秋葉原観光案内
第4話
いつものホテルの一室。耳を澄ますと電車の音が聞こえてきた。駅が近いというのも良いことばかりじゃない。
僕とアンドロイドさんは、カーテンを閉め切った薄暗い寝室で、もう10分近くも悪戦苦闘していた。
今回の衣装は着るのが大変だ。
ボディストッキングの全身版って感じ?しかもキツキツで、全身がかなり圧迫されている。特に頭が。
例によって手がグーのまま固定される衣装なので、アンドロイドさんが目隠しをしたまま着せてくれる、なんて離れ業を見せてくれた。
持ち込んだ鏡には、ストッキングで褐色に染まった僕の裸体が妙に色っぽく映っている。僕に色気なんてないはずなのに。
なんか変だ気分だよ。
「こんな感じかな?シンシア、連携。」
「はーい。」
イメージ上のプラスチックの板。すなわち、着ぐるみスーツの仮想コンソールに向かって連携コマンドを打ち込んだ。
体を覆うストッキングが僕の体に吸着されたと感じた直後、毛玉と化す僕。
すごーい、ふさふさ!
毛並みは、ええっと、おろしたての毛布って感じ?まだ一度も洗濯してないやつ。
僕を抱き枕にしたら、さぞかし、寝心地が良いだろう。
あと、全体的に毛足は長いけど、顔の辺りは短めなのかな?鼻とか、動物メイクっぽく色がついてるけど、僕だってわかる。なんか、それがかえって嫌だ。
お客様からのシンシア・サービスへの依頼は様々だけど、なぜか根強い人気を誇る動物シリーズ。そして、今日の動物は犬。ホントに勘弁して欲しい。
「ごめん、忘れ物だ。」
首輪が締められる。その首輪の先には紐(リール)がついていた。
「じゃ、僕は成瀬さんのほうへ手伝いに行くから。」
「ありがとうございます。」
アンドロイドさんから男の僕へ人格チェンジしたらしい僕の家庭教師は、寝室から出て行った。
鏡を覗き込んでみる。変な感じ。かわいいんだけどね。ぬいぐるみ的なかわいさ?
僕は体のあちこちを触ってみたり、鏡に映したりして肌が露出していないか確認した。なんというか、裸気分で不安なんだ。
イメージ的にはボティペインティングというか、体に植毛されただけというか、とにかく落ち着かない。
僕は縄を気にしつつ、隣の部屋へと移動し、準備風景を眺めた。
今日の僕への依頼は『犬でお出迎え、その後制服に着替えて秋葉原散策。設定は妹キャラ。』だそうだ。
100歩譲って妹はいいとして、キャラって何だよ、キャラって。
「よーし、もう少しだ。」
!
精神感応で動く尻尾が、嬉しそうに揺れた。
言っとくけど、犬の衣装着て喜んでいるわけじゃないからね!
僕が楽しみにしているのは、初めて物体転送というものを見られるからだ。
転送というと、僕がまっさきに連想するのはス○ート○ックで、それを実際に見られるというのは魅力的な話だ。
うーん、でも、転送っていうよりは、召還って感じだろうか?
目の前にあるのは、どう見ても魔法陣。2つの正四角形組み合わさり、その周りには怪しい記号が並んでいる。
転送の原理ってまだ勉強してないけど、魔法的要素が絡むとか?
「いや、ただのデザインだから。流行なんだ。」
だよね。
なんか夢のない解答だ。
魔法陣の形をしたそれは、転送ポインタと呼ばれる機材で、転送行為がブロックされている地域で転送を実行するためには必須のものだそうだ。
地球は現在、セキュリティ上の理由から転送キャンセルフィールドで覆われている。転送する為にはポインタを利用し、かつ、フィールドを管理している銀河コラボと同期・申請する必要がある。
「ほら、シンシア、来るよ!」
魔法陣の上に筒状の光が立ち上り、数秒後、魔法陣の中央に人影が現れた。
やっぱり魔人召還って感じだけど、やっぱ感動〜!
そして、そこから現れたのは、男の僕だった。今度こそ男の僕が2人いる!同じ顔が2つだ!!
1人はアンドロイドな僕で、もう1人が着ぐるみスーツに身をつつんだお客さんのはず。
今日のお客さんは限定ライセンスながら、地球に降りられる免許を持っているため、直接降りてきたのだ。あと、男だった時の僕の姿なのは滞在戸籍の関係上仕方がない。
もっとも、プラグアンドロイドとのリンクも五感をほぼそのままリンクするので、着ぐるみスーツとの違いはあまりなく、ほとんど気分の問題なんだそうだ。ちなみに、短期滞在の場合はプラグアンドロイドのほうがお得。
「よろしく、シンシアちゃん」
男の頃の僕の姿をしたお客様が、僕の頭に手をのせたまま言った。その手が背中あたりまで流れ、くすぐったくなった僕は体をよじった。
この毛並みじゃ、撫でたくなるよね。っていけない、挨拶しなきゃ!
「い、いらっしゃいませっ!・・・だワン?」
まずい。思わずぼーっとしていた。挨拶もヘンになったし。
苦笑いしたお客様は、カメラを取り出して構えた。続いてシャッターが切られる。
?
「じゃ、お手」
う、そ、それは・・・パシャ!
「ウソウソ、でも良い表情だったよ。」
うー、からかわれた。パシャ!立て続けにシャッターが切られる。さすがに、こんなのは初めてだ。
僕は戸惑いながらもお客様のリクエストに応えて様々なポーズをとり続けた。
一段落、したのかな?
「あ、これ?着ぐるみスーツのカメラ・プラグインもいいけど、やっぱり、こっちのほうが気分でるからね。」
?
「ひょっとして、写真コンテストの写真見たことない?」
??
「ほら、これだよ。」
空中に緑色の板が浮かび、そこにWebサイトのような文字と写真が浮かび上がった。文字は少し揺らめくと、日本語に変わる。これって見る人に合わせて変わるんだよね。
それを見た僕は絶句した。
そこには、僕の恥ずかしい写真が並び、人気投票をしているらしく、順位や閲覧者のコメントが並んでいる。
そして、トップを飾るのは、猫な僕。羞恥に染まった頬や、潤んだ瞳、心細げな表情が壮絶なまでに保護欲をかきたてる1枚。某CMなんて目じゃない。ペットショップで売ったらバカ売れ間違いないって感じ?でも、大問題なことに、それは僕なわけで・・・
ヒョットシテ、イママデモ、シャシン、トラレテタノ? シカモ、ゼン、ギンガ、ニ、コウカイ??
目の前が暗くなった。
・・・そういえば、お客様の多くは、妙に僕が恥ずかしがるようなことばかりしていたような・・・
・・・・・・ひょっとして、宇宙人がヘンじゃなく、僕がヘンな人を引き寄せ・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ハッ!
僕は何をしていたんだ?
何か、絶対見てはいけないものを目にしたような・・・
なんて、現実逃避してみても意味がないーーー!!
「うう、ご、ご主人さま・・・それで、何して遊ぶワン?」
僕は瞬発力のみで心をたてなおすと、お決まりの台詞を吐いた。
「じゃ、じゃあ、XXXの最終回だけ見ようかな。あと、着替えもよろしくね。」
「わん」
僕はガジガジとビデオをかじりながらケースを取り除き、ビデオに押し込んで再生ボタンを押した。
なんか、ビデオの欠片ぐらい食べちゃってもいいやって気分。
それからフラフラと寝室に移動して、着慣れた小学校の制服に着替えた。衣装に八つ当たりした分、早く着替えられたかも。
恥ずかしいかっこから開放されて、少しほっとする。
考えてみると、カタログ用の写真だって公開されているわけだし。
はあ、それにしても、僕って精神力強くなったよね。
前だったら、とても仕事を続行できなかったよ。これは進歩したってことだよねー。
・・・嫌な進歩だけど。
僕はお客様の後ろでアニメに見入った。少しでも回復しておきたい、というか、気をそらしたい。
お客様は途中心配げな顔で振り返り、僕の顔を見てほっとした顔をした。
心配してくれたのかな?
いい人かもしれないな。
「今日は俺のことを、本当の義理のお兄さん、だと思って行動して。あとは自然にしてていいから。」
アニメを見終えたお客様は、ホテルから出た直後に、そう宣言した。
本当の?義理の?って、何?
矛盾はして・・ないのか。ヘンだ。やっぱりヘンな人だ。
ええと、
「お兄ちゃん、どこ行く?」
でいいかな?
「ばっちり調べてきたから。シンシアちゃんはついてくればいいよ。ま、デートって感じでひとつ。ヨロ。」
「デ、デート?いや、あ、うん。わかったよ。」
デート!?いや、設定は兄妹なわけだし。
お客様は・・・はて?本当の義理のお兄さんと思って、ということは、考えるときもお兄ちゃんと思ったほうがいいのかな?
でも、それは外からは解らないわけで、
「ほらっ、シンシアちゃん、置いてくよ!」
わっ、マズイ!僕は大急ぎでお兄ちゃんの後を追い、転びそうになった。昔の調子で体を動かすとバランスが崩れてしまう。
気付くとお兄ちゃんに抱きとめられた形。
ううう。恥ずい。いきなり失敗しちゃったよ。
「グッジョブ!」
なんで!?
爽やかな笑顔で拍手までしているお兄ちゃん。
そういえば、ここって昔も転んだ場所だ。そして警察に補導されちゃった場所でもある。僕がシンシアになってしまった日。本当に呪いか何かだろうか。
妙な反応に礼を言いそびれたまま、僕はお兄ちゃんの後を追った。
到着したのはソフト売り場。というか、アダルトゲームの売り場コーナーだね。
デートとか言った途端にこれだよ。
宇宙人のデートコースにはアダルトゲーム売り場ってのが含まれていたりするんだろうか?
まずいな、入り口で待っているべきだったかな?あのゲートって子供は入るなって意味だよね。
僕は奇異の視線を感じつつ、お兄ちゃんの後ろをついてまわった。
僕が視線を向けると、何人かが大慌てで品物を棚に戻した。営業妨害しているね、僕。
お兄ちゃんは気にした様子もなく、手馴れた様子でソフトを物色中。数本のゲームを選択し、レジに向う。
そして、レジで購入特典らしきポスターを渡される。いきなり大荷物だ。
ええと、一応ガイドなわけだから、荷物とか持ったほうがいいかな?
「大丈夫」
お兄ちゃんは僕の申し出をさらりと断ると、次の目標地を目指した。
さりげなく手を握られる。
僕も、違和感なく握っちゃったよ。でも、はぐれるよりいいよね。
それにしても、晴れてよかったよね。荷物とかある場合、雨がふっていると大変だ。
「あ、あなた!」
突然、道ですれ違いざまに腕を掴まれた。僕は誰かとお客様の2人に引っ張られるような形になる。
なに?何が起こったの?
僕は慌ててお客様の腕にしがみついた。
お客様の顔に驚きが浮かぶ。
なに!どうしたの?
確認したいけど、なんか怖くて腕をつかんだ相手を確認できない。たぶん相手は大人だ。今子供である僕の背は小さく、相手が大きいことによるプレッシャーが大きすぎる。
「心配したのよ!なんで逃げたりしたの!」
この声・・・そうだ、婦警さん!
私服だけど、間違いない。事故でシンシアになってしまった日、補導された派出所で会ったショートカットの婦警さんだ。
「ごめんなさい。」
婦警さんの顔は本当に心配そうで、僕は思わず謝った。でも、どうしよう。
恐らく秋葉原で勤務している婦警さん。遭遇の可能性は十分にあった。そのためのシナリオは用意していたはずだけど、頭グルグル。なんで僕はこうプレッシャーに弱いんだろうか。
「・・・」
「ね、私は怒っているんじゃないの。心配なだけなのよ。あれからどうしたの?」
「・・・ごめんなさい。」
「ひょっとして、以前、シンシアに服を買ってくださった方ですか?」
不審そうな目でお兄ちゃんを見る婦警さん。
そうか。知り合いに遭遇した際の情報として、お客様も情報の一部を閲覧できるんだよね。
本当だったら、一時リンクをサスペンドするケースだけど、着ぐるみスーツではそうはいかない。よりによってこんな時に遭遇するなんて。
「その節はシンシアが大変お世話になりました。俺はシンシアの家庭教師の菅原 雄一といいます。」
スラスラと嘘、いや、シナリオの台詞を話すお客様。本来の台詞では俺じゃなくて僕のはずだけど、堂々としていてすごい。
「私は秋葉原署の松岡です。以前この子を保護したんですけど、逃げられてしまいまして。」
婦警さんは、秋葉原署とういう部分を強調して言った。そうか、松岡さんって言うんだ。いや、そんな場合じゃない。
「奇遇ですね。俺も・・・いや、知り合いが警察に・・・ハハ、いや、ぜんぜん奇遇じゃないですね。」
照れ笑いを浮かべるお客様。対して、婦警さんは警戒感バリバリという感じで僕の腕を掴んでいる。
「実はシンシアちゃんとシンシアちゃんの父親が宿泊先で大喧嘩したことがありまして、怒ったシンシアちゃんが服をとって家出しちゃったことがあったんですよ。たぶん、服さえとってしまえば仕事に行けないって思ったんでしょうね。俺はシンシアちゃんの父親に呼び出されて服を届けたんですけど、もう大騒ぎで。」
「本当なの?」
小声で僕に確認をとる婦警さん。
僕は罪悪感を感じつつも頷いた。
「ごめんなさい。」
「いいのよ。でも、悩みがあったらいつでも私に言うのよ。ええと、電話番号を・・・」
携帯の番号とメルアドが書かれたメモを握らされる。
「いつでも電話していいんだからね。」
頷く僕。
本気で心配してくれているのが解る。
不謹慎だけど、かっこいい。
考えてみると、婦警さんってモロに僕のタイプなんだよね。
僕もいつか、あんな女性に・・・って、なってどうする、僕!
そうじゃない。
自分でも時々忘れそうになるけど、僕は男!男なんだ。
「どうですか?お茶でも?」
え?
「ちょうど喫茶店に行くところだったんですよ。お預かりしている服のこともありますし。」
これ、ナンパ?
昔の僕の姿をしたお客様というか、今の設定では家庭教師のお兄ちゃんがナンパしてる!
お客様は返事も待たずに歩き出した。そして、不満げならがらも、ついてくる婦警さん。
え?ナンパ成功?こんな簡単に?
お客様は婦警さんがついてくるのを確信しているのか、振り返りすらしない。
じ、次元が違うよ。
僕は思わず尊敬の眼差しでお客様の背中を眺めた。
男の僕(今はお客様がその姿をしている)が、女の人、しかも、僕の好みの女性をナンパして、成功している。
本来のヘタレの僕だと、有り得ない光景。
他力本願ながら、これってチャンス、とか?
「お帰りなさいませ!ご主人様、お嬢様!」
満足そうな1人と、戸惑っている1人と、落胆している1人。
ああもう、台無しだよ。ナンパした行き先がメイド喫茶ってありなの?
お客様は、婦警さんと僕を悠然とエスコートし、僕らは戸惑いながらも席に着いた。
もうダメだー。
だよねー。他力本願なんてダメだよね。でも、せっかく知り合えたのにー。
「松岡さんは初めてですか?」
「ええ、まあ、はい。」
困惑顔の婦警さん、いや、松岡さん。ああ、なんか困惑顔までかわいいのに。
「俺も初めてなんですよ。話のネタになるだろうから、一度入ってみたいと思っていたんですけどね。」
「はぁ」
おおう、ナイス、言い訳。これってフォローになっただろうか?
うわ!アダルトゲームの袋が松岡さんから見える位置にあるうう!!
「どうしたの?シンシアちゃん。」
「な、なんでもないよー。」
確保成功。袋の口をしっかりと閉じて見えないようにする。
「シンシアちゃんは何にする?」
困った顔をしたままの松岡さんは僕に話しをふった。
「え!ああ、考え中。」
慌ててメニューに目を落とす。考えてみると、電話番号とかもゲットできたんだよな。シンシアとしてだけど。うう、往生際が悪い?
「オムライスなんてどうです?この店でも名前書いてくれるみたいですよ。」
「名前?」
「テレビとかで見たことないですか?結構、紹介されていたりしますけど。」
「はぁ、その、不勉強で。」
堂々としているお客様と、いごこち悪そうな松岡さん。
「じゃあ、俺はオムライスとコーヒーにしようかな。」
「・・・私もそれで。」
「じゃ、あたしも同じ、いや、飲み物はココアで。」
とりあえず注文完了。コーヒーもいいけど、眠れなくなる。
「菅原さんは、どのくらいシンシアちゃんの家庭教師をしているんですか?」
おお!松岡さん、男の僕に興味を持ってくれているとか?
「ええと、4ヶ月になるのかな。」
「とっても助かっています。」
わざわざフォローを入れてみる。まぁ、アンドロイドさんに助けられているのは事実だ。
「シンシアちゃんはこれでも成績トップクラスなんですよ。」
「すごいじゃない、シンシアちゃん。」
「はは、その一応」(本来大学生だし・・・あと、これでもってなに?)
メイドさんがケチャップを片手にオムライスを持ってきた。3つ並んだオムライス。
「何と書きますか?ご主人様。」
「じゃあ、殿、で。」
との?
「あ、じゃあ、姫、で」
つられたのか、松岡さんまでヘンなの頼んだ。
ええと、僕はどうしたら
「お館様で。」
「いや、シンシアちゃん、それだとオチにならないって。」
「突然振られても解んないよ!」
「コラー、ちゃんと授業を聞いてないからだぞ。」
「ええと、何の家庭教師なんですか?」
「勉強ですよ。」
「勉強です。」
「はぁ。」
「あのー、書いてもよろしいでしょうか?」
おお、さすがに顔がひきつっているよ、メイドさん。こんな三文芝居見たくないよね。ってか、ホントに殿って書いてるし。あと、僕が頼んだのはお館様で、親方さまじゃない。言わないけどさ。
「今日は買い物か何かですか?」
「いや、俺は聖地巡・・・」
「いえ、買い物!買い物です!あたしが頼んだんです!」
今何かヘンなこと言いかけた!
「じゃあ、松岡さんは買い物を?」
「私は、散歩、です。このあたりに住んでいるもので。」
「それはすばらしい!」
お客様の大声に注目が集まる。
「松岡さんも、アニメとかご覧になるんですか?」
なんでそうなる!終わったー。今度こそ終わったー。
「は?いえ、見ませんね。アニメは中学で卒業しました。子供じゃないんですから。アニメなんて。職場に近いから秋葉原に住んでるだけですし。」
「それはいけない!」
と、止めないと!
「いいですか?松岡さん。あなたは2つ勘違いをしている。1つは、アニメは表現手段に過ぎず、内容を示すものではないということです。ですから、アニメだからというだけで、内容まで決め付けるのは間違いです。」
「・・・はぁ。」
「2つめは子供向けだからといって、決して手抜きをして作られているわけじゃない。子供向けは子供だましというわけではありません。みんな、真剣に作っているんです。そりゃあ、作品には色々ありますが、こうであると決め付けていては、良いものに巡り合えるチャンスを潰してしまいます。」
「でも、子供向けというのは、子供を対象に作られているわけですよね。」
「じゃあ、松岡さんは絵本を読む大人は変だと思いますか?あるいは、星の王子様を読んで感動する大人はおかしな人だと思いますか?」
「・・・思いませんね。」
「内容をはっきり知らず、ただ、なんとなく、そう認識し、解っていると思い込む。それは危険なことです。」
「・・・」
松岡さん何コイツって顔してるー!ああ、僕のイメージがぁぁ!!
「それに、アニメは銀河に誇れる文化かもしれませんよ。例えば、星が違えばそこに住む人間の特徴は違うかもしれない。そして、アニメという記号は、それらの違和感を包み込み、共通のエンターテイメントをもたらしてくれるかもしれない。」
「・・・ずいぶん大げさですね。」
「好きですから。」
断言しちゃったよー!ってか、言っちゃっていいの?機密は?
ここは僕が話を逸らさないと!
「ええと、秋葉原でも住居とかあるんですか?」
「普通にあるわよ。身の回りのものだって秋葉原で揃うんだから。そういえば、シンシアちゃんは何買いに来たの?」
「ええと、漫画とか、あと、ハードディスクとか安かったら買おうと思って。」
「ハードディスク?シンシアちゃん、パソコンできるの?」
ああ、どこかノスタルジーを感じる反応だ。
「できるというか、好きなので。」
「私なんて、ビデオの配線もできないのよ。引越しした後でビデオが接続できなくって、放置してあるくらい。」
「よろしかったら、接続しましょうか?」
すかさず口をはさむお客様。なんというか、積極的だ。
あと、やっぱ僕って男だよね。なんでか、そう実感できるのが嬉しいよ。
「うーん」
「ビデオの接続なんて、すぐだよ。」
「じゃあ、シンシアちゃんに頼もうかな。」
僕の援護射撃であっさり陥落。子ずれのナンパってどうかと思うけど、名誉挽回が先だよね。おお、なんか僕っていつになく計算できてるぞ。夏美に天然ぼけって言われなくてすむかも。
松岡さんの家は、一見普通のビルだった。3Fより上が住居エリアで、5Fのエレベータの真ん前が松岡さんの部屋。
当たり前なんだけど、中は普通の住宅だった。
問題のビデオはDVDドライブ付のHDDレコーダ。
テレビとビデオの双方にデジタル端子があったんだけど、コンポジットケーブルしかなかったので、それで接続することにした。
極単純に、黄、赤、白の色を合わせて、あっさり接続完了。
何故この配線に手間取るのかは僕にとって女性の神秘の1つだ。
「これ、よろしかったらどうぞ。退屈なときにでも見てみてください。」
アニメのDVD-BOXを渡しているお客様。いつの間に?それに、結構高いのでは?
「そんな、悪いですし。」
「返すのはいつでもかまいません。布教活動は俺の習性の1つですから、気にしないでください。」
「はぁ。」
どこか呆れ顔の松岡さん。名誉挽回どころか悪化している。
「シンシアちゃんも、こういうの見るの?」
「テレビで見ました。」
「ふ〜ん、面白い?」
「原作は有名な少女漫画ですし、面白かったです。」
「少女漫画?」
変な顔でお客様を見る松岡さん。しまった墓穴!
「ほら、それも偏見。少女漫画描いている男の作家さんだっているでしょ?」
「・・・そうですね。」
お客様が堂々としているせいか、松岡さんが間違っているって雰囲気。
おたくでありつつ、一般人の彼女とうまくやる人ってこんな感じなんだろうか。松岡さんが素直なだけって可能性も高いけど。
「あ、そうだ。今、お茶いれますね。」
「お構いなく。」
「あたし手伝うっ!」
もう、この際、男の僕のことをアピールしてやる。笑うなら笑うがいいさ。僕に余裕なんてないんだ。
わ、でっかいオーブン!
「何?シンシアちゃんって料理とかする人?」
「あ、はい。結構好きなので。ええと、趣味です。」
「すごいね、私なんて、全然ダメだよ。はりきって道具だけは揃えたんだけどね。」
「その、料理の本とか買って、簡単なやつから順にレパートリーを増やしていけば大丈夫だと思います。」
「本とかも読むの?」
「本を読む?ああ、読書とかも結構好きです。」
「なんか、私と真逆。文学少女で、料理が好きで、かわいくて。」
「ええと、松岡さんのほうが、かわいいと思います。」
「は・・・いや、もう、シンシアちゃんはホントにかわいいね。」
照れ隠しっぽく、乱暴に僕の頭を撫でる松岡さん。
「・・・お父さんとお母さんは好き?」
「?・・・お義父さんは・・・うん、好きです。仕事ばっかりしているけど、優しいし。あとお母さんはいません。」
「あ、ごめんなさい」
「いえ、いいんです。気にしないでください。」
「ホントにごめんね。」
謝られても逆に困ってしまう。本当の意味での両親は男の僕の両親で、ピンピンしているわけだし。
「えーと、じゃあ家庭教師の先生は?」
やった!チャンス到来!
「好きです!ええと、優しいし、色々なこと知ってるし、それから、それから、えーと」
なんてことだ。自分を褒める場所が見当たらないー!
考え込んでいる松岡さん。もしかして、本当に少しでも脈があるのだろうか?
「あの、お兄ちゃん、じゃなくて、先生のことどう思いますか?」
聞いた。ついに聞いちゃったよ。僕は松岡さんの答えを待った。
考えている。考え込んでるよ!そして、突然にんまりする松岡さん。笑ってる!ということは!!
「大丈夫、シンシアちゃんの先生に手なんてださないから。」
あれ?
「ち、違いますっ!手、出していいですから。というか、出してくださいっ!」
「わかった、わかった。」
その後も松岡さんは、ちっとも信じてくれなかった。
僕はもう、大ダメージ。
なんというか、人に委ねちゃダメってことだよね。
「でも、良かった。安心した。」
ポツリと言った松岡さんの言葉。そして、その表情で、唐突に僕は理解した。
松岡さんが誘いに応じた理由。
松岡さんは、ただ、僕が心配で、確認したかったんだ。
それなのに、僕ときたら。
お客様と僕は、松岡さんの部屋で持参したDVD-BOXの1話と2話を見てから部屋を出た。
お客様は、松岡さんがハマりそうな雰囲気だったと、嬉しそう。なんというか、他の人に見せる目的でDVD-BOXを調達するんだからすごい。
もう時間も残り少なかったので、僕たちは早々にホテルに戻った。
「今回は、知り合いに遭遇してしまい、申し訳ありませんでした。振り替えを手配させていただきますので。」
頭を下げる僕。トラブルとはいえ、お客様の予定は台無しになってしまったのだ。
「うーん、俺がクレームつけるとすると、その口調かな。設定は本当の義理のお兄ちゃんだよ。」
「え、あ、ええと、ごめんなさいっお兄ちゃん」
「大丈夫。そんな顔で謝る妹を許さない義兄なんていないさ。目的はシンシアちゃんとのデートだしね。問題なし、というか、色々得をしたよ。もちろん、振り替えも必要ないから。」
うー、やっぱいい人だ。
「あと、松岡さんと約束したんだけどね。」
?
「いつでもシンシアちゃんのこと見守っているからね。」
そ、それは嫌かも。
「じゃ、またね。」
「ありがとうございました!」
お客様は魔法陣の先に消えた。
今までで一番疲れたかも。
それから6日後
お休みをもらえた僕は、再び松岡さんの家を訪れていた。
あれからすぐ、お父様と一緒にお礼に行ったけど、僕個人としてもお詫びというか、お礼がしたかったのだ。
結局、補導された時の服はもらっちゃったし、他にも色々迷惑をかけた。
でも僕にできることは少なくて、やっと思いついたのが料理を食べてもらうことだけ。
「本格的じゃない!それに、うん、おいしい!」
松岡さんは大げさってくらいに喜んでくれた。
「これだったら、何時でもお嫁にいけるね。これ食べたら家庭教師の先生だってシンシアちゃんのこと大好きになるよ。」
「だから、違いますって。」
あいかわらず松岡さんは全然信じてくれない。というか、このネタでからかわれてばかりだ。
思わず赤くなってしまう僕も悪いんだけど。
なんでか妙に動揺してしまって、止まらないんだ。
でも、アンドロイドさんに手間のかかる料理を食べてもらうというのは、いいアイディアだよね。ものすごく、お世話になっているし。
それに、前のシンシアがお世話になっていた神崎夫妻にも会わなくちゃならない。入れ替わったと悟られるのが怖くて全然連絡してない。きっと、すごく心配しているのに。
ちゃんとしたいな。
心の底からそう思った。
できることから。せめて、シンシアとしてでも。
以前、直接脳へシンシアの記憶を転記するのを拒んだのは、自分じゃなくなってしまいそうで、怖かったからだ。
でも今なら、情報はあらゆる場所から、時には意図すらも無視して、自分の中へ侵入するものだと知っている。
対策は、より多くの情報を自発的に摂取し、自分で考えることだけ。
シンシアになってしまった直後だったら、記憶を受け入れるのは偶発的な出来事だっただろう。
でも、今なら自分で選んだと言える。
僕は、仮想コンソールに情報同期への差分検出を命じた。
ものすごい勢いで候補情報が検索され、変換・一覧されていく。
多い!
期間平均値の500倍近く。でも、個人差の範囲内と判定されている。
僕は驚きつつも、ダイレクト・インストール指示を出した。
『情報量が多いか、複数形式が利用されているため、ダイレクト・インストールできません。』
『ダイレクト・インストールを潜在意識領域にとどめ、睡眠中を主とした日常生活を通じての活性化を行うことをお勧めします。』
ええと、後者で実行!
『処理中・・・完了』
はは、完了した。インストール先が潜在意識だったため、何かが変わった実感はない。
「あれ?シンシアちゃんは食べないの?」
見ると、松岡さんはほとんど食べ終わっている。
僕は慌てて箸をとった。
(つづく、だろうか)