ、あんなの砂糖の塊だろう?』と返された。
同室者は『当たり』なんかじゃない。
『大当たり』だ。
銀時は嬉しくなった。
身内が亡くなって、この世に一人ぼっちになったと思った。
全寮制の高校へ行く。というのは、生きていくためにした選択にすぎなかった。
だから高校生活ってものに、何も期待なんかしていなかった。
高卒の方が、ちったあマシな職業につけんじゃねえの?くらいの気持ちでしかなかった。
幸い、両親や祖父の生命保険や多少の遺産とか言う奴で、3年間の学費くらいは何とかなりそうだった。
小遣いにはちょっと足りないその金額に、バイトをするつもりではいたが。
この場所の立地が悪すぎるので、放課後にバイトをしていては寮の門限に間に合わなくなる。
その辺はなんとかごまかして…と考えていたが、先ほどの十四郎の『報酬』という言葉でふと閃いた。
この学校内で稼げないだろうか?
さっきのように、誰かの依頼で仕事をする。
どんなことができるのかはまだ分からないが、雑用をこなしてその報酬として金を受け取る。
ここの理事長は銀時の家庭の事情って奴を知ってるし、うまく話を持っていけば許可をもらえるかも知れない。
夏休みなどの長期の休みには普通にバイトをするつもりだが、それまでのつなぎくらいにはなるんじゃねえの?
『進学せず就職する』と言った銀時に。この高校を勧めてくれた、元担任の教師に感謝する。
なんか、すげえ奴と会えたよ。
20091113UP
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