秋葉原観光案内

第6話

 真っ暗な宇宙に、ポツンと浮かぶ青い星。
 天井のスクリーンに映し出されたそれに、僕は見入った。
 その地球は、スクリーンに映し出された映像にすぎない。
 でも、僕の見上げてるその先、スクリーンと壁のむこうに、本物の地球が浮いていると考えると、なにか、心の底から込み上げるものがある。
 僕は今、宇宙にいる。
 正確には、宇宙ステーション、ハヤテの中だ。
 地球ブームの到来と同時に設置されたそれは、月と同じくらいの直径を持つ円盤状の形をしており、月と同じ軌道上を、月の丁度反対側を周回している。
 これだけ大きな物体が存在すると地球にも影響を与えるはずなのだが、時間的、空間的に通常空間とはズレた位相にあるそうで、地球に影響を与えることもなければ、地球から発見されることもないんだそうだ。ピンとこないけど。
 「ひょっとして、シンシアちゃん?」
 「あ、はい。」
 「写真、いいですか?」
 「はい、いいですよ。」
 とりあえず、営業スマイル。
 ここに来てから2時間ほど立つが、結構頻繁に声をかけられている。これでちょうど10人目。2桁いっちゃったよ。
 なんか芸能人にでもなったみたいだ。
 観光客さんAのカメラは三脚もなしに空中に浮遊し、僕と観光客さんAのツーショットを撮った。このAは16進数のAね。
 嬉しいような、アレなような。・・・この観光客さんAが例のホームページで僕を知ったと考えると複雑なものがあるんだよね。
 「ありがとう!お金が溜まったらきっと僕も地上に行くからね!」
 「ありがとうございます。」
 握手しつつ、笑顔で見送る。これも営業かな?
 「シンシア、そろそろ行こうか。」
 「はい!」
 僕はお父様のところに駆け寄ると、歩き出したお父様の後に続いた。
 でも、銀河人になって、本当に良かったよ。生きてるうちに宇宙に来れるなんて、予想もしていなかった。人生って何が起こるか解んないな。
 
 
 ところで、今日の僕の目的は観光ではない。
 元地球人な1人として、アーキテクト文化を研究している学者さんのインタビューを受けるのが目的だ。
 この学者さんは、お父様の古い知人で、それ故に断れなかったらしい。
 僕としては断る必要なんてないんだけど。むしろ、大歓迎。
 僕はこの話が決まってからウキウキしどうしで、宇宙に来るのも、(スーツ越しでなしに)直接宇宙人に会えるのも楽しみにしていた。
 今のところ、大満足。まぁ、宇宙人な人たちがあんまり地球人と変わらないのが残念といえば残念だけど。

 あ!あそこだ。
 地球ホテル。銀河人ってベタな名前が好きだよね。
 このホテルの一室でインタビューを受ける予定だ。
 僕たちは少し時間に遅れて着いたのに、学者さんはまだのようだった。
 良かった。
 これで僕たちの遅刻が咎められることはない。
 「ごめんなさい!地球眺めていたらいつの間にか・・・」
 息をきらせて部屋に駆け込んできたその人は、どこかおっとりしたような印象を漂わせた美人だった。
 年齢は20代前半って感じに見えるけど、細胞補完処置を受けている銀河人の年齢は、外見からでは判断できない。
 かなりグラマーな人らしく、露出の全然ない服の上からでも、それが見てとれる。
 簡素な服に窮屈そうに胸やら尻やらが押し込まれているって感じ。
 でも、僕の目が釘付けになったのは、その胸でも尻でもなく、頭の上の大きな耳。
 そして、お尻の先に見える尻尾!
 狐娘さん!?
 こういう宇宙人がいるって、知ってはいたけど、なんか、すごい!
 そうか。
 お父様が個性的な人だけど驚くなって言っていたのは、このせいか!
 このほかにも、宇宙には猫な人や、犬な人など、色々な宇宙人が存在している。
 もちろん人間タイプ以外の宇宙人も存在するが、この人達の場合は耳や尻尾の他は地球人と全く変わらない。それどころか交配すらも可能だ。
 何故、宇宙に隔離され、別個の進化を歩む生物がこうも似るのか?
 そうなる理由は解明されておらず、進化への介入者がいる、なんて説も根強い。
 でも、一番面白かった説は、魂のデファクトスタンダード説だな。
 それによると、
  ・ 命が命であるためには、魂と呼ばれる別次元の要素とリンクする必要があり、この魂はある程度学習能力・記憶を持つ。
  ・ 魂は似たような生き物に再リンク(以後、転生と表記)しようとする傾向が強く、大抵は同じ星の同じ生物に転生する。しかし、稀に別の星の似た生物に転生することがある。特に人口が減少した際には顕著に。
 これにより、
  1.ある起源となる星で人間タイプの生物が発生し、文明を持つに至り、その数を爆発的に増やした。結果、人間タイプ魂が増加。
  2.増えた人間タイプ魂の一部が、別の星の人間に似た生物、準人間タイプへと転生する。
  3.人間タイプ魂からもたらされた情報が準人間を人間タイプへ進化させる。
  4.同時に、インスビレーションという形で文明も伝達され、その生物は、その星で優位性を持ち、いずれ爆発的に数を増やす。
  5.ステップ2に戻る。
 というサイクルが発生し、人間タイプの生命が星を越えて増えて行った、という説だ。
 地球では、トンデモ論で、そんなのを研究する学者は馬鹿扱いされるだろう。
 しかし、銀河においては、どんなに馬鹿馬鹿しい仮説でも、それを確かめる意義あるとされ、スポンサーもつくし、捨てられることなく、銀河コラボのDBへと記録される。大抵は、『それも有り得るが、定かではない』という結論に落ち着くのにもかかわらずだ。
 僕は、この銀河人達の懐の深さが好きだ。と同時に、そんな銀河人の間でも未だ戦争がなくならないのが残念に思える。でも、銀河コラボにより、損得勘定で、理性的に、しかし尊敬と信頼を持って深刻な戦争を回避できているわけで、未来は明るいのかもしれなかった。
 ・・・あれ?
 まずい!僕、また脱線を・・・って、狐のお姉さんも放心している?
 お姉さんは驚いた顔で固まっていた。
 「・・・セス?」
 確か、セスってお父様の娘の名前だよね。
 お姉さんの驚き顔は徐々に怒りの顔へと変わり、突然、お父様にくってかかった。
 「アス!あなた、何考えているの!」
 「何ってちょっと、リサ、落ち着いて!」
 アスってお父様の本名だよね。あと、リサさんって言うのか。なんで怒っているんだろう?
 「あんなアンドロイド作って!」
 狐娘のリサさんは、そう言って僕を指差した。アンドロイド?
 「あたしはアンドロイドじゃあ・・・」
 「いいの!わかっているから。ごめんね。悪いのはあなたじゃないの。ね?」
 「だから、あたしは・・・」
 話を聞いてもらえない。
 「あなたがショックだったのはよーく解る!私も親友を失ったんだから。でも、こうゆうのは良くないわ!」
 「それは誤解だよ!ボクの話を聞いて!」
 「こんなの卑怯よ!冒涜だわ!」
 お父様とリサさんの押し問答は延々と続き、最後にはリサさんが泣き崩れた。
 リサさんが一方的にわめき散らして、勝手に泣き崩れたって感じ?
 お父様はリサさんが落ち着いたのを見計らって、資料を手渡した。
 「まさか!・・・本当に?」
 「そう。本当に。」
 「でも!そんなことって!あんなにそっくりなんて有り得ないわ!」
 「そっくりじゃない!いや、似ているけど、ぜんぜん違うよ。」
 「嘘!信じられないわ!」
 僕は完全に蚊帳の外だ。
 それから、さらに1時間は押し問答が続いた。
 僕、なんにもしてないのに、どっぷりと疲れたよ。
 「あなたが、シンシアちゃん?」
 「はい・・・そうですけど。」
 「ここに書いてあることは、本当?」
 資料をめくってみる。そこには、僕のプロフィールが記載されていた。
 「本当です。」
 「嫌だ!私ったら!」
 今度はしきりに頭を下げるリサさんと、それをなだめる僕の押し問答が始まる。
 横目でお父様を見ると、なんだかグッタリしていた。
 個性的な人って、こういうこと?
 「でも、こんな偶然ってあるのね。」
 リサさんの手が僕の頬をいとおしげに撫でた。
 あ、そうか。
 「ごめんなさいね。私、先入観を避けるために写真を確認してなかったの。いきなりだったから、取り乱しちゃって。」
 「いえ、いいんです。」
 セスさんと、僕が似ているなんて初耳。
 それから、インタビューが始まったんだけど、アニメとか、アニメグッツの質問ばかりだった。
 やっぱりか。


 「以上で終わり!本当にありがとうね。シンシアちゃん。」
 「いえ、お安い御用ってやつです。」
 「あとは、スーツのチェック、だったわよね。」
 ?
 「それはボクが頼んだんだ。レベル8リンクだと、定型的なチェックでは異常を見過ごす可能性があるから。リサは着ぐるみスーツのスペシャリストでもあるんだ。念のため。念のためだから、安心して。」
 「はい。」
 「じゃ、シンシアちゃん、ベッドに横になってリラックスして。」
 「はい。」
 ベッドに横になって深呼吸させられた。そして、手足や胸にセンサーを取り付けられる。ちょうと、心電図を測るような感じだ。
 「もう1回深呼吸しようか。そうそう。目も閉じて。落ち着いて。」
 指示に従って、リラックスを心がける。
 「有り得ないわ!」
 不安をかきたてる言葉に、僕は目を開けた。リサさんは、深刻そうというよりは、非常に嬉しそうな顔をしている。
 「うまくごまかしているけど、完全に規格外。プラグ・アンドロイドとしての機能まで持っている。レベル8だとスーツ側も変化するとはいえ、こんなの有り得ない!これじゃあ、まるで最新アンドロイド、いや、それ以上だわ!」
 「何か、異常ですか?」
 思わず質問してしまった。
 「嫌だ、私、声にだしてた?」
 ええ、だしていましたとも。思いっきり。
 「異常があるんだったら、すぐにスーツを脱いだほうがいい。お金のことなんて言っていられないよ。」
 さすがに、お父様も不安げだ。
 「それはダメね。記憶部分がスーツと脳にまたがっちゃってる。この状態で脱いだら心にどんな負担がかかるか予測できないわ。」
 そんな不吉なことを、喜びを滲ませながら言わないで欲しい。
 「ね!直接コンソールを見せてくれない?幸い、プラグ・アンドロイドとしての機能も搭載されてるみたいだし!」
 「プラグ・アンドロイド?」
 「そう!遠隔リンク!」
 僕は、お父様のほうを見た。
 「仕方ない。頼もう、シンシア。はっきりさせるべきだよ。」
 「はぁ。」
 僕、どうなっちゃうんだろう?


 場所は変わってリンク・ルーム。
 6畳くらいの個室が並んでいるエリアで、各部屋の中央には大きなベッドが設置されていた。
 僕は民間のプラグ・アンドロイドとしての登録を済ませ、リサさんのアクセスを待った。
 なんでも、僕って最高級品らしい。なんだかな。
 リサさんがベッドに横になると、カバーが降りてきてリサさんの姿を隠した。
 『リサ・マーベラスが、管理者アクセスを求めています。許可しますか?』
 ううう、抵抗あるけど、仕方ない。『許可』っと。
 ぞわり。
 そんな感じ。
 体の奥底を弄られる様な、なんとも言えない感覚の後、全身が痺れて動けなくなった。
 お父様が心配げに見てるけど、もう指一本動かせない。
 「うん、いいかんじだわ。」
 僕の口が、喉が、声帯が、勝手に言葉を発した。抵抗ある!これ!
 「大丈夫か?」
 お父様が、心底心配そうに言った。
 「私は大丈夫。シンシアちゃんは・・・うん、正常稼動してるわ。」
 正常稼動って!
 「あ、ごめん、シンシアちゃん。ついね。」
 心の声が聞こえるんですか!
 「うん。シンシアちゃんが私に伝えたいって望んで思えば届くはずよ。」
 はぁ。
 「じゃ、さっそく始めるから。」
 ものすごい勢いで仮想コンソールが切り替わっていく。コマンドの入力とか、判別がものすごく速い!
 凄い!!!
 「正規品じゃないわね。軍用?あーもう、最先端どころの話じゃないわ!」
 嬉しそうに、ぶつぶつと僕の口で独り言を言いながら仮想コンソールを操るリサさん。
 僕は不安も忘れて、その鮮やかな手並みに魅入った。
 「侵食してる?ううん、いや、そうよね。未知のコマンドが多すぎるわ!基本コマンドは・・・網羅してるのね。でも、ここのメソッドは古いし、上位互換ってわけでも・・・」
 リサさんは延々とコンソールを操り、気付くと、お父様は深刻な顔でこちらを見ていた。
 確かに。この独り言聞いてたら、不安になるよね。
 僕はというと、不安よりリサさんの神業を見た興奮のほうが大きい。
 基本的に緊張感持続しないんだよね、僕。・・・僕ってひょっとすると、馬鹿なのだろうか?
 「おおざっぱだけど、大体確認したわ。」
 「で、どうだった?シンシアは大丈夫なのか?」
 「だいたい大丈夫なんだけど、生体がスーツを侵食してる部分があるのよ。」
 「生体がスーツを侵食?スーツが生体をじゃなくて?」
 「あれ?私そんなこと言った?間違い。生体がスーツを侵食するわけないじゃない。スーツが生体を侵食が正解。」
 「すぐに脱ぐことはできそうか?」
 「ダメ。記憶領域がスーツとリンクしすぎてる。何かの処理途中だから、待ったほうがいいわ。残念だけど、処理が終わり次第脱いだほうがいいわね。」
 それだと、スーツを買いなおすことになる。元の滞在戸籍を買い戻すのが5年は伸びちゃうよ!
 「お金より体でしょ?」
 そうですけど。
 「あと、念のため、このまま監視させて欲しいの。もう1日ちょっとで、私帰らないとだけど、それまでだけでも、調査したいわ。」
 ええー!!
 「仕方ないでしょ。最悪命にかかわるんだから!私はひっこむから、シンシアちゃんは普通に生活すればいいだけ。何も変わらないわ。」
 僕のプライバシーは!!
 「ほんの1日よ。我慢できるでしょ!」
 「そうだぞ、シンシア!情報は多いほうがいい。」
 あーもう、なんでこんなことに・・・はい。解りました!
 「シンシアちゃんもいいって。」
 「偉いぞ、シンシア!今度服買ってあげるから。」
 いらないー!
 「いらないって。」
 「遠慮しなくていいんだぞ。」
 「伝言ゲームするのもナンセンスね。入れ替わるわ。」
 感覚が戻った。
 『なるべく普通に生活してね。そうゆうデータのほうが役に立つから。』
 頭の中にリサさんの声が響く。
 今日はいいとして、明日は学校。
 長い1日になりそうだ。
 僕は深い溜息をついた。


 リサさんも未登録惑星滞在資格の保持者で、僕はリンクしたまま地球に帰ることになった。
 感覚的にはリサさんという精神が僕の中に憑依していて、更にどちらが体を動かすかなどの主導権がリサさん側にあるって状態だ。
 まずは地球の衛星軌道まで接近する遊覧船に乗り、そこから自宅へ物体転送した。
 そのほうがちょっとだけ安いから。
 宇宙ステーションから地上へ遠隔リンクをしているのに、ノイズが皆無なのは、すごいことだと、リサさんに褒められた。
 僕じゃなくてスーツを褒めるべきだと言ったら、生体部分の処理能力の高さも性能に影響しているから、やっぱり僕がすごいと反論された。
 でも、高性能というのは、人に対して使う褒め言葉じゃないと思うのだ。
 あと、物体転送で移動するのは始めてだったけど、感動は今ひとつだったかな。『ガイドレーザーの内側でお待ちください』なんてアナウンスが気分を壊すし、移動も一瞬だから、ありがたみに欠ける。すごいとは思ったけどね。

 時間が時間だったので、僕は早速夕飯の準備を始めた。
 僕の手並みに歓声を上げるリサさん。
 そう、変わったこともしてないはずなんだけどな。
 退屈なのかな。
 僕に影響を与えないように引っ込んでるから。
 その状態では、僕の動作ログの監視(リサさんが色々設定した)とか、Webサイト(みたいな情報コンテンツ)の閲覧くらいしかすることがない。
 あと、リサさんって絶対僕のこと人間として見てないよね。
 興味をそそる情報機器類に見えてるんだろう。
 リンクしているせいか、なんか、解る。
 ものすごく純粋な・・・でも、根本を履き違えた愛情をヒシヒシと感じるよ。
 でも、リサさんが色々設定してくれたせいか、すっきりした気がする。
 設定されてすっきりなんて、なんか、嫌だけど。

 よし、料理完了っと。時間も丁度いい。
 「リサさん。」
 『なに?』
 「表に出ていいですよ。退屈でしょ?仮想コンソールとかも触りたそうだし。」
 『いいの!?やったー!シンシアちゃん、大好き!!!さっきはシンシアちゃんの動きをブロックしたけど、ノーマルリンクでいくね。そのほうがシンシアちゃんも楽でしょ。』
 「はい、多分。」
 リサさんが体のコントロールに割り込んでくる。
 僕はヘンな声をあげそうになって、必死にこらえた。
 体の内部の、有り得ない部分を、執拗に撫で回される感じ。
 僕自身がスーツ、いや、全身タイツか何かに変えられちゃって、誰かがそれを着ようとしているみたいだ。そして、単なるタイツにすぎない僕には、なす術がないって感じ。
 僕とリサさんの神経系がダイレクトに交わる。
 ひょっとして、僕、ものすごくエッチなことしてるんじゃないだろうか?
 これだったら、さっきみたいに感覚の一部をブロックしてもらったほうが、ずっと楽だよ。
 アンドロイドさんが、来てます、だとか、入りました、なんて茶化すのは、この感覚を誤魔化すためだったのかな?
 そっか、アンドロイドさんと同じなんだ。
 そう思えば我慢できるかも。
 「完了。さすがに高性能ね。切り替わりもスムースだわ。シンシアちゃんも動けるでしょ?」
 「はい。ええと、リサさんもヘンな感覚ってあるんですか?」
 「ヘンな感覚?ないわよ。・・・あ、そうか!シンシアちゃんってプラグ・アンドロイドだもんね。人間と感覚が違って当然だわ。」
 「な!・・・一応、人間なんですけど!」
 「あ、ごめんなさい。でも、一切悪気はないのよ?私にとっては機械も人間も等価値なんだから。両方とも愛してるわ。私がシンシアちゃんのこと、本気で心配しているの解るでしょ?」
 確かに解る。悪気は一切ないって。
 これがダイレクトにリンクするってことか。
 宇宙ステーションでの時と違って、ブロックもないし。
 でも、機械も人間も等価値ってことは、人間なんだからと遠慮してもらえる可能性は皆無らしい。
 それに、僕のこと想ってくれてるのも、お父様のことを心配してくれているのも本当。
 でも、行動が・・・ああ、もう!なんだか卑怯だよ!
 「・・・食事にしましょうか。」
 「そうね。」
 リサさんはお父様の部屋に向かった。
 あれ?あ!さっきの感触!なんとなく思い出したくなったのって、僕の記憶から部屋の場所検索したな!
 今もリサさんの意思に従って、体への動作補正をやってるわけだけど、コントロールされるのが自然に思える。
 んー、嫌だな。
 僕が本当はプラグ・アンドロイドで、設定的に自分を人間だと思い込まされてるとしても、全く矛盾しないじゃないか。
 「パパ!ごっはんっだよー!」
 「何やってんだよ、リサ。」
 「あれ?バレた?でも、ごはんは本当だから。」
 「まったく、リサは。シンシアはどうしたんだ?」
 「あたしもいます。ここに。」
 「ノーマルモードでのリンクなのよ。」
 「同じ口から話されると、誰が誰だか解らないって。」
 「アス、あなた自分の娘のこと自慢していいわよ。こんないい娘、銀河中探したって、そうはいないんだから。」
 「わかってる。」
 あれ?僕、褒められてる?
 でも、いい娘の部分はイイコって発音したけど、心的には良い女の子って意味だった!プロフィール読んだんだから、男扱いしてくれたっていいのに!あーでも、リサさんだと、男と女も等価値だなんて言い出しそうだ。
 お父様とリサさんは台所に戻り、食事を始めた。
 リサさんの握る箸が料理に伸び、恐る恐るそれを口にほおりこむ。
 「おいしい!これ!」
 「だろう。」
 良かった!口にあったみたいだ。あと、何もしてないはずのお父様が妙に誇らしげってのは面白いよね。
 「そういえば、教授はお元気?」
 「いや、実は会ってないんだ。」
 「なんでよ?せっかく太陽系にいるんだから会いに行けばいいのに。」
 「理由がないよ。」
 「教え子で、一緒に研究してた仲間なんだから、理由なんて必要ないでしょうが!」
 「君こそ会いにいけばいいじゃないか。」
 「行ったわよ!でも、最近留守にしてるみたい。」
 「留守?このあたりの銀河コラボの管理者なのに?」
 「助手の人がいたわ。教授はもっぱら遠隔操作か、助手に指示を出すだけみたい。」
 「そうか。教授のことだから、何か研究でも始めたんだろう。このエリアの銀河コラボも一応、落ち着いたしね。」
 「意外と地球にいたりしてね。」
 「アハハハ、それ、有り得るよ。地球人がアーキテクトと似てるなんて学説を読んでじっとしていられる人じゃない。」
 「そうそう。あれもこれも自分でやりたがって周囲を困らせてるんだわ。」
 「じゃあ、今の被害者は、留守番してた助手さんだ。」
 「その助手さん、なんだか見覚えがあるのよね。もしかすると、アスの知り合いかも。」
 「誰だろう?心当たりがありすぎて解んないな。人徳のある人だしね。」
 「でも、すごいよね。地位を投げ出してまで銀河コラボのトラブル収拾に乗り出すなんて。こんな辺境の銀河コラボの管理者に就任するって知らされた時は驚いたわよ。」
 「あの人の場合、興味を惹かれる対象があって、その結果、教授になっちゃった人だからね。口実だったのかもしれないよ。研究以外に時間がとられるのを、よく嘆いてたしね。」
 「でも、みんな20年前のことなのね。なんだか信じられないわ。アスって全然変わってないし。よく4人で一緒に食事したわよね。エレンって隠れた名店を発掘する名人だったから、いつも楽しみにしてたのよ。」
 「・・・・・・」
 「ごめんなさい!思い出させちゃった?私って配慮とか、よく解んなくて。」
 「いや、いいよ。20年も前のことじゃないか。それに、エレンもセスもボクの中で生きてる。見守ってくれてる気がするんだ。だから、ボクは戻れたんだから。」
 「戻れた?」
 「シンシアのおかげ。そして、エレンとセスのおかげだ。シンシアのプロフィール読んだろ?偶然の連発だ。それにボクが地球に来れたのだって奇跡みたいなもんさ。エレンやセスがボクをシンシアに会わせるために、地球に導いてくれた気がしてならないんだよ。確かに居るんだよ。エレンもセスも。」
 布団が吹っ飛んだ!
 隣の家にヘイができたってね?・・・ブロック。
 こういうの苦手だ!
 真顔でシンシアのおかげ、なんて言われると、むず痒くってしょうがないよ。僕なんて、そんな立派な人間じゃないし。
 でも、リサさんは違うみたい。
 僕の頬を、リサさんの涙が濡らした。
 「変わらないって言ったの訂正するわ。あなた、いい男になったわよ。」
 「いい男なのは元からだって。」
 そっか。
 色々話すようになってきて、僕的に変人度が急上昇してるお父様だけど、色々苦労してるんだな。
 でも、普段はそれを微塵もみせないなんて。
 くそー、かっこいいじゃないか。
 「シンシアちゃんもアスのこと好きだってよ。」
 「なーーー!何、言ってんですか!リサさんわーーー!!」
 お父様はヘンなカッコで硬直してる。
 一瞬でも、かっこいいなどと思ったのは間違いだったみたいだ。


 食事の後、顔が緩みまくったお父様を部屋へと追い払い、後片付けを始めた。
 久しぶりに旧友に会えた2人には悪いけど、リサさんって何言い出すか解んないし。
 それに、今度は僕が体を動かず番だ。
 リサさんにとって、同じ体を共有してる僕の動きを邪魔しないことは至難の業らしく、お皿1枚を犠牲にしてしまった。
 仕方ないので、一時リサさんの運動関係をブロックしてもらった。
 片付けを終えてブロックを解いたら、リサさんは大きく伸びをした。
 「いやー、プラグ・アンドロイドさん達ってすごいのね。尊敬するわ。」
 僕には、リサさんが大真面目にアンドロイドさん達を尊敬してるのが感じとれて、それが妙にうれしかった。
 きっと、こんなリサさんだから、あんな神業的な操作が身に付くんだな。
 僕もリサさんの神業に見惚れるだけじゃなくて、技を盗むくらいの心構えでいないとな。
 せっかく『高性能な』リサさんとリンクしてるんだし!
 僕はこの妙な同居生活も悪くないような気分になっていた。
 もちろん、それは気の迷いにすぎなかったんだけどね。


(つづく
。今回のは、続き物な話なので、普通に続きます。)