――とにかく浦山しい太の件については俺が独自に調査を進めておく。丸井は明日の日中、街をくまなく探してくれ。学校の裏山まで調べてくれたらなおいい。安心しろ。お前自身が見つかるかどうかという考えは杞憂に過ぎる。かまいたちは姿が見えないからこそかまいたちだからな。だがひとつ危惧すべき点がある。
 俺達はかまいたちだが、本来三人組で行動するのは分かるな? 初めに転ばせ、二番目に切りつけ、最後に薬をつけて痛まないようにするという三段階を踏んでいる。丸井が最初に転ばせる役、俺が最後に薬を塗る役だ。しかしひとつだけ空いたポジションがある。真ん中の切りつける役だ。わけあってお前に教えることはできないが、目撃例がないことや周囲の状況を考慮すると、変質者や犯罪者組織よりも、二番目のかまいたちが浦山を連れ去った可能性が非常に高い。性質が悪ければ被害者を殺傷する。もともと切るための存在だからな。暴力的な思考形態を持つ可能性も否定できないだろう。
 危惧すべき点はここだ。相手は人間を殺傷できる刃物を用いている。もし俺以外のかまいたちと遭遇するようなことがあれば、無理に蛮勇を振り絞るな。戦線離脱を優先しろ。報告さえくれれば、俺がなんとかする。以上だ――

 六時間目の後にまた会うと、柳はそれだけを伝えて、再び文献資料のページを相変わらずの速読で繰り始めた。
 適材適所は仕方がないのだろう。ブン太は再び、昨日のことの真偽を確かめるために、金井病院へ向かった。いつもとなんら変わりのない単調な道のりを過ぎると、金井病院はすぐそこだ。青々とした木々に囲まれた病棟の中へ入ると、慣れた匂いが歩くと同時に風になる。
 自動販売機の近くの階段を上り、ナースステーションが見えるようにわざとぐるっと遠回りして、可愛い子を品定めする。出払っているのか、お年を召した婦長のような人と、地味ではあるが気の良さそうなナースがいたばかりであった。つまんねえなとガムを膨らませて、幸村の病室へ向かう。
 501号室。昨日と同じように少しだけドアが開いていた。そっと開けて忍び込むも、夢か現実かいまだに判断のつかない昨日の出来事を思い出してしまい、ごくりと唾を飲んだ。布団は幸村にしては珍しく起きたままの状態で放置されている。それは昨夜も同じではなかったろうか? そして窓側のベッドも、青みがかったカーテンでぐるりと囲まれている。窓は半ば開いており、そよ風がカーテンのひだを穏やかにはためかせていた。
 ……確かめよう。
 ブン太の背中を、好奇心が押した。一歩ずつゆっくりと近づくなか、ブン太の心臓は夢と現実の葛藤でかき乱されて破裂寸前で、胸から飛び出ないようにシャツの胸生地を掴んでいるだけで精一杯だった。額から伝い落ちる液体の感触は、暑気のためではないだろう。この中にいるかもしれないのは背中に子供を張り付けた幸村ではなく、同室の幸村であっても知らない人かもしれない。いや、そっちの方が、確実に可能性が高い。それでも確かめずにはいられなかった。
 本当に、隙間から覗き込むだけでもいい。ブン太は布地を掴み、カーテンの隙間に顔を近づけた。
 口腔で乾いた唾液を、舌の奥で食道に押し込む。嚥下の音が大きく響く。それは気の所為なのかもしれない。
 背徳感に手が震えた。後数ミリでベッドの中にいる人を見ることができる。心臓の音が何十倍にも増幅されて耳元で音量最大のスピーカーが鼓動を垂れ流しているような錯覚までする。後少し、後少し。
 カーテンが糸ほどの隙間を開け、視界が徐々に広まっていく。ベッドには誰かが横になっているかのような膨らみがある。それは誰だろう。頭まですっぽりとかぶっているから誰か分からない。もう少し、開いてみよう……
「どうしたの、ブン太?」
 不意打ちだった。狙撃されそこねた小動物のように肩が跳ね上がった。恐る恐る顔をドアに向けると、本当に不思議そうな顔をした幸村が、ドアに片手をかけて佇立していた。ブン太が、悪戯の見つかった子供と寸分変わらぬばつの悪さで幸村と呼ぶと、怒り狂って雷霆を放ったり海を時化させたり嵐を呼んだりする神様とかと無縁な表情を浮かべて、神の子はふわありと目元を綻ばせる。
 隣のベッドで眠る人のプライバシーを無視して覗き込もうとしていたのだ。許してもらえるとは思えない。この笑顔には見覚えがある。一番軽い処罰を死刑と考えよう。
 幸村の視線が、ブン太の握っているカーテンの裾に移動した。
 自分の置かれている状況に気づき、慌ててカーテンから飛びすさった。その勢いが強すぎて壁に後頭部をぶつけて、目に星が散った。派手な音だった。今の場面を録画したビデオをテレビ局に送りつけたとしたら、ハプニング大賞の三十位ぐらいにランクしていてもおかしくないだろう。しゃがみこんで頭を押さえるが、幸村はあくまでも優しい言葉をかける。その優しい言葉が今はなによりも恐ろしい。
「怪我してない? ブン太、頭見せて。……ああ、たんこぶできてるね」
 髪を撫でた幸村は、ボリュームの奥にあった頭皮の腫れを触診する。
「屋上に行こうか」
 背中にかき氷をさらさらと入れられたかのような気分がした。頭の中から、音もなく温かみが引いていく。幸村が取り出した、ベッドの横にある棚から小さなすり鉢とすりこぎが、なにか悪い事に使われるのではないかとさえ思考が回った。
 絶対に死刑にされると思った。問い詰められた上で、なにか処罰を与えられるとしか思えなかった。来世とかがあるとしたら、下手をすれば丸い豚に生まれ変わる呪いをかけられることさえ覚悟した。しかし、幸村は一切問い詰めない。ブン太がなにか言おうものなら遮って話題を振った。しきりに頭をさするブン太の手をひったくって、廊下へ出た。罪悪感があってか、なにとなく幸村に話しかけるのがためらわれた。
 やけに太陽の光が強い屋上に出る。むせるぐらい熱い風が頬をなぶり、背中と額が湿り気を帯び始めた。太陽によって温められたベンチに座らされると、幸村は近くにあったプランターから、植物の葉をちぎり始めた。葉を十数枚ほど集めたところで、幸村は突如ブン太の横に腰を下ろし、パセリの葉をすりこぎで潰し始めた。次第にパセリ独特の臭気が漂い始める。
 まだ後頭部は拍動に合わせてずきずきと痛んでいたが、幸村がなにをしているか皆目見当がつかない。
「なあ幸村君。なにやってんの?」
 幸村は答えずに「ちょっと頭下げて、じっとしてて」と指示する。命令通りに下げたブン太の後頭部に、髪を割って冷たいペースト状のものを塗り始めた。それもすぐに終わり、幸村は緑色の半固形状の物質を指先につけたままだった。塗られたところにブン太が手を伸ばした。指の先に緑の色素がついた。
「冷たいかもしれないけど、我慢してて。あんまり触ると取れちゃうから、できるだけ触れないようにしておいたほうがいいよ」
「分かったけど、これなんなんだ?」
「パセリだよ。すり潰して打撲したところに塗ると治りが早くなるんだって。ハーブとしての使い方の一種なんだ。でも応急処置みたいなものだし、家に帰ったらちゃんと手当てしないと後々痛みが長引くと思うから、ちゃんと湿布を貼るなりなんなりするんだよ?」
「あ、うん。わりぃ。サンキュな」
「そんなこと言うなよ。俺だって同級生のテストの点数ぐらいは危ぶむんだから」
 幸村の返答に、ブン太は首を傾げて唸り、やっと幸村の言わんとした意味が頭の中で結ばれた。
「……それ教えたの誰だよ。俺、幸村君には絶対言うなって口止めしてたのに!」
「やだな、俺そんなに信用ないのか? 心外だな」
 目の前で細い眉が下がり、ブン太はベンチから跳ね上がって両の拳を握った。力を込めすぎて目をつむってしまった。
「あーえっと、ゆ、幸村君に余計なストレスかけたくなかったんだって!」
 出まかせ承知、厳罰覚悟で目を開ける。変化がないのがいっそ恐ろしいまでの幸村の笑顔がそこにあった。
「本当? そうだよね、ブン太が嘘をつくわけないもんな。ありがとう、ブン太。そこまで俺のことを考えてくれていたんだね」
 ……なんとなく、遠まわしに批難されている気がする。
 本当は点数が芳しくなかったのを幸村に知られたくないだけだったのだ。補習まではいかないもののレッドラインすれすれの低空飛行をしている数学の点数を知られたら、後々どんな目に遭うか分かったものではない。
 気まずさがマックスまで上がって、幸村の座るベンチの周りをぐるぐる回ったりプランターに植えられた多くの植物について聞いたりしている内に、幸村の隣のベッドを覗こうとしたことを謝るタイミングを逃した。
 うまそうに生ったパセリの葉をちょんちょんと突っついている時、突然給水塔の下の扉が開かれた。低いのはいいとして、中学生とは到底思えない渋い声がかけられた。
「幸村。こんなところにいたのか」
 テニスバッグを担ぎ、その手で部誌を脇に抱えた真田がベンチに近づいてきた。幸村に黒い表紙の部誌を渡す。一通り目を通した幸村は、ふふと笑って、挟まれていた赤いボールペンで練習メニューの添削を始めた。赤字の推移を見ていくと、明日の午前中の基礎練習がどんどん厳しくなっていく。ウォームアップのランニングを一時間から一時間半に、素振りが二十五分から二十七分に、と幸村の手にかかって少しずつ厳しくなっていく。幸村も真田も、引退したとしても立海の王座奪還を虎視眈々と狙っているらしい。
 暇を持て余して後頭部をいじっていると、突然幸村がペンを止めた。
「ブン太、触るなって言ったろ? 暇なら、そうだな。売店に行ってガムでも買ってきなよ。少なくなってたんじゃない?」
 ポケットに手を差し込むと、潰れた柔らかい紙の筒があった。確かに中身は少ない。ガムがなくなるとどうにも落ち着かない。
 分かったと答えて、ブン太は屋上庭園を背にして、「すぐ戻ってくっかんな」と幸村と真田にピースを向けた。


 あらかたの添削指導が終わり、ルーズリーフに必要事項を別記した紙を部誌に挟んだ。幸村は屋上庭園のプランターの前にしゃがみ、パセリの葉をつついている。
「すまんな、幸村。入院している身に無理をさせた。本来は俺がせねばならない仕事なのだがな」
「気にしないでいいよ。二年生の分際で一年生に負けたレギュラーとかいないかなあって気になるだけなんだから。年下に負けるやつなんて、いないよね。うちの部活には」
 本来なら痛い言葉であったが、真田は苦い顔になって視線をそらす。
「なんにせよ、俺達の時代は終わった。次は高校に入ってからになるが、幸村、調子はどうだ」
「良くはないけど、悪くもないよ。小康状態を保ってる。ただ今は、進学よりも卒業できるかの方が問題かな」
 言葉に合わせて幸村は葉を千切り、指に巻き、端を少しだけ齧ったりしている。
「早く治せ。それだけだ」
 幸村は小さく頷いた。病魔に侵された肉体がいやに細く見える。頬の肉も落ちている。手の甲には青く血管が浮き出るほどだ。
 慈しむように植物に触れるその指は、作り物のように細いが、ひとつの違和感があった。
「お前、パセリはダメではなかったのか?」
 パセリをいじる指の動きが止まった。初めて幸村の口から、「パセリ」という単語が出る。しかしその言葉は微妙なイントネーションの違いによって疑問符となっていた。
「お前にアレルギーが多いことは昔から知っていたが、病院食を食べるときでも給食でも、誤って口にしたり触れたりした時には全身に発疹が出来ていただろう。アレルギーとはそう簡単に治るものなのか?」
 沈黙がその場に立ちこめた。鳥が鳴き、風が木の葉を擦らせ、車や電車の騒音があったとしても、二人の間にはなにひとつとして言葉がなかった。
 不意に幸村は立ち上がった。額に手を当て、本当におかしそうに、くつくつと笑う。唇で押さえきれない笑いはやがて天空へ吐き出された。
 あらかた笑い終えた「幸村」は、変質した声で呟いた。
「そうか……『幸村』はパセリがダメだったんじゃのう。意外じゃ意外。人間とはひどく面倒な生き物じゃ」
 声質、口調、イントネーション――幸村に化けた者は、真田にとっても聞きなれた人物の声で、いまだ嗤笑していた。
 真田は眉を厳しく寄せる。
「貴様、影武者か。俺はそれができるやつをひとり知っている。なぜ本来の姿を捨て、幸村を訪ねる者を欺く。答えろ」
「そういうわけにはいかんぜよ。いくら真田の口も頭も堅いとはいえ、それだけは教えられん」
「ここにきてまだ軽口を叩くか」
 真田は「幸村」のやつれた肩に手を置き、ぐいと引いた。ごつごつした手の甲に、たおやかな指が重ねられる。直後、真田の手は払いのけられた。
「……俺に、触るな」
 ぎらりと鋭角を帯びた真田の目が刀のように光った。刹那、空気をみじん切りにするように、ひゅんひゅんと糸が縦横無尽にほとばしる。投げ出されたテニスバッグがコンクリートに叩きつけられる音と、真田の足音が止んだのはほぼ同時だった。幸村の影武者に向けて伸ばされた腕はいかような論理に基づくものか、振り下ろす直前でその動きを止めていたのである。腕だけではない。全身が、まるで動きの一場面だけを捉えた写真のように硬直していたのだ。よく観察すれば剥き出しの腕や頬には幾筋もの糸が食い込み、真田を拘束していたのだ。
 影武者はパジャマ姿のまま、あやとりをしているかのように指を交差させている。落日の斜陽を受け、皇帝を絡め取るクモの巣が金色に光った。真田が力を込める度に糸はきりきりと軋み、時々ぷちぷちと千切れる。眼中に真田を入れぬまま、影武者は指に食い込んだ糸を見て息を吐く。
「これ、あんまり使いたくないんじゃよ。耐久力ないし消耗品だし予備もないし」
「痴れ事を。本物の幸村をどこへやった」
「安心しなさんな。病室におるよ。ま、お前さんの意識がある内にはもう本物と逢わせてやれんのが不憫じゃ。ま、いいか。ちょうど新しいお人形も欲しかったことだし」
「たわけがっ!」
 その瞬間、無数の繊維が断絶する音と共に、全ての糸が千切れた。全身に絡みついた糸の切れ端を掴んで投げ捨て、真田は再び駆けだし、影武者の顔に手を伸ばした。しかしそのタイミングに、間合いに入る直前、影武者の身体が逆に倒れ掛かってきたのだ。逆に間合いに入られた……! しかし影武者は真田の胸で心持ち首をもたげ、幸村の声で、幸村の顔で、「真田」と名を呼んだのだ。見上げる目はやや潤みがちになり、長いまつげに光を宿している。幸村という人格が内包している女性的魅力が、影武者の身体に移植されたかのようでもあった。顎が嫣然とした指に撫ぜられた。
 一瞬の隙。腕の中の影武者の口角が不気味につり上がった。パジャマの裾から、アルビノ化した蛇のように長いオコジョのような頭が現れる。それが真田の顔めがけて肉薄した。
 影武者を突き倒し、真田はオコジョを横ざまに叩き払った。きゅ、と動物じみた声が上がる。女のように倒れた影武者は舌打ちして、ドアに向け「幸村!」と叫んだ。
「真田」
 再び真田の名を呼んだのは、倒れた影武者ではなかった。背後を振り返った途端、突如現れた金色の瞳が真田の網膜を貫いた。目の奥に感じた激痛と、殴打されたかのような衝撃で目の前が真っ暗になる。膝が、腕が、顔が、順々にコンクリートにぶつかっていくのに、その感覚が一切ない。
 皇帝とはかくも脆いものか。冷えたコンクリートに倒れた真田は一切の感覚を消失させられて、ただ人形のように崩折れた。帽子がはらりと落ちる。
 影武者は髪をかきあげながら立ちあがった。
「ああもう面倒じゃ。幸村を女っぽくして名前呼べば落ちると思ってたのに。管狐は怪我するし……」
 ぶつくさ文句を言いながら、影武者は給水塔の下のドアに現れた幸村を呼んだ。毛布を頭からかぶり、隆起した頭を隠すようにして本物の幸村が真田の横に膝をついた。二重唱が何度も真田を呼び、二重の指が広い背を揺するが、名前の主はまぶたを開いたまま揺らされるがままになっている。
 光を失い、どこを見ているかも判然としない真田の目が、幸村の目の遥か向こうで視点を結んだ。
「逃げ、ろ、ゆきむら……お前の、姿を、騙る者、がいる……」
「分かってる。喋らないでくれ、お願い、真田……」
 偽物は真田をひっくり返してその口に、先刻の管狐を流しこんだ。するすると入り込む管狐は先刻、真田がオコジョだと思ったものだ。
 管狐が尻尾の先まで真田の喉に入った頃、皇帝の首が、がくりと横に倒れた。幸村は一度だけ泣きそうな声で真田の名を呼んだが、それ以降は唇を噛み、黙り込んだ。
「五感を奪っただけなんじゃろ? なにをそげに悲しむ必要があるんじゃ」
 ばりばり頭皮をかき、影武者はめんどくさげに尋ねる。不思議そうな顔だ。唇を噛んで、幸村は瓜二つの影武者を見上げた。握られた拳も、呟きも、唇も、細かに震えている。
「俺だって、真田にこんなことやりたくなかった。ブン太にやったように管狐まで憑かせて……。君には分かるはずがないよ。人間の気持ちなんか」
 影武者はあっさり肯定する。幸村を影武者の影法師で包み、しゃがんだ。一分の隙なく正確に模写された顔が目の前で笑っていた。
「しかしな、いったん理解してしまえば、これほど万能で操りやすい生き物は他におらんよ。人間に生まれたことを誇るんじゃな、幸村」
 髪に触れられる直前、幸村はその手を振り払った。極力声を抑えて、静かに糾弾する。そのまなこには、ありったけの殺意と敵意が凝縮していた。
「だからお前は無数の人間を騙してきたんだな。俺達をはじめ、今まで対戦してきたテニス部の人たちを。出会った全ての人たちを」
「それだけと思ったか? 神の子の知識も案外浅薄じゃのう。他に騙してきた人間はごまんとおる」
 真田に背を向け、夕陽に顔を浴びせながら、神の子の複製が思い出すように目を細めた。
「有名なのは、殷王朝最後の帝である紂王、周王朝十二代目の帝・幽王。日本には吉備真備きびのまきびに連れてきてもらったし、鳥羽上皇さえ騙せた。まあ、玄翁和尚の爺さんに、変化させられた殺生石を割られたのには流石にカチンときたがの」
「これほどお前に似合う二つ名はないよ、詐欺師。歴史まで変えるとはね」
 幸村はぴくぴくと動く真田の手を手で包みながら、影武者と目も合わせず吐き捨てた。
「いつか立海の仲間も騙して逃げるのかい?」
「せめて抱えておるお 姫 さ んかごのなかのとりが出てくるまでは味方でいてやるよ。その後は契約外じゃ。俺は勝手に動かさせてもらう」
「はっ、とんだキツネもいたもんだね」
「神の子に言われるなら本望じゃ」
「なにが偽物でなにが本物なのか、分からなくなってくるよ。いっそ全てが偽物に思えてくる。これをカプグラ症候群っていうのかな。……なんにせよ、ひとつ聞いておくよ。俺以外に一番最近、長く化けているのは誰?」
 同じ顔が、鼻が触れるほど近くに寄る。影に半面を染めて、本物の顎を撫ぜながら、偽物はニヤリと笑った。

「十四年間、仁王雅治。そう答えても、今のお前になにができるか?」


TOP  小説目録  転生・六道輪廻TOP > 次へ