秋葉原観光案内

第3話 シンシアの日常

僕は鼻歌を歌っている自分に気付いた。昔のアニメのOP。話のラストにあと滅亡まで何日って表示のでる宇宙戦艦の歌だ。
 お父様のがうつっちゃったのかな?
 僕は苦笑しつつ冷蔵庫に寝かせておいたクッキーの生地を取り出した。
 良く晴れた日曜日の午前中。外には青空が広がっている。こんな日は気分がいい。
 今日の予定は、カタログ撮影と家庭教師(アンドロイドさん)との勉強だけ。ほとんど休日。これも上機嫌の理由の1つだ。
 僕はクッキーの生地を伸ばし、クッキー型をグサグサと生地に突き立てた。オーブンの天板の上に色々な動物が並んでいく。
 「おはよう。シンシア。コーヒーもらえるかな?」
 無精ひげを伸ばしたお父様がヨロヨロしながら現れた。おはようと言っているが、お父様は徹夜明けだ。
 「おはようございます、お父さまっ。今用意するから。」
 僕は料理の手を止め、コーヒーを用意する。
 お父様は手続代行業も行っている。そして地上に直接滞在する旅行業者は貴重なため、依頼が多い。
 更に自社ツアーの仕事が加わって殺人的仕事量となっている。手伝えるのなら手伝いたいが、その複雑さに断念した。
 結局、僕に出来るのはコーヒーをいれるくらいだ。
 「ごめんね。ちょっと押してるんだ。午後1番には撮影に入れると思うから。」
 コーヒーを渡すと、お父様はそう言い残して自室に消えた。
 そうか。カタログ撮影があるんだよな。僕はちょっと憂鬱になった。でも、その後に楽しみがあるんだしと、気分を立て直す。
 家庭教師(アンドロイドさん)が来ての勉強。当然、内容は小学校の勉強ではなく、銀河人としての勉強だ。銀河的に僕は子供であるため、所定の学習コースを終了させる義務というか、権利があるのだ。
 教育プランは良くできていて1人でも十分学習できるのだが、やはり先生がいてくれると効率がいい。苦手な科目もあるが、コンピュータ類のシステム論は結構好きだ。
 なにより、男の僕と僕が2人きりになるとアンドロイドさんの人格が姿を現す。つまり元シンシアに会えるわけだ。その元シンシアに日常の悩みを聞いてもらえて、かつ、大丈夫と言ってもらえる。許してもらえる。
 根本的に男の僕は、女心など解るわけもなく、失敗だらけ。でも、アンドロイドさんは、そのままの僕でいいと言ってくれる。
 このひとときは僕にとって大切な時間と言えた。

 男の僕は12時すこし前に訪れた。お父様を呼んで一緒に食事。お父様も男の僕もおいしそうに食べてくれて、少し安心した。
 食事の後に男の僕と一緒に食器を洗い、お父様は撮影の準備。
 そして、来てしまう恥ずかしい時間。
 変、じゃないよね?
 僕は鏡の前でポーズをとってみた。
 やたらヒラヒラした水色のドレス。頭にはヘッドドレス。スカートは膨らんでおり、足元は白のタイツと厚底の靴。
 整ったシンシアの顔と金髪も手伝って、一見人形って感じ。しかも、かなり高そうな人形だ。
 うん、十分かわいい、よね?
 今日の撮影はアンドロイドさんもいるわけで、変な衣装じゃなくて助かったかな。
 自室を出た僕は、2人の視線を気にしつつ、カメラの前に立った。
 お父様、手放しで大喜び。なんか、勘弁して欲しい。
 「じゃあ、足をそろえてスカートの裾を軽くつまんでみようか。ヨシ!」
 「手を前で揃えてみようか・・・はい、笑ってー・・・胸の前に手を持ってきて、えーと手のひらは内側で・・・日傘さして・・・」
 妙にハイテンションなお父様の指示に従ってポーズをつけてはニコッを繰り返す。うーー顔が熱いよ〜。
 今日はアンドロイドさんも見てるわけだし、視線が2倍(当社比)。恥ずかしさも2倍(当社比)って気分だよ。
 「今度椅子に座ってみよう。そう、人形さんをイメージして。そうそう。」
 今度は無表情でカメラに収まる。なんか、お父様の目が血走ってるよ?大丈夫かな・・・
 そして撮影は延々と続き・・・ピピピピピ、アラームの音で終わった。
 「ああ、もう時間か。じゃあ、ボクはもう一頑張りするよ。」
 「少し寝たほうが・・・」
 「ん?ああ、大丈夫。今のでリフレッシュしたから」
 どこまで本気なんだろうか?お父様は自分の言葉を証明するかのごとく、軽い足取りで仕事に向かった。
 
 ええと、どうしようか。僕は男の僕を眺めた。今はアンドロイドさんのほうか。こんな僕を見てどう思ってるのかな?
 「似合ってるよ」
 うわっ。
 きれいな笑顔に僕は見とれ、そのあと慌てて視線をそらした。
 なんかホストになったら、ものすごく稼げそう。
 女殺しって感じ?・・・いや、僕は男だから、客観的な評価的にそう思うだけだけど!
 「こっちも始めようか。」
 僕の部屋にアンドロイドさんを招きいれる。
 ええと、着替えそびれちゃったな。でもいいか。似合ってるって言ってくれ・・・じゃなくて、時間がもったいないからっ!
 
 
 時間は少し遡る。
 私は不思議な違和感を自覚しつつ、撮影風景を眺めていた。
 シンシアの行動を分析すると、シンシアは私が表に出るのを心待ちにしていると推察される。
 本来管理プログラムである私が外にでるなど、有り得ない話だ。だが、事実私は何度も外にでて、シンシアと会っている。
 これらの事実から、彼女は私にとって特別の要素を持つと判断される。
  優先監視対象名:シンシア・ナルセ
  年齢:11才
  性別:女
  所属コミュニティ:M78C
  勤務先:デザイン・プラン
  備考:
   元地球人。元大学生。元青年。
   事故により売買契約が成立したために返済能力以上の負債を負う。特例契約のため救済措置なし。
   契約に利用された端末はネクストライフ社のもの。ところが、このネクストライフ社が不正登記された存在しない会社であったため、保証人は端末保証人であるデザイン・プラン社となる。
   アクセスに使われた端末は現地警察機関の手に渡った後、紛失。同時期に発生したシステム障害により、追跡は不可能。
   スーツの製造元はネクストライフ社。滞在戸籍の販売元は銀河コラボ・リンクス。
   デザイン・プランの社員であるアス・ナルセ氏の養女となり、正式に銀河コラボへの登録を果たす。
   結果、最初に銀河コラボに参加した元地球人となる。
   同時に特例で地球滞在許可証が発行される。
  監視理由:自己都合。詳細は不明。

 そう、不明。
 地球の古いアニメではコンピュータとは融通が利かないもので、矛盾に突き当たると爆発すると認識されるようだが、もちろん、そんなことはない。
 知覚されるすべてのものは、測定された時点ですでに近似値である。つまり、真実とは誤差がある。そして、それら近似値が分析され、多くの関連事項が連想される。
 それら多くの関連事項は、何重にも連結・フィルタリングされ、最終的に仮説として意識レイヤーへと届く。確認する術はないが、これは人間にも当てはまる構造であろう。
 見えているのは仮設の1つでしかなく、それが否定されるのであれば、別の仮説を採用するだけ。それだけの話だ。
 これは真実を真実と完全に証明する手段がないため、仕方のない処置であるのに加え、ほとんどのケースで問題がない処置でもある。
 次に、不明、についてであるが、意識レイヤーに上った仮説が言語化・具体化できない場合にこのラベルがつけられる。
 従って、不明も立派な結果であり、その結果を基に行動を起すことも有意である。
 故に、私は対象の監視を続ける。
 はっきりした結論を得るのはまだ先の話だ。
 
 監視対象と目が合った。監視対象の心拍、血圧が急上昇し、血流量が増す。しかも、過呼吸気味だ。
 やはり、シンシアは私と[雄一]プログラムを見分けている。信じがたいが、行動パターンを変えずにいてもだ。
 私はシンシアにとって、健康的に良くない可能性があるな。
 私はそっと視線を外した。

 撮影はアラームの音と共に終了した。
 「ああ、もう時間か。じゃあ、ボクはもう一頑張りするよ。」
 「少し寝たほうが・・・」
 「ん?ああ、大丈夫。今のでリフレッシュしたから」
 少し驚いた。彼の言葉は真実だ。生体の疲労回復率は状況に応じて大きく変動するが、まさに理想的な状況であったと判断できる。
 自室へ向かう成瀬氏を見送った。
 シンシアはどこか期待に満ちた視線で私を直視していた。ああ、これは・・・
 「似合ってるよ」
 これが紳士のマナーというものだ。
 血圧こそ高いものの、シンシアの疲労度が急速に下がっていくのを計測した。この急速回復は伝達可能なスキルである可能性が生じる。
 シンシアはぎこちなく、私を部屋に招きいれた。回復モード時は運動に支障があるのか?
 今回の生は色々興味深いものが見れそうだ。私はいつになく、高揚感をおぼえた。
 
 部屋では、またぬいぐるみが増えていた。そのことを訊ねると、新しい子の名前は熊のリックであると教えてくれた。
 収集理由はコレクション。以前集めていたフィギュア類は最初から名前が決まっていたため、自分で名前をつけるのは新鮮であるという。シンシア的には、コレクションは男の趣味で、対象がぬいぐるみであるのは友達の影響だそうだ。
 いつものことであるが、シンシアはすでに予定分の勉強を終えていた。これは、かなりのハイペースだ。シンシアの能力は高レベルだと評価できる。
 質問らしい質問もなく、ただ、シンシアは地球コラボのリプレース時期が2000年後に迫っている点について、いかに自分が驚いたか。次期システム案についての好き嫌いを身振り手振りを交えつつ言葉で伝えてきた。これは質問でなく、共有。
 そんな状況でありながら、シンシアは私が学習の役に立っていると信じきっている。
 矛盾を感じるが、それは私と生体との違いなのだろうか。
 次に、またこれもいつもどおりに、シンシアは[雄一]の大学生活について質問してきた。大学生の雄一は本来自分であるため、気になるのだという。
 だが、結局シンシアは一方的に自分に起こった出来事、悩みを話し続ける。
 矛盾。
 しかし、結果に問題はない。
 今日も私は相槌をうちつつ、シンシアの話に聞きいるのだった。
 
 
 僕は私立XX付属小学校に通っている。金持ちの子女が多い、設備が充実したきれいな学校だ。
 防犯上の理由から車で送り迎えされている子も多いのだが、僕は徒歩で通学していた。お父様はむしろ送りたがっているように見えるのだが、時間を浪費させたくない。
 男の子は私服。女の子は制服という不平等な校則だけど、制服を喜んでいる方が多数派。
 理由は、かわいいから。日本人の制服好きにも困ったものだ。
 ちなみに僕は少数派。だって、スカートって落ち着かない。見るぶんにはいいんだけど。
 もっとも、家ではお父様が服を選ぼうとするため、結局いつもスカート姿でいるハメになっている。

 校門をくぐると、グラウンドのほうから歩いてくる一群の中に見知った顔を発見した。彼女達は車通学派。朝と夕方はグラウンドが車の乗り降りに開放されるのだ。
 「おはよう。由香ちゃん、夏美!」
 「あ、おはよう。シホちゃん!」「おはよう。シホ」
 シホというのはシンシアのあだ名。シンシアなのにシホというのは変だが、外人であることにコンプレックスを感じて消極的になっていたシンシアを気遣ってつけられた、友情味溢れたあだ名なのだ。
 今挨拶した2人は松岡由香ちゃんと中山夏美ちゃん。最近はこのメンバーで過ごすことが多い。
 由香ちゃんのほうは僕が入れ替わる前からシンシアの親友で、引っ込み思案だけど、とても優しい子。キレると強いことが最近判明した。あと、結構ミーハーかな。
 夏美は僕が入れ替わった直後に転校して来た子で、いつも堂々としてて、強くて、はっきりものを言う子だ。夏美ちゃんというと怒られるので、夏美、と呼び捨てにしている。あと、とっても頭がいい。その分性格ヘンだけど。
 入れ替わった直後、前のシンシアを深く知る由香ちゃんは僕にとってプレッシャーだった。つい避けてしまい、傷つけてしまったりもした。でも、夏美が間に入ってくれるようになってからは、3人仲良く過ごしている。今では2人とも大事な友達だ。
 あと、ランドセルにも慣れたね。
 慣れたら慣れたで複雑だけど。かの名探偵もこんな気分だったんだろうか?
 
 玄関の靴箱から内履を取り出す。すると、靴箱から足元に紙が落ちた。
 ?
 拾い上げてみると、それは封筒で・・・
 「それ、ラブレター?」
 由香ちゃんが封筒を覗き込んだ。
 わざわざ赤いハートのシールで止めてある白い封筒。アニメにでてきそうな典型的なラブレターって感じだね。逆に現実だと不自然だけど。
 「ほほう。興味深いな。」
 と、夏美。
 えーと?・・・・・・ラブレター?
 そうだ、これラブレターだよ!
 ど、ど、ど、どうしよう!こんなのもらったの初めてだし!
 「ねえねえ、誰から?ね!」
 興味津々といった感じで由香ちゃんが尋ねた。
 「すぐにしまったほうがいいな。噂になる。」
 と、夏美。
 そのとおり。僕は大慌てでラブレターを隠すとあたりを見回した。ええと、気付かれてないよね。
 自然に、自然に。僕はゆっくり教室へと向かった。
 「ねぇ!シホちゃん。ねぇ!どうしよう?」
 僕より興奮していそうな由香ちゃん。対して、夏美は堂々としたものだ。まあ、人事なわけだから、こっちが自然なのかな。
 「さて、朝のホームルームまで時間がある。教室についたら散開。各自鞄を置いたら分散して教室を離脱。トイレの前で合流。」
 「ラジャー!」
 由香ちゃんってば敬礼までしてるし・・・あと、なんで夏美が仕切ってるのー!?
 「ブツを忘れずにね。」
 僕の肩をポンと叩くと夏美は教室へと入っていった。
 
 設備が充実している私立XX付属小学校では、トイレの広さも数も通常のそれと異なる。
 トイレが混みがちになるこの時間でも、僕たちは労せずに空きトイレを発見できた。
 女子トイレの個室、便器を中心にして向かい合う3人の女の子。これは怪しすぎるシチュエーションだよ。
 「さて、ブツを確認しようか。」
 ブツって夏美は・・・麻薬の取引じゃないんだから。
 「で、でも、こーゆーのって差出人に悪いんじゃあ・・・」
 「シホちゃん、隠し事しないって約束した!」
 「そりゃ約束したけど、これは、その・・・」
 「約束した!」
 「ううう」
 困って夏美を見る。
 「大丈夫だ、シホ。我々は面白半分に見たいと言っているのではない。思いやりからの行動だ。問題ない。」
 うん、うん、と頷いてる由香ちゃん。
 仕方なく、ラブレターを差し出す。
 「み、見事なラブレターだ。まさに一部の隙もない。」
 そう言って額の汗を拭う仕草をする夏美。からかってる。僕、絶対からかわれてるよ。
 「さあ、開封の儀を。」
 口で僕が夏美にかなうわけもない。仕方なく僕は封を切ると、便箋を取り出した。
 『ずっと好きでした。勇気をだして告白します。つきあってください。放課後、体育館の裏で待ってます。』
 わ!わ!わ!本当にラブレターだよ!
 「ふむ、簡潔に要件だけ書かれているな。しかも、差出人の名前がない。」
 本当だ。名前がない。封筒にも便箋にも名前がない。
 「ねぇ、誰かな?ね、シホちゃん、心当たりある?ねぇ!」
 大興奮の由香ちゃん。
 「まぁ、この手紙だけでも解ることがある。」
 え?僕は夏美を見ると、夏美は重々しく頷いた。
 「書式といい呼び出し場所といい、お約束が好きな人物かもしれんな。あと、字がきれいだ。字には心が宿るという。一途な性格。あとは、ううむ。まさかな。」
 「あのー、言いかけで止められると気になるんですけど。」
 「しかし・・・照れるものだな。こういうのは。」
 夏美の顔に赤みが差している。夏美がこういう顔をすると、激烈にかわいい。
 あー、でも、猛烈にドキドキしてきたよ。
 「行くよね!」
 「はぇ?」
 「行くよね!シホちゃん!」
 だよね。どうしよう?勇気を出してラブレターを出してくれてるんだから、誠意を持って応なきゃだよね。
 僕はゆっくり頷いた。
 「どうしよう?あたし、放課後までなんて待てないよー!!」
 大興奮中の由香ちゃん。ラブレターをもらったのは僕なんですけど。なんか、おかげで僕が落ち着いてきたよ。あれ、なにかが心にひっかかってるような。
 「ね、シホちゃん。2組の松岡君じゃないかな。シホちゃんにはいっつも優しいし!」
 は?松岡?
 僕は自分の馬鹿さ加減を呪いたくなった。
 だって、今、僕は女の子。ということは、ラブレターの差出人は・・・
 お、男。初めてのラブレターの相手が男。男。男。男。男。男。男。
 僕は午前中ずっと上の空だった。あと、少し泣いた。
 
 
 午後からも僕は上の空。
 ただし、午前中と違って僕の頭はフル回転していた。
 命題は『いかに断るか』。だって、僕は男と付き合うなんて有り得ない。
 イメージトレーニングをしてみよう。ええと、男の子は松岡君の姿を借りようかな。
 体育館の裏で待ってる僕。そして、やってくる松岡君。松岡君は照れたような感じで言う。手紙、読んでくれた。
 頷く僕。・・・でも、松岡君ってラブレターってキャラじゃないな。なんか、いきなり告白しそうな感じだ。
 ええと、いきなり手かなんか握られて、好きだって。そして、いきなり松岡君は僕を抱きって違う!なんか脱線してるぞ。
 なんか、やばい。女の子気分が盛り上がっちゃうよ。
 好き、か。
 僕惚れっぽいし、好きになる経験は僕にもあるのか。
 でも、告白なんてできなかったな。
 すごいな。
 本当は男の僕なんかに。
 差出人の子が可哀想だ。
 好き、か。
 ふと、アンドロイドさんの笑顔が脳裏をよぎった。
 これは・・・そうか、そうだよ。好きな人がいるって言えばいい。片思いってことにして、その相手は男の僕にしよう。家庭教師の先生が好き。でも、相手は大人だし、片思い。うん、ありがちだ。
 必要なら、男の僕に話を合わせてもらえばいいんだし!
 本当は僕は男だって告白できればいいんだろうけど、そうもいかないしね。嘘になっちゃうけど、仕方ない。
 これが一番被害が少ない。
 
 結論がでた後は、どう相手を傷つけずに断るか、みっちり検討した。相手の出方のパターンと僕が話す内容を思いつく限り検討する。
 放課後、覚悟をきめた僕は確かな足取りで体育館の裏へむかった。
 由香ちゃんと、夏美は離れた場所から僕を見てるはず。恥ずかしいけど、どこか心強くもある。
 ドキドキする心臓を落ち着けるため、深呼吸をしてみたりもする。
 
 体育館の裏に着くと、そこには先客がいた。見覚えのある顔。確か、隣のクラスの松田敦子さんだったかな。
 うーん、まずいな。差出人の子が来ちゃうのに。でも、用があるから外してって言う訳にもいかないし。
 僕は仕方なく、松田さんからなるべく離れた位置で待つことにした。
 あれ?松田さんが後ずさっていく。全く後を見ずにバックしてる。
 「キャッ」
 そして、可愛い声を上げてこけた。
 というか、転んだとき頭打ったんじゃあ?動かないよ。あれ?なんか、まずい!
 僕は大急ぎで彼女の元に向かうと、今度はどうしていいか迷った。えと、体を動かしちゃダメなケースもあったんだっけ?どうなんだっけ?
 「っ痛たぁー」
 彼女はピクリと反応すると、頭を押さえながら起き上がった。僕は慌てて助けおこす。
 「大丈夫?松田さんっ」
 「あれ?シンシアちゃん?えっ?」
 「わっ」
 彼女は僕を振り払い、僕は地面で腰を強打した。涙が滲む。
 「ごめんなさいっ」
 あまりの痛さに息すらできない。
 今度は僕が彼女に助け起される。彼女はまだ体が痛いらしく、ぎこちない動作で僕を立たせた。そういう僕も腰の痛みでうまく動けない。
 でも、僕の視界のすみには地面に落ちたラブレターがあって・・・
 僕は大急ぎで。でも、ぎこちない動きで決して素早くなく、ラブレターを拾い上げた。
 まずい。見られたよね。まずいことに、ハートのシールもばっちり見られたはずだ。
 痛みで動けないのか、珍しいものを目撃したせいか、固まってる彼女。僕のほうは、痛みがひくまで動きたくない状況。
 「お願い!このことは黙ってて!ね!」
 イテテ、声が腰に響くよ。でも、このことが知れたら差出人の子が可哀想だ。振られたなんて噂だとなおさら。
 彼女は困った顔のまま、でも、頷いてくれた。よかった。後は差出人が誰かを彼女に知られなければ問題がなくなる。
 それに、
 「保健室行った方がいいんじゃないかな。松田さん、一瞬気絶してたんだよ。」
 「え?」
 「ほらっ、肩貸すから。」
 僕は半分強引に保健室に連行した。理由は2つ。1つはラブレター。もう1つは、心配だったから。
 保健室の先生は、病院に行くことを選択した。彼女の後頭部におおきなコブがあったから。頭の怪我は油断できない。
 「ホントにごめんね?お尻、痛くない?」
 「あたしは大丈夫だから。」
 自分のことは棚に上げて、やたら僕を心配していた彼女はタクシーで病院に向かった。
 心配させないように、笑顔で見送る。
 熱があったのかもしれないな、松田さん。心拍早かったし、そういえば顔も赤かった。
 「大丈夫かな、松田さん。」
 離れたことろから見守っていた由美ちゃんが僕の隣で言った。
 「うん、保健室の先生は大丈夫だろうけど、念の為って言ってた。」
 「そっか。」
 あれ?なんか用事があったような・・・そうだラブレターだよ!急がないと!
 「待て、シホ」
 今度は夏美。腕をつかまれた。ちょっと、僕急がないと!
 「差出人はもう来ない。いや、もう立ち去った。」
 え?僕が保健室に言ってる間に来ちゃったとか?
 「シホは思い込みの激しい性格を、なんとかしたほうがいいかもしれんな。彼女の態度をみれば一目瞭然だったろうに。」
 「?」
 「あの、あたしも解んない。」
 由美ちゃんもわからないらしい。良かった、僕だけじゃない。ってそういう問題じゃない。
 「ま、それでいいのかもしれんな。」
 首をかしげる僕たち2人に、1人だけ納得顔の夏美。それって納得いかないんだけど。
 「ほら、シホ。おぶされ。」
 「ええ!大丈夫だよ。」
 「無理するな。痛むんだろ?」
 「そうだよ、シホちゃん!」
 今度は僕が強制連行される番だった。僕は断ったんだけど、夏美の家の車で帰宅することになった。
 でも、ホントに大丈夫なんだろうか?
 「そう、不安な顔をするな。」
 「でも、全然状況わかんないし。」
 「私の推理を信じろ。そう、真実はいつも1つ、だ。」
 妙に嬉しそうな夏美。
 「そうだ、じっちゃんの名にかけてもいいぞ。」
 ・・・夏美ってだいぶアニメ好きなんだよね。嬉しそうなのは定番の台詞を言えたせいか。
 ともあれ、『初めてのラブレター連続転倒事件』はうやむやのまま終結をむかえた。夏美的には解決だけど、僕的には迷宮入り。
 というか、終わったの?納得いかないんですけど。


 シンシアはすべてを淡々と話す。どうやら、シンシアは私に対して隠し事をしないと決めているらしい。
 失敗談を話すのはシンシアにとって勇気のいることのようで、ぬいぐるみを抱きよせ、ぬいぐるみの腕を手でもてあそびながら話を続けた。これは無意識の行動だと思われる。
 シンシアは、一貫して自分は男だと主張しているはずなのだが。
 矛盾。
 少なくともシンシアの行動パターンは一般的な男のそれとは異なる。そして、別の一方と合致する。
 だから、私は指摘する。
 「そのままのシンシアでいいと思うよ。」
 彼女はその言葉に心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 
 そうそう。後日、自分の脳まで子供化、女性化してるのではないかという仮説にいきついたシンシアは、大慌てで成瀬氏に詰め寄った。
 その指摘は正しいものの、レベル8とはいえ、15歳を超えた後であれば大きな影響はなく、発生する小さな変化も着ぐるみスーツを脱げば元に戻ると説明され、安心したそうだ。
 でも、例外というのはあるのかもしれないね。

 不明というラベル。
 そこには、面白いという言葉が入るのかもしれない。
 永遠の時を生きる我々と違い、生体の存続期間は短い。せいぜい400年。一瞬に等しい時間である。
 限られた生。限られた時間。
 私はそれを、初めて残念に感じた。
 まったく、どうかしている。・・・いや、面白いな。

 最後に補足しておこうか。中山夏美の推理は正しい。シンシアの間違いは相手を男と決め付けてしまったことだ。
 あと、判断も正しいな。彼女を尊重してシンシアには黙っておくことにしよう。

(つづいて良いもののかどうか?悩)