「ってどーしてこうなるの!!」
 俺はハームスに着くなり、肩で息をしながら言った。
 俺は新たな任務を遂行すべく、相棒の北都と、今回何故か魔導庁の依頼で魔法騎士見習いを同伴してくれと頼まれたので、今回の仕事を同伴することになった魔法騎士見習いの枕=山田という北都と同い年あたりの少年と共に森林の都・ハームスに向かったのだが、出発した早々北都が地図を間違え、枕は嫌味のようにモンスターをこっちに誘導するもんだから戦うハメになってしまい、このようになっているのだった。
 ったく、どーして今回はトラブルメーカーが二人もいるんだよ!!
「ま、いいじゃん。結果オーライで」
 と依頼主の家の前で爽やかな笑顔で言う北都。その横で艶やかな灰色のショートの髪に灰色の瞳の枕がうんうんと頷いた。
 ハームスは人口約5万人ほどの町でその名のとおり、都の周りには自然の情緒が残され、その自然の生態を生かされた街づくりになっている。しかし、その自然の中にも危険地域と指定された森も数多くある。
 俺は反省の色を見せない二人を見て思わず叫んだ。
「よくないっ!!おまえたちのせいで、待ち合わせ時間を40分もオーバーしちまったんだぞ!!これが後でどう響くか知ってんのかよ?!」
『知らない』
 と口を揃えて言う二人に俺は脱力した。
「あのねぇ…オーバーした分だけ報酬から差し引かれるんだよ」
『なにぃっ?!』
 と俺の言葉にようやく自分達がヤバイことをしたことに気づく二人。
「どーしてそーゆー大事なことを行く途中で言わなかったんだよ?!」
 と俺に迫る北都。それに続いて枕も俺に迫った。
「そうですよ!!それを先に言ってくれればあんな風にモンスターを呼び出さずに吸血植物を連れてくるのに!!」
「んなモンを呼びださんでいい!!」
 俺は思わず枕に向かって叫んだ。
「とにかくっ!!オーバーした分だけ仕事の中で取り戻すようにすればいいんだよ!!」
『あ、なるほど』
 と手を打つ二人。
 こいつらトラブルメーカーだけに気も結構合ってるな……。
「そーいえば今回の仕事ってなんですか?」
 と突然枕が俺に尋ねた。俺は腰に携えたポシェットの中からいくつも重ねて折った依頼書を取り出し、中身を読み出した。
「んーっとベビーシッター……」
『ベビーシッタぁー?!』
 俺の言葉に驚愕する二人。
 そりゃそうだな。俺だってこの内容を見たとき驚いたもん。ベビーシッターなら俺たちみたいなのに依頼しないで、ちゃんとしたベビーシッターに依頼した方が効率がいいのに、なんで俺たちに依頼するんだ?
 俺はそう思いつつ二人に言った。
「きっと白兎のように変な薬を飲ませちゃって凶暴化したから俺たちに依頼したんじゃないの?」
「あーそれなら納得がいくな」
「その白兎さんってそんなに凄い人なんですか?」
『ある意味この世の生きとし生ける者の天敵』
 枕の言葉に俺と北都はジト目で口をそろえて言った。
「さてと、納得したところでドアベル鳴らすよ」
 俺はそう言いながら依頼主の家のドアベルを鳴らした。
 ぴんぽ〜んっ
「はぁいっ!!」
 とドアベルが鳴りなり、家の中から陽気な女の声が聞こえてきた。そして、勢いよくドアが開き、そこから20代後半のエプロン姿で茶髪の女性が飛び出してきた。
「お待ちしてましたぁっ!!」
「えーっとあなたが今回の依頼主・綾香=寿さんですね?」
 俺が尋ねると、女性はこくんと頷き、
「はい。そうです」
 と力強く答えた。
「今回ベビーシッターとの依頼なんですが、なんでまた俺たちに?」
「普通のベビーシッターさんでは手に負えないからなんですの♪」
 普通のベビーシッターでは手に負えない?!なんとなく嫌な予感がするんだけど……。
「とりあえず立ち話もなんだし、中にお入りくださいな」
 と寿さんは俺達を家の中に招き入れた。家の中は庶民的な西洋風の作りになっていて、寿さんらしいメルヘンチックな小物とかも置かれていた。
 そして、通された部屋はやたら天井が高かった。俺たちが席に着くと、タイミングよく寿さんが紅茶を出してくれた。寿さんは紅茶を出すと、俺たちの前の席にちょんっと座って話し始めた。
「実は私には夫との間に蜜柑という女の子供が一人いるんですが、その子供がちょっと大きくて……」
「大きいってどのくらいの大きさなんですか?」
「実は……この天井ぐらいあるんです……」
『へ?!』
 と寿さんの言葉に俺たちは目が点になった。
「こ…この天井って……ゆうに三メートル越えてますケド……?」
「はい。実はこのように大きくなってしまったのは私たち夫婦が悪いんです。
 早く大きくなって欲しいがために本屋で見つけたおまじないの本を赤ちゃんに読んであげたら突然大きくなってしまって……」
「その本の題名わかりますか?」
 と今度は北都が寿さんに尋ねると、寿さんはしばし思いだし……。
「確か――…『リトマの書』って書いてありましたわ」
「リトマの書ぉっ?!」
 寿さんの言葉にやたら驚愕の声をあげる北都と唖然となる俺。
 かぁーよりにもよって関わりたくない本が今回の依頼の原因なんて……
「リトマの書って何ですか?」
 と頭を抑える俺に尋ねる枕。俺はジト目で枕に説明をした。
「おまえ…魔法騎士なら誰でも知ってることだぞ。リトマの書っていうのは、魔導士や呪術師が使うまじないの本の中では『迷惑書』の部類に入る本で、迷惑のトップを常にキープしてるんだ。とにかく本の中に書かれている中身はありがた迷惑な事ばかりしか載っていないんだよ。
 たぶん寿さんが読んだのは第四章の成長の章だろうな。あれは確か話を聞いた者がやたらでかくなる効果があったはずだから」
「へぇ〜。洸琉さんって年や身長が小さい割りには物知りですね」
「身長と年は余計だっ!!」
 と感嘆の声をあげる枕に俺は思わず叫んだ。
「で、元の姿に戻したいし、子供の面倒を見て欲しいのもあるのでそちらにご依頼したんです」
 あーなるほど。だから俺たちに回ってきたわけね……。
 俺は寿さんの言葉に納得した。
「元に戻すには『カトラの書』の第八章を読めば元に戻ります。でも、『カトラの書』は入手困難なんですよね〜」
 と困り果てる北都。そこにまたもや枕が俺に質問した。
「どーして『カトラの書』は入手困難なんですか?」
「原本が紛失して造本できないんだよ」
「なんで紛失しちゃったんですか?」
「クレーテの森でその本の保管主が落としちゃったらしいんだよ。すぐに通報して捜索したんだけど、結局見つからなくて迷宮入りしちまったんだ。しかも捜索中に保管主は原因不明の病気で病死しちまうし……」
「じゃあ完全に頼りがなくなったんだ」
「そうなるね」
「じゃあどうすれば、あの子は元に戻るんですか?!」
 と俺たちの会話を聞いていた寿さんが北都に迫った。
「ん〜…とにかく本人を見てみないと何とも言えませんね」
 と言葉を濁す北都。
「じゃあ、早速あの子を見てやってくださいな!!」
 とやたら張り切る寿さんは北都の腕を引っ張り別の部屋に誘導する。北都は成す術もなく部屋に連れて行かれる。その後を俺たちが続いていった。
「やたら張り切ってますね」
「そだね。そんだけ切羽詰ってるんでしょ」
「食費とか凄そうですもんね」
「万単位だろな」
 と会話をしながら部屋に通されると、寿さんはそそくさと部屋から退散していった。
「?なんで母親なのにあんなふうに退散するんだ?」
 と疑問を口にする北都。そして辺りを見渡した。
 ざっと見積もって30畳ぐらいの部屋の広さで、床は転んでも痛くないようにクッションみたくふわふわしている。天井はもう五メートルぐらいいっているだろう。そして部屋にはやたら俺達の身長の数倍のでかさがあるおもちゃが散乱していた。部屋に入ってすぐには積み木もどきが散らばっていた。北都や枕は部屋の散策しようと部屋の奥へと進んでいき、俺はその場に留まって部屋の様子を観察することにした。
 こんなにデカイ部屋に赤ん坊一人いるんだろ?どーやって相手するかだよな。相手は赤ん坊だし、攻撃呪文とか使ったら怪我しちゃうし、かと言って使わないと潰されそうだしなぁ…。補助魔法で補いきれるかどうかだよなぁ……。
 俺は浮遊呪文を唱え、積み木の上に座りながらそう考えていると
 ずぅんっ!!
『?!』
 突然の地響きに俺たちは驚愕した。しかし、その地響きはどんどんこちらの方に近づいてくる。
「な…なんだぁ?!」
 とさすがの枕も驚く。
「ひょっとしてここの主の登場じゃないの〜?」
「あーそれならあり得るわね」
 と構えながら会話していると、奥からはいはいでゆうに三メートル越えてる赤ちゃんが出てきた。それを見て、俺たちは絶句した。
 で…デカイ………。
「あっぶ〜!!」
 と出てくるなりくりくりとした目で俺達を見る蜜柑ちゃん。そして、蜜柑ちゃんは彼女の近くにいた俺に手を伸ばした。
 うわわわわっ!!殺されるぅっ!!
 俺は逃げようとしたが、向こうの方が動くのが早く、足を捕まれて宙吊りになった。
「洸琉!!」
 宙吊りにされたのを見て、北都は叫んだ。一方蜜柑ちゃんは俺を食いモンだと判断したらしく、俺を口元に運んでいく。
「うわぁ〜っ!!蜜柑ちゃん!!俺を食っても美味しくないから、口に近づけるのだけはやめて〜〜!!」
 と俺はじたばた暴れながら半泣き状態で叫んだ。しかし、蜜柑ちゃんは一向に手を止める気配はない。そのまま俺を口の中へと運んでいく。
「うどわぁ〜!!ヨダレ塗れになりたくないからやめてってば〜〜っ!!」
「洸琉さんさようなら。あなたはとてもいい方でした」
 と人事のように手を合わせて言う枕に俺は蜜柑ちゃんに足を捕まれたまま叫んだ。
「人を勝手に殺すんじゃないぃっ!!おまえら人事だと思って!!ちったぁ仲間を助けろよ!!」
「わかったわかった。今、助けてやるよ」
 と俺の言葉を聞いて北都が呪文を唱え始める。その呪文を聞いて俺はぎょっとした。
 そ……それって………。
 そう思ったのも束の間
冷水よ!!
 北都は印を組み、力のある言葉を叫ぶと、俺と蜜柑ちゃんの頭上から大量の水が滝のように流れ落ちてきたものだから、俺はモロ全身びしょびしょになった。一方蜜柑ちゃんはその水に驚いて俺を持っている手を話してくれたのだが、俺は地面とモロにキスするハメになった。
 ……火系呪文を使わないだけマシかも。しかし…痛い。
「おーい、大丈夫かぁ?」
「大丈夫じゃないやい」
 と俺はぶつけた格好のまま拗ねた。
「そんなに怒らんでもいいだろ」
「普通こんなところであんなの使わないだろーが」
「しょうがないじゃん。非常事態だったんだから」
「非常事態ねぇ……」
「そ。それにおまえのおかげであの子の症状がわかった。これであの子を元に戻せるかもしれんぞ」
「ホント?!」
 北都の言葉に俺は機嫌をよくし、飛び起きた。北都は険しい顔で顎を擦りながら頷いた。
「ただし、結構大変な作業が待ち構えてるけどいいか?最悪の場合死に至るぞ」
 なっ?!死ぬぅ?!
 俺と枕は北都の言葉に衝撃が走って、しばらく動くことができなかった。

 

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