やさしい気持ち 5
『マイッタ。』
ハボックは溜め息を付いた。自分は確か、怒っていたはずだった。
マスタングから事の次第を聞き、(なだめるように明日はリアーナと一緒に休みだといわれたけれど)やり場のない怒りを…多分リアーナに向けるつもりで医務室へ戻ってきた。
けれど、カーテンの向こうでは丁度仕事の話をしていたので少し待とうと、買ってきたものを置いて隣のベッドに座って待っていた。
いくら怒っていたってホークアイがいるのに(しかも仕事の話をしているのに)、話に割って入る勇気はなかった。
すると、ふと話が変わった。
出て行くきっかけのないままに盗み聞き状態。
ホークアイはハボックに気付いていたと思う。リアーナだっていつもなら気付いただろうに、今日はやはり本調子じゃないのだろう。信じられないくらいに素直に色々と話をしていて…。
何かもう。全身掻きむしりたくなる位に恥ずかしい。
ハボックがどれほど想われていたのか…とか、ハボックの知らないところでリアーナがどれほど不安を感じていたのか…とか。 それから、何だって?今日が付き合い始めて4ヶ月と17日目?ハボックが一人の女性と一番長く付き合ったって…。
全然平気な顔をして、何でそんなちっちゃいとこを気にしてるんだか…。ああ、やっぱりちゃんと気持ちを伝えていなかったのがいけなかったのかな…。
それにしても、ケーキやワインやネックレスよりハボックの言葉の方が嬉しいなんて。
ああ、もう駄目だ。
確かに怒っていたはずなのに。でも、同じくらいに恥ずかしくて、嬉しくて、情けなくて、照れくさくって。そのうちのどの感情を表に出したらいいのか、分からなくなってしまった。
「ハボック少尉、まだかしらね。」
ホークアイの言葉をきっかけにカーテンの中に入る。
ホークアイはすぐに仕事に戻り、『後は宜しくね』とかにっこり笑って行ってしまった。
「…ジャン?」
「ん……ああ。」
「……?何か…さっきより、さらに凄い顔になってるけど……?」
「………。」
「………?」
「リアーナ…。」
「何?」
「………。」
「…熱でもあるの?」
ぴとりとリアーナの手のひらが額にあてられる。ハボックのものより、少し冷たくて小さくて柔らかい手。ぎゅっとその手を掴んで引き寄せた。そして、強引に唇を重ねる。
「……んんっ…。」
角度を変えて何度も口付けると、次第にリアーナも夢中になっていくようだった。
「うっほんっ。」
カーテンの向こうから医師の咳払いが聞こえて、はっと顔を離す。
「…メシ、食うか。」
「う…うん。」
気まずく誤魔化して、買ってきたものをガサゴソと出す。
「レストランは明日な。」
「うん。」
嬉しそうに頷くリアーナに、思わずハボックも顔がほころぶ。
意識したことは無かったけど、今まで付き合ってきた女性達とは確かにリアーナはタイプが違うのかも。リアーナとの付き合いは勝手が違うなとしか思っていなかったけど。
何故だか、今までの彼女たちには感じなかった位の愛おしさでいつも気持ちが占められる。
こんなに傍にいたのに、何で今までリアーナと付き合おうと思わなかったんだろう?
「それはただ、お前がニブいからだろう。」
翌日の朝。
リアーナの家まで軍の車で送ってもらう。
明日の会議のために今日は東部各地から将軍だの司令官だのが来る。その送迎のために車は1台も空いておらず、この車もハボックとリアーナを降ろしたら司令部へとすぐに戻る事になっている。
その運転手はブレダで、先程の台詞を吐いたのも彼だった。
「何だよ、それ。」
「俺は、お前にとってトウエンが特別なんだって気付いてたけど?トウエンが配属されたときに。」
「そんな前に!?」
リアーナはハボックの肩に寄りかかって眠ってしまっていた。やはり本調子じゃないのだ。
「トウエンが来る前。お前、司令部内の女と付き合ってたろ?二人くらい居たっけ?二人とも真面目でしっかりしてるタイプだった。
だからトウエンが来て、知り合いだって聞いたときに『ああ、こいつのことが好きだったんだ』って分かったんだよ。ところが、途端に変な女に引っかかるようになっちまって…。」
「………。」
「それまで、変な分かれ方することも無かったし。うっとうしい愚痴をこぼすことも無かったのに。全く、何間抜けなことやってんのかなーと思ってたけど。」
「…言えよ。」
「人に言われて、どうこうする事じゃねーだろ。」
「……そうだけど…。」
じゃあ何か?ハボックはずっとリアーナが好きだったのに、自分でそれに気付いていなかったと言うのか?そして、散々他の女性と付き合ってリアーナには愚痴やノロケを聞かせていたと?
「馬鹿か、俺は。」
「馬鹿だな。」
「否定しろよ。」
「出来るかよ。大体トウエンの気持ちにも気付けよ。うっとうしいお前の愚痴に付き合ってくれるのなんて、トウエンだけじゃねーか。
周りは仲が良いからとか、トウエンは面倒見がいいからとか言ってたけど…。好きじゃなきゃやんねーよ、そんなこと。」
「っ…。」
言葉に詰まったハボックに、ブレダは溜め息を1つ付いた。
「…分かんねーけどさ。多分、トウエンが傍にいるだけで満足しちまったんだろうな、お前。言ってみりゃ、今までの女たちの方が浮気だよ。多少トウエンにチクチク言われても、黙って耐えろよ。女はいつまでも覚えてるからな。」
「経験あんのかよ、お前。」
「ゔ、うるせ。」
「しかしまあ、完全に把握されてるしな。」
「必ずお前は尻に敷かれるぞ。」
「………。…まあ、いいや。リアーナかわいいし。」
「けっ。」
聞いていられないとブレダが顔を顰めた。
今日はゆっくり休んで、夜になったらレストランへ行こう。
何せ今日は大切な記念日。
ハボックが一人の女性と一番長く続いた日、4ヶ月と18日目。
明日になったら4ヶ月と19日目。その次の日は4ヶ月と20日目。その次の日は…。
肩に預けられた愛しい重さに、ハボックは心の中で話しかけた。
『すげえな、リアーナ。これから毎日、記念日だぞ。』
20050827UP
END
ブレダはハボックと士官学校で同期でしたが、研修は別の場所でした。
なので、違う士官学校卒のリアーナとは、彼女が東方司令部に配属になった時が初対面。
ブレダは研修→東方。
「やさしい気持ち」はこれで終わりです。
この二人は、これからも短編でチョコチョコ顔を出しますので、どうぞよろしく。
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