ひゅう、とぬるい風が書院造の間に流れ込んだ。夏にじっとりと汗ばんだ皮膚を撫で、そのままいずこかへ消え去る空気の流れは、塀の向こうにある隣家の風鈴を鳴らすにとどまった。
 真田弦一郎はまぶたをすっと下ろし、少し赤を混ぜた暗闇に藁束の影を見た。ただ微風のなかに佇み、刀の切っ先をわずかに下げた先、白刃の流れを思い浮かべる。滑るように両断した藁束が刹那なる時間を置いて畳に頭を落とすさまを、心のなかに流す。
 ただ刀にのみ意識を傾ける。自らを刀と一体化させる。寸鉄という生易しい代物ではない。すらりと長く、手中に馴染む銘刀・源清麿は金属の確かな重みを、手に、そして腕に、全身に伝えていた。白髪筋と呼ばれる銀筋が白魚のようにみずみずしく光る。
 静謐。完全なる静謐とするには都会の喧騒が鼓膜に届いてくるが、今の真田はなにひとつ音を聞いていない。五感をすべて刀に憑依させる。
 心臓の拍動をゆっくりと源清麿の調べと同じくさせる。
 風が止む。
 目をかっと開けた。
 白刃が斜めにはしったのに少し遅れ、藁は胴から両断され、天井へ跳ね上がった。畳に落ち、転がる。断面は一部の歪みを呈することもなく、平面的に切断面を晒していた。
 真田は今にも沈みそうな弦月のように口の端を絡げ、含むように笑う。
「まだ切り足りず血に飢えるか、源清麿……いや、今となっては違うようだ」
 かつての新撰組局長・近藤勇が用いた偽の虎徹と刀匠を同じくする源清麿が、すらりと払われた。
 耳から這い出て肩に留まる白い紐に似た狐は蛇のごとく赤い舌を吐く。陽を遮る陰のなかで隠形の管狐は笑う。
「今宵は虎に徹するとしよう。蓮二よ、いまいちど虎のあぎとに砕かれるがよい」

  *

 部屋でふさぎこんだ柳生を幸村と一緒に半時間かけて説得したかいがあった。ようやく居間に姿を現した柳生はパジャマから普段着に着替え、髪もいつもどおりにセットしていたが、眼鏡の奥はまだ赤い。左手の甲を巻く包帯は朝方になってひどく爛れてきたために、柳が金井総合病院に向かう直前に巻いたものだ。しかし火傷を負った部位だけではなく、肘のほうまで長く巻かれている。
 玄関から直通のダイニングを避け、柳生の部屋で車座に座る。
「すまないが柳生、幸村もしばしお前の家に置いてはくれないか」
 突然の申し出にも、柳生は「あさっての夕方に修学旅行から帰ってくる妹に見つからないように私の部屋から出ないようにしてくださいね」とだけ条件を出したばかりだった。先刻の三十分にわたる押し問答が、柳生にとって、今ここにいる幸村が仁王ではないという確信を持つために費やされたようなものだからだ。仁王ではないという条件さえ満たしていれば、それ以外は至極どうでもいいらしい。そして、一か月ほど前に幸村が再入院したころから毎日見舞いにきていた「幸村」が、実は仁王だったということを知らせると、柳生はそれこそ紙の顔色となった。
「そ、それでは、幸村君はなぜそのような姿になってしまったのですか?」
 ダイニングに乗せられた震える手を更に重ね合わせて柳生は尋ねた。少しの沈黙ののち、柳が横からひとつの問いをかけた。
「『ミッシング・ツイン』という存在を知っているか?」
 柳生は聞きなれない単語に疑問符をつけて鸚鵡返しした。
「直訳で『消えた双子』。母胎で早期に発生した双子が、なんらかの理由で片方に組み込まれてしまう現象だ。結果双子ではなくなり、ひとりだけで出生する。2008年5月16日には、ギリシャ・アテネのラネッサ病院にて、腹痛を訴えた9歳女児の体内から、女児に吸収された双子の片割れが発見された。体長は6センチほどで、髪も目もあったが、へその緒はなかった。この双子を手術によって除去したという事例もある。出産の際50万件に1件の確率で発生するらしいが、母体が認識しないうちに組み込まれた場合を含めると確率はかなり増えるだろうな」
「しかし私が今まで見てきた幸村君にそのような……えっと、『双子』が棲みついていたというのですか?」
 他の言い方を探そうとして結局見つからなくてそのまま話したかのように、柳生は「双子」という単語をやけにいいづらそうに発音する。
「私が見る限りでは、ミッシング・ツインというよりは、まだシャム双生児と紹介された方がしっくりきます」
 シャム双生児というのは結合双生児の異称だ。受精卵の発生段階において完全に分離することのなかった奇形の一卵性双生児のことであり、約20万分の一の確率で誕生する。普通分娩は難しいために近年では帝王切開で生まれてくる。異性や三人以上の結合双生児は確認されておらず、生存確率は5〜25パーセントと低い。シャム(現・タイ)出身の腹部結合体のチャンとエン。下半身結合のベトナムのグエン・ベト、グエン・ドクの兄弟。2003年に分離手術に踏み切った頭部結合体のラダン&ラレ・ビジャニ姉妹などが有名である。
「ミッシング・ツインだとするならば、シャム双生児に近い今の幸村君の現状を完全に説明できるものではありません」
「それは俺が話すよ、柳。――去年の冬、俺が駅のホームで倒れて病院に運ばれたことは知っているよね」
 幸村は柳の言葉を遮り、上下に重なった指を組んだ。
「病院の検査で判明した。俺の身体のなかで臓器がいくつか分裂していたんだ。肝臓や腎臓、本来は細胞分裂することのない心臓とかがね。どんな医学書にもそんな奇病は載っていなかった。そのときはみんなにそれを教えていたら気にするかもしれないと思って、あえて違う病名でごまかした。二ヶ月前に除去手術に踏み切ったけど、それでもどんどん分裂していく。不要な臓器を取り除いていく対症療法しかなく、分裂を防ぐ根本的な治療は不可能だった。臓器の分裂は一ヶ月前に脳にまで及んだ。ここまでくると分離手術にも命の危険がある。医師も諦めて、生命に支障が出ない程度に分裂をさせ、経過をみることにしたんだ。分裂を速めるために、大量に用いれば死人が生き返るほど強力なかまいたちの薬を利用して。ただ脳や頭蓋骨まで変形してくるともう隠せない。見舞いにきた人間の視覚を五感ごと奪う能力も特化したが、あまり使いたくはなかった。せっかく来てくれた人に仇で返すのはいやだった。だから俺は見舞いにくる人間の相手を仁王に頼んだ。あいつのイリュージョンはテニスコートで見る以上に、ほとんど完璧だったから」
 幸村は唇を噛む。
「……でもね、あいつはやっぱりキツネに違いなかった。人を騙す人間って意味のキツネではなく、あいつは本物の狐だった。傾城の美女に化けていくつもの王朝を滅ぼし、三千年以上を生きた妖の野狐、それがあいつの正体だ。どうやって戸籍を得たかは知らないけど、仁王は現実としてこの日本に棲みついている」
 柳生が視線を床に一瞬だけ這わせたが、すぐに卓上に視線が戻った。
「仁王は俺の背中から生えてくる双子を人間とするために、魂を持ってくると言った。魂はどこから持ってくるかといえば、黄泉の国だって。でもその扉を開けるには、人身御供が無数に必要だと言っていた」
「直接的に言えば『生贄』ということですね。彼らはどこへ奉納されるのですか?」
「神社を囲む鎮守の杜。詳しく言えば、桜の花が人間の血を吸い、人を殺す」
「それは少しおかしくはないですか? 神社は神道の施設です。死や血をはじめとするケガレは最も嫌うはずなのですが……」
「柳生の言うことは当たっている。しかし実際に、俺は意思ある桜に刺され、殺された。だとしたら、神社という形はとっているが、祭っているものが違うだけかもしれん。もしかしたら、存在意義自体が異なっているのかもしれないな」
 しかしそのとき、突如ドアベルが鳴り、柳生はひっと息を呑んだ。柳が柳生を制して前を歩み、玄関に向かう。
 インターホンのカラーモニターには、季節を考えれば場違いな、しかしその人物が着用しているというだけでひどくその場に馴染む和装を着た男が立っていた。上下紺の和服で、生真面目に帽子をかぶっている。顧問に見間違えられたことは両手の指では足りないが、彼はまだ十五までしか齢を重ねていない。帽子のつばの下で厳しい顔をしているのは、立海大附属テニス部元副部長の真田弦一郎である。
 柳は、ドアの向こうにいるのは仁王ではないと柳生に伝えると、おそるおそる柳生は右手でインターホンの受話器をとった。紳士然とした態度を取り戻して柳生は尋ねる。
「真田君ですか、おはようございます。いま出ますから、そこで」
『そこに蓮二はいるか』
 かすかなノイズを含ませた低い声が、柳生の言葉を遮った。柳生の目くばせに柳は首を横に振る。
「柳君はすでに亡くなっているのですよ。なぜそんなわかりきったことをわざわざ聞くのです。あなたらしくもない」
『蓮二はいるのかと聞いているのだ』
 柳生は口をつぐんだ。
『答えぬならこちらから行くぞ』
 モニターの真田が、右腕を左の腰に回した。直後モニターは砂嵐を映す。柳生が受話器に向かって真田の苗字を呼んだが、それに応えたのはドアが両断されて足蹴にされ、大理石の玄関に落下する、厭な音だった。斜めに切断されたドアの奥に立つのは、阿修羅のごとく白刃を片手にさげた真田であった。
 真田はニヤリと口の端を歪ませる。
「やはり、よみがえっていたか、蓮二。嬉しいぞ。またお前と手合わせができるとはな。だが、お前はすでに死んだ身……」
 音もなく土足で上がりこむ真田は鬼気迫ってさえいた。柳は左手で柳生を牽制し、鎌を斜めに構えた。木の柄の先からは長く鎖が伸び、先にはゴルフボール大の鉄製の分銅が繋がれている。とはいえ自作の鎖鎌だ、強度は保障しかねる。柳はつばを嚥下した。
「死人は大人しく墓で眠っておれ!」
 真田は再び刀を構えると、一も二もなく上段に振りかぶった。剣道において隙の大きな構え、罠か否か――否だ! そのまま裂帛の気合いで空を両断する白刃を鎌で受け、力ずくで側面に逸らす。背後の柳生を、急ぎ部屋に押し込んだ。後ろ手に扉を閉めると、マホガニー越しに背中へと扉を叩く震動が伝わった。
「柳君、あなたも逃げたまえ!」
 柳生の叫びが木材越しにくぐもる。
「あなたは私に死ぬなと言いました。しかし、その言葉を言ったあなたこそ死ぬべきではないのです! 一刻も早くその場から逃げてください! そうでなければ私は……私は……っ!」
「あいにくだが、その要求は呑めんな」
 額から流れ顎へ伝う冷や汗をジャージの袖で拭い、柳はこの状況で笑った。
「弦一郎が俺を狙うならば、それに応えるのが理にかなっているだろう?」
「どこがですか、それとこれとは話が別でしょう!」
「俺がなんどでも生き返り死に返ることは知っているはずだ。俺が弦一郎を止める。柳生、お前こそ精市を連れてどこかへ逃げろ。死ぬべきはお前ではない。死すべきと定められているのが俺の方なれば、より多くの生存本能を満足させる方につこう」
「し、しかし、」
「……辞世の句は終わったか?」
 真田が再び刀の峰を光らせると、ちき、と好色そうに刃が唸る。そのとき柳は見たのだ。真田の肩に乗る、アルビノの管狐の姿を。目だけが紅玉のように赤く、それ以外は筆のごとく銀糸を蓄え、縄のように細い銀狐の姿を。
 悪鬼の形相で真田は白髪筋の日本刀を構える。その行動全てが肩に留まる管狐の所業であるならば、なるべく真田に危害を加えずに刀を無力化する必要がある。操られているだけの人間を殺すわけにはいかない。怪我を負わせるとしても、なるべく軽くすませなければならないだろう。
 むかし真田が持つ刀の謂れを尋ねたことがある。幕末に組織された佐幕派の軍事組織・新撰組の局長、近藤勇が用いた偽物の虎徹である。有名な池田屋事件においても刃こぼれひとつしなかったという。真の銘は源清麿。水心子正秀、大慶直胤と並んで、江戸三作とも称された名工の打った刀である。
 もし伝説が真実であれば、これほど恐ろしい刀はなかった。現にいま源清麿は、家の玄関を一刀両断したではないか。加えて真田は剣道の有段者である。鎌と日本刀、一対一の勝負においてどちらが勝るかのデータはない。鎌の柄が汗に蒸れる。
 鎖の先の分銅を振りまわし、ひゅんひゅんと空に小さな円を描く。
「小賢しい真似を」
 秋の水のように流麗に、切っ先がかかげられた。
「絶望とともに散れ、蓮二!」

  *

「っは、」
 ブン太は照りつける太陽から逃げるように、ブロック塀の陰に両膝を突いた。肺を絞ったり空気でぱんぱんにしたりと忙しかった。呼吸が自由にならないが、あの夜よりは遥かにましだ。薄翠色のパジャマの胸を掴んで呼吸を整える。唾液を呑み込み、ブン太は住宅街の屋根に食いちぎられた白い要塞を嘲るように睨んだ。心のなかで密かに勝ち誇る。あの白壁のなかではいまごろ患者の消えたことを気付いたころ合いだろう。しかし今つかまって連れ戻されては全てが終わりだ。
 ブン太はわずかな間も惜しんで人を殺さねばならなかったからだ。一刻も早い世界の構築、その舞台を組み立てる必要があった。そのためには象牙の塔であれ、無何有の郷であれ、バベルの塔であれ、一抹の望みを絶やすことなく人間を殺害せねばならなかった。
 この身が下手人となることに、人の命を奪うことに抵抗はあった。眠るとき、幾度も死者の呻きが耳元に蘇り、埋葬虫(しでむし)の這いずる音が聞こえ、鼠が悪食する生肉の音が明瞭な音として耳朶をうった。まぶたの裏に映し出される地獄絵図が離れるときはなかった。人間の身体が下半身から赤茶け、徐々に暗い緑色に変色してゆく。膨張して眼球は飛び出し、皮膚が破れるとともに爛壊のはらわたが溢れ、猛烈な死臭が放たれる。蝿が嗅ぎつけて薄翅を休め、卵を見えぬように産みつけていく。一週間ほどで白い蛆が皮下に蠢き、肉を喰らう。腐肉はやがて幼弱な蝿のゆりかごとなりはてる。鼠が咀嚼し、骨が削られた先にはなにが残るのだろうか。屍を失う愚魂は六道を輪廻できるのだろうか。転生の果て、天上で五衰を味わうほど永く生きられるのだろうか。
 死肉のカタコンベは眠りにつくたびに黄泉がえり、ブン太を眠りの安息から追放する。夢を見ようものならば死者の妄執が耳を打ち、なんどパジャマを寝汗に濡らして跳ね起きたか。そのたびに今まで赤也に協力して殺してきた人間に対する罪悪感が膨脹して、枕を濡らした。ジャッカルをよみがえらせるための世界の構築を諦めようと考えたことは、一晩のうちでも片手の指では足らなかった。しかしそのたびに自分をかばって死んだジャッカルの幻が脳裏をかすめた。ここでやめるわけにはいかなかった。
 だから今ブン太は、今しがた病院から帰った赤也を追尾して、こうして住宅街を走っていたのだった。
 右腕の新しいギプスが蒸し暑かった。剥ぎとって、包帯だけにした。動き回ったせいで少し血が滲んでいた。額の包帯を解き、右腕に雑に巻きつけた。しっかりと結びつけられなかったので、二回ぐらい同じ作業を繰り返した。
 息をつく。肺から空気を絞り出し、再び吸い込んだ。
 赤也はどこに行ったのだろう。十字路を前後左右、視線だけで見回したが、人通りはまるでない。自転車を乗り回すような車輪の音も、いわずもがなである。昼の仮面をかぶる無邪気な殺人鬼を見失った。小さく舌を打った。
 どこだ、どこに行った?
 ブン太は直感のままに左へ歩みだした。根拠はない。しかし止まっていてもなにかが始まるわけでもない。
「だーれ探してんの?」
 聞きなれた明るい声に、ブン太は唇を噛みしめたまま振り返った。
 直後、ブン太の左肩を背後から割ったのは、弦月のように光る巨大な大鎌であった。
 包帯に隠された上から見事に同じ傷を彫られ、ブン太は声もなくその場に膝をついた。
 息ができなくなった。わずか二日ほど前に味わったばかりの、ジャッカルを屠った鎌を再び身に受けることになるとは思わなかった。包帯でぐるぐる巻かれた右手の指で傷口を押さえた。皮膚のクレバスが深く、指が容赦なく血肉を抉った。ぬるぬるとした熱い液体が左腕を伝ってアスファルトを転々と染めた。逃げろ、と本能が要求する。逃げろ逃げろ逃げろっ、声に出ぬ生存本能が訴える。理性としては分かっている。しかし本能と完全なイコールで繋がらぬ恐怖が、足を萎えさせた。
 太陽を背負うのは手首から逆手に鎌の生えた、二番目のかまいたちの姿である。
 赤也は今から屠殺する餓鬼にささやかな安心を与えるかのように、ブン太の髪の毛に触れた。
「あのさ、アンタ、自分の利益のためだけに俺に加担してんの?」
 日の下でかまいたちの本性を見るのは初めてだ。眼球は赤く染まり、さながらてらめく満月のよう。肌は一片の漏れもなく赤茶けている。
 ブン太は首を縦にも横にも振らず、唾を飲み下して、悪魔のごときかまいたちを睨みつけた。反抗的な態度に、赤也は笑顔の種類を変え、ブン太の顎をくいと持ち上げた。
「言っとっけど、アンタの欲望なんかにつきあわねえよ。死人に逢いたい? ハッ、時間の無駄。それにアンタのかまいたちの力、脆弱すぎて反吐が出るんスよね。速く動ける? それがなんだよ。そんな力、俺も柳先輩も持ってるっつーの。一人ぐらいいなくてもいい。でもよ、そんな無能なアンタでも、たったひとつだけ本当に貢献できることがあんっすよ。なんか知ってる?」
 かまいたちは、にや、と笑った。
 
「贄になってもらこと」
 サヨナラ。アノ世デ、ジャッカル先輩ト仲良クネ。

「逃げろブン太っ!」
 ジャッカルの声がした。
 世界が一気に活性を取り戻した。赤也がしゃがみながら肩越しに振り向いた瞬間、ブン太は弾かれたように駈け出していた。
 ジャッカルと逃げたときのように創痍が割れ、血が流れ出す。赤也は追ってこない。
「こっちだブン太!」
 声の聞こえた方向に曲がる。
 やはりジャッカルは生きていたのだ。死んでなんかいない。
 角を曲がった瞬間、横から伸びてきた手に突如口をふさがれた。浅黒い肌、少し高い場所にある肩。
 しかしその認識は頬に白くブリーチされた髪の毛が触れたことで、一瞬で希望は泡沫と消えた。そこにいたのはジャッカルの声と肌色だけを模していた人間だけだった。
 ブン太の口を両手で覆いながら、その声の主はジャッカルの声質で、仁王の口調で、こう言った。
「おいたのすぎる舌切雀さんは少し籠の中におらんとのう」
 おいついた赤也の悪魔めいた顔が、ふっと笑うように歪んだ。
 


TOP  小説目録  転生・六道輪廻TOP > 次へ