学院編 2


学院の中を歩いていれば、いやがおうにも日番谷へと視線は集まってくる。
巨大虚と戦ったらしいぜ ―― 無事だったんだ ――は日番谷を庇ったらしい ―― そんな会話が日番谷の耳に届く。もうあの実習の日から10日ほどが過ぎようとしているのに、それでも噂は落ち着いていなかった。人の噂は75日って言うしな と日番谷は息を吐く。彼自身は、噂など特に気に留めていなかった。巨大虚と戦ったのも本当だし、無事だったのも本当だし、が俺を庇ったのも本当だ。だからこそ、いや、仮にデタラメが流れていたとしても、本人が関われば余計にやっかいなことになると、日番谷はその状態を傍観していた。それに、実際にあの実習で起きたことを知っている一年一組の面々は騒ぎ立てることをせず、今までと変わらない態度で日番谷と接していたため、彼の生活は変わらなかった。

けれどその日は、少しだけ様子が違っていた。昼休みに、クラスメートと食堂へ向かっていた日番谷は、前方からのざわめきを耳にした。こんなざわめきはもう慣れてきてしまっていたものだったが、けれど、そのざわめきは人だかりを作っていた。ちらりと向けた視線の中に見つけた姿に、日番谷から思わず、あ と声が漏れる。小さなその声が届いたわけではないだろうが、その相手はざわめきに苦笑を浮かべていた顔を日番谷へとやって、あれ というような顔をしてから にこりと笑った。

「日番谷君」

そのの言葉に、そのざわめきは一瞬静まって、日番谷を目にとめてから、今度はヒソヒソとした嫌なざわめきが起こる。日番谷と一緒にいたクラスメートたちも、驚いた様子を浮かべた。はその場のその様子を気にも留めないふうに、自分を囲んでいた人だかりに じゃぁ と声をかけて、日番谷のほうへと足を進めた。密やかな声は、一層大きくなる。けれど日番谷もそれを気に留めずにへ向けた視線をはずさなかった。

「・・・出てきてたのか」
「うん、もう全快よ」

にこりと笑って言うに、小さく日番谷は息を吐いた。安堵の息だ。が目を覚ましてから、明日も見舞いに来るといった日番谷に、は 来ないでね と言っていた。もう大丈夫なんだから、日番谷くんはちゃんと学院に行きなさい と。日番谷が実習後の4日目で学院に出てきたのは、渋りながらも最終的にその申し出を受けたからだった。そのため、あの後がどうやって回復していったのか、日番谷は知らなかった。日番谷の安堵の息を見て、は まだ心配しててくれたの?ときょとんとした顔で日番谷に聞く。そんなに、日番谷は おまえな・・・とため息をついた。

「するに決まってるだろーが」
「もう大丈夫って言ったのに」
「あんな顔色で言われたって説得力ねぇって言っただろ」

日番谷の言葉に、そういえば言ってたね とが笑う。笑うとこじゃねぇよ と突っ込んだ日番谷にはまたも笑って、日番谷は諦めたようにため息をついた。こういうところが、こいつは掴めない と思わせる部分の1つだった。
一方、2人が独特の雰囲気で話していることに、に集まっていた面々も、日番谷と一緒にいた面々も驚いていた。というか、この2人はいつからこんなふうに話す仲になっていたんだろう と思う。あの実習までには面識もなかったはずだし、あの実習ではあんなことがあったのだし、その後だっては治療を受けていた。なのに、なんだってこんなに親しくなってるんだ? そんなことを思う周りを置いて、はそうだ と日番谷に提案する。

「よかったら、お昼 一緒に食べない?ちょっと話したいことがあるんだけど」
「話したいこと?」
「うん」

にこりと笑うに、日番谷は一緒に昼食をとりに来た少年たちを振り返る。未だこの展開についていけていない彼らに、悪い、別に食うんでもいいか と日番谷が声をかける。そうすれば、伊勢がハッとしたようにして頷いた。その答えを受け取ってから、日番谷はに向き直る。そうして、の後ろで興味深げにこちらを見ている生徒たちに目を細めてから、行こうぜ とに声をかけた。



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