雲南・ミャンマー国境越え 〜龍陵から恵通橋へ〜
 ジンポー族の目脳節は、ツアーを出している旅行社が少なく中々行くことが出来なかったのだが、今年は運よく催行でき数年来の願いがやっと叶った。
 この祭りは大変盛大な祭りで、ジンポー族は勿論、多くの他の部族も集まる。ただ、ジンポー族も衣裳は様々であり一見の観光客では見分けがつかないものもある。
 とにかく写して後からガイドに確認したのだが、やはり殆どがジンポー族。リス族も確認できたが、他の部族は分からなかった。

 今回のツアーはミャンマーから陸路での国境越え、ミャンマーの小数民族も2〜3見る事が出来そうで楽しみであったが、ミャンマーは小数民族の宝庫と言えるチャイントンには立ち寄らないのが物足りない。
日程(2011.2.12発))
日次 コ  ー  ス 宿泊地
1 成田→(ベトナム航空)→ハノイ→(ベトナム航空)→ヤンゴン ヤンゴン・チャトリウムホテル
2 ヤンゴン→(アジアエアウェイズ)→マンダレー→ピンウールイン ピンウールィン・ロイヤルパークビューホテル
3 ピンウールインー→ティーボー ティーボー・ミスターチャールズゲストハウス
4 ティーボー→ラーショ ラーショ・ラショーモーテル
5 ラーショ→瑞麗 龍麗・新凱通国際大酒店
6 瑞麗→ルーシー ルーシー・徳安酒店
7 ルーシー→龍陵→ルーシー ルーシー・徳安酒店
8 ルーシー→(中国東方航空)→昆明→(ベトナム航空)→ハノイ 機中泊
9 ハノイ→(ベトナム航空)→成田



(ユーラシア旅行パンフレットより)
@ 2011.02.12(土) 成田→(ベトナム航空)→ハノイ→(ベトナム航空)→ヤンゴン
 前日は成田に前泊だったけど、雪。夜も天気予報はあまり芳しくないので心配であったけど予定通りフライト。今回はハノイからさらにヤンゴンまで。
 ヤンゴンの町は想像以上に近代化が進んでいた。
A 2011.02.13(日) ヤンゴン→(アジアエアウェイズ)→マンダレー→ピンウールイン
 早朝のフライトなので真っ暗なうちにホテルを出発。朝食も弁当。多分今回の旅で一番良いホテルなのにただ寝るだけなので勿体ない気もする。

 マンダレーヒルの観光は素足。ミャンマーのパゴダはどこも素足でなければならないそうだ。午後はピンウールインの観光。植民地時代の英国風の建物や植物園を見て回ったが、特に目をひくものでもなかった。
B 2011.02.14(月) ピンウールインー→ティーボー
メインティー村(パラウン族

 今日もまたパゴダ。その後プィー・カオ滝に。滝はそれほど大きな滝ではないが観光名所みたいで土産物屋も沢山ある。
 その後世界第二の高さのゴッティー鉄橋へ。軍の管理下のために近ずけないとかで遠方から。
 午後もまたパゴダ。パゴダの国ミャンマーだから仕方ないがどれも同じようなもの。素足になるのも面倒なので中に入るのはパス。

 今日は早めのチェックイン。一休みしてからパラウン族の村に。やっと少数民族探訪だ。
 ここではお年寄りはみんな民族衣装を着ているが、子供も中壮年も日常はもう着ていないようだ。また、この民族は皆好意的で写真も気持ち良く撮らせてくれる。
 こんな状況はもうそう長くは続きそうもない。
C 2011.02.15(火) ティーボー→ラーショ
ティエンチン村(シャン族

 今回はシャン族の村だけど、この村は町に近いので生活も近代化、民族衣装は期待していなかったのだが、幸いなことに学校行事だとかで村を挙げて、晴れ着を着てのお祭り騒ぎのようであった。
 この部族もお祭り気分もあったかもしれないが遠来の客に好意的、お茶まで振る舞われた。

 午後はラーショの市場に。
 小数民族は訪れているのかどうかも分からないが、民族衣装の人は見当たらない。シャン族の家庭用品の店もあるので、多分シャン族の人はいると思うが。
D 2011.02.16(水) ラーショ→瑞麗
ラーショの野菜市場(パラウン族

 野菜市場にはシャン族やパラウン族が集まると言うことだが、やはりシャン族は民族衣装を着ていないので、目立つのはパラウン族だけ。(結局シャン族は普段着の民族衣装には出合えなかった)

 国境に近ずいたので2回もチェックポイントがある。途中には美しい棚田があったが、今は乾季。水も雨水のようで稲は無く寂しい風景。

 国境の町は思いのほか賑やかな町であった。まあ、ミャンマーと中国の陸路越えではメインルートのようだから当然かも散れない。

 中国に入って早速ジンポー族の村に行ったのだが、ここも生活は近代化された村で、民族衣装の人はいない。(今回の旅行社は、小数民族探訪ツアーと言いながらこんな村ばかり案内するのが玉に傷)
 普段着ていないのなら村長の家なりに頼んでモデルでも手配して欲しいのだが、この旅行社は過去にも他のツアーに参加したがそんな記憶もない。
 夕食はタイ族料理。民族舞踏を見ながらということだったが、小手先のショーで興醒め。
E 2011.02.17(木) 瑞麗→ルーシー
允欠村(ドアン
目脳節ジンポー族リス族

 出発前は目脳節は瑞麗とのことであったがルーシーに変更になったとか。まさか、急きょ変わったわけではなく情報の収集が遅かったのではと思うが????
 そんなことで、またまた真っ暗なうちに出発。
 途中ガジュマルの大木「独樹成林」に寄れども暗くて何も見えず(笑)
 同行の人もあまりこだわりがないようなのでパスし、ドアン族の村に。この村も民族衣装の人は少ないみたいだが、一人だけお年寄りが着ていた。
 撮影してるうちに子供が着てくれ、最後はお年寄りまで正装してくれた。(笑)

 祭り会場へは始まって間もなくと言う時間に到着。現地ガイドの手配でVIPカードつきだったが、始めはわけがわからず踊る人について会場に入る。
 色々な衣装の人がいるが、当然のことながら多くはジンポー族。ただ、ジンポー族の衣装にも何種類かあるし、他の部族も参加しているし。とにかく撮影して、後からガイドに確認するしかない。(結局写したのはジンポー族以外はリス族だけ)
F 2011.02.18(金) ルーシー→龍陵→ルーシー
 今日はこの旅のサブテーマ、龍陵から恵通橋の観光なのだがホテルは連泊。目脳節の会場はホテルから数分と言うこともあり、一人離脱してまた目脳節の撮影。

 昨日は不発だったたの少数民族を期待したが、今日はリス族もいず、自分には皆ジンポー族にしか見えなかった。
しかし、二日間祭りの撮影に没頭でき満足満足。
G 2011.02.19(土) ルーシー→(中国東方航空)→昆明→(ベトナム航空)→ハノイ
 午前はルーシーの市内観光で昼の便で昆明に。
 昆明では8時間待ちでハノイと言うことで、空港待機かと思っていたが、昆明の市内観光で時間つぶし。(思えば昆明の市内観光も始めて)

 ハノイの空港は2年前はロビーの工事中だったが、勿論今はリニューアルされていた。しかし、混雑していること。ハノイは何度か来ているがこんなに込んでいるのは初めて。
 便は減っているようなので、混雑の差が大きいかも知れない。
H 2011.02.20(日) ハノイ→(ベトナム航空)→成田
 予定通り無事到着。
 
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