秋葉原観光案内
第13話
浮遊する意識:
あたしは、必死の形相で端末にむかっている男を眺めていた。
この男の目的は銀河コラボリンクス全体の乗っ取り。
それが成功すれば男は多くの力を得るだろう。
ただ方法がまずい。
これでは失敗したら銀河コラボリンクス全体が崩壊してしまう。
現状での銀河コラボリンクス崩壊は辺境銀河の秩序崩壊を意味する。崩壊後2週間以内に消えると予想される命は低く見積もって3億。そして真っ先に死ぬのはこの男。
その自覚があるらしく、時が進むにつれ男の顔には焦りの色が濃くなっている。
男の誤算は3つ。
1つめは銀河コラボに発生させたエラーの影響が予想以上に大きかったこと。これは銀河コラボという巨大システム自体が寿命をむかえつつあるせい。
2つめは人手の確保に失敗したこと。これは予想内の出来事とはいえこの状況では痛い。
そして3つめは地球に対する情報封鎖に失敗したらしいこと。これにより男は銀河コラボ掌握に利用できる時間を大幅に制限された。
もっとも、それでも成功の可能性のほうが高いはず。
でも完全にブロックしたはずの地球からあっさり外へアクセスされてしまってから、男はすっかり余裕をなくしてしまい、ミスを連発している。
ミスによる遅れは時間を圧迫し、タイムリミットへの恐怖は休憩をとることを躊躇わせる。疲れと恐れは更なるミスを呼び、男の計画はゆっくりと、しかし着実に崩壊にむかっていた。
ちなみに地球から外へのアクセスの内容だけど、犯罪の告発でもなく、救助を求める通信でもなく、本当にたわいもない内容ばかり。
つまりこれは嫌がらせだ。
この男が変なタイミングで倒れたりして、銀河コラボが崩壊したらどうするつもりなのかな?
ま、そのあたりも計算しているみたいだけど。
この男も男だけど、クラックしているやつも、相当に嫌な奴だよね。
げ、男が唐突に笑い出した。しかも、笑い声が大きくなってる?
壊れちゃった?
「くっくっくっく・・・やられた。いや、やった、見つけたぞ!アーキテクトの捻くれものめ、こんなところに大量破壊兵器をさらしていたとは。」
あーあ、気づかれたか。
じゃあ、こいつも私の敵になったんだな。
あたしはため息をついた。
本来だったら、この男がそれを手中にする前に対策するんだけど、なんにもできない。
この男を虐殺する手段が、今のあたしにはない。あたしはほとんど死んだ身なのだ。
だらだら残留しているあたしと同じように、お父様達もどこかに存在しているのだろうか。
だったら直接文句の1つでも言ってくれればいいのに。
「まったく、何がバレストスだ。」
男はあたしの欠片をポケットから取り出すと、忌々しげに睨み付けた。
恒星にでもそれを投げ込めば、今のあたしなら消滅するだろう。
しかし、期待に反して男はあたしの欠片を再びポケットへとしまいこんだ。
偶然に意味があるのなら、見届けろってことなのかもしれない。
今度は何を看取れというのだろうか。
金子裕也:
「ちょ!待って!!脱ぐ、自分で脱ぐからー!!」
俺と子供探偵とアンドロイドはシンシアの部屋の入口で立ち尽くした。
あいつの部屋があまりにも女の子していて入りづらいというのもあるが、もう一方のガキが部屋に入るなりシンシアの服を脱がせ始めたのが一番の理由だ。
「よいでわないか、よいでわないか」
「そんなごむたいなー」
これは何のプレイだ?
というか、これっていいのか?アリなのか?
もんじゃ焼き以降、あのガキは妙にハイテンションで、とてもじゃないが、ついていけない。
いや、妙な迫力を放つ写真につられてノコノコとガキ共の後についてきてしまっている俺なわけだが。
「なに眺めてるのぉ!閉めて!いや、助けて!!」
「お、おう!」
シンシアの悲鳴で我に返った俺は大急ぎでドアを閉める。
「えええ!助けてよぉ!!アンドロイドさん?金子さんでもいいからぁ!うわ、待って!ちょ、止めー!!!」
シンシアの悲鳴がドアの向こうから響いた。
一応確認しておくが、俺達がこの事態を止めないのは不用意にドアを開けた際にアイツが裸だったりしたらまずいからだ。
更に付記しておくが、俺の行動は愛玩動物の代表たる猫の生態を観察して和みたいだけであって、エロとかロリとは一切関連がない。
あいつらに関わってから俺のストレスは増大し続けてるわけで、手近にまともな動物もいないのだから、化け猫に癒しを求めたとしても、それは人としてなんら恥ずべきことじゃないというのも、言うまでもない。
「入っていいぞ。」
偉そうなガキの指示に従って俺達は恐る恐るピンクを基調とした異空間へと侵入した。
大小様々な熊ぬいぐるみからの視線が一斉に俺達に集中した、気がした。
そして正面には、このゾーンを統べる大ボスであるはずの化け猫が、しかし威厳もなにもなく、モジモジと所在無さげに白のビキニ姿で佇んでいる。
なんか、この心底不安げな表情が男心をくすぐるというか・・・いや、これは一般論であって、俺がくすぐられたとか、そうゆうことではないんだが。
うおっ!恨めしそうな目で俺を見るな化け猫!
これじゃあ俺がいじめているみたいじゃないか。
というか、もう護りたいんだか、いじめたいんだか、もう解らん。いや、俺がって話じゃないぞ!
「夏美ー、やめよーよー」
化け猫はそんな俺達の葛藤を読みきっているかのように、絶妙のタイミングで俺達を挑発した。
って、俺は何を考えて・・・そうか!これは妖術とか?
いくらなんでも、それはないか。
「却下だ。水着着てるんだから恥ずかしくないだろうが」
「恥ずかしいに決まって・・・きゃう!ほわっ!やっ止め!」
ガキはシンシアをベッドに押し倒すと無理矢理衣装を着せ始め、化け猫も観念したのか、されるがままになった。そして数分ほどで白いバニーガールが出現する。
足は肌のすけないアイボリーのタイツ、体は薄いピンクというかほぼ白のレオタード。
そして頭にはレオタードと同色の長いうさ耳が揺れている。
ま、なんだ。一応露出は少ない。
ただ首には蝶ネクタイの代わりに首輪がしめられ、手足にはなんでか短い鎖付の首輪というか、ワッカが締められていた。腕のところの白いやつのかわりか?
本来なら女性のセクシーさを強調するはずのバニースーツだが、この白い即席バニースーツは何故かシンシアの幼さを強調する結果になっている。
そこへ首輪やら鎖やらのアンバランスな要素が背徳感を演出し・・・なんというか・・・壮絶に似合っている。絵になる。こいつを着こなせるのは化け猫ぐらいなものだろう。とういか、人間には無理だ。
なんかこう、自分の未知の感覚を刺激されるというか、とにかくいい仕事しやがるぜコンチクショウ。
あられもないシンシアの姿とセットで、夏美という名前が俺の脳裏に刻まれた。
「着せ替え放題だぞ。他にリクエストはあるか?」
リ、リクエストだと!?
俺は動揺した。
リクエストなんかをしたら、こいつらと同類になってしまうんじゃないのか?
どうしたらいいんだ?なにがベストだ?
俺は和んでいるのか追い詰められているのが解らないほど混乱した頭で、とりあえず目の前の珍獣を心のカメラへと焼き付けた。
ああもう!手元にカメラさえあれば!!
(数時間後)
シンシア・ナルセ:
大変だ。みんなが壊れちゃった!!
変だ変だとは思っていたけど、ここまで変じゃなかったのに!
これが本性とか?
どうしていつも僕のまわりには変人が多いんだろう!?
「だから学校の制服は毎日見てる!」(夏美)
「おっ俺は見てないだろうが!」(金子さん)
「まあまあ、間をとってセーラー服はどうかな?」(アンドロイドさん)
「俺もセーラー服に一票!」(松岡くん)
しかも、アンドロイドさんまで参加してるし。
「ねーそろそろ止めよーよー」(僕)
「着せ替え人形が勝手にポーズを変えちゃダメだぞ。」(夏美)
「そういえば、前人形に化けたりしてたよな?」(金子さん)
「だっダメだよ!あのモードはなんにもできなくなるし!」(僕)
「そうだ!ゲームで勝ったやつが衣装選びも着せ替えもできるってルールはどうだ?」(夏美)
「いいかげん、セクハラだよー!!」(僕)
「大丈夫。シンシアは私が護るから。」(アンドロイドさん)
「えっ、ええ!」(僕)
「ほう、言ったな家庭教師!私も負けんぞ!」(夏美)
「平気、平気、いざとなったら俺が嫁にもらってやるから。」(松岡くん)
「お、俺がもらって、いや、飼ってやってもいいぞ。」(金子さん)
「モテモテじゃないか、シホ。」(夏美)
「からかわないでよ〜、というか、みんなあたしが人間だって解ってる?」(僕)
「「「「・・・・・・」」」」(みんな)
「なんで黙るの!?」(僕)
「そそ、そんなことないよ。」(松岡くん)
「どもってるし!」(僕)
目の前でババ抜きが始まった。
ゲームとは思えないほど異様なまでの熱気に包まれている。
僕は1人だけ冷めた目でそれを眺めていた。だれが買っても僕は罰ゲーム確定なんて、酷すぎるよー。
「あ、お父様が目を覚ましたみたい。ちょっと見てくるね。」(僕)
「うーむ、まあ仕方ないな。衣装も調度いいし・・・行ってこい。」(夏美)
「うん、てゆうか、次の衣装が最後だからね!」(僕)
どさくさに紛れて終わりを宣言すると、ぼくはそそくさと異様な雰囲気につつまれた自室をあとにした。そして、病室と化しているゲストルームに向う。
・・・なんか緊張する。またセスなんて呼びかけられたらどうしよう。
僕は気持ちを押さえるべく部屋の前で何度も深呼吸を繰り返した。
ナース服なんて着てるから、間違われることはない、よね?
ゲストルームに入るなり、お父様と目が合った。
その目に浮かぶのは微かな希望。
僕をじっと見つめるお父様の目に落胆の色が浮かび、濃くなっていく。
解っているはずなんだ。どっちが夢で現実かなんて。
僕もそうだった。でも、いつも大急ぎでどっちが現実か確かめた。
確認せずにはいられなかった。
そうしないと現実と夢が入れ替わりそうな気がして。
でもお父様の場合は、悪夢のほうが現実。僕とは正反対に。
終わらない悪夢。想像しただけで胸が苦しくなる。
「シン、シア?」
「お父様、具合はどう?」
「・・・まあまあ、かな。」
「お、お父様、あのね、」
「もう止めよう」
「何?」
「親子ごっこなんて・・・不謹慎だった。」
「・・・じゃあ、アスさんって呼べばいいかな?」
僕はお父様、いや、アスさんからの返事を待った。
「なんだよそれは。」
後ろから聞こえた声に慌てて振り向くと、そこには金子さんの姿があった。
驚き顔の金子さんは僕の顔をじっと凝視している。
「外に出よ。」
ドアの前の金子さんを押し出すような形で外に連れ出す。
「どうゆうことだ?」
「あー、えーと、実の親子じゃないってこと。」
「いまさらおまえを捨てるってのか?」
「元々仮の親子だから。昔トラブルがあって、アスさんに助けてもらって、戸籍上の問題で養女にしてもらったの。アスさんは仕事の上司であってパパじゃないから、えーと、今までが変だったんだよ。」
「お前はそれで・・・いや、すまん。」
よかった。
金子さんって、やたらヒートアップする人だから、焦っちゃったよ。
意外な情報にビックリしただけなんだな。
これだったら大丈夫そうだ。
「頼まれてもらっていいかな?看病。」
「お、おう。なんだ、元気だせよ。」
「ありがと。」
僕は大急ぎで自室へ引き返した。
それから覚悟を決めて部屋に入る。
結局勝者はアンドロイドさんだった。金子さんがビリで、罰ゲームで僕を迎えに来たらしい。
意外と時間が経っていたんだな。
よく考えてみると、僕がアンドロイドさんに着替えさせてもらうのは初めてではなく、なんか、普通にセーラー服に着せ替えられてしまった。
それからすぐに、その場はおひらきとなった。
そして、部屋には女性陣というか、僕の夏美だけが残った。
「いやー、遊んだな。満足満足。これでノルマはこなしたぞ。」
「へ?ノルマ?」
「決めてたのだ。もんじゃもこれもな。」
「あたしを着せ替え人形にすることを!?」
「いや、シホで遊ぶことだ。本当は由香も一緒なら良かったんだがな。この際贅沢は言うまい。」
「・・・ハハ、あたし『で』、なんだね。」
「ま、これで思い残すことはなくなった。」
僕は夏美の言葉に硬直した。
それって死を覚悟したとか?夏美も不安だったの?
いや、当たり前だ。いくら夏美が変人でも、小学生の女の子なわけで、
「ホントにごめんね。でも夏美のことはあたしが・・・」
「待て待て!そういう意味じゃない!」
「でも!」
「あと1つだけ教えてくれ。」
夏美は真剣な顔。
「うん」
「シンシアは、シンシアなんだな?」
僕は返答に迷った。夏美と会ったのは入れ替わったあとだから、夏美は前のシンシアを知らないはず。
「ど、ういう意味かな?」
「話せないことがあるのは仕方ない。でも、シホは・・・シホなんだよな?友達と思っていいんだな?」
「う、うん。」
「馬鹿のフリをしてるわけじゃないんだな?ボケてるフリをしてるんじゃないんだな?これが地なんだな?」
「う、んん?・・・あたし、ひょっとして酷いこと言われてる?」
「あー、お前があんまり真剣な顔をするから、ついな。」
「夏美〜!!」
「なんというか、シホは私のお気に入りだ。シホとだったら無為に時間を過ごすのも良いと思っていた。だからお前に最初に話したい。・・・松岡が事件の容疑者としてロアスを疑ってるよな。」
「うん。」
「私がそのロアスだ。」