秋葉原観光案内

第12話

シンシア・ナルセ:
 部屋には病人特有の不規則な呼吸音が響いていた。
 どうやら気管も少し腫れているらしく、呼吸音にはヒューヒューといった雑音が混ざっている。
 体温は38.8度。
 薬である程度症状は緩和されているものの、それでもお父様は十分苦しそうだった。
 
 これは必然の結果だ。
 ここ数週間、お父様はほとんど休まずに仕事をしていた。
 ちゃんと睡眠をとっていたかどうかすらも疑わしい。
 いまさらながらに何故無理にでも休ませなかったのかが悔やまれた。
 「セス?」
 その呼びかけに、僕は思わず硬直した。
 「だめじゃないか、入ってきちゃ。風邪がうつったら旅行に行けなくなるよ。遺跡を見れるなんて滅多にないチャンスなんだから・・・ママはどうしたんだい?」
 僕は返答に困った。
 きっと熱のせいで意識が朦朧としてるんだ。
 セスとは、今の僕にそっくりだというお義父様の実の娘の名前。
 そしてママとはセスのママ。つまり、お義父様の妻のこと。
 二人とも20年も前に死んでいる。
 アーキテクト絡みの犯罪に巻き込まれて。
 「お仕事。突然呼び出されて。」
 僕は嘘をついた。
 「そうか。」
 「ジムさんも酷いよね。こんな時に呼び出すなんて。」
 思わず自信のない名前を口走ってしまった自分に気づき、僕は慌てた。
 確かセスのママの上司だった人の名前のはずなんだけど・・・
 「仕方ないさ。今度の旅行のためにいきなり長期休暇をもらって、ただでさえバタバタしてるはずなのに、ボクが風邪だからって一度は休みをくれたんだから。そういえば、セス、学校は?」
 「え!あ、うん。これから。」
 「セスのほうも、いきなり学校を休むわけだから、大変かな?」
 「ううん!そんなことないよ!!あたしもママもアーキテクトの遺跡見るの、とっても楽しみだし。」
 お義父様はとっても嬉しそうな笑顔を見せた。
 それがとてもとても幸せそうに見えて、悲しくなる。
 「じゃ、行くね。」
 「いってらっしゃい。」
 「行ってきます!」
 僕はお父様から逃げるように台所まで移動した。その僕を追って金子さん、松岡君がついてくる。
 
 さっきお義父様が話していた旅行とは、恐らくお義父様が妻子を失った旅行のこと。
 熱で朦朧として記憶が混乱した結果、お父様は20年前にいるんだ。
 まだ2人が生きてた頃。まだ、幸せだった頃に。
 お義父様が再び眠りに落ちたのが観測された。今の僕なら台所からでもそれが感知できる。
 脳派からすると夢を見ているようだ。
 もしかすると、今お義父様は夢の中で20年前にいるのかもしれない。
 ならば、このまま夢を見続けたら家族を失った事実を追体験してしまうのだろうか?
 僕と同じように。
 何もできそうにない自分が無性に腹立たしかった。
 ・・・何時からだろうか?
 アス・ナルセさんが他人と思えなくなってしまったのは。


 「おい!さっきのは何のマネだ!」
 台所に着くやいなや金子さんに絡まれた。
 「何興奮してるの?」
 「お前、自分がどんな酷いことをしたか解ってるのか!一時気がまぎれたところで、現実に戻ったときの傷が大きくなるだけなんだぞ!」
 僕はまじまじと金子さんを眺めた。
 彼はやはり、本気で怒ってる。お義父様のために。
 いい人だ。
 「何がおかしい!」
 彼は僕の態度に、更に激昂した。
 「いや、いい人だなって思って。」
 「お前、俺が誰だか忘れてるんじゃないのか?俺は犯罪者だぞ!」
 胸倉つかまれて凄まれちゃったよ。
 視界の隅に松岡君が動いたのを見えたので、ジェスチャーで動かないでってメッセージを送る。
 「犯罪者なのと、いい人かどうかは別問題だよ。」
 「な!」
 「でも敵として、あたしの前に立たないでね。本来のあたしは相手がいい人だろうと、悪い人だろうと、みんな壊しちゃうから。」
 金子さんの目に怯えの色がうかび、胸倉をつかむ手が緩んだ。
 しかし、すぐに目と手に力が戻る。
 でもなんか哀しそうな目。
 なんでこんな人が犯罪に手を染めていたんだろうか?
 あと、僕って金子さんに対して基本的にいじわるだよね。出会いが出会いだったせいかな。
 自分の新しい面、発見ってやつ?
 金子さんとの戦闘中に緩んでしまったリミッターはほとんど外れかかっている。
 それはまずいことらしいけど、解ってきたこともある。
 金子さんには認識していなかった色々を思い知らされてばかりいるんだよね。
 まったくもって迷惑な話だ。
 「ごめん、いじわるだった。あたしもこれが最善だなんて思っていないんだけどね。」
 金子さんの顔に迷いの色が浮かんだ。
 「でもさ、仮にあたしが毎晩見てる夢、というか記憶がね・・・幸せな記憶とキツイ記憶がセットじゃなくて、キツイ記憶だけだったなら、あたしはとっくに壊れてると思うんだよ。」
 今度こそ胸倉を掴んでいた手の力が完全に緩み、おろされた。
 「毎晩あんななのか?」
 恐る恐る、といった感じで金子さんは僕に質問した。
 「うん・・・でも、あたしには必要なんだと思う。きっと、繰り返したくないんだ。その為には知る必要があって・・・そして認める必要がある。」
 なんとなく答えて、妙に納得した。僕は繰り返したくない。
 様々なイレギュラーな情報が湧き出している源泉は、僕の人としての心自体だった。
 すくなくともアドレスの意味的にはそうだ。
 論理的には色々疑問点もあるし、誤認しているだけの可能性だってある。
 でも、そこはシステム的に例えればコア部分のようなもの。
 仮にでもそこを信じなければ僕はまともに動けない。存在していられない。
 ま、他の部分の選択肢は多すぎるくらいに存在するのだから、たまには選択肢が1つだけってものいい。
 楽でいいじゃないか。
 金子さんは深刻そうな顔をしたまま黙ってしまった。
 本当にいい人だよね。会って間もないお父様をこんなに心配するなんて。
 これってお父様に人望があるってことなのかな?

 「おお!待ちかねたぞ!!」
 玄関のほうから夏美の声が聞こえた。
 「ただいま。持ってきたよ。」
 今度はアンドロイドさんの声。
 もんじゃ焼きと言うからには専用のコテがないと嫌だと夏美が強固に主張して、アンドロイドさんが自宅に取りに戻ったのは今から1時間ほど前の話。
 もしかして、夏美ってあのまま玄関で待ってたのかな?
 「さあ!もんじゃ焼きを始めるぞ!」
 僕たちを閉じ込めるかのように台所の入口に立ちふさがった夏美は、僕たちのモヤモヤを吹き飛ばすような勢いでそう宣言した。


 「うっ・・・くっ、ぬお!」
 緩みかけた土手は簡単には直ってくれず、中央のドロドロが濁流となって土手の一角から溢れ出すのは時間の問題といえた。
 あ、でも、これだったらまだ復旧できそう。
 「ああ!手を出すなと言っておいたはずだぞ!」(夏美)
 「ご、ごめん。つい。」()
 「責任とってシホも食うんだぞ。」(夏美)
 「ええ!あたし、もうお腹いっぱいだよ!」()
 「大丈夫だ。みんなで食えば・・・ってコラ!松岡!逃げるんじゃない。」(夏美)
 「勘弁してくれよ。何個食ったと思ってるんだ。」(松岡くん)
 「まあまあ。私も食べるから。」(アンドロイドさん)
 「この1点については協力を要請するよ。でもそれが終わったら帰ってくれないか。」(松岡くん)
 「松岡君ってばまたそんなこと言ってる!アンドロイドさんは味方だって散々説明したのに!」()
 「そうだ!俺はアス・ナルセ氏の看病に行ってくるよ。」(松岡くん)
 「それだったら、あたしがさっき見てきたばかりだから大丈夫!」()
 僕は松岡君が逃げれないように腕を捕まえた。
 逃がすもんか!
 「・・・シンシアちゃん、怒ってる?」
 「怒る!?どうしても食べれないなら強制はしないけど。」
 「いや、そうじゃなくて」
 「あ・・・昔ロアス教授とつながりのあった父のことを疑ってたこと?」
 「気づいてたのか。」
 「そりゃあね。でも、警察って疑うのが仕事なんでしょ?」
 「でも、あの確かめ方はなかった。」
 お父様が倒れて以降、松岡君は率先してお父様の看病をしてる。その目に後悔の色をにじませながら。
 なんか、いい人ばっかだな。
 銀河レベルだからかな?
 いや、金子さんも夏美も純粋に地球人だし関係ないか。
 「そういえば、銀河コラボが乗っ取られてる、なんて言ってたよね?」()
 「出来たぞ!シホ!松岡!」(夏美)
 これ以上夏美がヒートアップするとまずいので、僕と松岡君は即座に話を打ち切り、もんじゃ焼きを胃に納めるべくホットプレートの前に急行した。


 やっとのことで食べ終わり、それでも次にチャレンジしようとした夏美を思いとどまらせたのは松岡君だった。
 「で、重要な話とはなんなんだ?」
 不機嫌そうな夏美。
 「え!?ええと、そうそう、長期間銀河コラボへのアクセスがブロックされてて、それがロアス教授の仕業である可能性があるんだ。銀河コラボが乗っ取られてる可能性も否定できない。」
 言ったこと自体は重要な事柄だけど、とってつけたような言い方なので、全然重要そうに聞こえない。
 事実、夏美は眉間にしわを寄せた。
 どうでもいいが、夏美の場合、それすらも結構可愛いしぐさだったりする。
 「あ、いや、本当だって!」
 慌てたような感じで言うから、ますます嘘っぽい。いや、嘘じゃないのはわかってるんだけど。
 松岡君が端末を開き、銀河コラボにアクセスすると、そこには可愛い制服に身を包んだアニメチックなお姉さんがペコペコと頭を下げていた。
 頭の横には大きな吹き出しがあり、そこには『現在銀河コラボにおいて軽度のトラブルが発生しております。しばらくお待ちください。』というメッセージが記入されている。
 「ええと、これってしばらく待つと回復するんじゃないの?」()
 「いや、昨日シンシアちゃんたち襲われた時からこの状態で、そのまま回復していない。」(松岡くん)
 「でも、さっきアクセスできたよ?」()
 「シンシアちゃん!」
 アンドロイドさんが慌てた様子で声を上げた。
 何?
 僕、なんかした?
 「いや、一瞬でも回復した様子はないけど。また何か勘違いしたんじゃないの?」(松岡くん)
 また?
 僕がいつ何を勘違いしたというのだろうか・・・なんか釈然としないな。
 ちょっとアクセスしてみよう。
 確かに不調って感じだけど、言われてみればブロックされてるようでもあるね。だいぶ大掛かりに。ええと、このへん?
 僕がぼんやりとした、でも大きくて厚い霧に穴をあけると、リクエストされていた情報が一気に端末へと流れ込み、端末は様々なウインドウに埋め尽くされた。
 「開いた!?」
 松岡君が驚きの声を上げる。
 「駄目だ。一瞬つながったみたいだけど、すぐに閉じた!」
 「警察官の前でクラックなんかしちゃダメだよ!」
 アンドロイドさんが僕に耳打ちした。
 「ええ!あれってクラックになるの!?」
 「当たり前じゃないか!本来はプラグ・アンドロイド用のコントロールラインだよ。」
 まずい!僕、何度もアクセスしちゃったよ! 「ほうほう、いやはや・・・これは・・・」
 夏美が松岡君の端末を覗き込みながら、ぶつぶつ呟いてる。
 端末を覗き込んだ僕の目に飛び込んできたのは、膨大な数の僕の写真だった。
 「ま、松岡君?」
 思わず後ずさる
 「ちょ・・・違う!これはロジカル・プランの宣伝サイトであって、変なサイトじゃない!」
 「ロジカルプランってネットアイドルかなんかの事務所か?」
 なぜか照れてるっぽい金子さんが僕の頭から足までマジマジと眺めた。なんか視線が痛いよ?
 恐る恐る覗き込んだ端末には、ちょうどスクール水着姿の僕が食い込みを直そうとしてる写真が映っていた。
 「なーーー!だっダメ!見ちゃダメー!!」
 大慌てで端末を奪い取る。
 これって学校のプール!?これじゃあ盗撮だよ!いったい誰がこんなことを!
 あ・・・『撮影アス・ナルセ』なんてマークがはいってる・・・
 「お、お父様!?・・・ふっふっふ・・・病気が治ったら、どうしてくれようか。」
 「ちょっと、シンシアちゃん落ち着いて!」
 「へぇー、松岡君って、こーゆーの見るんだー。」
 「そ、それは銀河コラボへのアクセスチェックの為で・・・」
 「でも会員限定ページって書いてあるよ?シンシアちゃんファンクラブ?・・・会員なの?」
 「うぐっ・・・そ、それも捜査上の都合で。」
 「じゃ、このフォルダの期間限定入会特典の写真集のデータ、消してもいいよね。」
 「ま、待て!早まるんじゃない!その手をどけて、ゆっくり端末を地面に置くんだ!!」
 「ダメ」
 削除っと。
 「あああー!!なんてことを!」
 松岡君はがっくりと崩れ落ちた。
 「ひ、酷え、容赦ねーな。」
 金子さんが呟いた。
 「私も見たかったというのに!」
 夏美まで不満顔。
 あれ?アンドロイドさんまで変な顔してる。
 「まさか、アンドロイドさんまで入会してるってことはないよね?」
 「あ、いや、どうかな。」
 ま、まさか!
 僕はこれから何を信じて生きていけばいいの!!
 「シンシア、これはさすがに酷かったんじゃないのか?松岡は半泣き状態だぞ?」
 「えええ!だって!!」
 「酷いな。」
 「うーん、さすがに酷いかな。」
 「アンドロイドさんまで!?」
 「うう、どうやら俺は君のことを誤解してたみたいだ。」
 アンドロイドさんと松岡君があっさりと和解した。
 で、僕が悪者!?
 「ま、シンシアの気持ちも解らないでもない。」
 「夏美!」
 「だが、過剰防衛だ。」
 「そんなぁ!・・・そ、そうだ!お父様なら写真集のデータを持ってるかも!」
 「だが、彼は病気だぞ?」
 「だから治ってから」
 「治ってからだと?それまで松岡はどうすればいいのだ?復旧までの期間、松岡が得られるはずだった心の安寧、削除によりおった精神的ダメージをどう保障するつもりだ?」
 「・・・なんか解った。夏美ってあたしになにさせたいの?」
 「よしよし、シンシアはいい子だなー」
 夏美は満足げに僕の頭をなでた。
 「せっかく本物がいるんだ。これで遊ばない手はないだろう?」
 僕の精神的ダメージは誰が保障してくれるんだろう?
 僕は深い深いため息を止めることができなかった。


(つづく、か?)