「ひっさ〜」
 とあれから次の日、明るい口調で、東宮御所に懐かしい者がやってきた。それは水竜であり、地竜王の新たな拠り所となったレスカが水竜族の正装姿である青を基調とした大紋姿でお供の者を数名引き連れて俺の部屋にやってきたのであった。
「レスカ、久しぶり!!」
「御子様も元気そうでなりよりございまする」
 と、レスカはお供の目も気になるのか急に畏まった口調で俺の前で正座で一礼した。俺はその様子を見て、こちらもそれなりの態度で返した。
「今日は遠くからはるばるよくぞ参った。さぞかし疲れているだろう。今宵はゆるりと休むといい」
『ははっ』
「レスカとは久々に語りたいと思う。悪いが、席を外してもらえないだろうか?」
 そう言うと、お供はお互い顔を見合わせ頷くと、俺に一礼してすすすっと席を外した。いなくなったのを見計らうと、二人揃って深い溜め息をした。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…。堅苦しいったらありゃしない……」
「まったくだ…。ちょっと気安く挨拶しただけで、シルヴァに睨まれちまったよ……」
 そう言いながら、レスカは俺の脇息に手を伸ばして取った。俺は脇息を渡した後、自分も天竜王の力を使って新たな脇息を出したのである。
「しょうがないよ。一応俺東宮っていう身分だからねぇ…。それなりの礼儀ってもんがあるんでしょ?」
「まあな」
「でも、ホント久しぶりだね。ザガルの件以来だね。どうしてた?」
「そうだな。あれから報告も兼ねてというか、族長から呼び出されて俺も400年ぶりにラクスに戻ることになってさ〜。地竜王になったって言ったら、皆から祭り騒ぎになって大変だったよ…。なんせ、水竜が竜王に就任したのは6000年ぶりらしいからなぁ…。
 今回の即位式には族長も鼻高々で出るらしいよ。こっちの気も知らないで…」
「え〜っと…。確か今の水竜族の長って確か……女性だったよね?」
 と俺がうる覚えながら尋ねると、レスカは嫌そうな顔で、脇息に思いっきり寄りかかって溜め息交じりで言った。
「おう。むちゃくちゃ高飛車なばーさんだ…。もう結構いい年してるのに、元気がよすぎて参っちゃうよ。おまけに術使って若作りしてるし…」
「そうなの?」
「ああ。族長自ら生み出した術らしくてな。秘術のうちに一応入るらしい…。確か外見年齢は最盛期の頃らしいよ」
「へぇぇぇ…」
「そういえば、今回の即位式には各竜族の族長が参加するらしいな。気まぐれの風竜族もよくまあ承認したもんだ」
「その気まぐれな風竜族にいつも振り回されてるのは火竜族だったよね…。位置的にお隣りさんだから交流があるもん…」
「その愚痴が全部こっちにきたらしいけどな…」
「は???」
 溜め息混じりに言ったレスカの一言に俺は目が点になるが、レスカの方は俺のことなんてお構いナシにはぁっと大きな深い溜め息をつく。そして、聞いてもいないのに、向こうから語りだした。
「俺さぁ…。この即位式終わった後結婚させられそうになるんだぁ…」
「へぇ…。めでたいじゃん。おめでとう」
 と素で祝福すると、レスカはムッとなって、口を尖らせながら言った。
「めでたくなんか全然ねぇって」
「なんで???結婚なんて誰もが一度は憧れるんじゃないの?」
「憧れね…。確かに好きになった奴とは結婚したいと思うさ。だけどな、今回の結婚は政略結婚だよ」
「ほは〜…。政略結婚ねぇ…」
 と言われてもイマイチぴんっとこない俺だった。
 だって、俺結婚なんて今の年じゃ無縁だし?関係ないからあんまり切羽詰るとかいうのがない。
 その理解不能の俺を見ながらレスカは溜め息をつくばかり。一方俺はレスカが一体何が言いたいのかさっぱり検討がつかない状態でただ頭の周りに「?」を散らしてレスカを見据えるしか出来なかった。
「いいよなぁ…。洸琉は…。政略結婚とかそーゆーの今の年じゃ無縁だもんなぁ…。まだ10代入ったばかりのおこちゃまだもんなぁ…」
「おいおい…。とばっちりですかい…」
「したくもなるわ…。相手はさっき言った風竜族の族長の孫娘なんだって!!」
「孫娘ねぇ…。どんな人か分からないからなんとも…」
 と俺が困っている矢先、外でなにやら騒がしい。俺は席を立って、外の様子を見に行こうと、御簾を上げたそのとき―――
 
べちっ
「ぶっ?!」
 いきなり俺の顔面に黒い物体がへばりつくものだから、俺はよろめいた挙句、完全に視界を失い、しどろもどろになる。
 えっ?!えええええっ?!一体何が起こったんだ?!
「洸琉。顔にムササビがへばりついてる!!」
 へっ?!ムササビ?!
 レスカの言葉に俺は動きを止め、恐る恐る顔に引っ付いていていて、レスカが言うそのムササビとやらに手を近づけて捕まえた。
「ちぃちぃ…っ」
「………………………………………………………………………」
 ホントだ…。ムササビだ…。
 俺は捕まえた茶色いふさふさ毛並みにくりくりした瞳、そんでもって尻尾が妙に愛くるしいムササビに呆気となった。
「御子様!!」
 と女房たちが慌てふためいて近寄ってきた。
「お怪我はありませんか?!」
「ないけど、一体どこからこのムササビが飛んできたんだ?」
「それが全く分からないのでございます。結界をすり抜けてこちらに来てしまって…」
 と困惑顔の女房たち。ただ、叩頭しながら詫びていた。俺は捕まえたムササビに目をやると、首元に紙がひも状になって括られているのと、ペンダントのように正八角形の鏡が首にかけられたのに気づいてぎょっとなった。
「……………このムササビはどうやら俺に用があるらしい。おまえたちはもう下がっていいよ」
『………はい』
 とあまり納得してないようだが、俺に言われてしまっては逆らうことが出来ないので、女房たちはしぶしぶ下がっていった。それを見送ると、俺は慌てて部屋に入って御簾を下げ、ムササビの首に括りつけられた紙を開いた。
「やっぱり…っ!!」
 正八角形の鏡を見て、このムササビの送り主に心覚えがあると思ったら、案の定送り主は俺が考えていたのと全く同じだった。それを見て、レスカが不思議そうににゅっと顔を覗き込んできた。
「誰だ?………って、えええええ?!」
 送り主を見て、レスカは当然ながら驚いた。
「奄だって?!黄金竜族の長じゃん!!」
 そう。竜族なら誰もが知っている人からである。俺と北都の師匠―――――奄師匠からであった。

 

続く→

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