「ちっがぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜うっ!!」
 朝もはよから奄師匠の怒鳴り声が都中に響き渡る。その声に驚いた鳥たちがばさばさと飛んでいく。
「え〜〜〜…。違うの〜〜〜〜〜???」
 汗だくになりながら、若葉が芽吹きたての苗を目の前にして、俺は白い上衣の裾を破き、黒いズボンの稽古着を着て、腕を伸ばした状態の姿勢を構えたまま、ジト目で奄師匠を見ると、奄師匠は腕を組んだまま怒鳴った。
「何度も言っただろうが!!もう一度言うからやれよ!!戌に右手を十字に切り、辰に左手を印を組む!!」
 俺は言われたとおりに手を動かしていく。
「左足を引き、右足に体重をかける!!そして、戌の右手を午の方向に動かし、左手を戌に持っていく!!持っていった状態で『急々如律令』と言い、戌にある左手を前に構える!!」
「急々如律令!!」
 俺はそう叫び、言われるがまま、右手を前に構える。そして―――
「我育むは大地の息吹!!」
 しゅるるるるるるっ!!
 俺が叫ぶと同時に若葉の弦が伸び、一気に成長していく。
「はぁ、はぁ、はぁ……できた!!」
「やぁ〜っとできたか…。ここまでやるのに一週間か…。まあ、初心者にしてはまあまあの出来か…」
 と肩で息をしている俺を尻目に、ため息交じり巻物を見つめる奄師匠。
「…っつ。初心者って……!!」
「この術は初心者だろ…。まあ、あとはそれをいかに精神力の調整が出来るかだな…。やっと全部の術を習得したが、あと1週間で即位式だからなぁ…。
 これからは精神力を高める修行としようかの…。まあ、レスカの場合はこの術が成功しない限り、進めんが…」
「っえええ?!ダメっすか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!」
 と奄師匠の言葉に俺と同じような格好で、汗だくになりながらレスカが悲鳴に近い声をあげた。
「当たり前だ!!ったく、他の術は洸流並にずば抜けた力があるっていうのに、いざ地竜王が得意とする生命を維持する白魔術になった途端威力が落ちるとは…」
「しょうがないじゃないですか!!そっち系の術は苦手なんですぅ〜〜〜〜〜〜〜!!」
「おまえわ〜〜〜!!地竜王が白魔術を不得意としてどーすんだっ!!」
 と怒鳴りつける奄師匠にレスカは身を縮めさせる。
「とりあえず、レスカは三日で白魔術を徹底的に鍛える!!精神力鍛錬は二の次だ!!洸流は先程やった結界術を張れ」
「はい」
 俺は奄師匠に言われたとおり、習った印を組んでいった。
「我は守る 秘めたる王廟!!」
 きぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ
 術者の俺を中心に、四方の透明の結界を張る。対物理攻撃用最大防御術らしい。だけど、この術は術者の精神力によって強度が変わる。弱ければゼリー状になって結界の役割を果たさないし、強ければダイヤモンド並に鋼の強さとなる。広さもまた精神力によって変わるらしい。俺は四方に一寸で、高さは俺の身長より約20センチほど上の結界を張った。すると、奄師匠はどこからともなく水がたっぷり入ったバケツを持ってきて俺が張った結界の上に乗せる。
「???」
「今からおまえは座禅を組んで精神統一しろ。少しでも乱れがあったときは、この結界がいち早く反応する。もし乱れたときは上のバケツが落ちてくると思え」
「なぁ〜んだ。そんなの簡単じゃん。できるよ〜〜〜!!」
「ただの座禅じゃないぞ」
 俺が座禅を組みながら余裕綽々でいると、意味深なことを言う奄師匠。俺はそのとき、これから始まるある意味恐怖の修行が待っているとは思ってもみなかった。



「あ゛う゛……」
 バケツを結界に乗せた状態で、かれこれ3時間経った。精神力を統一するのも大変なのだが、それよりもっと大変なのは…
「ほ〜れ。洸流。おまえがちょうど4歳のときの写真だぞ〜。そういえばおまえあれだったなぁ…」
「うぐぐぐぐぐ……」
 と、奄師匠が精神を乱すように俺の4つのときの写真をひらひらと振りながら、嫌味ったらしく言ってくる。これが大変なんだよ。動揺で精神がかなり乱れるから…。
 俺が出来ることは歯を食いしばって、動揺しないよう精神統一するのみ…。心を無にして……。
「そういえば、このあとおまえ突然現れた呉羽(くれは)にビビって大泣きしてちびったんだよな〜〜〜」
「?!」
 ぐにゃり…
 とどめのように奄師匠に俺はついに精神が動揺しきって、結界が歪み――――
 ばしゃぁっ!!
「………………………………………………………………」
 見事頭の上からバケツの水をかぶり、全身びしょ濡れになった。それを見て、奄師匠は大笑いしながら怒った。
「あははははっ!!こらぁっ!!ちゃんと精神統一せんかぁ!!」
「笑いながら言ったって説得力ねぇよ!!」
 と、思わずツッコミを入れた。しかし、その矢先
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 レスカの悲鳴と共に、俺たちのところにつるが襲い掛かってきて、俺たちは慌てて避けた。踵で着地し、俺たちは目の前の光景に唖然となった。
「のあっ?!な…なんだぁ?!」
「暴走か?!」
 しゅるるるるる…っ
 レスカの方から幾重のつるが伸びている。おまけに術者の言うことを聞かずに好き勝手につるが鞭のようにとんでいく。
「レスカこれは一体どうなってるんだ?!」
「知らないって!!俺は奄の御殿に言われたとおりに印を組んで『我育むは大地の息吹』を唱えただけだ!!」
「だからってこんなうにょうにょ好き勝手に動かないだろ!!」
 びゅっ!!
「ひえぇっ!!」
 言っている最中に問答無用につるは俺に攻撃してきたので、慌てて避けるが、つるは容赦なく更に攻撃してきた。
「ひえぇっ!!も…燃えろ!!」
 ビビりながら、呪文を唱えてつるを燃やすも、すぐさま再生して襲い掛かる!!
「うわぁっ!!効いてねぇ〜〜〜〜〜〜〜!!」
「馬鹿!!あれは再生呪文を兼ねてるんだぞ!!あれは元を断たねば…っ!!」
「元を断つって!!」
「……………………………レスカを気絶させる」
「…………………………………………………」
 奄師匠の言葉に俺はしばし目が点になったが、すぐに我に返ろうとした途端
 びしぃっ!!
「ぐっ!!」
「うあっ!!」
 つるが俺たちの体にそれぞれ巻きつき、抵抗するもできず、そのまま持ち上げられてしまった。
「どーすんだよ、これぇ?!」
「レスカ本人の魔力が予想以上に植物に吸い取られてる!!おまけに、レスカ本人は気づいてないが、生命力などの白魔術は長けてるぞ!!」
「うわぁっ!!二人とも気をつけて〜〜〜!!」
『?!』
 びゅおっ!!
『うおっ!!』
 いきなり、別のつるが俺たちに向かって襲ってきて、俺は慌てて頭を下げて避けるも、その拍子で奄師匠が振り回されて――――
 
べちっ!!
「ぐっ?!」
『あ゛…っ』
 構える暇もなく、見事顔面から床に叩きつけられた奄師匠は、そのままのびてしまった。
「レスカ!!魔力を抑えろ〜〜〜〜〜!!」
「無理〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 と現状に戻り、魔力を抑えろと俺が言うも、悲鳴をあげるレスカ。俺は舌打ちしながら叫んだ。
「鎌鼬!!」
 しゅっ!!
 俺は風の刃でつるを切り、床に着くなり、奄師匠の元へ急ぐ。しかし、その間にもつるが雨のように襲い掛かる。
 ひぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!もうこんな修行ヤダ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
「師匠!!大丈夫?!」
「う……っ」
 大丈夫だ!!軽い脳震盪起こして気を失ってるだけだ!!
 俺が抱えあげると、わずかにうめき声をあげた。それを確認すると、先程習ったように、印を組み、
「我は守る 秘めたる王廟!!」
 きぃぃぃぃんっ!!
 術で結界を張り、つるから師匠を守ると、レスカが悲鳴をあげた。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!ずっちぃ〜〜〜〜〜〜ぞ!!」
「ずるいって言ってる暇あったらその魔力を抑えるどりょくしろよ!!さっきからつるが外にまで溢れてるじゃねぇーか!!」
「さっきから抑えてるんだけど、逆に吸い取られすぎて……」
「なにぃ?!」
「どーしよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「どーしよって言われたって……」
「静まれい!!」
 と、困っていると俺にとって聞き覚えがある声が…。ちょっと目が点になっていると、しずしずと足元まである金髪に奄師匠と同じ体質の綺麗な女性が袿姿で俺たちの前に出てきた。一方つるはその一声にぴたりと動きが止まった。
「紫(むらさ)さん!!」
「おまえたち。久しんでいる暇などないぞ。今は俺の魔力で介入して止めてるが、ひとたび外せば再び暴走するぞ」
 と紫さんは真剣な表情で俺の前に出てつるを睨む。つるはもはや原型を留めておらず、根すら暴走の一途を辿っている。
「全く…。なんか悲鳴が五月蝿いと思って来てみれば、つるは出ているわ、奄はのびてるわ、水竜の童は魔力を制御できずに暴走させてるわ…。
 洸流。奄は大丈夫か?一応俺の夫だからな。こんなことで死なれてもらっては元も子もない」
「大丈夫。軽い脳震盪を起こしてるだけだから」
「そうか。ならば、奄が目覚める前に俺の力でこの暴走を止めてやるよ」
「え?!どーやって?!」
「ふっ。この俺を誰だと思ってるんだ?奄にできるものが俺にできないはずもない。
 これが終わり次第、奄に自慢が出来るっていうもんだ。協力しな!!」
 ……そういえば、紫さんも奄師匠と同じぐらい魔力が長けていて、今でも魔法騎士になれたとか言ってたっけ…。
 だけど…あんな綺麗な女性なのに、なんであんな男口調なんだろう…。奄師匠の趣味が分からん…。
 そう思うも俺は紫さんに協力することになった。自分だけ結界を解き、新たに別の結界を奄師匠の周りに張り、構えたが、途端に眩暈を起こし、体が重くなり、息も荒くなった。
「はぁはぁ…」
 予想以上に先ほどの術に精神力が吸い取られていて、体力すらも危うく、構えてるだけがやったとである。
「辛いか…?」
「そりゃ…あんだけ精神力や体力が吸い取られれば……」
「あとどれぐらい魔力はある?」
「ざっと感じて、中級攻撃魔法が5発ぐらいしかないっぽいね」
「それだけあれば十分だ。それをフルに使って、氷系の攻撃呪文をありったけ奴らに放て」
「え?!そしたら、ここら一帯凍っちゃうんじゃ……」
「水竜の童とあの植物の足止めになればそれでよい!!いいからやれ!!」
「いぃっ?!」
 紫さんの話を聞いて、レスカはかなりぎょっとなった。それを見て、紫さんは手を拝み
「これも生きるためだ。許せ」
「ねえ、これって生きるために必要なこと?!必要なこと?!」
 ま…まあ特に必要っていうわけじゃないけど…。
「許せ、レスカ!!ちょっと早い冬眠をすると思えば怖くない!!……はず」
「俺はそこらへんにいるトカゲかカエルか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!」
「んなわけで、凍てつく吹雪よ!!」
 ぶひょおぉぉぉぉぉぉっ!!
「ひぃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 レスカの泣き言に聞き耳持たずで容赦なく攻撃開始。ダイヤモンドダスト状の氷がレスカの体が徐々に凍らせていく。それが合図で、紫さんは扇を袖から出し、扇を持つ右手を上に上げて構えた。一方俺は同じ術を何回も放った。
「くうぅぅぅっ!!紫さぁん…。いつまで凍らせばいいの〜〜〜〜〜〜???俺の魔力そろそろ切れそうなんだけど…。レスカだって……」
「まだだ…」
「えええええっ?!俺ギブ…」
「男なら耐えろ!!」
「俺今から女になるぅ〜〜〜…」
 と、俺は魔力の限界に弱音を吐き出す。紫さんはそれに舌打ちしながら扇を口元に移動した。



「むぅ〜〜〜〜〜…」
 どれぐらいダイヤモンドダストを出し続けたのだろう?手がかじかんできて、体が震え始めて何とか気力でふんばっている状態である。よくよく手先を見ると、少しだけ霜が降りて凍りかけている。
「紫さん、俺そろそろホントにやばい!!それにこのまま放ち続けたら、紫さんまで氷漬けに!!」
「何を言う、真の力の発揮はまだまだ先だ」
「何言ってるの?!こっちだって奄師匠の結界維持と攻撃魔法を同時にやってるんだよ?!少しは考えて……」
「今だ!!」
 俺の言葉を遮りながらそう言って、紫さんは助走をつけてつるとレスカ目掛けて走り出した。
 ダイアモンドダストの中を走るなんて、なんつー無茶苦茶な!!援護しないと!!
「紅蓮の旋風!!」
 ばきぃっ!!
 魔法を唱えるのを一旦止め、結界を張ろうと思って唱え始めると、紫さんはいつの間に呪文を唱えていたかは知らないが、炎系の高等攻撃魔法をジャンプし、扇を振り払いながら放つと、紅蓮の炎が風と混ざってかまいたちになり、レスカとつるに襲い掛かる!!そして、レスカは突風で吹っ飛ばされ、原型を保ったまま仰向けに倒れ、つるは原型を保つことなく砕け散った。
「ふっ。完璧…」
『完璧じゃない!!』
 床に着地し、扇を口元に当て、決めポーズをする紫さんに術で服がぼろぼろになったレスカと、魔力吸い取られてくたくたになった俺がハモってツッコミを入れると、意外そうな表情で紫さんは言った。
「なんでだ?俺が最後にキメを入れた素晴らしい戦いだったろう?」
『どこが?!』
「俺が目立てば全てヨシが俺様の考えだからな!!おまえたちもいい演技力だったゾ」
『………………………………………………………』
 え…???てことは何?俺たちは紫さんのいいように使われてたってわけ???
 嬉しそうに言う紫さんに俺たちは目が点になって立ち尽くしていた。

 

続く→

前の章に戻ります

ちびガキ奮闘記メニューに戻ります

トップメニュー戻ります

次の章に進みます