どん、という衝撃の後に、ぐらりと体と視界が揺れた。傾いた視界と体の浮遊感に、階段から落ちていることを知る。ちらりと目の端に移った慌てた顔をした男子生徒が、おそらく衝撃の原因だろう。そんなことを頭で判断している間にも、現実の世界では彼女の体は階段から落下していた。そうして、そのまま落ちたら痛いだろうな、怪我するかな、どうしよう、転校初日からなんてついてないの、なんて考えている間にも、彼女の体は重力に従って床と衝突しようとしている。ある種の覚悟を決めてぎゅっと目を瞑った瞬間、彼女の体は床ではない、温かいものに包まれていた。

「・・・・大丈夫ですか?」

聞こえた柔らかい声とその感覚に、彼女は恐る恐る目を開く。そうすれば目に飛び込んできたのは青緑色。見覚えのある色だと思ったのは数瞬で、すぐにこの高校の男子の制服のブレザーの色だと気づいた。それがわかれば、先ほど聞こえた言葉からも、なんとなく現状の把握は出来る。つまりは、このブレザーの持ち主 ―― 今触れているこの人に、助けてもらったのだ、と。

「は、い、・・大丈夫、です」

突然の落下に驚いて固まってしまったような声帯をなんとか動かして声を発すれば、彼女を支えていた腕の力が少し弱まる。それを受けてしっかりと自分の足で体勢を立て直してから顔を上げて、そうして ―― 彼女の表情は固まった。

「よくやったわ古泉くん!さすがSOS団副団長ね!」

団員全員で移動中だったのだろう、見習いなさい、キョン!なんて言っているハルヒの声も、うるさい、なんて行っているキョンの声も、大丈夫ですか?と心配そうなみくるの声も、長門からの視線も、悪い、と上からかかってくる声も、その足音も。彼女には届かなかった。そうしておそらく、 ―― 彼にも。

「・・・こいずみ・・?」
「・・・」

聞こえた苗字は、彼のものと同じだった。見上げてあった顔は、彼のものだった。開かれた瞳は、彼と同じ色。そうだ、さっきの声は、彼の。3年前、突然消えてしまった、彼、の。小さく声を零した彼女と同様に、古泉もまだ近い距離のままの彼女を、彼女と同じような表情で見つめる。驚きと、喜びと、哀しみと、いろいろなものがまざった表情で。

「・・・・・・・・・いつ、き?」

細く震えた声で、久方ぶりにその響きが空気を揺らす。酷く久しぶりな彼女の声で呼ばれる自分の名に、古泉は作り損ねたような顔で笑う。そうして彼の口から零れたのは、彼女のそれよりももっと弱い、彼女にだけしか届かないような、彼女の名前だった。