EE MORGAN / INTRODUCING

MICHEL PETRUCCIANI/ESTATE
MICHEL PETRUCCIANI-p
FURIO DI CASTRI-b
ALDO ROMANO-ds
March 29,30 April 16 May 5 1982
IRD

1PASOLINI
2.VERY EARLY
3.ESTATE
4.MAYBE YES
5.I JUST SAY HELLO
6.TONE POEM
7.SAMBA DES PROPHETES
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 漸く届いた、そんな気がする。
 なにせ20年ぶり。あれは僕が今のこの仕事を始めた頃で、実家のある札幌に仕事や帰省で帰った時に、このアルバムが話題となっていた。輸入盤コーナーを漁ってみるけれど、あまりに人気があったせいか手に入れることが難しかった。でも、ジャズ喫茶に行けば大抵どこでも聴くことができた。欲しくて堪らなかったのに、手に入らないもどかしさが、夏のジリジリする暑さのように、熱望の塊となって僕をこのアルバムに執着させたものだった。
 そして時がたって、いつのまにか忘れてしまっていたようだ。あんなに欲しかったのに。

 このところ天気が良く、北国のこの地にも夏のような陽気が連日続いている。湿度の少ないカラッとした空気が、南のほうから風となって辺りの草や樹の葉を微かに揺らす。そうすると僕の顔にも届いて来て気持ちがよい。
 風として空気が動くと、はじめて空気があるのがわかる。依然としてそれは目に見えないのだけれど、辺りのものを動かしたり、触れてきたりすることで、その存在を知らせる。
 このESTATEというのは、20年の歳月をかけてフランスの一青年から僕のところに届いた風なのかも知れない。
 それは20年分の記憶をそっくり乗せて来た。ずっと歌いながら、あちこち彷徨って来たらしい。
 でも、20年前に歌い始めて以来、何らうつろうことなく、僕のところに届いて同じ歌を唄ってくれた。
 歳月はすっかり僕を年取らせてしまったけれど。

 もっと素直に書き出せば良かったに、さながら純愛物語を語るように気どってしまって少々後悔している。まあ、それでも思い入れが強かったことだけは確かだ。

 今や何の苦もなくCDとして手に入れられるのをあっけなく思うが、僕が当時記憶に刻んでいたそのまま変わらない清々しさで聴くこのアルバム。M.ペトルチアーニは最早、化身と言われたピアノから音を発してはくれなくなったが、こうやってアルバムとして記憶を留めてくれている。

 思い出を語るような冒頭のPASOLINIはドラマーA.ロマーノの自作だが、冒頭だけに鮮烈に記憶に残っていた。爽やかなのに情熱的だから、ジーンと来るペトルチアーニのピアノタッチ。
 B.エヴァンスのVERY EARLYは徐々に白熱していくあたり・・・。これだ。これだ。あの体躯からは想像できない力強さで迫ってくる。

 ESATEのテーマは、多くのミュージシャンに愛されて演奏されてきたものだが、彼のバラードの歌わせ方は、こちらの記憶にしっかり刻み込んで来るところがあって、どうもホロッと来てしまう。

 TONE POEMは彼をジャズ界に引っ張り出した恩人C.ロイドのもの。彼もまた風を感じさせる男だった。
 そういえば、坂口安吾の作品に『風博士』というのがあった。珍妙と言えば珍妙な話なのだが、風になって消えてしまった科学者の物語である。一説では、安吾が薬を使いすぎて見た幻想を書いたものだとも言われている。
 C.ロイドはフラワー族というヒッピーの集団に持て囃されたことがある。丁度、キース・ジャレットが彼のカルテットでピアニストを務めていた頃だ。ちなみに、ドラマーはJ.デジョネットだった。マリファナの煙たなびく風?・・・だったのか。風が妙な方向に吹いてしまったようだ。

 ESTATEとは夏を意味するそうだが、夏のジリジリする暑さのなかで、一瞬そよぐ風を思わせるアルバムだ。灼熱の暑さを横切って通り抜ける爽やかな風だ。

 ペトルチアーニの命もそうだったに違いない。


 
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CHARLES LLOYD/FOREST FLOWER