秋葉原観光案内

10

金子裕也:
 これはいったい、なんの冗談だ?
 なんで日本の事件にFBIがでてくる。
 化け猫?
 宇宙人?
 おまけに子供探偵だと?
 俺はいったい何を信じたらいいんだ!
 「じゃあ、その男の指示はメールと電話を介して行われていたんだね?」
 半ズボンにワイシャツ。そしてひょっとこの面というふざけた姿のガキが、俺に念を押した。
 その声はボイスチェンジャーによって低めのまだるい声に変換されている。
 「そうだ。俺はあの男の顔すら知りやしない。もっとも、俺達の行動はつつぬけだったみたいだがな。」
 「そうか。では裏づけが済むまで待機してもらおうか。再確認しとくが、口封じから君の身を護れるのは我々だけだ。逃げようなんて思わないように。」
 「解ってるさ。嫌というほどにな。」
 まったく、厄介なコトに関わっちまったもんだ。
 
 テーマパークから1時間ほど車で走った場所にある、何の変哲もない民家。
 そこが臨時の取調室となった。
 こんな場所が日本でも屈指の堅牢なセキュリティを誇るというのだから、どこまで信じてよいのか判断に苦しむ。
 「窓は開けないように。それだけで機密は保たれる。」
 「拘束しないのか?」
 「残念ながら我々は地球人を逮捕する権限を持たないんだよ。ま、別の理由を探して現地警察に確保してもらうって手もあるんだけどね。それは君が逃げてから考えるさ。」
 いかつい外人を引き連れた子供探偵が去り、やたら広いゲストルームに取り残された俺はベッドに腰を降ろした。
 
 ほどなくして、ドアがノックされた。
 俺は誰とも会いたくない気分だった。
 しかし律儀にもノックの主は延々とドアの前で待ち続けている。
 「開いてるから勝手に入れ。」
 「失礼します。」
 化け猫!
 「・・・・・・」
 「おい!何してる!」
 「何って、夕飯ですけど?」
 化け猫は不思議そうに首をかしげたが、すぐに作業を再開した。
 焼き魚、おひたし、ご飯、味噌汁、肉じゃが、野菜サラダ。
 それらの食品がテーブルの上に並べられる。
 匂いにつられたのか、俺の腹が音という形で空腹を主張した。
 「おかわりもありますから言ってくださいね。」
 にっこり笑った化け猫は、おぼんを抱えたままテーブルの向かい側にちょこんと腰を降ろした。
 外人な見かけに反した流暢な日本語。
 その点のみ違和感があるものの、まるっきり少女にしか見えない。
 だが、ターゲットの一方、夏美とかいう少女に、俺達を食うのを禁じられる前のコイツは明らかに常軌を逸していた。
 呼吸するのも苦しいほどの濃厚で強烈な殺気。
 あれが妖気というものなのか?
 化け猫が態度を豹変させなければ、俺達は動くこともできないままに引き裂かれていた。理屈抜きでそう確信できる。
 丸腰で相手をするには分の悪すぎる相手だ。
 
 キュークルクルクル
 どこか愛嬌のある音が部屋に響き、化け猫は顔を赤らめて腹を押さえた。
 ちょっと可愛いじゃないか。いや、ちょっと待て!
 ひょっとして、俺は腹を減らした肉食獣と同じ部屋にいるのか?
 「お、おい!お前も食事をとらないのか?いや、まて!食事というのは、こうゆう料理のことだからな!おおお前もそんなナリでいる以上、こうゆうものを食するべきだ!」
 「はぁ・・・そうですよね。」
 やっと出て行ってくれた。
 でも、またすぐ来やがった。もう1食分の食事をお盆に乗せて。
 
 こうして、化け猫と俺の食事が始まった。いや、俺のは再開で、化け猫のが始まったわけだが。
 何でこんなことに。
 ひっ・・・俺は悲鳴を寸前の所で押しとどめた。
 こいつ、いつの間に俺の隣に移動しやがった!
 俺は今、油断なんてしてなかったぞ!
 「おかわり、よそってきますね。」
 化け猫は俺から茶碗を奪うと、部屋の外に去った。
 
 コン、コ、コン
 ドアがノックされ、間髪いれずに開いた。これではノックの意味がないだろうに。
 入ってきたのは子供探偵だった。おつきの男はいないようだ。
 「あれ?食事中だったか。」
 子供探偵はズカズカと上がりこむと、化け猫の食卓の前に腰を降ろし、ジャガイモを口の中に放り込んだ。
 「ん、いける。」
 コイツ、死ぬ気か?
 「ああー!」
 化け猫も来やがった!
 俺は始まるであろう惨事に緊張を高めた。
 「ちゃんと台所に用意してあるのにー!」
 「ああ、ゴメンゴメン。」
 「い、一緒に食うというのはどうだ?」
 不機嫌な化け猫と2人きりなんてゴメンだ。
 最悪、自称宇宙人な子供探偵が食われてる間に俺だけでも逃げてやる。
 「あ、じゃあ、あたし松岡君の分も持って来るね。」
 「ありがとう・・・って、どうして解った!?」
 「2組の松岡君だよね?だって、そのボイスチェンジャーって音程変えてるだけだし、誰だって解るよ。」
 その誰だって、というのは誰と誰のことだ?両名とも人間ではないのだろうがな。
 「・・・まったく、シンシアちゃんには敵わないな。」
 子供探偵はあっさりと観念し、その素顔をさらした・・・ただのガキじゃねえか。
 目が1ダースあるとか、額から触手が生えてるとか、もっとサービスしてくれてもいいだろうに。
 いや、油断するな。
 化け猫だってガキにしか見えないんだ。
 宇宙子供探偵が服の下に何本も触手を隠し持っていたとしても、なんら不思議ではない。
 「じゃ、ちょっと待っててね。」
 
 今度は3人での食事が始まった、かに見えた。
 「シンシア!」
 アス・ナルセ?
 「これは何のマネですか?シンシアを取り調べるときは、ボクも一緒だと約束したはずです!」
 えらい剣幕だ。まずいな、これじゃあ怪しんでくれと主張するようなものだ。
 「成り行きで一緒に食事することになっただけです。」
 「ごめんなさい。1人じゃ寂しいかと思って。お父様も一緒に食べる?」
 「あ、いや、シンシアを怒ったわけじゃないんだ。ええと、そう。ルールは護るべきだと進言しただけなんだよ。銀河コラボの異常が収まるまでは一緒に暮らすわけだしね。」
 「どうしたんだ、騒々しい。」
 「夏美?」
 「なんだ夕食か・・・私の分は残ってるんだろうな?」
 「ごめん!すぐ持ってくるから!」
 アス・ナルセが目配せをしたので、俺は話していない、という意味を込めてうなずいた。
 
 
 「シホ(シンシアのあだ名)、醤油を取ってくれ。」(夏美)
 「あ、はい。」(化け猫)
 「なんだ、松岡はコスプレを止めたのか?」(夏美)
 「げ!ひょっとしてバレバレ?」(子供探偵)
 「シホに相談されてな。私は個人の趣味に口出しすべきでないと進言したんだが。」(夏美)
 「ごめんなさい!つい、名前呼んじゃって。こういうのって解ってても言わないのがお約束なんだよね?」(化け猫)
 「ア、アハハハハ。むしろ、こっそりバレてるって教えてもらったほうが助かったかな。」(子供探偵)
 ガヤガヤと雑談をしながらの食事。
 おかしなことになったものだ。
 だが、食い殺されるよりはナンボかましだ。
 「ええと、じゃあ松岡君も銀河人なのかな?」(化け猫)
 「ああ。ライト・ニコス24歳。いわゆる警察官さ。」(子供探偵)
 「24歳だと!」()
 「これは仮の姿ってわけさ。俺としても不本意なんだけど滞在戸籍不足は深刻らしくてね。ま、短期滞在組の中には女性の滞在戸籍が割り当てられた奴もいたから、それよりはマシさ。いくら警察官の滞在戸籍には性差判定基準が適用されないといっても前代未聞だよな。」(子供探偵)
 滞在戸籍?なんのことだ?
 「た、大変なんだね。急に警察官の人が身近に思えてきたよ。」(化け猫)
 「そうだ、この場を借りて事件の概略の説明をさせてもらっていいかな。知ってることがあったら都度指摘して欲しい。最初はスーツの運搬を請け負っていた。そうだよね。」(子供探偵)
 俺に話させようというのか?横着な奴だ。
 「運搬というより回収だな。場所と時刻が指定されて、寝ている人のそばから箱とタイツを回収するのが依頼のすべてだった。」()
 「タイツ?」(化け猫)
 化け猫の顔色が変わった。
 「俺たちもそのスーツがシンシアちゃんの手に渡ったと考えてる。で、その後はどうなった?」(子供探偵)
 「途中からサンプルの採取が仕事になったな。サンプルってのは血液だったり、まあ、人間そのものだったり、色々だ。」
 「武器類は?」
 「それは毎回使っては返却しての繰り返しだな。仕事前に玄関に届けられ、決められた場所に置いておくと消えていた。」
 「あと、今回の仕事だけは違ったんだよね?」
 「ああ、今までは場所が指定されるだけで誰でも良かったんだが、今回だけはターゲットが指定されていた。そこのお嬢ちゃんと、そこの・・・猫だ。」
 「猫じゃないよー!」(化け猫)
 「あ、いや、化け猫?いや、猫又か?」()
 「シンシアちゃん、今は事件についての話に集中しようか。」(子供探偵)
 「うう、ごめんなさい。」(化け猫)
 「今回、いつもと違った点は他にもあるんだよね?」(子供探偵)
 「猫・・・いや、シンシア?については、事前に痛めつけるように指示された。」()
 「なんだって!」
 声をあげたのはアス・ナルセだった。
 化け猫もショックをうけたらしく、少し呆然としている感じだ。
 「それは俺の意思じゃないからな!あと、これが最後だとも言っていた。」()
 「我々とFBIは犯人の目的を、地球人の研究と、スーツ回収の2つだと推測している。あと、最後と言っていたということは、スーツの持ち主を夏美とシンシアちゃんの2人に絞り込んだってことだろうな。」(子供探偵)
 「それだと私とシホ(シンシアのあだ名)が再び襲われる可能性は高いな。」
 夏美とかいうお嬢ちゃんの言葉に子供探偵はうなずいた。
 「だから夏美にも来てもらったんだ。最終的には記憶を消させてもらうことになるだろうけど理解して欲しい。」(子供探偵)
 「ごめんなさい、夏美!」(化け猫)
 「なんでシホが謝る?」(夏美)
 「だって、夏美はあたしの巻き添えで襲われたんだし!」(化け猫)
 「とにかく、悪いのは犯人だ。シホが謝るな。」(夏美、よくできた奴だ。)
 「犯人の見当はついてるんですか?」
 アス・ナルセの問いかけに、子供探偵は頷いた。−−−何だと?
 「ロアス教授さ」
 どうやらそのロアス教授とやらは有名人らしく、俺と子供探偵を除くすべてが一様に驚いた顔をした。
 「ロアス教授って太陽系一帯の銀河コラボの管理者だよね?有名な学者さんって聞いてるけど。」(化け猫)
 「そ、そうだ!ロアス教授を疑うなんて馬鹿げてる!」(アス・ナルセ)
 「今回の事件に使われた武器の部品にアーキテクトの遺物が使われていた。そしてそれが20年前に宇宙船と一緒に消滅したはずのもの、だとしても?・・・あの調査を主導してたのはロアス教授だ。遺物を我が物とし、同じく遺物を利用して宇宙船ごと証拠を隠滅。そして何か意図があって辺境に来たんだろうさ。彼だったら中央の銀河コラボ管理者にだってなれたはず。それが自ら望んでこんな辺境に来るなんて不自然すぎる。」(子供探偵)
 「お、おい!大丈夫か?」()
 「お父様!」(化け猫)
 一瞬で真っ青になったアス・ナルセに化け猫がかけよった。
 「あの事故は天災なんかじゃない。あれを仕組んだのは、」(子供探偵)
 「松岡君!」
 化け猫の怒声に子供探偵はその口をつぐんだ。
 「事故じゃなかった?・・・じゃあ、セスとエレンは・・・殺された?」
 目の焦点があっていない。まずいな。俺の頼みはアイツだけだってのに。
 化け猫は泣きそうな顔のまま無理矢理アス・ナルセを立たせると、部屋の外に連れ去りその場はおひらきとなった。
 俺は深々と溜息をついた。
 どうやら、この食器類は俺が片付けなくてはならないらしい。
 
 
 夜、俺の部屋に現れたアス・ナルセはその雰囲気を一変させていた。
 俺はその姿に俺をこんな状況に追い込んだ依頼主のことを連想した。
 なんだかんだ言って、俺は依頼主もアス・ナルセも嫌いではない。俺たちには通ずるものがある。
 「知っていることを教えろ、すべてだ!約束は護る。頼む・・・」
 「俺が話せることは、あんまりないぞ。」
 「かまわない。とにかく、すべて教えてくれ。」
 俺は細かな点まで根掘り葉掘り聞いてくるアス・ナルセに辟易しながらも、根気強く付き合った。
 「なあ、そんなこと調べてどうするつもりだ?」
 「そんなことだと!」
 「いや、悪い。そんなつもりじゃないんだ。」
 「まだ9歳だったんだ。」
 アス・ナルセはポツリと呟くとふらふらと立ち去った。
 「まったく、なんだってんだか。」
 「きっと痛くて痛くて仕方がないんだよ。」
 「化け猫!」
 「ね、あたしにも教えてくれないかな?途中からしか聞けなくて。」
 「言わないと食い殺すとか言うんじゃないだろうな?」
 「ご希望ならね。」
 観念した俺は、再び話を繰り返した。
 「おまえはどうするつもりなんだ?」
 「さあ・・・解んないよ。」
 そう呟く化け猫は、哀しげで、やたらと大人びて見えた。
 いや、化け猫が見かけどおりの歳のわけがない。
 「お前、いったいいくつなんだ?」
 「10、いや、19?それとも、えーと、どうなんだろう?」
 「なんだ、思ったより若いんだな。」
 「若くないのかも。解んないや。」
 「どっちなんだよ。」
 「ありがとう。金子さんっていい人だね。」
 「ななな、何言ってんだ!突然!」
 「お父様の質問に真剣に付き合ってくれたし。」
 「ち、違う!俺はあいつと約束があるんだ。あいつがどうにかなったら、俺が困る!」
 俺は何を狼狽してるんだ?
 「やっぱり殺さなくて良かった。」
 化け猫は『殺さなくて』なんて台詞を屈託のない笑顔のまま言ってのけた。
 どこか呆然としていた俺はドアの閉まる音で我に返った。
 無性に悔しかった。
 人間様より、化け猫のほうがよっぽど解ってやがる。
 いや、刑務所に入ったことはともかく、あいつを殺したことに俺は一欠けらも後悔なんぞしちゃいない。だが、
 カチャリ
 そっとドアが開いて化け猫が姿をあらわした。甘い匂いが鼻をつく。
 「お前・・・」
 「ココア持ってきた。なんかキツそうだったから。」
 「どうせなら酒を持って来いよ。・・・・・・甘い!甘すぎるだろ!これは!!」
 「ごめんなさい!そのほうがおいしいかと思って。作り直すよ。」
 「いや、次から気をつけろ。」
 「うん、わかったよ。」
 化け猫は俺の隣にちょこんと座ると、自分の分のココアに口をつけた。
 「おい、化け猫!」
 「あーもう!・・・まあいいよ、それで?」
 「お前、俺に妖術とかかけてないだろうな?」
 「なにそれ!」
 俺はだいぶ真面目に聞いたのだが、化け猫は可笑しそうに微笑んだ。
 「なあ、耳とかどうやって隠してるんだ?」
 「耳?作り物だよ。」
 一瞬で化け猫の頭に耳が出現した。これが作り物だって?
 「触っていいか。」
 「うん。」
 触ってみたが、どう見ても本物だ。
 「くすぐったいよ。」
 「すまん、じゃなくて、やっぱり本物だろ!これは!」
 「だから、良くできてるだけ。」
 「お前、俺のことからかってないか?」
 一応、耳が本物であることも考慮して、そっと撫でてみる。
 やはりこの状況は異常だ。そもそも、俺はなんでここまでくつろいでいる?
 やっぱり、俺はこの化け猫の術中にはまってしまったようだ。だが、悪くない。
 この件がすべて片付いたら、猫でも飼ってみるかな。
 俺はそんなことを考えながら、一向に減らないココアに口をつけた。

(つづくか?)