やさしい笑顔を 〜メリー・クリスマスを言おう〜

 

 

 

「ハボック。お前ら、クリスマスどうすんだよ?まさか休まねーよなあ。」

「どうするもこうするも…。…ああ、ブレダが休んで良いって言うなら二人で休むけど…?」

「ふざけんじゃねー。」

 俺に負担が掛かるんだよ!!俺に!とブレダが唾を飛ばしながら喚いた。

 途端に休憩室の中は笑い声であふれる。

 演習を終えたブレダの隊の10数名と、丁度巡回から帰ってきたハボックと隊員1名が休憩室でかち合った。

 室内は満員状態な上、数名の喫煙者がいるため煙草臭いが誰も文句を言うものは居ない。仲の良い者同士、つかの間の休憩を楽しんでいた。

 と、そこへ。

「なーに!?くっさー!」

 入ってきたのはリアーナだった。

「第一声がそれかよ。」

「だって臭いわ。」

「で?何の用だよ。トウエン。」

「ああ、クリスマスと年末年始のローテーション組むから来いって。」

「中尉が?」

「ううん。大佐が。」

「じゃ、まだ良いな。」

「おう。」

「あんたたちねえ…。」

 リアーナは溜め息をつくが、特にせかすようなことはしない。上官として甘いのは大佐の方だと分かっているのだ。

「おう、そうだ。だから、お前らクリスマスはどうすんだよ?」

「何?急に?」

 きょとんとリアーナがブレダを見た。

「一緒に休めるわけ無いじゃない。…別に当日じゃなくてもいいわよ、ね?」

「…リアーナ…。」

 何でこいつは、何時もこうあっさりなんだ?

「ローテーションが始まる前くらいのときに、どっかで夕食でも食べれば…。」

 うーん。と考えながら言う。

実はハボックもそんな風になるだろうとは思っていたけれど、残念がる様子も無いリアーナに物足りないものを感じる。

「何で、そうあっさりなんだよ〜。」

 すねた口調のハボックに本気でないと分かったのか、リアーナはクスクスと笑った。

「あら、なーに?駄々こねて欲しかった?」

「う。そういうわけじゃねーけどよー。」

「ブレダがOKなら、休む?」

「やっぱ、それが一番だよな。」

「だーかーらー!」

 俺に迷惑をかけんじゃねー!と再びブレダが叫ぶ。休憩室内が笑いに包まれたところで。

「んーと、じゃあ。『クリスマスの当日に会ってくれなかったら、別れてやるわ!』…とか?」

「おーい。」

 『何言ってんだよ〜』と笑って返そうとハボックが口を開いたとき。

「えー!!!!クリスマスに会えなかったら、お二人は別れるんですかー!!!」

 と、丁度入ってきたところらしく戸口に居た若い隊員が叫んだ。

「え?」

「うっわー!!大変だあー!!」

「や…ちょっと…。」

「皆に知らせなくちゃー!!!」

 そう言って休憩室を飛び出すと、若い隊員はどこかへと走り去ってしまった。

「何だ?」

「…何なの?」

 唖然とするハボックとリアーナ。

「あー、悪い。あいつ、俺の隊の奴なんだけど…。」

「…そうなの?」

「ああ。…で、あいつのあだ名。『スピーカー』って言うんだ。」

「………。」

「多分、今日中には広がると思う。」

「…何が…だよ?」

「お前ら二人が、クリスマスに会えなかったら別れるって。」

 

 

「………。」

「………。」

 むっつりと押し黙るリアーナ。

「リアーナ?」

「………。」

 不機嫌の理由が良く分かるから、ハボックも溜め息をつくしかない。

「……ごめん。」

「うん?」

「ジャンが悪いんじゃないのに…。」

「ああ、いや。」

 あれから、2週間ほどたった。

 司令部内では知らない者は無いというくらい、あの噂は広がっていた。

 噂を広げた張本人は後でこっぴどくブレダに叱られたらしいが、その時にはもうすでに訂正など出来ないくらいに大騒ぎになっていたのだ。

 勿論全員が信じたわけではない。

いきさつを知っている、あのとき休憩室に居たメンバー。

 二人を良く知るものは、リアーナがそんなことを本気で言うはずが無いと分かっている。

 けれど、それはほんの少数で…。

 司令部内の大多数の者は、二人がクリスマスに会えなければ別れるのだと噂した。あるものは心配そうに、あるものは面白がって。

 そして、二人には連日好奇の目が向けられているのだった。

 リアーナが不機嫌になるのも分かる。

衆目の下にさらされて、疲れても居るのだろう。

「…今日は止めとくか?」

「え?」

「疲れてるだろ?」

「やあね。今日止めたら本当にクリスマスがなくなっちゃうわ。」

 クスリとリアーナは笑った。

 当初の予定通り、レストランへと向かう途中。何時もより少し奮発して、1ランク上のレストランを予約してある。

「あのね。私だって、何も無しじゃ寂しいのよ。当日は、そりゃあ無理だけど。その分他の日に埋め合わせをしてくれるのが分かってるから、文句を言わないだけで。」

「そっか。」

「…私だって…。」

 少し口ごもって、リアーナは言葉を続けた。

「ジャンと全然会えないってなったら、やっぱり駄々こねてたかも。」

「そうかなあ?」

「うん。仕事とはいえ、毎日会えてるから当日じゃなくても良いって言えるのかも…。」

 他人のこと、どうこう言えないわね。と、自嘲気味に笑う。

 ハボックが以前付き合っていた女性たちは、我慢が嫌いな子達が多かった。

 クリスマスや誕生日、記念日に会えないのなんて信じられない!

 そんな女性たちを彼女としたハボックを慮ってか、直接リアーナが非難することはほとんど無かった。

一度だけ『同じと思わないで』といわれただけだ。が、面白くは無かったのだと今になってやっと分かる。

「こらこら、ちゃんと笑えよ。」

「…うん、ごめん。そうだよね。今日は私たちのクリスマスだもんね。」

 気分を変えるように、明るい声でリアーナが微笑んだ。

「仕方ねーな。今夜のデザート、俺の分もやるから元気出せ。」

「?デザート?……ってまさか。」

 リアーナの目が大きく見開かれる。

「コース、…予約したの!?」

「おうよ。…ま、ワインは高級って訳には行かなかったけどな。」

「な…んで…。」

「んー。俺の大切な恋人がこの頃元気が無いから、少しでも元気になったら良いなーなんて思って。」

 無駄遣いだと怒られるだろうか?ちょっとドキドキしながら、リアーナの様子を伺う。

「おーい?」

 足が止まってしまったリアーナ。

「信じられない。…信じられないわ。」

「……何がだよ?」

 ぽふんとリアーナが抱きついてきた。街中だというのに、こういう行動をするのは珍しい。

「私のこと。甘やかしすぎよ。」

「んなことねーよ。俺がしたいって思うことをやっただけだ。」

「…ありがとう。」

「いいって。」

 米神のところの髪をかき上げチュッと口付ける。

 何時もよりおしゃれをしているリアーナは本当に可愛くて綺麗で、自分にはもったいないくらいの彼女だと思う。その彼女が喜ぶのなら、なんだってしてやりたい。

「行こうぜ。予約の時間に遅れちまう。」

「うん。…あの、さ。」

「うん?」

「手…つないで良い?」

「おう。」

 人目があるのに、素直にリアーナが甘えてくれるのは本当に珍しくて。照れくさくてくすぐったい。

 それからは、ずっと甘やかな時間を過ごした。

 レストランの雰囲気は良かったし、料理もワインもとても美味しかった。

 リアーナからのプレゼントは、ずっと欲しいと思っていた本皮の札入れと小銭入れだった。

 最高のクリスマスだ。と思った。

「噂なんて、気にすることねーよ。」

「…うん。」

「大体、クリスマス当日なんて、デートは出来ねーけど仕事で顔は合わすんだし。」

「そうよね。それだって、『会う』のうちよね。」

 何も心配することは無い。…と、ハボックのベッドの中で二人微笑み合った。

 

 

「…は?」

「ええ?」

「だからだね。」

 にんまりと笑みを浮かべるマスタング。

「トウエン少尉。クリスマス当日は休んでいいよ。」

「何でですか!」

「ただでさえ、忙しいんスよ!」

「そうだ、忙しいな。だから、ハボックは前日から夜勤だ。」

「はあ?」

「だから、安心して休んで良いぞ。トウエン少尉。」

「大佐。何を言っているんですかっ!」

 リアーナとハボックが訳が分からないとマスタングを見つめる。

「つまり。クリスマスの前日、トウエン少尉は定時で上がって当日は休み。その分ハボック少尉は前日夜勤で当日も勿論そのまま出勤だ。」

「………。」

「………。」

「分かったら、仕事へ戻りたまえ。」

 ニヤリと笑うマスタングの執務室から出る。

「………。」

「………。」

「…つまり、あれか?俺たちをクリスマスに会わせるまいと…。」

「ご丁寧に前日の夜から…。」

「当日、お前が居ないとなれば…。」

「泊まりは確実ね。…早くても日付は変わってる。」

「…だよな。」

「………。なんで…かなあ。」

「大佐のことだ、どうせ悪戯とかからかってやろうとか、そんなもんだろ。」

「そ…なのかなあ。」

「?他に何があんだよ?」

「別れた方が、良いって…思ってるんじゃないのかなぁ……。」

「何、言って…。」

「だって、そうじゃなきゃこんな用意周到なこと…って…。」

「大佐は…そんなこと考えちゃ居ないと思うけど…。」

 ハボックのことはともかく、リアーナの事は本当に可愛がっている。その彼女を本気で困らせることをするとは考えにくかった。

なまじ頭が良いだけに、悪戯を仕掛けたら用意周到になってしまった。といったところじゃないかと思うのだが。

「あのな。リアーナは、1つ忘れてる。」

「なあに?」

「俺たち、『クリスマスに会えなかったら別れる』なんて約束したっけ?」

「っううん!してない。」

「だろ。勘違いしたブレダの部下が広めただけだ。それに便乗して大佐がからかってるだけ。」

「そっか、そうだったわね。悩むこと無かったんだ、たとえ会えなかったとしても。」

「そう、別れる必要なんて全然無い。」

「うん、ありがとう。気持ちが楽になった。」

 

 

 でも、ここまでされると。黙って家にはいられないのよね!

 リアーナはクリスマスの当日、街に出ていた。

途中、誰かに会っても『買い物だ』と笑って言えるように、ちゃんとめかしこんで今年買ったばかりの黒いコートも着こんだ。 完璧だわ!

とりあえず、1回顔を見られればそれで満足。

『メリー・クリスマス』って声をかけて、店の傍だったら何か差し入れをしてもいい。

 そう思っただけなのに…。

「いない、いないわ。」

 昨日のうちに確認しておいたハボックの担当地区。時間も場所もきちんと確認したのに…。

 何箇所か廻ってみたけれど、全てからぶり。

『きっと急遽変えられたんだ。私がこうやって会いに行くかも知れないから…』

 読まれているということなのだろうか?

 仲の良い受付の友人に電話を入れると、案の定今朝になって警備体制の大幅な変更があったという。大佐が急に言い出し、暫くは大混乱だったという。

『大佐…、そこまでやる?』

「リアーナ、今日は諦めたら?ハボック少尉だって、気にすることないって言ってくれたんでしょう?」

「…う……ん…。」

 彼女とはお互いの恋愛相談をしていて仲が良くなった。

 一番傍にいるけど、女性としてみてもらえず悩んでいたリアーナと。好きな人とは中々会えず、年齢も離れていることで告白できずに悩んでいる彼女。

 そんな中、自分だけがハボックと思いが通じ合い幸せになってしまったことに多少の後ろめたさがある。

 これ以上彼女に心配は掛けられないと、早々に電話を切った。

 急な変更なら、恐らくは当事者しか把握できていない状態だろう。他のどこへ問い合わせても無駄なような気がした。

 溜め息をつきながら、当てもなく街を歩く。

 クリスマスの飾りつけで彩られた街。あちこちから流れてくる『ジングル・ベル』。

 それに合わせておしゃれをしてきたのに、どうしてこんなに楽しくないんだろう…。

『一人じゃ、やっぱり楽しくないよ…』

 ふと、振り返った自分に苦笑しながら、又歩く。

 背の高い金髪の男の人。タバコの香り。…そんなものにいちいち反応してしまう。

『は〜あ、何やってんだか…』

 それでも帰ろうという気にはならない。

元々リアーナは負けず嫌いな方だ。弱気になるのはハボックに対してだけで…。

 ここで帰ってしまったら、大佐に負けたみたいで絶対に嫌!何が何でも会ってやるんだから!!

 リアーナは再び力をこめて、一歩を踏み出した。

 

 

 手にしたサボテンを見て、リアーナはふうっと溜め息をつく。

 あちこち歩いていたら、どこかの花屋のクリスマスセールの記念だとかで、小さなサボテンの鉢植えをもらったのだ。

 何で冬にサボテンよ…。

 刺々しい表面や乾ききった土がまるで今の自分を現しているようで顔を背けた。

 そして、ふと目に入った公園。

少し休憩をしようと足を踏み入れた。

「フウ。」

 溜め息をついてベンチに座る。…と同時に隣に座る影が。

「は〜あ。」

「…あら?」

「げっ、トウエン少尉!」

「今『げっ』とか言ったかしら?エドワード君?」

「い、いやっ。言ってません!」

 この人は苦手だ。エドワードは内心溜め息をついた。

 

 

 

 

20051101UP

後編へ

 

続きます。もう少しお付き合いを…。