出会い編 8


「・・・・なんだ?」
「ううん、なんでもない」

驚いたような顔をしながら、きっと無意識に吐かれた言葉に、は笑って返した。かわいいな と思う。それは、あの実習の前には思っていなかったことだ。それに怪訝そうに眉をよせた日番谷の頭を、再度撫でる。そうして目があって、にこりと笑ったに、日番谷が僅かに目を逸らした。乗せられている手は、血が足りないのか今まで触れた誰よりも冷たくて、けれど、強いものだと思う。

「・・・傷、痛まないのか」
「んー?まぁ、痛くなくはないけど、」

耐えられないほどでもない と、が笑う。そんな言葉が返ってきたことに、日番谷は目を見開いた。きっと、形式上の痛くないという言葉が返ってくるのだろうと無意識に思っていた。けれど ――― それでも痛くないなんて言われるよりはよっぽど安心できると、日番谷は思った。だってそう、あの怪我をこの目で見たんだ。あの後の彼女の様子も、広がっていく紅も。それなのに痛くないと言われたって、信じられるわけがない。

「日番谷君」

その芯の通った声に、日番谷の視線が再度へと向く。そうすればは、日番谷の頭に乗せていた手で、そのままポンポンとその頭を軽く叩いた。それは、母親が小さい子どもを安心させるためにする動作に似ていた。もちろん、痛みなどあるはずもない。ただ、上がって、また乗って。それが繰り返されただけ。けれど日番谷には、その動作とも、叩かれたのとも違う感覚がした。何か、何とはいえないけれど、なにか、違うものが。

「ありがとう」

どうしてそうも、笑えるのだろうと思った。
どうしてそんなことを言えるのだろうと思った。
だってそれは、俺が受けるべきものではなくて。
だって今こいつがここでこうして包帯に巻かれているのは、俺のせいで。

――― 、何で、」
「心配、してくれたんでしょ?」

それに、多分、あの後迷惑かけちゃったと思うから。そう言われて、日番谷は3日前のあの光景が、まるで今起こったことのように目に浮かぶ。あれほどに血を見たのは、初めてだった。自分が住んでいたところが、治安がよかったからかもしれない。けれど、あんな、血の海になるほどに、支えた手が、服が、紅く染まるくらいに、あんな紅に囲まれたのは、初めてだった。
心配するのなんて当たり前だ。むしろ、それは、自分のせいでそうなった人なのだから、しないなんてそんなはず。そこまで思ったところで、日番谷の口が開いた。ほぼ、無意識に、だった。

「・・・・悪い。」

思い浮かんだあの映像に、言わずにいられるわけがなかった。その言葉を、は驚くでもなく、けれど日番谷をしっかりと見据えて聞いている。それが逆に、日番谷の気持ちを落ち着けた。ちゃんと受け入れてくれると、思った。

「俺が、気づけなかったせいで、お前にこんな怪我させた」

否定をするでもなく、肯定をするでもなく、けれどの目はしっかりと日番谷の目を見ていて。その瞳の中に、どこか、どこかで感じたような温かみを感じて、これなら言えると思った。大切な言葉を。言わなければいけない言葉を。


「ごめん。悪かった。 ――― ありがとう」


言った言葉は伝わっただろうか。伝えなきゃいけない気持ちは、謝罪は、伝わっただろうか。
そう思って日番谷が改めての顔を見れば、はそれまでの、何か人を呑み込むようなその表情を緩ませて、顔に笑顔を浮かべた。本当に、いい子だと思う。期待できる後輩だ ――― なんて、唐突にそんなことを思った。

「どういたしまして。・・・これで、オアイコだね」
――― 、・・・あぁ」

たしかに、日番谷と実習をしていなかったら、この怪我はしなかったかもしれない。けれど、日番谷の前に立ったのは、自分だ。だから、これでオアイコということで終わりにしよう。そう思って言うに、頭ではそんなわけがないと否定していても、それでも日番谷は言葉を返して、口元を緩ませた。それを見てが、日番谷君が笑った、と笑うのは、すぐ後のこと。



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