世界の棚田と少数民族
棚田写真集
中国 雲南省元陽 金平 紅河 麗江 羅平 中   国 貴州省 中   国 広西チワン族自治区
ベトナム ラオカイ省・ハジャン省・ライチョウ省   フィリピン イフガオ州・マウンテン州
 
ラオス ファバン県   インドネシア バリ島 ミャンマー シャン州
 
インド オリッサ州・マニプール州・ナガランド州
 
中国少数民族写真集




紅河ハニ族イ族自治州  元陽県 ハニ族 イ族 旱タイ族 チワン族
金平ミャオ族ヤオ族タイ族自治県 紅頭ヤオ族 平頭ヤオ族 藍ていヤオ族 イ族 ハニ族 旱タイ族 ミャオ族
紅河県 イシャハニ族 ハニ族 イ族
玉渓市 通海県 回族 モンゴル族
新平イ族タイ族自治県 旱タイ族 花腰タイ族
昆明市 石林イ族自治県 サニ人
曲靖市 羅平県 ブイ族
西双版納タイ族自治州 もん(孟+力)海県 花腰タイ族 旱タイ族 水タイ族 ジノー族 ヤオ族
徳宏タイ族チンポー族自治州 瑞麗市 ドアン族
大理白族自治州 大理市ほか 白族 回族
剣川県 プミ族 イ族
麗江市 古城区ほか 納西族
新平県花腰タイ族の祭り「花街節」はこちらから。(第1部特別企画)
ルーシー市ジンポー族の祭り「目脳節」はこちらから。(第1部特別企画)
 
貴州省 短角ミャオ族 紅線ミャオ族 花ミャオ族 大花ミャオ族 黒ミャオ族 短裙ミャオ族
芭沙ミオ族 白鳥衣ミャオ族 石橋ミャオ族 清曼ミャオ族 長裾ミャオ族 錫繍ミャオ族
紅繍ミャオ族 長角ミャオ族 ミャオ族 ブイ族 トン族 水族
ミャオ族の祭り「姉妹飯節」はこちらから。(第1部特別企画) 

広西チワン族自治区 トン族 チワン族 紅ヤオ族


四川省丹巴県・小金県 ジャーロンチベット族

ベトナム少数民族写真集
民族名 小分類 ライチョウ省 ディエンビエンフー省 ラオカイ省 ハジャン省 チンクワイ省
タイ タイ
イエンミンタイ
ターイ 黒ターイ
白ターイ
ヌン
ザイ ザイ
ザイテン
ルー
ボイ
モン モン
花モン
黒モン
白モン
赤モン
青モン
ザオ ランテンザオ
アオザイザオ
ターパンザオ
赤ザオ
黒ザオ
ザオカウ
ザオクウンチェット
ダオコド
パテン
ラチ 花ラチ
黒ラチ
ハニ ハニ
花ハニ
黒ハニ
ラフ
フラ
ロロ 花ロロ
黒ロロ
ムオン
スン(注)
(注)   小分類は色々な呼称がありますので代表的な呼称で分類してあります。
○印は掲載してある省です。
スン族は小分類の名称で属する民族はわかりません。
ラオス少数民族写真集
フアパン県 カム族 タイデン族 タイダム族 ラオ族 モン族 青モン族 黒モン族 ヤオ族
ウドムサイ県 モン族
コンサリー県 アカ族 タイダム族
ルアンナムター県 ランテン族 黒タイ族 タイルー族 タイダム族 アカ族 イゴー族 ヤオ族 モン族
フィリピン少数民族写真集
イフガオ州・マウンテン州   イフガオ族
インドネシア少数民族写真集
バリ島   バリ・アガ
タイ少数民族写真集
チェンマイ県   パドゥン族 アカ族 ラフ族   チェンライ県   ヤオ族
ミャンマー少数民族写真集
シャン州   シャン族 パラウン族
インド少数民族写真集
オリッサ州   ボンダ族 ガダバ族 ドングリア・コンダ族
サウラ族 クマール族 マリ族
チャティッシュガール州 ムリア族、マリア族、ゴンド族、バトラ族
グジャラート州 ガラシア族 ビール族 ラバリ族 ミール族 バハルワード族
アヒール族 ジャート族 メグワル族 ラトワ族
ナガランド州 ナガ族
ナガ族の祭り「ホーンビル・フェスティバル」はこちらから。(第1部特別企画) 
パキスタン少数民族写真集
カイバル・パクトゥンクワ州   カラーシャ族
カラーシャ族の祭り「ジョシ」はこちらから。(第1部特別企画) 
エチオピア少数民族写真集
南部諸民族州   アラバ族 ワライタ族 コンソ族 セマイ族 バナ族 ムルシ族
カロ族 ケレブ族 ハマル族 エルボレ族 ドルーゼ族
ナミビア少数民族写真集
クネネ州   ヒンバ族 ハカオナ族 ヘレロ族
マリ少数民族写真集
セグー州   バンバラ族   モプティ州   ボボ族 フラニ族 ドゴン族
トンブクトゥ州 トゥアレグ族 ボゾ族
旅のレポート(タイトルはツアー主催者のコピーです)
1 幻想の元陽・棚田を撮る!
2 元陽棚田と花腰タイ族撮影紀行
3 雲貴高原・少数民族紀行貴州西部の奥地を訪ねて
知られざるミャオ族の村巡りと自然美にふれる旅
4 雲南・北部ベトナム少数民族街道
5 ベトナム最北の地を行く ハジャン民族紀行
6 ベトナム最北の地を行く ディエンビエンフーからハジャンへ
7 天国の階段(フィリピン) バナウェイの大棚田と民族探訪
8 雲貴高原少数民族紀行 ミャオ族の祭り・剣河の姉妹飯節
9 南部エチオピア民俗紀行
アフリカ大地溝帯の自然と人々の文化にふれる旅
10 ベトナム・ラオス未知なる国境地帯 少数民族の里を訪ねて
11 バリ島撮影の旅
12 東インド、オリッサ州とバスタール少数民族街道
13 チェンマイ・チェンライ彩雲絵巻
14 グジャラート インド最西端のトライバル・ベルトを行く
15 雲南・ラオス国境越え
16 ナミビア 世界一美しい裸族・「孤高の民」ヒンバ族
17 原色の西アフリカ マリ
18 姉妹飯節見学ハイライト
19 雲南・ミャンマー国境越え 龍麗から恵通橋へ
20 高山植物花咲く四姑娘山麓と美しき村落丹巴の旅
21 インドの秘境 インパールと小数民族の祭典ホーンビル・フェスティバル
22 雲南・水の張る棚田絶景と大羊街の旅
23 茶馬古道・雲南少数民族の交易路をゆく
24 秘境・カラーシャの谷とシャンドール峠越え
25 世界遺産天空の棚田群・元陽と菜の花の絨毯・羅平
奇岩群石林7日間
 
雲南の棚田(梯田)と少数民族
 元陽は雲南省の南部、ベトナム、ラオスとの国境に近く、州都昆明から約300キロのところにあり、ここにはハニ族、イ族、ミャオ族、タイ族などの少数民族が暮らしている。海抜が1400m〜2000mの地で少数民族は古くから稲を栽培してきたのだが、山間地であるが故の知恵から全山が壮大な棚田になっている。広大な土地であり最大の棚田は5,000段もあるといわれているが、至る所に麓から頂まで、急峻な斜面に連綿と続く様はなんとも言い難い美しさである。
 この棚田に暮らす少数民族はいまだ民族衣装の着用率が高く、普段の農作業もカラフルな衣装をまとい行っている。
 元陽から更に南、ベトナム国境に近い金平にも元陽と負けず劣らずの棚田があり、少数民族も沢山住んでいる。
 金平に入り目に付くのは赤いとんがり帽子の紅頭ヤオ族。イ族、ハニ族も元陽とは衣装も違う。ただ、元陽より奥地なのに民族衣装の着用率は低い。民族衣装の着用率は、最早奥地であるかどうかは関係ないようだ。
貴州省の棚田(梯田)と少数民族
 訪れたのは貴州省の西部だけだが、80%が山間部の貴州省は勿論農地は棚田。厳密に言えば段々畑だがカルスト台地の山々の斜面はいたる所がトウモロコシ畑で、水田は極僅か。(僅かの棚田と言っても、日本に持ってくれば立派な百選選定地合格だ)トウモロコシが主食といってもあきれかえるくらいの面積で、日々のバス移動で目に入るのはトウモロコシ、トウモロコシ、トウモロコシ。米は食べないから水田が少ないのか、稲作が難しいから水田が少なくトウモロコシを主食にせざるを得ないのか、どちらなんだろうか?
 しかし北西部から南下して南西部の興義までくると急に水田が多くなる。この辺りは米が主食でトウモロコシは家畜の餌、貧しい貴州省と言えども北部に比べて裕福なようだ。でも、急峻な斜面はやはりトウモロコシ畑で水田は比較的緩斜面の沢沿いにある。
 景勝地の万峰林には奇岩が連なるカルスト地形の谷沿いに棚田が広がり美しい光景を醸し出している。
 貴州省西部は観光客は少ないのだが民族衣装の着用率は低く、普段着用しているのは老人だけのようである。
広西チワン族自治区の棚田(梯田)と少数民族
 3月下旬に行ったのだが、棚田は観光コースに組まれていてベストシーズンではなくまだ水も殆ど入ってはいなかった。
 桂林という有名観光地に近く、早い時期から観光地化されていて、少数民族の人々もホテル、ガイドや土産物売りと観光業に就いているようだ。あまり観光業に精を出すと農業がおろそかになりはしないか。棚田が耕作放棄され荒れてくれば、観光客も来なくなりはしないか、と、いらぬ心配が・・・。

(2007年3月
北部ベトナムの棚田と少数民族
 ここを訪れたのは3月中旬で殆どの田にはまだ水は入っていない。日本と同じで田植えの少し前に入れるらしい。
 サパ周辺の棚田は中国側と違いビックリするほどのスケールではないようで、なんとなく日本の棚田が思い浮かぶ雰囲気も感じる。ただし、幹線道路沿いから見ただけであり、奥地にはあるかも知れないが。
 サパは観光地であり、赤ザオ族、黒モン族等の小数民族は民族衣装を着用し観光客相手に土産物を売っているが、彼らは英語、日本語を話せる者も多い。
 やはりベトナムは棚田より小数民族探訪の地のようだ。
 二回目に訪れたのは4月下旬。気候としては雨季の走りのようで雨模様の日もあったが、本格的な雨季はもう少し先のようだった。
 平地では稲穂が出ているところも多く、これらの田は二期作地帯であろうが、北部の山岳地帯はまだ水の入っていない所も多い。水が張られるのは雨季の到来後で、水が入ればすぐに田植えのようだ。中国の雲南と違い水が張られている時期は短く撮影チャンスが少ないのは残念でもある。
 三回目は10月上旬。雨季から乾季への変わり目でかなり雨の日もおおかった。刈入れは場所によりかなり違う。大分前に刈入れ済みのような場所もあれば、まだまだこれからの場所もあった。
フィリピンの棚田と少数民族
 長い間の願いがやっと叶いバナウェイの棚田を訪れたが、天国への階段は思いのほか短く、正直期待外れでもあった。
 短い日程であり、棚田の撮影ツアーでもないのでバタッド村には行けなかったし、他にもまだまだ良い所はありそうなので再訪したい気持ちもある。
 マニラ、バナウェイ間は道路も整備されているが、バナウェイからボントック方面は山岳道路で、路面そのものはそれほど悪くは無いが雨季にはいかにも土砂崩れが起きそうな場所は至る所に有る。バナウェイも中心部は問題なさそうだが、周辺の棚田は雨季は道路状況に不安もある。こんな状態なので初めてなら乾季に訪れるのがベター!
 ところで、ルソン島北部山岳地帯の棚田は「フィリピン・コルディリェーラの棚田群」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されているのだが、今回廻った棚田のどこまでが指定地域なのかよくわからない。
 少数民族も最早見かけは普通の服装で、観光客が訪れるところで民族衣装の人に遭遇するのは運が良い、そんな状態である。ただ、バナウェイのビューポイントには有料のモデルはいる。
(2007年1月
ラオスの棚田と少数民族
 ベトナム、ラオスの山間部の国境が外国人にも開放されたことから、時々利用した旅行社が新コースを設定し参加の誘いがあった。外国人は殆ど踏み込んでいない地域らしいので、少数民族も民族衣装を纏っているんだろうと勝手に思い込んで行ったのだが、これが全くの予想外れ。普段は民族衣装を着ている人は殆どいない。
 確かに観光客は滅多に見なく素朴な人々だが、北ベトナムでは多くの人が民族衣装を着ているのに、ラオスではこんなに少ないとは。同行者も殆どの人が北ベトナムは知っているので皆で残念がった旅になった。
 稲作は盛んなのだが棚田も走った範囲では美しい場所は見当たらず、こちらも収穫はなし。
(2007年10月
インドネシア(バリ島)の棚田と少数民族
 インドネシア(バリ島)の稲作は三期作であり、水田の状況は千差万別。田植えをしているところもあるかと思えば稲刈りのところもある。撮影は行き当たりばったりか入念に現地の情報を仕入れて行くか?しかし、観光ガイドも水田の状況は大して把握していないので情報収集も難しそうである。
 有名なテガラランの棚田は残念なことに稲刈りが済んだところがかなりあった。三日間島を巡った限りでは、田植え前後の水を張った状態のところは少なく、やはり何時来ても良いと言う訳ではない。
 今回は棚田だけの撮影ツアーではなかったので、他の棚田には行かなかったので機会があればまた行きたい。
 少数民族もバリの先住民バリ・アガのトゥガナン村を訪れた。バリ・アガはバリ島にヒンズー教が伝わる以前の風習を今も受け継いでいて、自然界のあらゆるものに精霊が宿るとするアニミズム信仰のもとに生活していると言われていて、アタと言う藤籠やグリンシンと言う織物を作っている。
 この村は今は有料の観光村で、全戸がアタやグリンシンを初めとした土産物屋である。
 また、衣装も特別な物は着てはいないが、年に一度の祭り(ウサバサンバ)ではグリンシンの民族衣装を纏うらしい。
(2007年11月)
インドの棚田と少数民族
 今回走った範囲では棚田は見るべきものはなかった。勿論棚田を巡るツアーではないので仕方ない。しかし、乾季の終りの時期だからか、所々で田植え風景に出合ったのはラッキーだった。
 インドへはオリッサ州のボンダ族を目当てに行ったのだが、ボンダ族の集落には外部の者は立ち入ることができず、市に出かけてくる人々を写すしかない。近年はボンダ族目当ての観光客が多く、彼らを撮影するには原則的にはお金を払う。金額的には我々にはたいした金額ではないのだが写真はどうしても記念写真になってしまうのが難点だ。(後で聞いた話だが、ボンダ族の集落はどこも車では入れないから、観光客は市場に出てくる人々を見るしかないとのこと。しかし、どちらが本当かは未だ分からない)
 他にも多くの少数民族がいるのだが、インドの場合はどの部族も良く似た衣装で見分けるのが難しい。インドのガイドも遠いニューデリーからのガイドであまり詳しくなかった。
(2008年3月)
ミャンマーの棚田と少数民族
 シャン州は棚田を時々見る事が出来たが、今は乾季。現地ガイドの話では水は殆どが雨水なので、作付けは雨期に1回だけとのこと。
 美しい棚田もあったのだが何も作られてないので味気ない風景になってしまった。
 小数民族もシャン州には多いらしいのだが、ラーショから中国の瑞麗ルートはかなり開けていて、小数民族も生活は近代的され、民族衣装を着ている人は少ない。
 もっとも、今回はシャン族にパラウン族しか見る事が出来なかったが、パラウン族の集落では年寄りはまだ民族衣装を着ていた。
 しかし、シャン族は運よく学校行事のため民族衣装で正装していたが、普段は誰も着ていないようだ。
(2011年2月)