か ご め か ご め か ご の な か の と り は い つ い つ で や る よ あ け の ば ん に つ る と か め が す べ っ た 後ろの正面、だあれ? |
橙色の円盤が次第にビル街に吸い込まれていく。詰め込まれすぎて雑然とした市街にゆっくりと夜の帳を下ろしていく。 季節外れの狂い桜が爛漫たる様で芳香を風に乗せ、赤い花弁があたかも吹雪のように散っては石段を染めていく。儚げな桜の欠片が、消えては生まれる泡沫を思わせる。血を吸ったように赤い桜は光を吸い込んでいるのかと錯覚させるほどに黒く参道に敷き積もる。その様を見ながら、ふわふわした髪の少年はひとり、狂い咲いた桜の枝に座っていた。その唇からはわらべうたが紡がれていた。小さな神社を覆う鎮守の森には早くも夜が忍び込み始める。 少年は一人だった。ひときわ大きな桜の樹の足元には黄色いカバーのかけられたランドセルが落ちている。少年のTシャツの胸には、南湘南小学校三年二組という活字の横にサインペンで「幸村精市」と書かれた名札が安全ピンで留められている。没した太陽の残滓に頬をうっすらと染めて、少年は幼い声帯をメロディに合わせて震わせる。 ――かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつでやる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面、だあれ? ――とおりゃんせ、とおりゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ ちっと通して下しゃんせ ご用のない者とおしゃせぬ この子の七つのお祝いに お札を納めに参ります 行きはよいよい、帰りは怖い 怖いながらも、とおりゃんせ、とおりゃんせ ……覚えているわらべうたは、これだけ。 少年はため息をついた。いくら手遊び歌を唄えど、共に楽しむ者がいなければどうしようもない。 花弁を散らす風の音に紛れぬよう、ひぐらしが、陽の暮れを惜しむように啼いていた。しかしいくら啼こうとも、それが人の代わりになろうはずもない。 かごめかごめをする相手もいない。とおりゃんせをする相手もいない。友達はみな、今頃は食卓で家族に囲まれ、暖かい夕食を口に運んでいることだろう。 ここにいる少年を探しにくる親も用事で神奈川を離れているのだ。 少年はさみしさに、ほう、と息をついた。足をぶらぶらさせた。 「ねえ、あそぼうよ」 背後から子供の声がした。少年は振り返らずに問うた。 「きみはだれ?」 答えはない。その代わりにあどけない声が遊びを提示した。 「とおりゃんせしようよ」 それは少年でもなんどか遊んだことがある。しかしとおりゃんせで遊ぶにはどう考えても人が足りなかった。少年は案をやんわりと却下する。幾分残念そうな声で、子供は次の遊びを提案する。 「なら、かごめかごめは?」 「やりたいけど、それもふたりじゃできないよ」 子供は肩を落としたように息をつく。 「じゃあこうしよう。もっとともだち、いっぱいつれてくるから。ぼくがせいいちのまえにもういちどあらわれるまで、まっててくれる?」 「ともだち? もうよるになっちゃうよ。かえらないと。きょうはもう、あそべないから」 「なら、ぼくもともだちつれて、まってるから。せいいちは、まっててくれるよね?」 「いいよ。まつよ。でも、ほんとうにともだちをつれてきてくれるの?」 「もちろん。ぼくがつぎにせいいちとあえるそのひに、ぜったいにつれてくるよ」 子供は喜色満面の声で、「またね」と応えて、それきり消えた。 少年はそこで、初めて子供を振り返った。しかしひとつ、奇妙な事に気づいた。境内のほぼ全ての面積に敷きつまれた花弁の絨毯には、先刻まで話をしていた子供の足跡がただのひとつも残っていないのだ。あるのは少年がこの樹に近づいたときに捺された片道の足跡だけである。 ひぐらしの声ばかりが、いやに耳に残る。心臓が、やけに生々しく胸郭で蠢く。 そのとき音を立てて、疾風が境内に渦巻いた。少年は髪を押さえ、目を瞑った。風がやみ、開いた眼が巻き込まれた真紅の花弁が縦横無尽に乱舞して、再び散る様を見る。 紅蓮の絨毯の中心が大きく削り取られ、石の参道がむき出しになる。その中心には、周囲の花弁の絨毯にひとつとして足音を残さずに、あたかもそこに降り立ったかのように、男が片膝を突いていた。ひざまずくようなその格好で、心なしか俯けた顔から獣じみた瞳で見上げて、こう尋ねた。 ――その子供に逢いたいという願い、叶えてみないか? |
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