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弐 |
| 「死に至るって……?」 俺は硬直したまま北都に尋ねると、北都は険しい顔のまま答えた。 「やり方を一歩間違えればこの子はおろか俺たちまで死ぬ可能性があるってことだよ」 「じゃあカトラの書を使わなくてもこの子を元に戻す方法があるのか?」 「ある。といってもたった一つだけだけどな。その方法は最も安全であり、最も危険なやり方だ。それでもできるか?」 「それしかないんだろ。やるっきゃないよ」 俺が答えると、ようやく北都は表情を緩ませた。 そのとき、蜜柑ちゃんが手を振り上げ、俺達を潰そうと襲い掛かってきた。どうやら自分の思い通りにならなくて不満らしい。 「あっぶぅ〜!!」 ずぅんっ!! 「ひええっ!!」 俺は蜜柑ちゃんの魔の手から頭を抑えながら避けようとしたが、叩いたときの爆風の勢いで吹き飛ばされ、部屋のすぐ傍にあったクッションの山にモロ頭から突っ込んだのだった。 な…なんで俺だけいつもこんな目に遭わなきゃいけないわけ……。 俺はそう思いながらクッションの山から這い上がった。上がったときには北都と枕が蜜柑ちゃんに対して補助魔法で応戦していた。 お〜っ!!二人ともちゃんと分かって補助魔法使っていて偉いじゃん。 「突風よ!!」 びゅおぉぉぉぉぉっ!! といきなり攻撃系に属する突風を召喚し、蜜柑ちゃんを吹き飛ばそうとする枕。 ぜ……前言撤回……。二人とも何も考えずに魔法使ってるわ。 しかしその突風にびくともしない蜜柑ちゃん。突風が来ても平然としている。むしろ更に攻撃力が増しているようにも見える。 こうなったら……!! 俺は足場の悪いクッションの上に立ち上がり、印を組み唱え始めた。それにいち早く気づいた北都。 「げっ!!」 「汝の癒しの眠りを誘え!」 ぽてっ くぅくぅ… 俺は北都の声を無視して力のある言葉を叫んだとたん、北都や枕を巻き込んで蜜柑ちゃんを眠らせた。 ふぅ……。何とか収まった。って北都たちまで眠らせちゃったよ!! 「北都ぉ〜っ!!おまえ俺が術使い始めたの気づいてたんだろ?!寝てんじゃないよぉ!!」 と俺は安らかに寝ている北都の服の襟首を掴み、前後に揺らす。しかし、北都は一向に起きようとしない。 「だ〜か〜らぁ〜起きろってば!!」 びしっばしっべんっ!! 俺は北都の頬に往復ビンタを食らわせる。すると、ようやく眠気眼ながらも起きる北都。 「ん〜…。なんか両頬が痛いんだけど……」 そりゃ俺が往復ビンタしたから……。 そう思っていると、北都は眠気眼のまま枕の元へ行き、枕の襟首を掴み、俺と同じように往復ビンタをする。その痛さに枕は――――… 「ぅいでぇ〜〜〜っ!!」 とあまりの引っ叩かれる痛さに耐えかねて飛び起きる枕。 そーいえば、北都って意外に馬鹿力だからねぇ。 「い…痛いじゃないか!!」 「そりゃ起きるようにワザと力を加えて叩いたから痛いと思うよ。だいたい枕は注意散漫すぎ。洸琉の術を使ったことに気づかないと駄目ジャン。ま、俺は気づいたけど、時既に遅しだったから巻き込まれちゃったけどね。おまえの場合全然気づかずに食らってただろ。もしあれが実践でしかも仕事中にやられたら減給どころじゃ済まされないよ」 とあくびをしながら枕に対して辛口に言う北都。それに対して枕は屈辱を浴びせられたかのように体をぷるぷると震わせ、悔しそうな表情でいた。 「……父さんに言ってやる」 と涙目で呟く枕。それに対して北都は少しカチンッときたらしくいつもならあまり見せない厳しい態度で言い返した。 「言うんなら勝手に言えばいいだろ。全く、俺と同い年のくせに未だ両親の脛をかじって生活しているとは何とも情けない話だ。ま、おまえの親父さんはあの有名な五賢者の一人でありながら今じゃこの国の財政の柱とも言える山田コンツェルンの創始者だから、そう言えるだろうけど、仮にも俺は太政大臣の息子だぞ。言ったら言ったで言い返されるのがオチってもんだろ。それに今回はおまえに分はない。こっちには未来の帝がくっついているんだからな」 と北都はそう言いながら俺の肩を叩いた。 な…なんか…一荒らし来そうな感じがするよ。 確かに枕はあの五賢者の一人の息子。と言っても枕は次男坊らしい。長男が魔力がないらしく、それ故まだ時期ではないはずなのに今回魔法騎士見習として現場に同行することになった。しかし、これには裏がある。その裏には魔法騎士昇進試験と親父殿の陰謀が絡んでいるのだ。 魔法騎士になるためには6つの要素に因んだ試験をクリアしなければならない。その試験は仕事をしつつ現場で行う。その試験監督は法律で現場で働いている魔法騎士がやることになっている。昇格試験は2週間実施し、その場で点数をつけることになっている。その点数は受験生には見れないように細工してある。 しかし、本来の試験実施日はあと3ヶ月も先にあるのに、枕の場合は何故か魔法騎士になるための修行の一番大切な時期にやることになった。 魔法騎士昇進試験に対して本来ならあまり使用することがない皇族と太政大臣の息子である俺らを試験監督として抜擢し、試験することになった。五賢者の一人である枕の父親は枕の点数を首席にし、コンツェルンの総裁に早く仕立てようと俺達に賄賂を贈ったりして機嫌とろうとしたが、俺達はそんなことに目もくれず、最初から辛口で、しかも一番最低点数で評価した。それをつけたのにはちゃんとした理由がある。父親はとても良いことで有名だが、枕自身に対しては良いことをして有名なことなど一つもない。むしろ、悪いことばかりしか聞いたことがない。親の傘下を使って自分の気に食わないものに対しては容赦なくいじめたりしているらしい。だから、俺達は話し合ってその悪い面をマイナスとして換算し、点数をつけたのだ。 「枕。おまえいい加減に親の脛をかじるのやめたらどうだ?今回のことだって親のコネで実施されたことじゃないか。俺達は好きで試験監督をやっているんじゃないんだぞ」 と厳しい口調で突き放つ北都。枕はただ唇を噛み、悔しそうに黙っていた。北都はそんなことにも目もくれず、続けて言った。 「んじゃ。俺はしばらくこいつの様子と症状を見てるから、洸琉たちには原料を取りに行ってもらう。洸琉達はこれをこの都の周りにある森から探し出してくれ」 と北都は俺に一枚のカードを差し出した。そのカードには薬草が押し花にされて貼り付けられていた。 「これは……?」 「カトラの書の原料に使われているプクーラの葉と反作用する働きがあるルクトという薬草だ。それと俺が持っている薬を混ぜればこいつを元に戻せるはずだ」 「わかった」 俺は頷き、そのカードを腰につけているポシェットの中に入れた。それを見て、北都は自分のポシェットから木材でできた葉書より少し細めの大きさの箱を俺に差し出した。 「ナニこれ?」 「見りゃわかるだろ。魔法(マジック)カードのケースだ」 「なんでこれを出すのさ?」 「考えてみたら、この都の周りにあるどこかの森の中に『竜神の遺跡』があるらしい。もし『竜神の遺跡』に遭遇したとき用に持ってといたほうがいい。あそこはあまり口魔法が使えないからな。魔法(マジック)カードなら多少なりとも攻撃できるはずだ。使い方は知っているだろ」 「知ってるよ。でも、ありがとね」 俺は礼を言い、差し出された魔法(マジック)カードを受け取り、悔しがる枕を連れて薬草探しに出かけていったのだった。 |