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壱 |
| 「へぇ…。おまえが落ちたところではそんなおっかないことが起こってたのか…」 ここは俺が住処というか居所にしている東宮御所。畳張りのある一室で、俺と北都は茶を飲みながら、前回の任務の報告書兼話し合いをしていた。そして、俺が竣と落ちた後のことを話すと、北都は肘掛に寄りかかり、茶菓子のうちの1つのせんべいを一枚取って、かじりながら呟いた。そして、ぽりぽりと口に含ませたせんべいを噛みながら少し考え、ごくりと飲み込んでから、続けて言った。 「つまり、その竣って奴は、竜王に相当な恨みを持っているわけで、竜王に復讐するために七つの災いを用意したわけか…」 「かもね…。あくまでこれは推定だし、何とも言えない。竜王に恨みを持ってるのは夢見である柳さんが教えてくれたけど…」 「柳???柳っていうと…」 「今回の件で表に出てきた竜王の一人。俺たちより3代前の方で、屈指の夢見なんだって」 「へぇ…。その柳って人もそーゆー大切なことをなんで早く言わなかったんだろう…?」 「夢見の先見能力は結構不安定で先に全部言っちゃうと別の未来になっちゃうらしいよ」 「そんなもんなのかなぁ…?」 「そんなもんなのよ」 と北都の疑問をすぱっと切り捨てるようにどこからともなく声が聞こえてきた。きょろきょろと俺と北都は辺りを見渡すと、茶菓子のせんべいが一枚ふわりと宙に浮くと、そこから女性の体格の骨や肉、細胞までが次々と形成されていく。そして、現れたのはお久しぶりの珠喬だった。 「珠喬!!」 「お久しぶりです、お二人とも。いかがなさって?」 「ティーラのくだらない事件で振り回された挙句に始末書の整理…」 「ああ。あのふざけたレジスタンスの!!ニュースでも取り上げられてましたね。あれの指揮したのはお二人だったのですか?」 「まあね…」 と珠喬の質問に俺は弱々しく返事を返すと、珠喬は「あら…」と言って呆れながら言った。 「それでお二人とも疲れてらっしゃるのね」 「疲れているというか、今回の事件で更に厄介なことが起きてね…」 「は???」 小首を傾げる珠喬に俺は今までの経緯を説明した。 「まあ、そうだったの…」 と飄々と言っているが、驚きを隠せない珠喬。一方俺たちは溜め息が出てしまった。 「そんな大変な時にコレを持ってきたのは不味かったかしら…???」 『は???』 珠喬の言葉に俺と北都は目が点になった。すると、珠喬は「ああ…」と言いながら、虚空で円を書いてそこから書類を出して俺に差し出した。 へぇ…。亜空間に穴を空けてそこに荷物を収めておくなんて時間神って便利だなぁ…。 「これは?」 「先日宮中で大臣たちが話し合い、新天竜王と新地竜王即位を認めたそうですわ。それで1ヵ月後に即位式をヴェリータース寺院で式典を行うそうです。そのための資料と式の流れの段取りです。これについては先程レスカのところにも伺って渡してきましたわ」 「へぇ…。即位の儀式なんてわざわざするんだぁ…」 と他人事のように俺が言うと、珠喬は身を乗り出し、声を張り上げて力説しだした。 「何を言っていますか!!新竜王が即位することは国の象徴を改めて標すということ。即ち、国の活性化を促進することになるんですよ!!分かりますか!!」 「へぇ…そうなんだ…」 「そうですとも!!竜王様が降臨したことは200年ぶりのことなんですよ!!事実上竜王が降臨なさるまで、闇の時代とも呼ばれておりますのに!!」 「わかった…。わかったってば…」 「分かっておりませんわ!!大体御子様は……!!」 といきなり方向転換して、お説教が始まってしまったのであった。 うう…。珠喬のお説教って小姑がねちねち小言を言っているみたいでしつこいよ〜〜〜〜〜〜〜…。 「というわけなんで!!」 小一時間一方的に説教してきた挙句、ごほんっと咳払いを一つして強制的に何故か話を逸らし始めた珠喬。一方こっちはたださえ疲れているのに、更に疲れることとなる。北都においてはとばっちりもいいとこだったらしく、かなりぐったりしていてお疲れモード…。 「明日にはレスカもこの東宮御所に御子様の客殿としておいでになる予定ですから」 「はぁ〜い…」 力ない返事をしながらも俺が応えることを確認すると、珠喬は北都の席に着いて、茶菓子に手を伸ばして口に運び、もごもごと食べながら愚痴りだした。 「まったく、中務省も式部省もなかなか動いてくださらないからこちらが大変ですわ!!」 「中務卿宮様すらも動かないの?」 「あの御方とは関わりたくありませんわ!!」 『は???』 珠喬の言葉の発言に俺と北都が目が点になっていると、珠喬はホントに嫌そうな顔で言った。 「私…中務卿宮様は嫌いですもの…!!あの方に会うだけで鳥肌が立ちますわ!!」 「そうなんだ…」 「ええ。そうですとも…!!あの方の粘着質のような触り方が…!!」 とさっきまで嫌そうな顔をしてた珠喬だったが、今度は今にも泣き出しそうな表情で語っている。俺たちはただ珠喬の語りを聞くしか出来ないようだ。 「それにあの態度!!この前だって『やあ、偶然だね』って満面な笑みで近づいてきましたけど、アレは絶対ワザとしかありませんわ!! その前だってわざわざ女房たちが部屋として使っている局(つぼね)に遊びに来て、私をお供としてお呼びになったのよ!! 皇族だという身分を利用して近づいてくるんですもの!!甚だしいですわ!!」 『へぇ…大変そうだね…』 と熱く語りだす珠喬に俺たちはただそれしか言うことが出来なかった。 中務卿宮様って珠喬のことをとてつもなく気に入ってらっしゃるんだなぁ…。ちょっと歪みがあるけど…。 結局珠喬は中務卿宮様の愚痴を散々言った挙句、仕事に戻ると言っていそいそと消えていった。そして、部屋には再び俺と北都だけとなった。 「………………………………結局、珠喬は何しに来たんだ?」 「即位式やるからちゃんと出ろよって言いにきたんじゃないの?」 「なるほど…。 即位式かぁ…。あれは面倒にも程があるからなぁ…」 「あ。そっか。北都はもう即位したもんね。いつしたのか知らないけど…」 「ん〜〜〜〜〜〜〜〜…。洸琉はたぶん知らないだろうな。ちょうどおまえが奄(えん)師匠のところに修行しに行ってるときに即位式を行ったから」 「そっか…。てことは3年前だね」 と俺は、北都の言葉から珍しい人の名前が出てきて、過去を懐かしんだ。 ちなみに奄師匠っていうのは、俺と北都が魔法騎士になるための修行を見てくれた現在の黄金竜族の長。奄師匠も魔法騎士のトップクラスの実力があるものの、若いうちに族長に任命されちゃったために、黄金竜の住処であり、古からある都で、首都と同じぐらい年月が経っていて、近くにある鉱山に金鉱で栄えている古の都・プリーディムに缶詰にされている。 そういえば、最近音沙汰がないからどうしてるのか分からないなぁ…。 「ねえ、奄師匠、即位式に来るかな?」 「来るんじゃねえの?確か族長はそういう式典には親族に死者が出たとか、怪我をしたとかの穢れがない限り強制参加だからな。 それに奄師匠は新天竜王の師匠でもあるから、きっと呼ばれることは間違いないと思うよ。俺のときはちょうど奄師匠穢れをもらっちゃってこれなかったらしいけど…」 「そっかぁ…。そーいえばあのときだっけ…。双子の弟さんが亡くなったのは……」 「うん…。確か謙(けん)さんだったよね。ちょうどハームスであった大洪水で老人を助けようとして濁流に飲み込まれちゃって亡くなったって…」 「うん…。あのときの奄師匠俺に指南することにのめり込むことで現実から逃げ込んでたってカンジするもん…」 「会ったら何話そうか…」 ぴるるるるる… 『ん???』 すっかり過去に浸っている俺たちであったが、そこに俺の端末手帳の着信音が鳴り響く。現実に無理矢理戻された俺は慌てて端末手帳をポケットから取り出し、机の前で開いた。すると、画面が飛び出てそこから中務卿宮様が現れた。 「やあ、二人とも元気してた?」 「ええ。元気だけど、宮様どーしたの???いつも端末手帳を使って連絡なんて滅多にしないのに…」 「実はね洸琉が新天竜王に即位したのを祝おうと思ってね」 「それはどうも…」 「それはまあ二の次でね。私の小鳥を探しているのだよ」 『小鳥ぃ???』 中務卿宮様の言葉に俺たちはハモって首をかしげると、中務卿宮様の頬は少し赤くなった。 「私の小鳥…。そう…小鳥のように愛らしく、とても儚い私の華……。 水を纏い、優しき時を導く女神なのだよ……」 ……………………それって珠喬のことなのかなぁ??? と、疑問に思っていると北都が呆れた口調で言った。 「宮様…。あんまりしつこく言い寄るとフラれるよ…」 さくっ 疲れつつも満面な笑みの北都によるキツイ一言にモロ食らった中務卿宮様は画面上で魂が抜けたように凍る。 確かに北都に言われたら別の意味で終わりだよなぁ…。うんうん 「くすんくすん…。北都にまでこんなことを言われるなんて…」 「なに…その言い方は……喧嘩売ってんの?」 中務卿宮様の強調したところに北都はカチンっときた模様。ジト目で中務卿宮様を見つめるが、中務卿宮様はちっとも聞いてない。おまけに散々言った挙句、何も言わず勝手に通信を切ってしまったのである。 「あ〜〜〜〜〜〜!!勝手に切りやがった!!なんなんだよ!!俺にまでって……!!」 「そりゃぁ…北都の天然ボケキャラに言われたら、誰だってショックはあるって…」 「な・ん・だ・と、こらぁ〜!!」 ぐぎぎぎぎぎ… 「あだだだだだ…」 小声でツッコミを入れたつもりが、北都に聞こえてたらしく、北都に思いっきり頬をつねられた。 「いひゃい、いひゃい〜〜〜〜〜〜!!」 「『ごめんなさい』ってちゃんと謝ったら話してやるよ」 「ご…ごめんにゃはい…」 と俺は北都の要求に素直に従い、素直に謝ると、北都は約束どおり手を離してくれたが、つねられた頬は赤く腫れていたので、鏡を持ってきて覗いてみながら俺は嘆いた。 「あ〜〜〜〜〜〜〜…。こんなぷりちーな顔にこんなになるまでつねるなんて…」 「いつ、どこで、どこからおまえはぷりちーな奴に変貌したんだ?」 「う…」 間を置くこともなく、北都の鋭いツッコミに俺はたじろいだ。 北都の奴いつからこんなに鋭いツッコミを入れられるようになったんだ? 「失礼します」 そう思っていると、部屋の御簾が上がり、そこから十二単姿の瞳姐さんが入ってきた。 「あれ???瞳姐さんどーしたの???」 「どーしたのって失礼ねぇ…。洸琉ちゃんの為にこんな格好で着てあげたのよ!!カワイイでしょ?」 「カワイイとかそーゆー問題じゃないと思うけど…。呼んだ覚えなんて…」 「ホントは棟梁が出向く予定だったんだけどぉ…来客で足止めされちゃって私が代わりに来たってわけ〜。 で、内容っていうのがこれよ〜〜〜」 と俺たちの傍に寄り、勝手に座って俺たちの前にそれなりに分厚い一冊のファイルを出した。 「これは?」 「洸琉ちゃんとレスカだっけ?二人の即位式の時の衣装のデザインよぉ…。天竜王である洸琉ちゃんは白やクリーム色など明るい色をイメージして、レスカは緑系をイメージにしてるそうよぉ…」 「へぇ」 そう軽く返事しながらファイルを手にしてぱらぱらとデザインを見ると、中国風、和風、洋風、アジアン風など数々のデザイン案がイラストになって載っている。で、あるページに差し掛かったとき、瞳姐さんは満面な笑みで言った。 「でね。今回のデザイン案の中に私も案を出したのぉ〜〜〜…」 ぶほっ!! 「げほげほ…っ」 瞳姐さんの発言に話を聞きながら口にしていた緑茶を勢いよく吹き出す北都はしばし咳き込む。俺もまたファイルを持ったまま、しばし硬直。 「ね…姐さんがデザインしたの……?」 「そぉ〜よぉ〜〜〜んっ♪私が洸琉ちゃんのためだけにあれこれ試行錯誤して試作品まで作ったんだからぁ〜〜〜♪」 『え゛っ?!』 「ほら、これよぉ〜〜〜〜〜〜〜〜」 と一抹な不安がある俺たちをよそに瞳姐さんはうきうきしながら、自分がデザインしたページを開いた。 『………………………………………………………………………………………………』 そのページを見て俺たちの思考に長い沈黙が走った。 瞳姐さんがデザインしたイラストは肌がすけすけの上着に白い短いパンツに足の素肌が見え見え、そんでもって足元は白いブーツだった。 俺の思考は一瞬にして停止し、ただまじまじとそのイラストを見ることしか出来なかった。それをどう勘違いしたのか、物凄い嬉しそうに言った。 「あはっ☆洸琉ちゃんったら、そんなに固まるほど喜ぶなんてぇ〜♪瞳感激ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」 『んなわけねぇ〜だろ!!』 瞳姐さんの一言に俺たちは我に返って物凄い嫌な顔でツッコミを入れた。 絶対こんなくそ恥ずかしい格好を即位式にするか!!そんなことしたら一生の恥だ!! あ〜あ…幸先悪いなぁ…。 |
| 続く→ |