秋葉原観光案内

第11話

アス・ナルセ:
 気付くと空が明るくなっていた。
 こんな時に眠ってしまうなんて!
 慌てて端末にかじりつく。
 『現在銀河コラボにおいて軽度のトラブルが発生しております。しばらくお待ちください。』
 端末の表示は変わらない。
 なんでこんな時にトラブルなんだ。
 僕はあの事故、いや犯罪のことを知らなければならないのに!
 ボクはよろよろと腰を降ろした。
 頭がギリギリと痛み、耳鳴りがした。
 でも、それでいい。
 20年だ。
 20年も、真相に気付かずにいたボクは苦しんで当然なのだから。
 20年前。ボクの妻と娘は何者かが仕組んだ『事故』により、莫大な熱と圧力にされされ一瞬で粉々になった。
 狼狽することしか出来なかったボクに、妻の親友だったリサは一瞬で消滅したのだから苦しまずに逝ったのだと繰り返し説いた。
 だが、なんで苦しまなかったと断言できる?
 人間の死後しばらくは、生体場が空間に残留することがあるという報告もある。
 なにも解らないうちに体をバラバラにされ、焼かれ、あの絶望的に暗い宇宙空間に投げ出され、それでも消えなかった残留意識がもがき苦しまなかったと、誰が断言できる?
 意識はどこにあるのか?
 その論争から始まったこれらの仮設は検証が難しく、収束の気配すら見えない。
 だが今のボクは、それがどんな小さな可能性であったとしても、除外する気になれなかった。
 頭痛は彼女らが僕を責めてるんじゃないのか?
 この耳鳴りだって聞きようによっては悲鳴のようにも思える。
 万一、残留した意識場がまだ事故現場に留まり、苦しみ続けてるとしたら?
 今も、まだ助けを求め続けてるとしたら?
 ・・・行かなくちゃ。
 たまらなくなったボクは、一刻も早く事件現場へ行くため、銀河コラボに宇宙ステーションへの転送許可を求めようとした。
 しかし、表示は変わらない。
 画面は数分間レベルの異常を示す表示のままだ。
 おかしいじゃないか。
 そういえば、いつから止まっている?
 もう18時間近く経ってるんじゃないのか?
 ボクは大慌てで端末を再起動させると、何か情報が拾えないか試みた。
 本当に銀河コラボが18時間も止まっているとしたら、それはかなり深刻な事態だ。
 ダメだ。
 宇宙ステーションどころか、地球間の通信すらできない。
 そうだ、共用のアクセスポイントなら。
 ボクは身支度を整えると玄関に向かった。

 シンシアに一声かけておかなければ。
 玄関のノブに手をかけた時点で、ボクはやっとそれに気付いた。
 重いからだに鞭うって大急ぎで台所へとってかえす。
 しかし、いつもの場所にシンシアの姿はなかった。
 寝坊してるのか?
 無理もない。昨日は色々あったのだから。
 しかし、嫌な予感が拭いきれなかったボクは、シンシアの部屋の前に移動した。
 ノックをしてみる−−−応答がない。
 「シンシア?寝てるのか?・・・・・・開けるよ」
 ボクはシンシアを起こさないように、そっとドアを開けた。
 いない?
 全身から冷たい汗が噴出し、世界がぐらつく。
 だが、ドアにつかまったボクはなんとか転倒を免れた。
 大丈夫。家の中にいるはずなんだ。
 玄関の鍵はかかっていたし、セキュリティシステムもONになっていた。
 言い様のない不安感にキリキリと痛む心臓を押さえつつ、ボクは家の中を彷徨った。


金子裕也:
 妹の夢を見たのは久しぶりだった。
 夢の中の妹は泣くわけでも笑うわけでもなく、ただ俺を見ている。
 ああ、夢か。
 夢の中で俺はそう思った。
 あいつがいなくなってから時々見る夢。
 人間死ねば終わりだ。
 故に、目の前のそれは俺の願望が形作ったものであり、妹とは別のものだ。
 それは解っている。
 だが、仮にも妹の形をしたものを無碍にする気にもなれず、俺はその幻影と対峙し続けていた。
 何故俺はこんな夢を見る?
 俺は何がしたくて、無表情の妹と対峙しているのか。
 すっと妹の姿が消えた。
 いつも通りに。
 そして、いつも通りに、もうすぐ目が覚める・・・はずだった。
 妹が俺に抱きついている。いつの間にか。
 そして、俺の胸に押し付けられたその顔には何かの表情が感じられ、俺は戦慄した。
 言葉を発している用でもある。
 反射的に耳を押さえようとしたが、妹は腕ごと俺を抱きしめている。
 妹の手を振り払うのは簡単なことのはずだった。だが、俺はこれ以上妹を裏切れない。たとえそれが幻影だったとしても。
 ドンドンドン
 ドアが叩かれた。
 気付けばベットの上。
 「助かった・・・のか?」
 思わず言葉が漏れた。
 助かった、だと?俺は助かったと言ったのか?
 「開いている。勝手に入れ!」
 俺はドアの外にいる何者かに怒鳴った。
 ドアから現れたのはアス・ナルセだった。何だ朝から。
 「シンシアを知らないか?いないんだ!」
 シンシア?ああ、化け猫のことか。
 「ああ、それだったら・・・おおお、落ちつけ、アス・ナルセ。説明するから、落ち着いて聞けよ。」
 「わきやくー?」
 物音に眼を覚ましたのか、化け猫が俺の布団の中でもぞもぞと動き、意味不明な言葉を発した。焼肉って言ったのか?
 「んあ?あれ?おはよー、お父様。あれ?」
 「シシ、シンシア!?」
 「なんであたし下着姿なの?」
 「聞け!これは化け猫が勝手に、ぐあ!」
 憤怒の形相で襲い掛かってきたアス・ナルセに、俺は強制的に二度寝させられた。


シンシア・ナルセ:
 『おーい主人公は誰だっけ?これじゃあ脇役だよ?』
 妙に気になるが、やはり意味がないと思われる言葉を耳にした僕は、しかし大慌てで目を覚ました。
 あれ?誰が言ったの?夢?
 「んあ?あれ?おはよー、お父様。あれ?」
 「シシ、シンシア!?」
 なんて僕、金子さんと一緒に寝てるの?いや、それよりも!
 「なんであたし下着姿なの?」
 そして迫ってくるお父様。
 僕がパニくってるうちに、金子さんの悲鳴があがり、金子さんは意識を失った。
 慌てて金子さんの被害状況を確認する。よかった。ダメージは軽微だ。しばらくすれば眼を覚ますだろう。
 あれ?
 変だな。
 拡大コマンドを使ってるわけじゃないのに、やたら物が良く見える。
 「シンシア!ええと、その、大丈夫なのか?何かされなかったか?どうしてこんなところで寝てたんだ?」
 お父様は矢継ぎ早に質問を重ねた。
 「ええと、肉体に損傷なし。なにかされた覚えはなくて、話してるうちに寝ちゃった、のかな?・・・あ!パジャマ!」
 布団の中でパジャマを発見した僕は、いそいそとそれを着た。
 まさか僕、寝ぼけて脱いだのかな?
 だとしたら、金子さんには悪いことしちゃったのかも。
 殴られたとこ、冷やしたほうがいいのかな。
 僕は一度キッチンに移動すると、タオルを水に濡らして戻った。
 そして、金子さんのアゴにあてる。
 「シンシア!ちょっとそこに座りなさい。」
 「え!だって、あたしタオルを」
 「座りなさい!」
 なんだか知らないけど、もの凄く怒ってる。
 僕はベットから降りると、なんとなく正座した。
 「いいか、君は女の子なんだ!無防備なのにもほどがある!」
 「女!?だって、僕は」
 「いいや、君は女だ!事故が起こってからでは遅いんだ!」
 うう、確かに。万一、妊娠なんてことになったら男に戻れなくなるんだっけ。
 でも、今僕は猫スーツを脱げない状態にあるわけで、更にクラックで強化された猫スーツは軍用の強化服に匹敵する。
 だから、万一のことなんて起こりっこない。
 「だって・・・・・・ごめんなさい。」
 僕は反論しようとして、思い留まった。なんにせよ、ここで寝てしまったのは僕のミスだ。
 そして、お義父様は明らかに僕のために怒っている。本来は他人でしかない僕のために。
 「朝からどうしたんだ、騒々しい。」
 「夏美ちゃん。今ちょっととりこんでるんだ。」
 「呼び捨てにしてくれ。シンシアのパパ。ちゃんなんて呼ばれるとむず痒くってたまらん。・・・これは前も言ったはずだぞ。」
 「うう、イテテ」
 金子さんが目を覚まし、痛そうに顎をさすった。
 僕は金子さんに駆け寄ろうとして、でも今にも殴りかかりそうなお義父様に気付いてお義父様の手を押さえた。その手はは固く握り締められ、熱く、震えていた。
 「ま、待て、まずは説明を聞け。」
 「いったい何があったんだ?シホ(シンシアの渾名)
 「朝起きたら、金子さんの布団の中だった。」
 夏美は僕の話を聞くなり盛大に溜息をついた。
 「昨日、あんたが出て行った後な、シンシアが話を聞きに来たんだ。おっと、シンシアを怒るなよ?シンシアはあんたを心配して来たんだからな。」
 驚いて僕を見たお義父様と眼が合って、気まずくなった僕は眼をそらした。
 「で、こいつが寝ちまって、ベットにこいつを寝かせて、俺は床で寝たんだ。」
 「人の部屋で寝るんじゃない」
 夏美がゲンコツでコツリと僕の頭を叩いた。
 「でも、あたし、金子さんと一緒に寝てたし、下着姿だったよね。」
 「待て待て待て!ありゃ、お前が勝手に脱いだんだ。」
 「あたしが!?」
 「お前がうなされて真っ青な顔をしてたから、傷が痛むのかって聞いたんだ。そしたら傷なら治ったって自分で服を脱いだんじゃないか。」
 あ・・・うっすらと記憶にあるかも。
 「そしてあたしが床じゃ寒いからって無理矢理ベットに引きずりこんだんだっけ?」
 「そうだ!」
 「ええと、はい、濡れタオル。」
 金子さんは僕の手からタオルを奪うと、あごに当てた。
 患部は発熱もしてるみたい。赤くなってきてるし。
 「シホ、今日もうなされたのか?」
 「え?うん。そうだね。」
 「うなされた?シンシアが?」
 「ホテルでも酷くうなされてたんだ。あれはただことじゃないぞ。精密検査でも受けてみたほうがいいんじゃないか?」
 「そうだ。調べてもらったほうがいい。」
 夏美と金子さんが心配顔で僕に検査をすすめた。金子さんって犯人な人のはずなのに、真顔で心配してるなんて変な感じだ。今更だけど。
 「毎晩、しかも、長く続いてるんだろ?」
 夏美の言葉に、僕は頷いた。
 「・・・なんで知らない。」
 「お義父様?」
 「なんでボクが知らないんだ!」
 お義父様は叫ぶように言うと、僕の肩を押さえた。
 なんか、まずい。
 「おい、アス・ナルセ、落ち着け!」
 「なあ、ホクはそんなに頼りないか?君にとってボクはその程度なのか?なんで言ってくれないんだ!」
 僕の肩を揺さぶるようにしてお義父様は言葉を重ねた。
 まずい、まずいよ。
 「まただ。またボクは、」
 「えい!」
 僕の一撃を急所にうけたお義父様は、そのまま崩れ落ちた。
 「な!・・・なにやってんだ馬鹿猫!」
 「だって!」
 金子さんは僕からお義父様を奪いとると、ベットに寝かせた。
 「気持ちは解らないでもないけど、アレは酷いんじゃないの?」
 いつの間にか部屋の入り口にいた子供探偵な松岡君が顔を引きつらせながら呟いた。
 気付くと、松岡君も金子さんも夏美までもが僕を責めるような目で見ていた。

 「シンシアちゃんの対処は正しい。」
 助け舟は松岡君の更に後ろから来た。
 その姿に松岡君と金子さんが身構える。
 「アンドロイドさん?」
 なんで人がこんなにいるのに、アンドロイドさんの人格が表にでてるんだろう?
 「アス・ナルセ氏は血圧・脈拍・ホルモンバランスにいたるまで、ほとんどの値が危険なレベルまで傾いていた。破滅を望む彼の自意識が自らの体を破損させてしまうのを危惧して、一時的に意識を遮断する処置をとったんだ。そうだろう?」
 お義父様が破滅を望む?
 「きゃう!」
 突然アンドロイドさんに抱き上げられた僕は、慌ててアンドロイドさんの首にしがみついた。
 恥ずかしいな、変な声あげちゃったよ。
 「シンシアちゃんは人間よりも我々に近い。こんな状況では君たちに任すことはできない。この子は我々が保護する。」
 あ、あれ?それって僕がアンドロイドに近いってこと?
 「えーと?その、人間には個人差ってものがあって、あたしより変わってる人も結構いるんだよ?」
 「いやシンシアちゃん、そうゆうことじゃなくてね。」(アンドロイドさん)
 「なんだ自覚があったのか。安心したぞ。」(夏美)
 「なんか、それって傷つくよ!」()
 「ロアス教授の指示か?シンシアちゃん!逃げるんだ!」(松岡君)
 「ロアス教授?逃げる?どうして??」()
 「本当に銀河コラボがロアス教授の手に落ちているとしたら、そのアンドロイドは敵だ!」(松岡君)
 「えーと?・・・・・・ごめん、わからない。」()
 「とにかく俺の指示に従うんだ!」(松岡君)
 「シンシアが人間?妖怪と人間のハーフってやつか?じゃ、母親が妖怪!?」(金子さん)
 ???
 状況が全く把握できないよ・・・って、いつものことだっけ。
 あと、約1名馬鹿なこと言ってるけど仕方ないよね。
 そうだ!
 せっかく、感覚が鋭くなってるんだけら、状況を探ってみよう。感覚拡大の時みたいに、色々わかるかも。
 まず、アンドロイドさんだけど軽い興奮状態といえるのかな。
 次に、松岡君は極度の緊張状態。臨戦状態とも言えそうだ。どうやら本気で危険を感じているみたい。
 あと、金子さんも臨戦態勢って感じ。松岡君より余裕があるけど。たぶん、こっちが理想なんだよね。
 夏美は冷静。いや、興味津々って感じ?僕より夏美のほうがよっぽと人間離れしてるよ。怖いから言わないけどさ。
 最後にお義父様だけど、体温が40度?脈拍も早い。これは実際の肉体をスーツがトレースしてるわけだから・・・大変だ!!
 「おろして!」
 「これは君のためなんだ。僕を信じてくれ!お願いだ!!」
 「ああもう!信じてるけど緊急事態なんだって!ほら、最優先事項!」
 そう言って僕がお義父様を指差すと、アンドロイドさんはすぐに僕を降ろしてくれた。
 台所に走り、氷枕とメディカルキットを用意し、引き返した。
 とりあえず、お義父様の枕をタオルに包んだ氷枕と取り替え、額に濡れタオルを乗せた。
 次にメディカルキットで・・・
 まずい!これ、専門家用だ!
 家庭用だったら銀河コラボの通信講座を受けたことがあったのに!
 簡易モードはないの?
 「貸して」
 「アンドロイドさん、解るの?」
 アンドロイドさんは頷くと何やら操作を始めた。
 「なあ、アンドロイドってことは、フランケンシュタインとか、そうゆう系統か?」
 「うるさいな、黙っててよ!」
 僕が叱責すると、金子さんはスゴスゴと引き下がった。
 そこで初めて金子さんがお義父様を本気で心配していることに気付く。
 悪いことしちゃったかな。
 「後は寝かせておこう。本当はメディカルベットかカプセルがあるといいんだけど。」
 「大丈夫なの?」
 「ああ。体は治癒すると思う。心に関してはアス・ナルセ氏しだいだよ。」
 「氷枕とか、濡れタオルって有効?」
 「有効だよ。ここにはメディカルベットがないからね。手動でやらないと。」
 「解った。」
 昔、お義父様は体質的に地球人と同じって言ってたけど注意点とかあるのかな?
 以前プラグアンドロイドとして登録した際に割り当てられたラインを通じて、銀河コラボで情報検索を行ってみた。
 あれ?調子悪いのかな?
 でも、一応検索できたし、よしとしよう。ほとんど地球人と同じと考えて問題ないようだ。
 
 額のタオルを交換した。
 これは現実逃避なのだろうか?
 そんな考えが頭をかすめた。
 現状は深刻なんだってことは、さすがに解ってる。
 ま、いいや。
 お義父様こと、アス・ナルセさんが伏せってるままでは、気になって他の事なんでできっこないよね。
 そういえば、おなかもすいたし。
 もう少し体調変化に関するデータが採取できたら、夏美に看病を変わってもらって、食事を作ろう。おかゆも。
 あとアニメとかも録画しておいたほうがいいよね。
 「ねえ、何か食べたいものある?」
 僕の至極真っ当な質問に、松岡君と金子さんは『何言ってんだこいつ』って顔で語った。
 はい、この2人の意見は却下に決定。
 夏美は先ほどから考え事してるみたいで僕の言葉に反応した様子はない。
 でも夏美は考え事を邪魔されると不機嫌になるから、そっとしといたほうが良さそう。
 アンドロイドさんはというと、なんか苦笑してた。さすがに余裕だ。
 「シホ、もんじゃ焼き、という料理は可能か?」
 唐突に夏美が真剣な顔で呟いた。
 「うん、できるけど。」
 「そうか、なかなか食べる機会がなくてな。ぜひ頼む!」
 妙に嬉しそうに夏美が答えた。
 さすがに金持ちのお嬢様ともなると、もんじゃ焼きなんて食べないんだろうか?
 お義父様の病気が治ったら、一度作ってみようか。
 果たして、あのドロドロを前にどんな顔をするだろう?
 僕は再び額のタオルを交換すると、妙に子供っぽく映るお義父様の横顔を眺めた。

(つづく?:マズイへんな方向に行ってる)