秋葉原観光案内
第14話
シンシア・ナルセ:
「私がそのロアスだ。」
「はえ?」
その告白は僕にとってあまりに突然で、僕は呆然と夏美の顔を眺め続けた。
「リアクションが薄いな。ナルセから聞いていたか?」
「ええ!お父様、いや、アスさんは知ってたの?」
「うむ、気づいたみたいだな。ナルセは昔から妙に勘が良かったからな。」
「そうだったんだ。」
「よく考えてみろ。仮にナルセが私のことをただの子供だと思っているのならホイホイと私のいいなりになる理由がないだろう?」
そ、そうか。
あれってアスさんが女性に弱いってわけじゃなかったのか。
どう見ても夏美は『ただの子供』じゃないけどね。でも指摘したら怒るだろうから言わない。
でも、夏美がロアス教授だとすると・・・あれ?
「ええと?ロアス教授って男の人だよね?」
「そうだな。だが性差判定がFだったのだ。」
「性差判定?」
「シホも登録の際に心理判定みたいなのを受けただろ?」
「うん。」
「それがFだった。まあ、本来は登録時なら融通が利くんだが、私の場合は銀河コラボに準参加していた惑星からの難民という形での登録だったからな。後からでも修正する方法はあるんだが色々面倒でな。放置してたらこういうことになった。」
「男なのにF判定?」
「まあ、まれにあるそうだ。私の場合は性差が薄いってことだろうな。戸籍上では女性になってしまったが、表にでる情報でもないし、実質不都合がなくてな。まあ、今回の滞在戸籍の件では少々困ったがな。」
「ロアス教授って大人だよね?」
「それも滞在戸籍の問題だ。ちょうどシホの年代から戸籍の数が大幅に増えてるから入手しやすかったのだ。どっちにしろ子供とは言え、年齢が高いほうが行動範囲が広いからな。松岡も同年代だっただろ?」
「あ・・・だから安かったんだ。といっても十分高かったけど。」
スラスラと答える夏美。センサーに記録されるデータもそれが真実であると告げている。
「本当なんだ・・・」
「ようやく納得したか。・・・では何か私に質問があるんじゃないのか?」
質問?
そうか。
ロアス教授ってお父様、いや、アスさんの恩師で、元上司なんだよね。
「じゃあ、聞いていい?」
「ああ。」
「セスさんってどんな娘だったの?」
僕の質問に夏美は少し驚いた顔をした。
「なるほど。シホにはそっちのほうが大問題か。・・・そうだな、一言で言えば天才だな。」
天才!?
アスさんからの話とは随分印象が違うけど、夏美が言うならそうなんだろう。
「そっか。やっぱり、あたしとはぜんぜん違うんだね。」
「そりゃあ違って当然だろう。ただ、セスは能力が高い反面脆かった。お父さん子でナルセを拠り所にしてるふうでもあったな。時々とんでもないミスをすることがあったから、そこだけは一緒だな。」
「あたしはそんなミスなんてしてないよ!」
「自覚のないとこも一緒か。存外似たもの同士なのかもしれんな。」
まじめな顔で馬鹿って言われてるような気がして傷つくな。
でも少しは似てたとこもあるのか。なんとなく嬉しいかも。
「じゃあ、エレンさんは?」
「ああ、あれは変人だ。我が道を行くってやつだな。楽しそうにナルセを振り回してたよ。まあ、私と同類か。」
「変人って自覚あったんだ。」
「ほう。シホのくせに言うじゃないか。もう1着ぐらい着替えとくか?」
「ちょ!自分で言ったんじゃない!そういえば男の人なんでしょ!!」
「安心しろ。私は子供にそういう興味はない。それに不本意とはいえ性差判定も戸籍上も女だ。」
「あああ、でもー!!」
結局着せ替えられてしまった。なんでか学校の制服に。
でもあんまり嫌じゃなかったな。
夏美を眺めてみた。
なんというか、信じられない。
頭では納得してみても、感覚がついてこないって感じだ。
いや、男とか女とか言う以前に、夏美は強烈に夏美だから、あまりに夏美すぎて、変な属性がいまさら増えたところで変わらないのかも。
「どうした?」
「いや、すごいなって思って。」
「やっぱりシホは変わってるな。立派な変人だ。」
「なにそれ!」
「褒めたのだぞ?」
「ぜんぜん嬉しくないよ!」
「さて、今度はシホの話を聞こうか。」
「ど、どの話?」
「む、そんなに色々あるのか?まあ、とりあえずはナルセの話だな。さっき部屋に行ったときに何があった?」
「どうして解ったの?」
「どうしてもなにも・・・まあ話してみろ。」
僕はポツポツと話し始め、夏美はそれに相槌をうってくれて、気づくと着ぐるスーツと遭遇して以降のすべてを洗いざらい白状してしまっていた。
夏美には捜査官の才能もあるのかもしれない。本当に何でも出来るんだな。これが天才って人種なのか。
すべてを話し終えて、どこかボーっとした頭で、僕はそんなことを考えた。
金子裕也:
・・・気まずい。
静かな病室にすっかり陰気男と化したアス・ナルセと二人きり。
せめてアス・ナルセが寝てくれればちょっとはマシなんだが。
シンシアのやつに頼まれた以上、立ち去るのも無責任な気がするし。
まったく。
なんで俺がこんな目に。
「シンシアは・・・何か言ってましたか?」
アスは弱々しい声で俺に聞いた。
まったく。落ち込むなら、あんなこと言わなきゃいいんだ。
「お前は他人だとさ。」
「そうですか。」
今度は罪悪感が湧き上がってくる。
まったく、俺が何したってんだ。
いや、色々したな。身に覚えがありすぎる。
「あー、なんだ。落ちこんでたぞ。」
フォローのつもりで言葉を発して、でもすぐにそれが追い討ちをかける言葉だと気付いた。
そもそも、俺はなんでこんなにイラついてるんだ?
「ま、色々事情もあるだろうさ。俺は知らんがな。」
口からは嫌味しか出てこず、俺はこれ以上話さないほうがいいと判断した。
「みんなボクが悪いんだ。ボクの都合でシンシアを振り回し、傷つけた。」
どうやらコイツは懺悔したいらしい。
だけど懺悔だったら牧師相手にやってくれよ。
犯罪者相手に懺悔だなんて、馬鹿じゃねえのか?
だが、次にアス・ナルセが発した言葉は俺の興味を引き付けた。
「シンシアは恩人なんだ。ボクの都合で養女になってもらって、今になって突き放すなんて。」
アス・ナルセが腕でその顔半分を覆っているので、表情は伺いしれない。
だが、アス・ナルセが言っている言葉はシンシアが話したそれと真逆だ。
「シンシアはお前に助けてもらったと言ってたぞ?」
「それは違う!助けてもらったのはボクのほうだ!」
「いや、俺に主張しても仕方ないだろうが。」
今度は沈黙。
そのほうが助かる。
「なあ、なんであんなこと言ったんだ?」
聞いてどうすんだよ、俺は。
「シンシアがセスとタブって・・・いや、シンシアのことがセスに思えて・・・」
ん?シンシアが昔死んだ娘と同じに見えたってことか?
「そう思ったら、もうダメだった。ダメなんだ。」
さっぱり解らん。
「ボクは、シンシアを使ってセスの死を、セスの存在をなかったことにしてる。シンシアをセスにダブらせて、シンシアの存在をシンシアを、道具に・・・」
アス・ナルセは大げさに嘆いた。
要するにコイツは不幸に浸りたいのだ。
「死んだ家族の手前、自分だけ幸せじゃあ体裁が悪いってか?」
返事はかえってこなかった。
「良かったじゃねえか。
もう十分に不幸のように見えるぜ?
褒めてやるよ。誰もこれが自己欺瞞のためのポーズだとは思わねえだろうな。
その調子で自分を騙してりゃいいさ。運が良けりゃあ同情もしてもらえるだろうよ。
だけどな、頼むから誰もいないとこでやってくれねえかな?
目障りなんだよ。
少なくともアイツを巻き込むな。あの馬鹿じゃあ、お前の演技を信じすぎちまう。
お父様だって?
笑わせんじゃねえよ。
お前にアイツの父親である資格なんてあんのか?
たまたま拾えただけじゃねえか!
もし拾ったのが俺だったなら・・・」
俺はアス・ナルセがうらやましいのか?
あんなにもシンシアに想われていながら、それを突き放したコイツが許せねーってか?
まったく。
どうかしてるのは俺のほうだ。
そんな存在だったら俺にもいた。
なんて醜悪な。
自分でそれを殺しておいて、他人のそれを羨むなんて。
「とにかくな・・・お前は家族を失った被害者かもしれねえけどな。お前の復讐の結果アイツが傷ついたんなら、今度はお前が加害者だぞ。いいか?お前は加害者なんだ。」
俺は何言ってんだ?
そんなことを言う資格こそ、俺にはありはしないのに。
「アイツが傷ついたり・・・死んだりしてからじゃ遅いんだからな。全部終わってからじゃあ、なんにもしてやれねえんだからな。・・・死ぬほど後悔したって微塵も意味ねーんだからな。くそったれめ。」
俺は病人相手に自らの鬱憤を吐き出し、その上で逃げた。
シンシアとの小さな約束すらも守れずに。
シンシア・ナルセ:
「色々興味深いな。」
僕の話の後、たっぷり考え込んだあとに夏美はそんな感想をもらした。
「しかしシホのファザコンぶりは会った直後からなのか。一目惚れというやつか?」
「んなっ!!!どっからそうなるの!!」
「いつもお父様がどうしたこうしたとうるさいくらいに話してるだろうが。」
「言ってない!言ってたとしたら気持ち悪いよ!そんなの!」
「まさか自覚がないのか?」
夏美はさも意外そうに言った。
これって、僕をからかおうとしてるんだよね?
でもなんか、ホントっぽいよ?
おもむろに携帯電話を取り出し、アドレス帳から由香ちゃんを選択する。
「もしもし、今大丈夫?」
「あ!シホちゃん!?大丈夫?おたふく風邪なんだよね?」
「は?あ、いや、うん。でも、今は平気。」
「ちゃんと寝てなきゃダメだよ。」
「あのね、ええと、あたしってお父様のこと色々言ってたりしてるかな?」
「うん。それがどうしたの?」
「即答!?・・・本当に?」
「お父様は煮物が好きだとか、ネギが嫌いとか、一緒にアニメ見たとか、いつも言ってるじゃない。シホちゃんトコって本当に仲いいよね。」
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと精神的ショックが・・・ええと、ありがと。」
呆然としつつも電話を切る。
「わざわざ確かめるか?」
「そっそうだ!最近、初めてチャレンジした料理を最初に味見してもらうのがお父様だから、話題的にそうなっちゃうんだよ!」
「他にも色々言ってるだろ?事実お前は今だってナルセのことをしょっちゅう気にしてるいるぞ。」
「それは病気だからだよ!それにアスさんってほっとくと平気で食事抜いちゃうし、お風呂も入らなかったりするし、部屋に洗濯物溜め込むし、野菜とか残すし、とにかく仕方ないんだよ!」
「何も言い訳することもあるまいに。」
「言い訳!?」
「よほどウマがあったんだな。普通なら負債を帳消しにしてサヨナラしていただろうからな。」
「だってキッカケはあたしなんだし・・・正直者が馬鹿をみるなんてなんか嫌だよ。」
「いいか、シホ。こんな図を見たことあるだろ?」
そう言うと夏美は氷山の断面図を描き始めた。
確かに見覚えのある、ありふれた図。
海の上に見える氷山は氷山のほんの一部。その大部分は海中に没している。
そして僕の予想どおり、海の上の部分には顕在意識、海中の部分には潜在意識という単語が記入された。
「うん。知ってる。」
「この部分。この顕在意識と呼ばれる一部の意識だけが、普通に人間が知覚できる意識だ。我々はすべて見えていると思ってしまいがちだが、実際は一度に極々一部しか意識できんのだ。」
「それがどうしたの?」
「ポイントは人は顕在意識より潜在意識のほうが遥かに大きいことだ。仮に顕在意識と潜在意識が戦うことになった場合、負けるのは顕在意識だ。一時的に凌げたとしても、まず顕在意識が負ける。多勢に無勢だからな。そしてそうなったら人はコントロールを失ってしまう。」
「人は欲望に逆らえないってこと?でも、欲望を押さえてる人はいっぱいいるよ?」
「あれは押さえているのではない。潜在意識と顕在意識が協力しあっているのだ。」
「協力?」
「潜在意識と顕在意識は良いパートナーになる必要がある。そのために両意識が互いに理解しあうことが必要不可欠。まずは顕在意識側の歩み寄りと意思表示が必要だろうな。」
相互理解なんて人と人との関連みたいだな。ってそれ僕の苦手分野なんですけど。
「潜在意識だって、顕在意識から約束を破られたり無視されたりすれば傷つきも怒りもする。それが続けば最後には顕在意識を信用しなくなってしまうのだぞ。」
ますます人と人みたいだ。
「私が言うのもなんだがシホはバランスが悪い。悪意を持って近づく人間には冷静に対処するくせに、そうでない相手はグデグデだ。まあ、それがシホの良いところでもあるが、それでは生き難いだろ?」
「それって、大学の名誉教授としての知識?」
「一般常識だ。」
「なんだ、授業を受けれて得したのかと思っちゃった。」
「茶化すんじゃない。得にするかどうかはシホ次第なのだぞ。」
「・・・ごめん。」
「私はシホが好きだ。」
「なななに!」
「だから、シホもシホを認めてやれ。不憫でかなわん。」
「夏美だってあたしのこと散々ボケ扱いしてるくせに!」
「ボケボケな部分も好きな所だな。一度混乱すると際限なくボケる所なども最高だ。」
「・・・・・・!」
なんか恥ずかしすぎる。何言っていいか解んない。
いや、ボケボケって悪口だよね?
あれ?けなされたのかな!?
「アスが好きなんだろ?せめて気持ちの存在を認めてやれ。そうでなければ潜在意識との交渉のテーブルにつくことすらできんぞ?」
「み、認める!?でも、あたしは・・・」
「ん?好きなのは家庭教師だとでも言いたいのか?」
「どどどうして!!?」
「どうしても何も嬉しそうに惚気ていただろうが。」
「いつ!」
「家庭教師について聞いたときだ。からかうつもりが最後には馬鹿らしくなったぞ。」
まさか・・・僕って全部バレバレ?
確かにあの時はいっぱいいっぱいで、自分で何話したかあんまり記憶にないけど、よりによってそんなこと口走ってたの!?
それに普段も会話中にテンパってることが多いし・・・まさかその時も!?
衝撃の事実を前に、ただただ言葉を失う僕だった。
信用には実績だっているんだよ!?
こんな自分なんだから信用できるわけないじゃないか!
−−−
「あーシホ、部屋の端末を貸してくれ。確かめることがあるのだ。」
「うんー。いーよー。」
「あと、封鎖も解除してくれ。部分解除だぞ。せめてアクセス元がバレないようにな。できれば偽装も頼む。私では無理だったのだ。」
「わかったー。」
「おお!本当に解除されたぞ。」
「じゃ、あたしいくねー。」
「ああ、感謝する。」
とりあえずアスさんの病状をうかがうべく、フラフラとゲストルームに向かうと、ドアの前で声をかけられた。
「ど、どうした化け猫!?」
「ハハハ、ちょっとショッキングなことがあって。金子さんこそどうしたのー?ドアの前で。」
「俺!?いや、アス・ナルセと二人きりというのもキツくてな。」
「それでドアの前に!?」
「まあ看病を頼まれたわけだし、一応な。」
変な人発見!
でも、その不器用さが今の僕には癒しだよ。
「ありがとう。」
「なんだ!?礼を言われるようなことはしてないぞ!!」
「うん。」
ああ、和む。って、こんなので和んでる僕も相当変だよね。
あ・・・まさか、僕、というか僕の潜在意識は金子さんまで好きとか言い出すんじゃないだろうな?
だいたい惚れっぽいのが根本原因なんだよ?
「風邪がうつったのか?」
いつの間にかかなり近くに接近した金子さんの手が僕の額に伸びて・・・
「ち!近寄らないで!」
金子さんはどこか傷ついたような顔をした。
「惚れると困るからっ!あたしが金子さんにっ!」
「なんだとお!」
金子さんは物凄い勢いであとずさると、変なポーズのまま硬直した。
「あれ?・・・ちっ違う!間違い!!とにかく自分が信じられないの!だから近寄らないで!!」
「どどどういう意味だ!?状況が全く解らんぞ!?ほ、惚れる?お前が、俺に?」
「あたしが金子さんに惚れるわけ!・・・ないよね?」
「俺に聞くな!つーか、困るぞ。困るからな!!」
うう、問題ないはずなんだけど、なんか傷つく。
「待て!そういう意味じゃなくてな・・・お、おい。気を確かに持てよ。お前変だぞ。明らかに変だ!」
「だよね?変だよね!だってあたしの好きなのアンドロイドさんのはずだし!」
「アンドロイドが好き!?」
新たな声に振り向くと、そこには谷口君。聞かれた!でも、どこから!?
「なんでいるの!」
「いや、だってここ廊下だし。」(谷口君)
「ひょっとして、あたしってみさかいなし!?男なら、いや、男でも女でもなんでもいいの!?まさか谷口君のことまで好きなんてことは・・・良かった。普通だ。」(僕)
「ええ!」(谷口君)
「おい!アス・ナルセ!お前が変なこと言うからシンシアが壊れちまったぞ!どどどうすんだ!」(金子さん)
「わー!報告しないで!!」(僕)
「さっきから何をやっとる!」(夏美)
「あ、夏美!?大変なんだ。僕というか、僕の潜在意識って見境なしみたいで・・・もう自分が解んないよ!!」(僕)
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、よもやここまでとは。」(夏美)
「酷い!でも反論できないー!!」(僕)
「好きにも色々あるだろうが!というか、説明するまでもないだろ!とにかく落ち着け!」(夏美)
「どどどうやって?」(僕)
「まったく。金子が好きだというのか?」(夏美)
「それは・・・否定できないのかも。」(僕)
「な、なにいー」(金子さん)
「では谷口のことは好きなのか?」(夏美)
「あ、それ全然普通。あり得ない。」(僕)
「酷っ!」(谷口君)
「じゃあ私は?」(夏美)
「夏美のこと!?・・・ああ!好きかも!!どうしよう!?」(僕)
「素で照れるな。一応確認するが、シホは私と付き合いたいのか?」(夏美)
「ええ!そんなこと、ないけど?」(僕)
「では金子と付き合いたいのか?」(夏美)
ゴクリ
誰かが唾を飲む音が聞こえた。
「ううん。」(僕)
「それは好感を持てる友達ってことだろ?何か問題あるのか?まったく。考えるまでもない話だぞ。」(夏美)
「問題は・・・ない?・・・いや、あるっ!旅に出るから探さないで!!」(僕)
「待てシホ!ああもう、金子も谷口も落ち込んでないでシホを止めろ!」(夏美)
「俺は落ち込んでねえ!」(金子さん)
「酷い・・・」(谷口君)
「お願い離してー」(僕)
「・・・なにやってるのかな?」(アンドロイドさん)
「アンドロイドさん!?聞いてたの?!いつからいたの!?」(僕)
「ええと、『惚れると困るからっ』のあたりかな?」
ほっぺをかきつつ、なんか恥ずかしそうにアンドロイドさんはそう言った。
「それって最初からってこと!?」
「そんだな。私も好きなんだ。たぶん。うん、愛してるってことになるんだろうな。」(アンドロイドさん)
「良かったじゃないか。相思相愛という多くの者が望んで止まないパターンだぞ?」(夏美)
許容量オーバーに陥った僕は、なすすべもなく、その場に突っ伏した。
金子裕也:
俺的に着せ替えの達人である夏美が重要な話があると宣言したため、俺たちはそのまま元俺の部屋。つまり、アス・ナルセが伏せっている部屋へとぞろぞろと移動した。
化け猫はというと、部屋の隅のほうでうずくまってブツブツ言ってる。
アイツの奇行は、もはや普通であるわけだが、一応落ち込んだりもするらしい。
カップル成立なのだから喜んでもいいと想うのだが、見かけ上はやたら痛々しい。
ちなみに俺たちがドアの前で騒いでいた内容をアス・ナルセは寝ていて気付かなかったと主張した。
そして確かに俺たちが部屋に入った時点でアス・ナルセは寝ていた。
が、それは明らかに狸寝入りだし、気付かなかったというのも大嘘だ。
あからさまに動揺してるし、さっきからチラチラとシンシアとアンドロイドの様子を伺ってる。
俺の記憶が正しければ、アス・ナルセは直前までもっと真面目に悩んでいたはずなのだが・・・
「最初に告白することがあるが、私が何度も話題にでていたロアスだ。正体を明かすのが遅れたのは許して欲しい。私なりに色々確かめる必要があったのだ。」
「そーですか。」
「ふーん。」
アス・ナルセと子供探偵はその告白に気のない返事を返した。
・・・いいのか?それで。
シンシアは部屋の隅でブツブツ言い続けてるし、アンドロイドは困ったような表情でシンシアを見つめてる。
俺が口を挟むのもなんだしな。
「しょ・・・小学生に恋愛は早いと思うな!」
「そ、そうだ!アンドロイドが好きなんておかしい!」
アス・ナルセと子供探偵が口々に発言したが、内容が噛みあってねえ!
「お、おい!それでいいのか?こいつはロアス教授だって告白してんだぞ?」
「「ロアス教授?」」
・・・今度はハモってやがる。
「だから銀河コラボの管理者で、黒幕かもしれねーっていうロアス教授だろうが!」
「「・・・ええええ!!」」
悲鳴のような驚き声まで見事にハモった。
「何でナルセまで驚いておる!」
「驚くに決まってるじゃないですか!」
「ちょっと待て!じゃあ、お前は小学生の子供の言う事をホイホイ聞いていたのか!?」
「そ、それは・・・」
ちなみに俺は驚いていいんだか、呆れていいんだか解らん。どこまで本気なんだ?こいつら。
「ううむ、読めんやつめ。まさかシンシアがうつったんじゃないだろうな?」
「アレってうつるのか!?」
慌てて問い返した俺に、夏美、いや、着せ替えマエストロ・ロアス教授は物凄く嫌そうな顔をした。
「うつるわけなかろう。」
「じゃあ言うなよ。・・・つか、本気で焦ったじゃねえか。」
「全く。妙に真面目な話がしずらいな。・・・調整されてるのか?」
ロアス教授はそう言いながら心配げに化け猫を眺めた。
「まあいい。この場ではすべて真実を包み隠さず話すことを約束しよう。何か質問はないか?」
「宇宙船を・・・セスとエレンが乗った宇宙船を爆破したのは教授ですか?」
最初に質問したのはアス・ナルセだった。いきなり直球というか、シリアスだな。おい。
「当然爆破を仕組んでなどいない。ただ、消滅の原因が遺物で、人と遺物を同じ船で運んだのが問題だと指摘されれば責任は私にあることになる。」
「宇宙船と一緒に消滅したはずの遺物の一部が流通してるのは?」
今度は子供探偵が口を開いた。
「今回が初耳だった。私には心当たりがないとしか言いようがない。」
「なぜ地球に?」
子供探偵がたたみかける。
「それは太陽系の銀河コラボの管理者就任の件かな?それとも今私が地球に滞在している理由についての質問かな?」
「・・・その両方です。」
「そうか。まず銀河コラボの管理者に就任した件だが、私がアーキテクトの研究者だからだ。なんといってもアーキテクト最大の遺産は銀河コラボだ。そして、辺境故にあまり拡張されることなく原型を多く残していた太陽系のそれが研究には最適だった。銀河コラボのリンクス。すなわち、分散ネットワークの構造的に太陽系のそれが重要な場所に位置していたのも理由の1つだ。・・・こんな感じでいいかな?」
「解りました。では地球に滞在している理由は?」
「それについては・・・地球にアーキテクトが潜伏しているかどうか確認するためだ。」
「それを信じろと言うんですか?アーキテクトの滅亡は何度も検証された完全な事実ですよ?」
「それは私も理解している。だが、銀河コラボを研究すればするほどアーキテクトの滅亡を信じたくなくなるのだ。
私が思うに銀河コラボの本質はそれが教育・人材育成ツールであるという点だ。
そもそも2万年近く前のシステムが未だ色あせないのは、それが人の感情と理性、そして成長を扱ったものだからだ。
銀河コラボはどんな利用者にもある程度の恩恵をもたらすが、それをより有効に活用しようとすると必然的にアーキテクト達の哲学に触れることになる。
特に内部構成を研究しているとアーキテクト達の想いにダイレクトに触れているような気さえしてくる。伝わるものがあるのだ。
アーキテクト達は文字通り銀河コラボ開発にすべてを賭けていた。
チープな表現だが、銀河コラボは想いの結晶と言ってもよい。アーキテクト達は確実に銀河コラボを愛していた。
そんなアーキテクト達が銀河コラボの行く末を見届けずに滅ぶなどあまりに中途半端だ。あくまで感情的に、そう思えるだけなのだがな。」
「・・・いいでしょう。では、今銀河コラボに発生している異常は何なのですか?第一、この一大事にあなたはこんなところで何をしてるんですか!」
「正直、地球での調査に勤しんでいるところにネットワークが分断され、管理者でありながら打つ手がなかったというのが現状だ。」
「あなたは管理者という大任を何だと・・・ちょっと待ってください。ネットワークが分断!?」
「うむ。これは銀河コラボに対する攻撃だ。恐らく銀河コラボリンクス全体の乗っ取りがレーヤーの目的だろうな。」
「乗っ取り?・・・そんな・・・不可能だ!」
「以前太陽系の銀河コラボが機能不全に陥ったとき判明したことなのだが、銀河コラボの動作レベルが致命的なレベルまで低下すると、緊急用の管理ツールが解放されるのだ。そのツールには、かなりの権限が割り当てられている。それを使えば銀河コラボリンクス全体の掌握も不可能とは言えんのだ。」
「レーヤーって、ボクと同期だったジェス・レーヤですか!?」
「そうだ。最近は銀河コラボ管理の助手を務めていた。」
淡々と話すロアス教授に、やたらエキサイトしている子供探偵とアス・ナルセ。
シンシアはあいからわず部屋の隅でブツブツ言ってるし、アンドロイドは無言で腕を組んでいる。
俺はというと、話題に取り残されつつもなんとか事態を理解しようと頭をフル回転させていた。
ひょっとして、俺に色々指示を出していたのがそのジェス・レーヤーなのか?
サンプルを集めていたのは人類に紛れたアーキテクトを探すため?
それとも別の目的があるのか?
「あ・・・」
突然シンシアが上を見上げた。と、同時に警報が鳴り響く。
『銀河コラボより攻撃を確認。上空3000メートルで散開、地上への影響はありません。攻撃区分は衝撃波。攻撃方法、散開理由は共に不明です。』
攻撃だと?
というか、今シンシアのやつ一瞬光らなかったか?
『銀河コラボより通信要求。第1級通信のため強制接続されます。』
部屋の壁が一瞬白く染まり、若い男の姿が映し出された。
「ロアス教授。いいかげんにお戻りいただけませんか?」
この声は・・・
「ジェス・レーヤー」
アス・ナルセが呟く。
こいつがジェス・レーヤー?
やっと顔を拝めたな。
「コイツだ。この声だ。俺に仕事を依頼してたのはこの男だ。」
意外なまでに貧相で、しかし予想通りの狂気の光を目に宿したその男は、不愉快そうにその頬をつりあげた。