佐伯と黒羽は思わず顔を見合わせた。葵には、もし潮が引いたらモールス信号のようにぶつりぶつりと、押し寄せてきたなら一息に鳴らせと言ってある。今の音は、今まさに波が押し寄せてくる、そのことを伝える一本の警鐘だった。
 残響が消えるのを待たず飛び出そうとした佐伯の肩を掴み、黒羽が廊下に反響する大声を上げた。
「バカヤロ! 後先考えずすぐに飛び出すんじゃねえ!」
 きっ、と見返した先には、黒羽の厳しい視線が自分を射止めているのに気づいた。佐伯は黒羽の腕を振りほどき、反抗の声を上げた。
「いっちゃんを見捨てろっていうのか!」
「違う! 今ここで二人で出て行ってもどうしようもねえだろ! 二人、いや三人で仲良く海の藻屑になるんじゃなくて、縄かなんか見つけてきてそれをいっちゃんに投げた方が、もし間に合わなかったとき」
「バネ、間に合う間に合わないの話をしている間にも津波がやってくるかもしれない。俺は見捨てられないよ」
「誰が見捨てるなんて言ったんだよ!」
「もういい。バネ、お前は一人安全地帯にいればいいだろ」
「バカ、待……」
 制止の声など聴かなかった。佐伯は樹の後を追い、暗闇滞る階段を駆け下りた。濡れているからかそれとも凍りかけているのか足元がいやにつるつるする。手すりに縋り、しかし踊り場で足が滑った。バランスを取るタイミングを外し、膝小僧を強かに打ちつけた。「つっ」と呻くものの、勢いを止めない。その瞬間ポケットから振り落とされた包丁が段から転がり落ち、それを拾い上げて再び左ポケットに仕舞い込んだ。ポケットの中に入れてささやかな鞘代わりとしたタオルがいやにもこもこする。
 階段を下りてすぐそこにあった給食室に入り、津波で扉を押し流された搬入口から外に出る。冬の雨が容赦なく髪を、肩を打った。どざぁ、と瀑布のような音がしていた。十秒も経たないうちに濡れ鼠になった。服が水を吸い、冷たく重い。氷のようだ。顔に張り付いた前髪を払うと、雨雲の下にはほとんど光がないのに気づいた。二人の姿は影になっているし、夜目が利くようになった目では判別もしやすくなった。ちょうど樹が膝立ちになり、小さい影と正面向いて、なにやら言葉を交わしていた。おそらく怪我の有無や、家族の安否だろう。津波を告げる鳴子笛は聞こえていなかったらしい。聴こえていたらもう校舎に向け足に鞭打っているはずだ。
 二百メートルほど遠くにいる樹めがけ、声帯が使い物にならなくなるような大声で叫んだ。
「いっちゃん! 早く来るんだ!」
 一瞬の間の後、樹がこちらを向いた。そして、望と手を繋いでこちらへ駆けてきた。直後、佐伯のくるぶしから下が急に冷えた。あろうことか、津波がもう来たのか! 佐伯は舌打ちをすると、樹の元へ走り出した。ずんずんと上昇していく潮位は、樹までの距離が半分ほどになった頃には既にふくらはぎほどの高さまで跳ね上がっていた。幾度となく足をとられそうになり、その度に足で海面を蹴散らした。ばしゃばしゃと飛沫を上げながら、佐伯は広がりつつある渚を駆け抜ける。
 やっと樹まで辿りついても、言葉はなかった。余裕の方がなかった。樹の背中を叩き「急げ!」とだけ叫び、校舎を指しながら走った。足が重い。水は重いものだということは経験的に知っていたが、今までこんな凶暴な魔物の瀬で戯れていたのかと思うと正直寒気が背筋を襲った。布地が濡れに濡れ、トランクスまで水に浸るほど潮位が上がっていく。徐々に進むスピードが遅くなっていく。
「いっちゃん! サエ!」
 突如上空からかけられた声に反応する暇もなく、目の前に細長い白いロープのようなものが落ちてきて水面に蛇のようにのたくった「く」を描いた。徐々に流されていく希望の綱に向け、佐伯はジャンプした。届かない。左手で樹の手首を掴み、また跳んだ。拳で殴ったかのように派手な水飛沫が上がり、思わず目を瞑った。手探りで手首にロープを絡みつけ、たぐりよせる。
 同時、望が「うわっ」と叫んで、水の中につむじまで没した。波が徐々に高くなっている。海面は一刻として止まらず、佐伯の胸まで水位は上昇の一途を辿っていた。樹は佐伯の手を振りほどき、望を引っ張り上げようと腰をかがめた。その瞬間、一際高い波が樹を襲い、二人の姿が水面下に沈んだ。そのまま流されていく。佐伯はロープを放り投げ、樹に向かって跳びこんだ。もう足がつかない。着衣が水を吸い、まるで自分の身体とは思えないほどの重さが襲った。校舎がどんどん遠ざかっているのが分かった。
 駄目だ、流される……
 佐伯はもはやこれまでと目をつむった。
 その刹那、佐伯の左腕に激痛が走った。泥に濁った水は透明度を失っている。痛みと津波の猛襲の先に佐伯は見た。泥の中に沈んでいるのだ。人間の顔が。
 まさしく、砂浜で見つけた謎の怪魚だった。鱗がなく肌色の顔面、意志のない眼球、まぶたの青白さ。白い歯は佐伯の左二の腕に埋まり、食いちぎろうとしているのかその力が徐々に強まっていく。流れていく水に、黒く血の色が混じった。U字型の歯列が腕の皮膚を突き破り、筋肉に達した。ぎりぎりと、その力が強くなっていく。そしてその顔が二つに、三つに増えていく。新たな場所に食いつかれ、激痛を訴える場所が顔に比例して増加していく。
 途端、フラッシュバックした。目の前が泥に濁った海ではなく、雨の降る教室が。黒板にでかでかと書かれた「佐伯虎次郎」という文字の前に立ってランドセルを背負った自分を見る、子供達の憐憫の視線。顔という顔が自分を見て、目新しさよりも強く哀れみのこもった目。知らない顔はあまりに知らなさすぎて、違う顔だと判別できない。どうしてそんな目で見る。東京にいた頃はそんな目で自分を見る者は誰一人としていなかったのに。
 紹介が為された後に、怒涛のように押し寄せてきた子供、子供、子供。しかしその目は動物園に行ってパンダでも見るように目新しいものを見る目に過ぎず、数時間も経てば誰も話しかけにくる者なぞいなかった。佐伯にもまだ社交性はなく、ただ知らない人の顔が恐怖として認識された時代だった。誰も親身になってくれなかった。子供達は排他的な友達グループの中でしか存在せず、新たな友達を受け入れる準備はどのグループにもなかった。孤立の恐怖、それは佐伯の無意識下に、深く彫り刻まれたトラウマの元凶だった。
 ポケットに入れたままだった包丁を抜き出した。それを上空に上げ、逆手に持ち直し、魚の顔に思い切り突き立てた。今までとは想像を絶する血液が波に混じり、魚はのたうって離れた。同じ要領で他の魚の背に突き立てる。魚は苦悶の表情を浮かべ、佐伯の腕の皮膚を噛み千切って波に呑まれて消えた。鉄錆の匂いが雨に溶けて消える。その血の匂いは、佐伯の血か、人魚の血か、どうしても分からない。佐伯は「ひひっ」と引きつったような呼吸をして、再び魚の背に包丁を突き刺した。抜く際に、ずぽっ、と生々しい音を立てた。再度振り上げる。赤い血が闇に染められて黒ずみ、空気に散った。残り僅かな人魚、逃しはしない。
「望!」
「助けて、兄ちゃん、助けて、僕の足に……」
 小さな子供の上げる悲鳴が、忽然と消えた。その代わりに、ぼごぼごと悲鳴が泡に形を変え、子供のいた場所の水面に大きく鮮やかな緋色の華が咲いた。紅は水の流れに乗って血の筋を引いた。
 泣き声で喉が枯れるほど叫ぶ声がする。構わず自分の太腿に食いついた人魚に向け、包丁を大きく振り上げた。人魚がまた一匹、水に沈んで姿を消す。
 腹部に、水で冷やされてもなお生ぬるい腕が絡みついた。それが樹の腕だと気づくには、狂気に囚われかけた佐伯の知覚に届くのは一瞬だけ遅かった。
 肉をえぐりながら深々とめりこんでいく感触。樹の背に、ぬめるように輝く一本の刃が突き立っていた。無意識の内に刃を引き抜く。半分ほど密着していた身体が、びくっ、と震えた。呆然と佐伯を見上げる、涙に縁取られた樹の目が、言葉なく「どうして」と訴えかけていた。唇の端から、鮮やかに血が伝う。樹の身体が傾く。腰に巻きつけられた腕が徐々に力を失くし、ほどけた。樹の身体が、波に浮きつ沈みつ揺られつ、呑まれていく。
「いっちゃん!」
 校舎二階から響いた声によって一瞬にして現実に引き戻された。
 思考にかかっていた靄が一瞬で晴れ、目の前には血に塗れた現実が広がっていた。
 佐伯は思わず、流されていく樹を追ってその襟首を掴み、肩を抱いた。何度も名を呼ぶが反応はない。その間にも流されていく。止まらない。
 今まで存在すら考えなかった「死」を、初めて明確に意識した。流れ着く場所が何処か知らないまま、意識のない樹を抱いたまま、抵抗虚しく海に流されていく。黒羽に手を伸ばすが、黒羽は遥か前方にいる。手は空をかいた。
 このまま死ぬのか。樹を刺した己が憎い。もしこのまま樹が死んだら、自分も波に呑まれて死のう。一番自分を大切に思ってくれた人に刃を突き立てた報いなら、甘んじて受け入れよう。
 腰に激痛。皮を噛み千切られた。しかしこれも致命傷ではない。自分は樹の背を突き刺したのに、樹はこれ以上の激痛を味わっただろうに。
 せめてこのまま流れよう。海の藻屑と消えよう、いっちゃん……皆の遊び場の隅で。
 佐伯が諦め交じりの覚悟を決めた瞬間、背中からなにかにぶちあたった。条件反射のようにそれを掴んだ。子供のようにしがみつく。それは流され残った柱のようだった。
 柱にしがみついている間にも、体温がどんどん奪われていくのが分かる。指がかじかみ、今にも樹を波にさらわれそうだ。しかしこのまま凍死するのも良いとは、もう考えなかった。樹を仲間の元に帰すまでは、その傷を自分で手当てせねば、ここで死んでも未練が残る。希望の光を一筋だけ見つけた瞬間、もう諦めの境地で死を選択するなど考えもつかなくなった。
 佐伯は柱にしがみついている間にも「いっちゃん、いっちゃん」と樹の意識を取り戻そうと必死に呼びかけていた。樹の意識は相も変わらず戻らない。よもや死んだのではないか、という恐怖が全身を覆う。この寒気は、冷たい海のせいだけではないだろう。
 そのとき、白いロープが目の前に落ちてきた。それは先刻と同じように水に浮かび、蛇のようにうねっている。少しずつ流れて距離を伸ばしつつある白いロープを掴み、手首に絡ませて引いた。それでもなおたるむロープの先は半分ほど水没した一階の窓から伸びており、胸まで水に浸かった黒羽が全身全霊の力を込めて引っ張っていた。
「サエ! それ伝って戻ってこい!」
 力の込めすぎで真っ赤になった顔を歪ませて、黒羽は叫んだ。
 佐伯は一つうなずいて、きしめんのように太く平べったいロープを手首に絡ませ、ゆっくりと泳ぎだした。


 どうにか波の影響を受けない校舎の二階にまで辿りつくと、黒羽は佐伯の手から樹を奪い取った。樹の背にあった包丁はもう抜き出されている。それが余計に出血を誘発させ、樹の服も佐伯の服もすっかり血浸しになっていた。樹の重い怪我を見た黒羽は「大丈夫か」とは訊かなかった。何度か名を呼んだが、反応がないことを知ると、佐伯には一言もかけずに、服の裾を破って樹の傷口に押し当てた。樹は荒い息をつきながら、時折血を吐いている。その血は夜目にも鮮やかだった。
 自分には、黒羽に声をかける資格がないように思えてならない。樹を刺したのは他でもない自分だ。黒羽に、誤解だと訴えることもできまい。手のひらには、樹の背に突き刺した刃の感触がまざまざと残っている。中身をえぐり、ずぶずぶと刺し込んでいく生肉の感触。大切な仲間の一人の肉体に振り上げた刃に込められた狂気、狂喜。あの時の自分は、自分がこと嫌っていた「知らない顔」を壊す、またとない機会だった。あの時の自分は、間違いなく「喜んで」いた。
 佐伯は背を壁に当てたまま、ずるずるとその場にへたり込んだ。濡れた前髪に埋めた指、それに残った「人を刺した感触」を消したい。記憶からも、肉体からも、未来永劫。
 両手指の間に見えた黒羽の、きつい目線が自分を射抜く。
「お前……」
 黒羽はそれだけを低く唸った。唸る、というよりかは、どうにかして搾り出したという感じだ。
 その時、階段を下りてきたのだろう、木更津が夜にしるく映える白い帽子を押さえてやってきた。
「サエ、残してきた方に問題発生だよ」
 佐伯の言葉が口に出す前に遮られた。
「問題? ……はっ、どうせ喧嘩とかそんなもんだろ」
「バネ……?」
 その声は黒羽特有の、自分の感情の奔流を遮ろうとする語勢だった。押さえ込もうとした怒りを理性の枠に押し込めず震えた声が、言うのもやっとのように先を続けた。
「なぁサエ、いっちゃんはお前に包丁突き立てられるような悪いことしたかよ」
「ちょっと待てよ、バネ、俺は」
 佐伯は思わず立ち上がって、
「分かってるよ。『俺はいっちゃんを助けようとしました、だから無実です』とかってか。聞きたくねぇよ、そんな言葉」
「そんな言い訳するわけないだろ」
「いっちゃんを殺そうとした、それは事実だろうが!!」
 佐伯は思わず、びくっと肩を震わせた。黒羽はうつむいて、樹の傷を手当てする手も止まっている。この場にいなかった木更津が、笑顔一つなく抗弁した。
「ねぇバネ、どうしてそんなこと言うんだよ。サエはいっちゃんを助けようとしたんだろ?」
「『助けようとした』? その結果がこのザマかよ」
 黒羽はやおら立ち上がる。そして壁を背にしたまま座り込んでいる佐伯を見下ろした。暗い影がいやに大きい。強いのにひどく頼りない。顔は影になってよく見えないが、怒りを噛み殺すのに必死な理性は、察する必要がないほど強く感じ取れた。
 その影は、静かに宣告した。

「もうどっか行け。お前の顔、もう二度と見たくない」

 破門宣告だった。
 その言葉を佐伯は一瞬だけ呆然と聞いていた。どっか行け? もう二度と見たくない?
 どうしてそんな言葉言うんだよ。いっちゃんを助けようとして、津波が来る直前の校庭に駆け出した自分の行動が、なにもかも無駄だったとでも言うのか?
「ちょっと待てよ、俺はいっちゃんを助けようと」
「黙れ。喋るな。お前の言葉、二度と聞きたくねえっつってんだよ」
 直後に空いた間隙で、腹の底が一瞬で沸騰した。水蒸気爆発を起こした火山のように、佐伯はまくしたてた。
「助けた仕打ちがこれかよ! 助けようとしたのは事実だろ」
「『助けた』とか言うなよ。勝手に飛び込んでいって、いっちゃんに怪我負わせて、どのツラ下げて言えるんだよ」
「バネ、信じてくれ! 俺は本当に……」
「偽善者」
 黒羽は短く斬り捨てた。静かに燃え立つ怒りを極限まで押さえ込み、今にも爆発しそうな気配を孕む声が、黒羽の口唇から静かにこぼれだす。
「『助ける』なんて軽々しく口にするんじゃねぇよ。誰がお前にお守りして欲しいなんて言った? 殺してくれなんて頼んだか? ……自分を正当化するの、たいがいにしろよ。誰もお前の助けなんて必要にしてない。俺たちは俺たちで生き抜く」
「バネ……」
「もうお前の話なんて聴いてられるか。亮、行こうぜ」
 黒羽は木更津の背を押し、樹の肩を抱き起こした。
「待ってよ、バネ」
 今にも夜の闇に姿を紛れさせそうな黒羽を呼び止めたのは、佐伯ではなく木更津だった。帽子のつばの下は影になって見えない。しかし微かに見える口許は完全な無表情のまま、静かに尋ねかけた。
「それだけが理由なの?」
「いっちゃんを殺そうとした。それで充分だろ」
「本当にそれだけ? それだけで、サエを嫌うの?」
「お前は見てねぇからそう言えんだよ」
 黒羽は木更津に厳しい視線を向ける。心臓の弱い人間なら簡単に殺せそうな目つきだ。それに相対する木更津は黒羽の目にも動じず、極めて感情のない声音で反論した。
「相変わらず変わんないね。バネの、目に見えたものしか信用しないとこ。人の話を聴かないとこ。それなら分かったよ。俺も覚悟決めた」
 亮? 佐伯は木更津を見て、直後なにを言おうとしているのかを瞬時にして察した。
 木更津は、黒羽から離反するつもりなのだ。自分だけならなんとか耐えられるかもしれないが、木更津を巻き込めない。佐伯は孤独の恐怖に拳を震わせながらも、木更津に言葉を浴びせた。佐伯は頭を左右に激しく振った。声が裏返りそうだった。
「駄目だ、亮、お前だけはみんなと」
 その佐伯を、木更津の左手が制した。極めて冷静に、冷静すぎて温かい血の通っていないような言葉で、顔をふっと上げて木更津は言う。
「もうバネ、お前とはやっていけない。サエと行動を共にするよ」
 木更津は佐伯のもとに一歩踏み寄り、黒羽と視線を交わした。木更津から一方的に向けられる、敵意の溢れ出した視線に、黒羽は全く動じない。目を覚まさない樹の身体を抱えなおして、「そうかよ」とだけ残し、黒羽の影は階段の角を曲がった。夜に紛れて、その姿が見えなくなる。靴まで水に濡らした足音が延々と廊下に反響した。
 佐伯は、操り人形の糸が切れたかのようにその場にへたり込んだ。その背を木更津が温かな手で触れる。今の今まで身も凍るような冷水に浸かっていたせいもあり、その手が余計に暖かかったはずなのに、佐伯の身体には切り傷や打撲の痛みも寒気もなく、ただ心臓を握り潰されるような苦しみが延々と襲っていた。呼吸が出来なかった。目頭が熱い。身体が震えた。涙が流れそうで流れない、せめて一筋でも流れてくれれば楽になっただろうに、佐伯は唇を噛んで涙を必死にこらえていた。
 拳を何度も床に叩きつけた。それでも痛みはなかった。何度も何度も何度も、数え切れなくなるほど拳を打ちつけた。それでも、心に直接響く痛みは、肉体の痛みを全て取り去っていた。

 佐伯虎次郎は、たった一人を残して、全ての仲間を失った。


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