秋葉原観光案内

第2話  初仕事

 カーラジオからは少女連続暴行誘拐事件の特集が流れ、誰だか知らないコメンテータが憤りをあらわにしていた。
 空はどんよりと曇り、まだ5時前だというのに薄暗い。
 話のネタも不足がちで、車の中にはエンジン音とコメンテータの熱弁だけが響いていた。
 
 前回の後のことを書こうか。
 あれから僕はすぐに入院した。なんでも、レベル8とは着ぐるみ、肉体の双方を多次元的に変化させ、目的の生物に一致させる。つまり、僕の体まで変化させるような怖いものだったんだ。
 でも性別こそ違うものの、地球人から地球人へのトランス。相性は上々。見かけは変わっても元の体の情報は完全に保持され、問題なしと太鼓判をもらった。
 他にも色々説明を受けたんだけど、僕の頭はオーバーフロー気味だ。
 とりあえず、レベル8の特徴をまとめると・・・
 利点
  ・ ダイレクトの接続であるため、着ぐるみが完全に自分の体として認識される。
  ・ 脳もダイレクトに融合するため、SFの電脳化のようなINPUT/OUTPUTが可能となる。
 欠点
  ・ 着ぐるみと生体間の中間層が限りなく薄いため、自動翻訳をはじめとした補助機能の大半が利用できない。
  ・ 着ぐるみが着用者専用となってしまう。また、脱いで時間がたつと、着用者ですらリンクできなくなる恐れがある。
  ・ 怪我がそのまま装着者の怪我につながる。(もっとも他レベルでもリンクする以上、ある程度のダメージは伝わる)
 こんな感じだったかな。あと妊娠してしまった場合には、新しい命が第1保護対象となる関係で、生体の現状定着が強制実施され、元の体の情報が破棄されてしまうそうだけど、妊娠なんて有り得ないから関係ない。
 
 退院後は見知らぬ居候先に別れを告げ、迎えに来てくれた成瀬さんの車に乗った。
 これからの僕の名前はシンシア・成瀬になる。シンシアは米国生まれなのだが、両親の仕事の都合で日本に住んでいた。そして、鉄橋の崩落事故で両親を亡くし、以降は両親の知人である神崎夫妻が預かっていた、と記録にある。
 両親の死後、一時的のはずが、ずるずると1年間もシンシアを預かってくれた神崎夫妻は、何故か何度も何度もあやまりながら泣いて別れを惜しんでいた。きっとこれはシンシアにとっても忘れようのないシーンなのだろうと、ぼんやりと考える。
 僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 彼らが愛したシンシアはもういない。僕はあくまでもニセモノだ。彼女の記憶は、記録として僕の手元にあるだけ。成瀬さんが薦めたとおり、脳に記憶を転写すれば違ったのだろうか?
 宇宙人が観測用に作った滞在戸籍であるだけのはずの彼女。生まれた時点からアンドロイドが成りすましていただけだったはずの10年間。でも目の前には圧倒的な存在感があり、それが僕を落ち込ませた。
 
 気付くとラジオの番組は切り替わり、耳慣れない音楽が流れていた。
 「脳に転記するのが嫌なんて、僕のわがままなんでしょうか。」
 思わず漏れた言葉に、意外にも成瀬のおじさんは真剣な口調で返答した。
 「自分のあり方を選ぶのは自分であるべきだからね。そんなことはないよ。」
 「でも、成瀬さんって脳への転記にこだわってたじゃないですか。」
 「いや、ボクは勧めるだけ。決めるのは君だし、決めた以上押し付ける気はないよ。」
 「でも、元々の彼女は・・・」
 「ストップ!ボクが転記にこだわったのは君が性格的にも少女に近づいてくれたらって思っただけ。だって、せっかく萌えキャラをそばにおけるのなら、中身もそうであったほうがいいでしょ?」
 ・・・気をつかってくれてる?ひょっとすると、綾瀬さんは見かけよりかっこいい人なのかもしれない。
 「見知らぬアンドロイドのことをそこまで思いやれる君だからね。十分萌えキャラだよ。ある意味王道だしね。きっと即戦力になるよ。」
 「はぁ」
 「それに、記憶を転記しても元々のシンシアと同じになるわけじゃないよ。まぁ、彼女を大事に思うんだったら、思い出を大切に君なりのシンシアであればいいんだよ。」
 「そう、ですか。」
 「そう。これは銀河的常識だから。」
 「はぁ。」
 「じゃあ練習しようか。ほらっ、復唱して!お義父様よろしくおねがいします。」
 「お、おとうさま、よろしくおねがいします。」
 「それから、お義父様大好き」
 「おとうさま、だ、いすき?」
 「いいね、お義父様、一緒にお風呂はいろ」
 「お、とうさま、いっしょに、おふろ、はいろお?」
 「ほらっ感情込めて最初から」
 「その、冗談ですよね。」
 「なんで?」
 「だって、その。」
 「え?ああ、ごめん。君が、いや、シンシアが落ち込んでたみたいだから、父親としてはちょっとね。」
 軽く笑う成瀬さん。いや、お義父さん。
 心が少し軽くなっているのに気付いた。シンシアの記録、いや、思い出を探る。引っ込み思案だけど、根は明るい少女。外人って言われるのが嫌で、シホというあだ名をとても喜んでた少女。それらは今後、僕のことでもあるのか。
 「でも、お風呂には一緒にはいりません、なんて。」
 キキーッ!
 ブレーキ音が響き、車は数回転して停車した。奇跡的に後続車はおらず、事故にはなってない。
 「じょ、冗談ですけど。」
 「あ、ああ、冗談。冗談ね。うん、ならいいんだ。」
 再び走り出す車。どうしよう。あまりの眼光に冗談だって口走っちゃったけど。でも、まさか、え?
 僕はふってわいた貞操の危機に、悩みどころではないのだった。


 そこはまるでセットのようだった。ランドセルが横にかかった学習机。端には小物が並んでいる。椅子には、ハートマークがついたクッション。それからテディベア、ペンギンのぬいぐるみ。ウサギのキーホルダ、他にも少女を連想される小物類が理路整然と配置され、不思議なわざとらしさを醸し出していた。
 「ひょっとして、僕の部屋ですか?」
 「シンシアー、言葉使い。」
 「その、ここは、あたしの部屋、かな?」
 「そう。1日で準備したにしては揃ってるでしょ。あと、銀河コラボの登録も済んだよ。これで正式に僕らは父娘だ。地球のはもう少しかかるけどね。ほら、見る?」
 ええと、シンシア・ナルセ、11歳?・・・女??
 「ああ、レベル8でのリンクなんて性別変換も同義だからね。」
 女・・・健全な男子学生だった僕が宇宙的に女・・・銀河公認で女・・・。女が悪いわけじゃないが、なんか泣きたい気分だ。
 「あと、ボクの名前はアス・ナルセ。滞在戸籍の名前は成瀬敦。似てて面白いでしょ。偶然つうか、運命だよね。」
 「アスさん。ですか。」
 「だめだめ。」
 「お、お義父さん?」
 「そうそう。でも、他の呼び方も試してみようか。バリエーション。」
 「ええと、パパ、親父?、お義父さん、お義父様、それから、ダディ、は違うか。あー、おっとう?違うな。」
 「・・・パパ、か。ホント、言葉って星が違っても一緒になるもんだな。」
 「じゃあパパでいいですか?」
 「・・・いや、パパは星に残してきた娘のためにとっとくよ。そうだな、シンシアは話し方が他人行儀だからお義父様ってのがハマるかな?」
 「お子さん、いるんですか?」
 「ああ。単身赴任だからね。シンシアの妹になるのかな。・・・名前はセスだ。妻の名前はエレン」
 「じゃあ、勝手に養女なんて手続きしたらまずいんじゃ?」
 「それは大丈夫。・・・そうだな、シンシアが母星に来ることになったら紹介するよ。」
 来ることになったら・・・あと、パパはとっておく、か。ま、仮だからな。でも、かつてのシンシアは家庭を熱望していたし、供養の意味でも・・・おっと、シンシアは死んだわけじゃないか。とにかく、元に戻るまでは親子ごっこしてみよう。
 ええと、そうだな。娘って何すんだろ?
 「お義父様って地球の食べ物食べれるんですか?」
 「ああ。ボクは同系列だからね。ほとんど変わらないよ。滞在戸籍の関係上着ぐるみ使ってるけど、そのまま病院にかかってもばれないはずだよ。」
 「じゃあ、夕食は僕、じゃなくてあたしが作ります。」
 「ホントに?あ、でも悪いんだけど急いでパンフ作る必要があるんだ。観光の仕事のほうね。すぐに着替えてもらえるかな?ボクは撮影の準備するから。」
 部屋の隅のジャバラの扉を開けると、ウォークインクローゼットが出現した。成瀬さん、いや、お義父様はクローゼットからメイド服を取り出した。クローゼットの中には大量の服や靴、帽子が並び、普通の服からどこかの民族衣装、果てはアニメのコスプレ衣装まで多岐に渡って並んでいた。まさか、お義父様の趣味?
 お父様を見送った後、僕は悩みながらもなんとかメイド服を着込んだ。早速鏡で確認する。うわー、メイドだよ。金髪ってはまるなー。それに、あつらえた様にぴったりだ、というか、あつらえたのか?
 こんなのが妹だったら、もう絶対溺愛するね。可愛くってしょうがないよ。
 軽く笑ってみた。おお!でもちょっとぎこちないかな。ニコッうーむ微妙だ。怒り顔、じゃあ泣き顔?ああくそ、これが自分でなかったら。
 ニカカ、うーん違うな。にはっ・・・うーむ。
 「そうそう、その調子。早速リビングで撮っちゃおう。」
 鏡の中の少女は一瞬でその顔を赤く染め上げた。ぎこちなく振り向くとドアからお義父様が覗き込んでいる。
 「ん?ちゃんと着替え終わってからドア開けたって。もう準備できてるから。早くね。」
 ううう、何かの呪いか?そのうち恥死するんじゃないだろうか。足取りも重くリビングに向かった僕は宙を舞うカメラに目を奪われた。
 すごい!まるで惑星のようだ。複数の丸いカメラが音もなくリビングの1点を中心に旋回している。
 「じゃあ、カメラの真ん中に立って。」
 僕はおっかなびっくり惑星からすると太陽にあたる位置に移動した。
 「正面に文字が浮かぶから、視線を文字に合わせたまま読んで。感情込めてね。」
 「は、はい。」
 うう、なんか顔が引きつってしまう。ええと、あれを読めばいいんだな。
 「はじめまして。私、シンシアっていいます。アンドロイドでなく、実際に現地の小学校に通っているヒューマノイドです。」
 うう、ぶりっこな自分がなんか嫌アアア!
 「本プランでは、私が愛情を込めてめいっぱい奉仕しちゃいますので、アンドロイドとは違う、人間味溢れるサービスをお楽しみいただけます。」
 奉仕?奉仕ってなに!
 「ご主人様、お兄ちゃん、お義父様などの呼び方、わたしの言葉使い、仕草、性格など、ご要望に応じて細かくご設定いただけます!」
 設定なんてしないでー
 「更に選べる衣装は300種類以上!」
 あれ全部仕事用の衣装?!
 「ぜひぜひ、私をお客様好みにカスタマイズしてください。」
 止めて。勘弁して。
 「大いなるアーキテクトの息吹を感じさせる秋葉原をどうぞ、ご堪能ください」
 って僕何させられるのーーーー!!!!タースーケーテー
 僕はよろよろとソファーに移動すると、倒れこんだ。マジックポイントを500ポイントは持っていかれたよ。無理!こんなん無理!!
 「ほら、シンシア?テイク2いくよー」
 「隊長、もう自分はだめでありまするぅ。」
 「大丈夫!可愛かったって。もう萌え萌えだって。」
 「うううー、その言葉逆効果ー」
 「ほらほら、頑張れ!」
 「なんで秋葉原なんすかー」
 「うーん、そうだね。じゃあ、話しとこうか。」
 お義父様は向かいのソファーに腰掛けた。
 「先に銀河コラボ・リンクスについて説明するね。銀河コラボは星をまたいだ色々な勢力をゆるーく連携させて争いごとの調停をしたり、協力して仕事をすすめたりするためのシステムでね、これが存在するおかげで深刻な争いが消え、銀河の文明は後戻りを止めたんだ。まぁ、銀河標準の調停・発展システムだね。そして、この原型を作った種族は尊敬をこめてアーキテクトって呼ばれるようになったんだ。」
 「はぁ。」
 「でね、面白いことに、このアーキテクトという種族は今から1万5千年ほど前、自ら滅びを選択し、絶滅してるんだ。そうだな。君たちからすれば、未知の古代文明ってあたりが近いかな。でも、アーキテクトが存在したのは歴然とした事実だし膨大な記録も残っている。矛盾してるようだけど、記録が詳細な故に謎も多くてね。考古学のメインテーマだし、中にはアーキテクトの遺産を追い求めてる人だっているんだよ。」
 「で、地球の出番なんだけど、アニメーションを最初に発明したのもアーキテクトなんだよね。類似技術が発明されたケースは多々あるんだけど、地球のそれがアーキテクトのそれに最も近いって学説がでてから、空前の地球ブームが起こってるってわけさ。加えて歴史のパターンまでアーキテクトに似てるなんて話もでてね。もう、人気はうなぎのぼり!」
 「宇宙人って大勢来てるんですか?」
 「いや、大勢は来てない。元々地球は未開の惑星だから、合法的に地球に来るための滞在戸籍が必要最小限しかなかったんだ。だから絶対数は限られるわけさ。もう滞在戸籍は高騰しまくって個人に手が出せるものじゃないし、限られた時間の観光旅行でもとんでもない金額がかかる状態だよ。うちは観光会社としては中堅どころだけど、地球観光は社運をかけて参入してるって状態だね。」
 「まさか、秋葉原ってどんどん変わっていきましたけど、宇宙人の仕業だったんですか?」
 「ないない。せいぜい秋葉原を歩く外国人の数が増えたくらいじゃないかな。それだって、地球人の数からしたら全然だよ。」
 「まぁ、ボク達にとってアーキテクトはロマンであり憧れだからね。だからね、働いて働いて、そして我慢を重ね、そうして地球観光に来る人も多いんだよ。ボクとしては、その貴重な時間が有意義になるように全力でサポートしたいわけさ。本気でね。」
 そうか。だよな。こんな所まで来るんだから。
 真剣なんだな。
 僕はカメラの中央に移動した。恥ずかしいなんて言ってたらお客様に悪い。僕も本気でやらないと。
 「お、再開する?」
 その日、憔悴しきった僕はメイド服のままベットに倒れこんだ。ダメ。ハイテンションで押し切ったけど、もう無理。限界。物理的に無理。これ以上やったらマジ壊れる。っていうか、僕って何やってんだ。ハッ、思い出すなー忘れろー忘れるんだー。
 疲れきった体は睡眠を許さず、生まれてきた意味まで考えてしまう一夜だった。


 ロジックプランが社運をかけた超高級ツアーが完売したのは、受付開始からわずか15分後のことだった。
 ちなみに、未開惑星上で活動するためには取得困難な免許が必要になる。
 このため、お客様は衛星軌道上の宇宙船から地球上のプラグ・アンドロイドと感覚リンクして観光する。(僕が着てる着ぐるみスーツの遠隔バージョンと考えてもらえればいい。)
 加えて、そのリンク時間も限られる。(申請により感覚リンクが許可される。一般に審査の厳しい申請のほうがリンク時間が長い。)
 お客様が地球で過ごす1分、1秒はとても貴重な時間といえた。
 そして僕の仕事は、その時間をより有意義に過ごしてもらうことなわけだ。

 僕は初仕事を前にお義父様から渡されたリクエストシートの内容を確認していた。シンシア・サービスって項目が僕の担当部分だ。そこには、『猫、語尾にニャン』なんて恐ろしげな文言が書き殴ってある。
 猫って服装じゃないよ?にゃん?にゃんって・・・うわわあああああああ、僕はごろごろとベットの上を転げまわった。今回はお義父様がどう行動すべきかナビゲートしてくれるって言ってたけど、この指定ではそれが逆に怖い。

 無言で車に乗込み、無言のまま景色を眺めた。
 お義父様は楽しそうに鼻歌なんて歌ってる。たしか古いアニメの曲だよね。
 ううう。刻一刻と死刑執行が近づいてる気分だよ。
 僕が逃げたらどうなるのかな。ダメだよね。それにお客様に楽しんでもらうって決めたんだし。
 プラス思考ってどうやるんだっけ?ええと、空が青いなぁ。きっと観光日和だよね。お客さんは運がいいな。ええと、それから?
 「うっし、先にチェックインしててくれ。ボクはエレベータ借りて荷物上げるから。さーて、ねこねこーと。」
 一緒に荷物を運ぼうと思ってたのだが、最後の単語を聞いてやる気がうせた。考えないようにしてたのに。

 秋葉原にあるホテルのだいぶ豪華めな一室。そこで僕を出迎えたのは僕だった。
 「はじめまして。菅原 雄一です。」
 その僕は照れたような、緊張したような面持ちで軽く会釈すると、僕に握手を求めた。
 うわああ僕だ!僕がいる!!その仕草も、なにもかも!!
 恐る恐る手を握ると、男の僕はほっとした様な感じで再び頭を下げた。
 「僕がプラグ・アンドロイドです。あと、表向きはシンシアちゃんの家庭教師になります。ええと、よろしく。」
 僕は硬直したまま動けなかった。男の僕は困った顔ではにかむと、うろうろし、ソファーに座ろうとしたところで、僕を思い出し、女の子が立ってるんだからと、座るのを止めて、間が持ちそうにないと時計を気にし、空を眺めた。あれはどう対処していいか解らなくなってるだけで、空が見たいわけじゃない。なんか、手に取るように解るよ?あまりのどんくささに泣けてくる。
 ええと、なんて呼んだらいいだろうか?
 「アンドロイドさん?」
 「そうか、君は私だったんだよね。」
 突然、雰囲気が変わった。演技を止めたのか?
 「演技、うまいですね。」
 「演技?いや・・・うん、演技なのかな?人間のマネ。どうしてだろう?私が人間相手にこんな態度とるなんて。」
 男の僕、アンドロイドは本気で考え込んでいるようだ。
 「君がアーキテクトに似てるからかな。」
 「似てますか?」
 「うん、似てる。そっくりだ。」
 「ええと、アンドロイドさんも似てました。その、僕に」
 「ありがとう。」
 彼は綺麗に笑った。思わず息を呑むくらい綺麗に。今の彼は僕の顔でありながら、どう見ても別人だ。
 「ちょうど交換、だね。僕はシンシアだったんだよ」
 「ご、ごめんなさい」
 「何であやまるの?」
 「ぜんぜん、シンシアじゃなくて」
 そっとアンドロイドの手が僕の肩をなで、気付くと僕は抱きしめられていた。
 「あやまることなんてないよ。私達にとってはすべてが絵空事。君たちは君たちの絵を描けばいい。」
 「おーい、開けてくれー」
 「はい、はい!」
 男の僕がどたばたとドアを開けると、お義父様が台車を押しながら現れた。男の僕は、なんだかすっかり僕で、先ほどの雰囲気は微塵もない。
 「菅原君はボクと機材の設置。それからシンシアは着替えちゃって。」
 ええと、僕がシンシアか。猫と書かれた箱を持って別室になっている寝室に移動する。箱の裏が取説なんて、大昔のプラモみたいだ。
 まずは、服を全部脱いで・・・それから、膝に薄いサポータをつけるっと。それから尻尾付サポータを履いて、で、猫球手袋をと・・・?
 そうか、手をグーにしてつけるんだな。左手につけてっと、でベルトで固定してっと。で、右手にも・・・・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・
 手がふさがってなんにもできないよ?
 なにこれっ!不良品、というかもっと考えて設計して欲しい。やっぱり宇宙人って設計が大雑把だ。
 僕は説明書を熟読し、とりあえず全身タイツを半分着てから誰かに手伝ってもらうことにした。でも誰に・・・ええい!
 「あの、菅原、さん、手伝って、欲しいん、です、けど」
 恥ずかしさのせいか、声がうまくでない。
 「菅原、さん!」
 「え?僕?」
 男の僕は恐る恐る入ってくると、僕の姿を見てあとずさった。
 どちらかといえば、自分に見られるほうがまだました。とはいえ、心臓は暴れてるし、顔どころか、体全体が火照って暑い。
 「あの一人では、その、」
 くそ、なんでだ、声がでない。
 「どうして欲しいの?」
 「猫球グローブを」
 男の僕は説明書を一瞥すると、手際よく衣装を着せてくれた。左手に猫球グローブを被せ、バンドで固定し、途中まで着込んでいた首下の全身タイツを着せてくれた。更に胴体部分を覆うレオタードを重ね着し尻尾をとおす。レッグウォーマーを着け、二の腕まである猫足型長手袋を履かせ、イヤーカバーと猫耳をつけ、大きな鈴のついた首輪を締めてくれた。
 やるじゃん、男の僕。それとも、さっきのアンドロイドさん?
 「シンシアちゃん、あとはコンソールに連動コマンドうって」
 「あ、はい。」
 プラスチックの板をイメージし、そこに心の中で連携と話しかける。イメージした位置に青いプラスチックの板が現れ『サブシステム:衣装 連携?』と表示された。再び心の中でOKと返答。『連携中』。猫耳は細かな音を拾ってはひょこひょこ動き、尻尾は生き物のようにうねった。
 「ありがとうございました。」
 チリン、お礼を言って頭を下げる。男の僕は軽く手を上げると、隣の部屋に消えた。
 チリチリチリ。鈴の音を響かせながら男の僕の後を追うと、ソファーの前に15インチほどの古びたテレビが設置され、その隣にはばかでかいVHSデッキが鎮座していた。

 「ボクは隣の部屋からシンシアに指示をだすから。じゃあ時間ないけど、練習してみようか。」
 「じゃあ、お客様が来たら、いらっしゃいませにゃ。はい」
 「いっいらっしゃいませ・・・・・・にゃ」
 「にゃが遅いよ。あと声が小さい。」
 「あ、成瀬さん、コネクト打診ありました。すぐ始めたいそうです。」
 「え?もう?ええと、じゃシンシア、大きな声で、愛情こめて!ね!」
 「うう、はい。」
 「来ます。来てます。んーーーはいっ!入りました。」
 イタコ?それとも何かの占い??そんなんでいいの?宇宙空間からの通信だよ。ねぇ。宇宙人としてそれはどうなの??
 <ほらっシンシア!いらっしゃいませにゃ。早く大きな声で>
 「いっいらっしゃいませ・・にゃあ!」
 チリリン、勢いで言って頭を下げる。最後のにゃだけ、やたら大きな声になってしまった。
 ううう、指示に意識を集中して、無心に行動しよう。考えたら負けだ。考えたら負けだ。考えたら負けだ。考えたら負けだ。考えたら負けだ。
 「ここは秋葉原内にあるホテルの一室ですにゃ。ご主人さまっ!何して遊ぶにゃ?」
 営業スマイル全開!やけっぱちで演技する。考えようによってはぼそぼそとにゃんにゃん言ってるお義父様のほうが何倍も恥ずかしい。そうに決まってる。もう絶対だ!
 「・・・・・・ご主人様?どうしますかにゃ?」
 沈黙。
 ううう、見られてる。しかも横目で見られてるー。これは、ひいてる。ひかれてますよー
 「じゃあ、アニメ見ようか。」
 「はぁ?・・・えっ、いや、解りましたにゃっ!」
 用意されていたテープをデッキにセットする。というか、セットしようとする。そもそもグーのまま手を固定するこの衣装で細かな作業は無理だ。もう、こうなったら。
 僕は口でテープをくわえ、前足と化した2本の腕でケースを引き剥がした。更にデッキに押し込む。
 「はぁ、はぁ、ケホッ・・・ご主人さま、今再生しますにゃ。」
 間違っている。なんか色々間違ってる。衣装も、やってることも、何もかもおかしい!
 ご主人様、じゃない、お客様は僕を珍しげに眺めていたが、アニメが始まると食い入るようにテレビを見始めた。
 ううう、こんなんでいいの?本来、僕みたいな生物は地球上には生存していないのですよ?
 チリン
 「静かにっ!」
 「ごめんにゃ」
 叱られたー。でも、これじゃ動けない。
 これ大昔の野球アニメだ。野球好きがガッツで問題を乗り越え、成長していくやつ。
 再放送で見たんだっけ。これ好きだったなー。
 テープは編集済みのようだが、画質は悪いし、CMのかけらが混入してたりする。でも、物語の面白さにいつしか時間を忘れてアニメに見入った。
 ふふっ、ご主人様もOPとかEDえおしっかり見るタチなんだな。
 「次っ」
 「はいにゃ!」
 ガジガジとケースをかじりつつテープを交換する。
 ・・・「次っ」「了解にゃ!」・・・「次っ」「合点にゃ!」
 数時間後、とりあえずコンプリート。いやー見た見た。あれ?もう帰る時間なのでは?
 「んっ」
 ?
 ご主人様は僕の頭をポン、ポンッと2度軽く叩くと、帰っていった。
 「はいっ戻りました。」
 だから、その台詞はどうかと思うぞって・・・え?アニメだけ見て帰ったの??その、秋葉原は?
 
 
 数日後、お義父様は上機嫌で報告してきた。
 「シンシア!、お客様、大絶賛だったそうだよ。徹底高級路線のプレミアコース大成功だよ!」
 へえへ、そうですか。
 「シンシア?」
 「あのお客さん、何しに来たんですか?」
 なんだか知らないけど、腹が立つ。
 「だから、ロマンだよ。昭和のコンポジット端子すらない、軽い磁気にすら画質を乱すテレビ。
操作するたびガッチャン、ガッチャン音がでる剛健さの中に確かな哲学を秘めたビデオ。
このガッチャンってのは駆動音じゃないよ?スイッチが押し込まれた、ただそれだけの音なんだよ?ああ、もう、信じられるかい!?
そして、古き良き名作。これも初回放送時に録画されたテープを地球人の一般視聴者が自分で編集した一品。そうそう手に入るもんじゃない。オークションで見かけた時にはボクはもう、どうしようかと。いやはや、もう最高、いや至高だよ!」
 「ビデオなんてどこでも見れるし」
 「あー、わかんないかなぁ。男のロマン。どう言えば伝わるのかなぁ。とても言葉なんかじゃ・・・ああ、でも、仕方ないよね。人それぞれだしね。」
 「宇宙人馬鹿、第1号です。」
 不満だ。とにかく不満だ。認めたくない。
 「まぁ、馬鹿は馬鹿だよね。男って奴はいつまでも子供だっていうからね。脳が幼いんだよ。」
 「男?・・・いや、わかります。馬鹿な行為ってわかっててやる醍醐味ですよね。わかりますよ。男魂ありますからっ。」
 「そうそう。あと、シンシアのこともべた褒めだったそうだよ。」
 「・・・」
 なんか顔がにやけてしまう。そっか、結構嬉しいのか?僕。
 「無理してて、いっぱいいっぱいな雰囲気が最高だったって・・・シンシア?どうしたんだ急に・・・・・・シンシア!開けなさいシンシア!どうしたんだ!シンシア!」
 僕は無言で自室に篭ると、ベットに潜り込んだ。やはり宇宙人とは解り合えそうにない。
 「シンシア?シンシア!」
 「ほっといて!」
 どこまでも腹立たしい反面、客が喜んだという報告への嬉しさが消えない自分に戸惑いが隠せない僕なのだった。
 ああもう、気の迷いに決まってるっ!
 
(づいていいのか?)