秋葉原観光案内

第1話

 僕は一晩ですっかり大きくなってしまったシャツを羽織ると、ベットのすみでうずくまった。
 なんだ?なんでこんなことになってるんだ?朝から延々と考えつづけてるけど、答えなんてでない。
 財布にはさんである学生証、菅原 雄一、これが僕の名前・・・間違いない、よ、ね?
 大学生、19歳、男、で、あってたはず。でも・・・
 僕は自分の股間を触ってみた。・・・やっぱり、ない。そして胸は・・・ない、と言えないこともないけど、一応ある。それに、視界の端に映る金髪のおさげは、確かに僕の頭から生えている。
 これらは、昨日の僕にはあったり、なかったりしたものだ。
 あと一番変なのは、目の前にぷかぷか浮いている赤い半透明のプラスチックの板。中央には変な記号が並んでいる。何度も触ろうとしたけど、僕が手を伸ばすと後ろにさがって捕まえられない。
 昨日何があった?僕は記憶のすべてを確認すべく、何度目かになる回想を始めた。
 
 昨日、僕は早起きして電車に乗った。行き先は、今いる秋葉原。目的は、買い物。PC見て、アニメグッツ見て、CD買って、あとはジャンク品をいくつか買った。そこで、上京していた友達に偶然会ったんだ。
 で、一緒に飲んで、駅で別れた。相手はザルだったから、つられてかなり飲んだ。それからアパートまで帰り着く自信がなくて、ビジネスホテルに泊まったんだよな。
 変なのはここからだ・・・そう、タイツが届いた。ジャンク品を色々触ってたらノックされて、ダンボール箱を渡されて、その中にそれが入ってたんだ。
 箱を開けると、ひんやりとした冷気が立ち上ったのを覚えてる。中にあったのはシルクのような手触りで、でもゴムのように伸びる不思議な布。広げてみると、それは空気を抜いた人形のようだった。でも、何故かそれは着るためのものだと直感できて、その冷たい質感は酔って火照った体に気持ちのいいものだと思えたんだ。
 ゼンタイの写真とかは、インターネットで見たことがあった。僕は酒の勢いで服を脱ぎ、足をとおしてみた。すっと足がとおっていく滑らかさ。どこまでも伸びそうな伸縮性。布はいかにもフィットしそうな薄さで、足を曲げてみてもほとんどシワができなかった。僕はそのまま上半身もその不思議な布で覆い、のっべらぼうのヒトガタになった。どこか守られているような全身を包むサポート感。体のすべてはつるつるで、ベットに潜り込むと僕の体はまるで抵抗や摩擦など存在しないかのように、スルリと布団に収まった。
 手触りはどこまでもスムースで、体の曲線すらも抵抗にならないかのようだった。
 僕はここで矛盾点に気付いた。どこにも縫い目がないことに。しかも、僕が着た時に使ったはずの穴すら消えている。
 これには焦った。だって脱げなかったらどうする?僕は大慌てでこのタイツのチャックを探した。そして、そこでやっと気付いたんだ。チャックなんて閉めた覚えがないことに。
 僕はここで無理矢理にでもタイツを脱ぐべきだったのかもしれない。でも、タイツより頭のほうを疑った僕はそのまま寝ることを選び、夢見は最悪、そして朝にはタイツが消えていて、目の前にはプカプカ浮く赤い板、しかも体が変だ。これじゃあ、まるで女・・・
 
 意を決した僕は、自分の姿を確認すべく鏡のあるバスルームに向かった。あれ?こんなに広かったっけ?それに鏡が高いよ?
 恐る恐る覗き込んだ鏡には小学校高学年くらいの、白金に近い金髪の髪をツインテールに結った、エメラルドクリーンのぱっちりした目を涙に潤ませた少女が不安げに覗き込んでいた。
 よりによってロリですか?しかも外人さんですよ??
 なんか、なんか良くない、良くないぞ。なんか法律にひっかかってしまうじゃないか!あ、でも、僕はもう19歳なわけだし。セーフ?あれ?20がセーフなんだっけ?
 プツッ・・・何かが限界を超えた気がした。
 数々のTV小説を読んだ経験から推察すると、魔法のタイツか何かで体が女に変化しちゃったということになる。でもなんでロリ?なんで金髪?
 あとパターンとしては魂が入れ替わったとか?でもそれだと、元の僕の体があるはず。
 それとも僕は元々女で、記憶のほうがどうかしてるんだろうか?・・・そのほうが現実味があるよね。
 あーくそ!鏡の前で「これが私?」なんてやればいいのか?かわいい、いや、かなりかわいいし、正直好みな顔なのはいいけど、これはどうかと思うぞ!僕的には年上のお姉さんのほうがいい。胸も大きけりゃあいいってもんじゃないけど、さすがに範囲外だよ?外人な意味ないじゃん。あと、つるつるってことは設定年齢は低い?それとも、絵的な好みからこうなのか?出て来いプロデューサ!あるいは作者!どいういう演出意図を持ってこんな状況を設定したのか説明しろ!
 ハァ、ハァ、ハァ。
 しばらく放心したり、体を確認したりを繰り返した僕は、とにかくアパートに帰ることにした。
 すでに時刻は9:30をまわっており、早々にチェックアウトする必要があった。


 服を着た僕は再び鏡を覗き込んでいた。当然、子供服なんてものはないわけで、大人用の服を無理矢理着た形になる。・・・なんだか知らないが、犯罪の匂いがプンプンするよ?この姿で外を歩いていたら通報されかねない。あと、根本的にまずいのは靴だ。ちょっと歩いただけで脱げてしまう。まずは靴、できれば服も買わなきゃな。
 僕は訝しがるホテルのお姉さんの態度を完璧なまでに無視し、チェックアウトを済ませた。靴が脱げないように、慎重にすり足で移動する。・・・ふと目を上げると、OL風の女性が露骨に目をそらした。はぁ、完全に馬鹿な子供と見られてるよ。あ、そうか、宙に浮かぶ赤い板を見れば誰だって変に思うか。あれ?『生体連携エラー 調整稼動中は他の操作を控えてください。』そう書いてある。赤い板の中央に。日本語で。
 前からだっけ?何かのエラーメッセージ?空中に?
 「君、どうかしたのか?」
 虚をつかれて、かなりびっくりしたが、もっとびっくりしたのは相手の姿を見たときだった。おまわりさん!なんかやばい!僕は即座に逃げようとして、盛大にすっころんだ。
 『緊急アラート、調整中の外乱により深刻なエラー発生。パイロット保護を優先。速度3にて緊急遮断を実行します。』
 『・・・再起動』
 「おじょうちゃん?おじょうちゃん!おい!」
 一瞬世界が灰色につつまれた。僕は警官に抱きかかえられている。警官の顔と僕の顔の間に半透明の赤い板が浮かんでいるので、はっきりとは解らないが警官は慌てているようだ。
 警官が顔を近づけているせいか、赤い板も近くなり、文字がうまく読めない。あーもう、邪魔だ。
 警官を押しのけて板を見ると、そこには、不安を逆なでするメッセージが刻まれていた。
 『生体連携完了・ブロック判別エラーが発生したため、全接続・レベル8に固定されます。警告:レベル8は深刻な神経障害を引き起こす可能性があります。緊急時以外は利用しないでください。警告:リカバリー中につきキャンセルはできません。リカバリー後はすみやかにメンテナンスを受けてください』
 どうしろと?
 ふと、自分が人間と思い込んで生活しているアンドロイドの話とか、そうと知らずに仮想現実の中で生きている人間の話が思い出された。
 警官はというと、酷く怯えているような様子でこちらを見ていた。微妙に目線があっていない。赤い板を見てるんだろうか?
 「おじょうちゃん、パパとママはどうしたのかな?」
 猫なで声が気持ち悪い。逃げないと!でも、腕掴まれちゃってるし。どうしよう。
 「は、はう あー ゆー?」
 英語?この警官、いきなり何言ってんだろう?
 「・・・Fine. Please release my arm.
 警官は大げさにのけぞった。でも腕は掴んだまま。離してって言ったつもりなんだけど、あってるかなぁ。というか、なんで英語なんだろうか。
 「あー、そのー、あい あむ ぽりすまん、のーぷろぶれむ、のーぷろぶれむ」
 警官はしどろもどろに言うと、僕を抱きかかえて警察まで強制連行した。
 
 「ね、頼むから」
 さっきの警官の声が聞こえてくる。場所は派出所の中の一室。休憩室という感じだろうか。目の前の机では、紙コップの中のホットココアが湯気をたてている。
 喉はカラカラだが、飲み物に手をつける気にもなれない。出口のドアは1つだけなのに、そのすぐ外には例の警官がいるようで、逃げようにも逃げられない。
 ガチャ、ドアが開いて、婦警さんと先ほどの警官が入ってきた。
 「ココア、冷めちゃうわよ。」
 20代、前半だろうか。活発そうな雰囲気を宿したショートカットの婦警さんは僕の隣に座ると、僕の手をとり、紙コップを握らせた。暖かい。
 「ココア、嫌い?」
 ふるふる、僕は首を振って否定した。
 「日本語、解る?」
 こくり。
 婦警さんが警官を睨む。警官はうろうろした後、所在無さげに僕の向かい側に腰を下ろした。
 婦警さんは僕の手ごと紙コップを掴み、更に僕の口まで運んだ。仕方なく、一口飲む。−−−甘い。僕はもう一口、口に含んだ。
 婦警さんの手が僕の頭を撫でた。思わず見上げた婦警さんの笑顔に思わず胸が高鳴る。元来僕は惚れっぽいのだ。とたんに密着している足や腕、そして体が意識され、心臓はより、その鼓動を早めた。
 「ゆっくり飲んでいいのよ」
 どうやら、ココアを飲み終わるのを待っているらしい。でも、飲み終わったら?そもそも、何故連れてこられたのだろうか?迷子の保護?それとも、犯罪性かなにかを疑ってる?ちびちび飲んではいるが、もうすぐココアが飲み終わってしまう。この体勢では逃げようとしてもすぐに捕まってしまうだろう。事件性がないって納得してもらえれば開放してもらえるだろうか?
 「あの、赤い板って」
 「赤い板」
 「そこの・・・」
 僕は宙に浮いている赤い板を指差したが、婦警さんは不思議そうな顔をするだけだった。見えてない?と、その時、赤い板の隣に黄色い板が増えた。それと同時に赤い板が空中に溶けるように消えていく。そして、黄色い板には、
 『認証エラー。指定された方法での料金清算ができませんでした。支払い方法を選択してください。』
 支払い?あ、また赤い板。
 『警告:あと1時間以内に清算が終了しない場合、戸籍とスーツの所有権は一時凍結され、Dモード移行が強制執行されます。』
 Dモードって何?それに買った覚えなんてない。スーツってやっぱ、変身スーツなのか?それに戸籍?
 「ね、お名前は?」
 「え?あ・・・す」
 危ない。ここで本名を言ったらなおさら変だ。名前、何か名前は・・・
 コンコン。ドアがノックされ、そこからロングヘアの婦警さんが現れた。手には白い紙袋。
 「先に着替えちゃおうか。」
 ショートカットの婦警さんが言った。

 婦警さんが一睨みすると、警官はすごすごと退室した。かなりの落ち込みっぷりだ。ひょっとすると、僕はかなり酷いことをしてしまったんだろうか?
 警官を追い出した彼女は、僕の服を脱がせにかかった。思わず抵抗した僕を、彼女はなだめすかし、結局僕は自分で服を脱ぐ羽目になった。僕は2人の婦警の視線を気にしつつも、服を脱ぐ以外にできることがなかった。男もののダブダブのパンツが目に入ったときは2人ともギョっとしていたようだ。
 僕が手を止めると、すかさず婦警さんが服を脱がそうとするので、抵抗できないまま全裸となった。
 とりあえず前だけ隠してみるが、2人の視線が痛い。というか、妙にじろじろ見られている気がする。
 「ちょっと後ろ向いてみて」
 迷ったが、仕方なく言葉に従った。しかし、より厳しかったのはこれ以降だった。
 「じゃ、服着ようね。」
 あれは、パンティ、ですか?
 戸惑う僕に、2人の婦警は半分、無理矢理それを着せた。自らを覆う薄ピンクの小さな布に、何か大事なものを失ってしまったかのような気分になる。それから、ブラジャーなのか、短いシャツのような何か。次に長いシャツというか、名前がわからない。あと、白っぽいワンピースと、靴下にピンクとシルバーのスニーカー。
 靴は少し小さかったが、他はちょうど酔いサイズだった。
 複雑だ。さっきより格段に動きやすくなったが、年の近そうな女性2人に無理矢理女装させられるなんて。
 もし、もしも、これがすべて夢だったとしても、僕は自分の潜在意識が信じられなくなりそうだ。早く忘れてしまいたい。
 「似合ってる。とっても可愛いわよ。」
 うぐぐ、なんだか傷ついたような、うれしいような・・・嬉しい?・・・・・・ぐはっ!
 あまりのダメージに僕はふらふらと座り込んだ。ダメージ?うん、ダメージだ。ダメージに決まってるじゃないか!なんだってこんなことに。何かが目覚めたらどうするんだ。いくら女の子になってしまっているといっても。
 女の子?そうか、女の子だったら普通。さっきが変なんだ。僕が男だとしても、体は女の子なんだからいいじゃないか。つまり、女の子の体は僕の体とは言えなくて、僕が女装してるわけじゃない。ある女の子が男ものの服から本来の服に着替えただけ。うん、そうだ。それが正しい。細かなことは全部保留。それに決定!
 突貫工事ながら、精神的な補強を終えた僕が顔をあげると、ショートカットの婦警さんの姿がなかった。あれ、どこに?その時、目の前に青い板が現れ、『聴覚拡大 OK?』という文字が目に入った。
 「お、おっけー」
 「で、体に傷はなかったわ。古い傷跡の見当たらなかったし、肉体的虐待をうけてたってことはないみたいね。」
 「そうか。じゃあ、迷子扱いでいいかな。」
 「う、ん。着てた服とか、体を触られるのを妙に怖がってるような点が気になるけど。とりあえず保護者が名乗り出るのを待ちましょう。」
 「あとの手続きは俺がやるよ。」
 「当たり前!でも、気になるから、なるべく付き添ってみるわ。」
 なんだ?これは??目の前で『聴覚拡大中』と書かれた青い板が空中に溶けた。
 ショートカットの婦警さんが入ってきた。彼女は笑顔を見せると、再び僕の隣に座り、『お名前、教えてくれるかな?』と言った。すごい。なんだかすごいぞ。うまくすれば逃げれるかも。ええと、さっきか聴覚拡大だったから・・・
 「運動拡大・・・とか?」
 「え、なに?」
 目の前には青い板。そしてそこには『運動拡大 OK』の文字!!
 「お、おっけ」
 やった!『運動拡大中』だ。
 「ごめんなさい、もう一度お名前教えて?ね?」
 婦警さんには悪いけど、警察に長居するわけにはいかない。
 「ええと、トイ・・・お手洗い、いいですか?」
 「あ、ああ、うん。いいわよ。」
 僕は一瞬で脱いだ着替えを掻き集めると、婦警さんが開けたドアの隙間から外にダッシュした。


 ヒュオオ
 風を切る音が響く。まわりはスローモーションのようで、驚いている警官の顔、ゆっくり机から落ちていくボールペンなどが見て取れた。僕は楽々と派出所の外へと躍り出て、駅に向かって走った。
 すごい。本当にすごい。これなら走って帰れるんじゃないだろうか?
 しかし、無常にも『運動拡大中』の板はすぐに虚空に溶け、まわりの空間は雑音を取り戻した。
 「運動拡大!」
 『連続利用には制限がかかっています。リミッターを外しますか?』
 うう、なんか怖そうだ。距離も稼げたし、歩いていこう。昨日買った色々を置いてきたのは痛いが、財布はある。駅まで行けば帰れる!
 しかし、そううまくも行かなかった。
 『警告:あと5分以内に清算が終了しない場合、戸籍とスーツの所有権は一時凍結され、Dモード移行が強制執行されます。』
 今度は赤い板。そして現れるカウントダウン。1時間って行ったら次は30分で声をかけるのが筋じゃないのか?
 以前のメッセージといい、これを作った設計者に一言文句を言ってやりたい。
 「ええと、支払い?」
 『情報:支払いとはサービス、あるいは物品と主に通貨やクレジットを交換する行為です。』
 んなことは解ってる!
 コマンドが違うのか?Dモードって何が起こるんだ?
 『警告:止む終えない理由によりDモード執行を待つ際には人目のつかない場所に移動してください。』
 え?人目のつかない場所??
 まわりを見渡すと、通行者の姿が見える。どこだ?どこなら人目がない??
 僕は早歩きで人目のない場所を探した。とりあえず、細そうな路地に入ってみる。通行人はいないけど、ビルから見られてるかもしれないぞ。そうだ、トイレとかに入ればいいか。
 僕は足が縺れて倒れこんだ。イテテテ。でも、手をついて四つん這いになったから、ダメージは少ない。で、でも今度は手に力が入らない。へなへなと僕の頭は地面についた。これがDモード?体が動かない。視界に入っていた手が昨日着たタイツのような不自然な肌色に変わり、僕は動けなくなった。
 なんでこんなことに。今日はこればっか思っている。動けなくなると解っていたらもっとポーズにも気を使ったのに。いや、そんなことに気を使っても仕方ないかもしれないが、地面に這いつくばってお尻だけ高くあげたようなポーズは問題がありすぎる。それに、妙にお尻に風を感じる。ひょっとして、スカート、めくれてる?
 ・・・シクシクシク。
 ・・・・・・シクシクシクシク。
 今度は放置プレイっすか?
 ・・・・・・・・・ヘルプミー
 視界にオレンジ色の板が出現し、操作方法のリストらしきものが現れた。
 オンラインヘルプ?
 ええと、Dモードの意味は、、、機能停止状態。不正発見時の拘束状態。すべての操作は無効化される。
 ・・・・・・・・・・・・ヘルプミー
 再び操作方法のリストが現れた。馬鹿にしてんのか?なんか、悪意すら感じる。もう、どうにでもしてくれ。
 「何これ?」
 「人形だろ。」
 「だから、何でこんなとこにあるんだよ。」
 「俺が知るか。」
 「新手の看板じゃねーの。ほら、ストロベリー・ピッグって。店の名前じゃねーの」
 男?声からすると、3人か?
 「どこに」
 「パンティ」
 見えてますか?あああ、動けないーって痛い痛い痛い
 「シリコンか?やわらけーぞ」
 くそ。太ももを思いっきりつねりやがった。
 「どれどれ」
 って、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、いい加減にしろ、すけべ男
 「なんか、おまえらヤベーって。何やってんだよ。」
 いいぞ、ええと、通行人C!できれば助けて〜
 「中は?」
 「だからいいかげんにしろって!馬鹿かお前」
 通行人Aの手がパンティにかかっている。が、頑張れ通行人C。
 「冗談、冗談だって」
 そういいながらも降りていくパンティ。
 「ほら、これで店の名前わかんなくなったろ。こんな看板出すから悪いんだ。」
 半ケツでてる。頼む通行人C!止めてー。僕は無実なんだ〜。
 「じゃあ、壊しちまうか?バラバラに」
 恐ろしいことを言い出す通行人A。
 「だから、かかわんなって。行くぞ!」
 「わかったって。」
 お尻に文字が書かれているような感触があった後、3人の足音が去っていった。
 とりあえず助かったのか?でも、これは本格的に生命の危機なのではないだろうか。ゴミ収集車なんかに放り込まれたら。
 背筋が冷えた。
 車の音。はねられるってパターンもあるのか?
 そして、車の音はどんどん大きくなっていき、間近で止まった。
 これじゃあ心臓が持たない。
 「こんなところに落ちてたか。まったく。」
 落ちてた?中年のおっさんらしき人物は僕をかつぐと、車の助手席に座らせ、やがて車の外は緑の多い山の風景となった。
 「お客さん、困りますよ。」
 男の第1声はそれだった。
 男が見覚えのあるPDAを取り出し、何か操作をすると、ようやく動けるようになった。
 「で、支払いはどうするんですか?戸籍は基本的にキャンセルできませんし、レベル8なんて使った以上、着ぐるみも返品できませんからね。不払いはどの系列でも犯罪ですよ。」
 「は、犯罪?ええと、家に帰れば少しは持ち合わせがあります。」
 「そうじゃなくて、銀河クレジットとかですよ。現地の通貨用意してどーするんですか。ここは文化レベル5なんですからね。現地通貨は対象になりません。」
 「はぁ。」
 「まぁ、お客さんの帰属コミュニティーは・・・」
 首を捻る男。それから数分間男はPDAと格闘していた。
 「その、つかぬ事をお伺いしますが、お客さんの帰属コミュニティーはどこですか?」
 「帰属?・・・○○大学、とか?」
 「○○大学・・・・・・ハッハッハ嫌だなぁ。出身母星とか、政府とか、そういうやつですよ。」
 「地球?そして、日本政府?」
 「っうひょ、ひょうひょうお待ちください」
 そこまで言うと、青い顔をした男はふらふらと近くの小屋に入って行った。
 星?・・・宇宙人??
 なんて安易なオチだよ。

 で、どうなったかというと、就職が決まった。
 就職先は観光会社。名前はロジカルプラン。本社はウルトラな人の出身地と同じM78星雲内にあるそうだ。
 種明かしをすると、昨日購入したジャンクパーツ内に壊れかけた宇宙製のPDAがあり、僕は画面を確認しないまま購入手続きを済ませたらしい。戸籍や着ぐるみと呼ばれるスーツの購入には様々な保護措置があるのだが、このPDAを経由したそれには利便性を目的とした公認の穴があり、それ故に契約が成立してしまった。
 さらに、装着できる種族が限られるはずのスーツ装着チェックを、生命すら危ういレベル(だったそうだ)の飲酒による生体電磁波の変調で回避し、50個はあるはずの警告メッセージを寝ぼけながらキャンセルし、装着を完了したんだそうだ。・・・どんな偶然だよ。
 レベル8で着ぐるみとリンクすると、その着ぐるみは装着者専用になってしまうので、返品は不可能。それから戸籍のほうはそもそも返品が認められてなく、できるのは販売や譲渡だけ。しかも、購入するということは、その人物として生活する義務が発生するそうだ。
 それらの金額は、僕が踏み倒すとおっさんの会社であるロジカルプランが焦げ付くような額。それらを処理するため、僕は菅原 雄一としての戸籍を売却するハメになった。ただ、菅原 雄一の戸籍はロジカルプランがレンタルし、観光用のプラグ・アンドロイドして活用、いずれ金が溜まった際に買い戻せるように手配してくれた。
 なんにせよ、これから僕は直属の上司となるこの男、成瀬の養女として小学校に通い、その合間を縫って元々の僕の姿をした宇宙人の観光客を接待する生活が始まるわけだ。
 この、あまりに理不尽に憤る反面、僕はワクワクしていた。だって面白いだろう?宇宙人なんて。
 今の体だって、成人すれば需要が増え、高値で売れるようになる。いや、卑猥な意味でなく。そして、いつかこの戸籍を売って、菅原 雄一を買い戻せば以前の生活に戻れるのだ。
 その時を目指して、決意を新たにする僕だった。宇宙人の実態に、この決意はすぐに崩れていくのだが、それはまた別の話。

(つづく)