秋葉原観光案内

第7話

 僕はシャワー止めて、鏡を見た。
 鏡に映る自分の裸。
 白い肌がお湯に温められて、うっすらと桃色に染まっている。
 子供であるが故のツルツルのお肌に、やはり、子供であるが故の幼児体形。
 そういえば、リサさんってば、なんか凄かったよね。
 質素な服がエッチに見えるくらい。
 あれで男への興味が皆無なんだから、世の中というやつは、ままならない。
 僕は簡単に手でおおえてしまう2つの膨らみを押さえ、溜息をついた。
 揉んだほうが成長するんだっけ?
 ん?
 だーー!何考えてんだ僕は!
 いつの間にか自分の体って認識になってしまってるよ!!
 油断すると心の中でまで自分のことを『あたし』って言っちゃうし!
 慣れって恐ろしすぎる。
 それともシンシアとしての記憶をダイレクトインストールしたせい?
 まさか、同化現象?いや、それは理論上の話なだけで確認された事例はないはず。
 僕、男、なんだよね?
 いや男だ。そうに決まってる。
 リサさんのプロポーションが気になってしょうがないってことは、やっぱり男だよ。
 初対面で僕の目はリサさんに釘付けだったし、その妖艶な容姿は目に焼きついている。耳と尻尾も似合いすぎてたし。

 あ!マズイ!!
 おもいっきりリサさんのプロポーションをイメージしちゃった!しかも、勝手にビキニを着せて。
 リンクしてるリサさんにイメージが伝わった可能性がある。セクハラになっちゃうよ!
 僕は慌ててリサさんの様子をうかがった。・・・良かった、心配ないみたい。
 リサさんは、僕の機能をハック(調査)するのに夢中で、他には気が回ってない。

 僕は今、着ぐるみスーツの機能によりプラグ・アンドロイドとして、リサさんと遠隔リンクしている。
 着ぐるみスーツにプラグ・アンドロイドの機能が搭載されてるなんてことは、普通では有り得ない話。しかも、僕はスーツを脱げない状態になっしまっている。このため、リサさんが休日返上で調査してくれているのだ。
 遠隔リンクについて説明すると、ニュアンス的には宇宙ステーションにあるリサさんの体から精神が抜け出し、僕に憑依しているような感じ。
 僕の五感が受信した情報は、そのままリサさんへ送信されるし、リサさんが自分の体を動かそうとすると、僕の体が動くってわけ。
 でも、リサさんは仮想コンソールを触りだしてからは全然体を動かさない。僕としては好都合だけど。
 僕は湯船につかろうと、風呂のフチに手をかけた。
 途端、僕の体が勝手に伸びをする。
 支えを失って、頭から湯槽に突っ込む僕。
 がばごぼごぼごぼごぼ。
 ちょっと待って!逆だ、逆!
 湯槽って奴は頭を上にして入るもので、だすのは足じゃない。
 ちょっと、苦し、リサさん!体動かすのヤメテ!溺れる!マジに溺れるよ〜!!
 パニくるリサさんを何とかなだめ、僕はやっと湯船から頭を出した。
 うげー、お風呂のお湯をたっぷり飲んじゃった。今日はお湯入れ替えてないのに!
 「イタタタタ、何〜!!また私、お風呂で溺れたの?」
 僕の口がリサさんの悲鳴を発した。
 また?
 つまり、リサさんって、何度もお風呂で溺れてるの?
 「いやー、失敗、失敗。お風呂での操作はやっぱ危険だよね。アハハハハ。」
 リサさんは、誤魔化し笑いを浮かべながらお風呂からあがると、僕の記憶にアクセスした。あ!また!!
 「本格的だね〜!ボディ・ドライヤーもないんだ。」
 タオルで体を拭き始めるリサさん。一応補足するけど、リサさんが僕をコントロールして僕の体を拭いてるって意味ね。
 「その、自分で拭きますから!」
 「そう?」
 僕は一度お風呂に引き返すと、頭と体をさっとシャワーで流してから体を拭いた。
 本当はお風呂で温まりたいんだけど、もう溺れるのはごめんだ。
 髪の毛をタオルで拭いて、更に新しいタオルでまとめる。
 それから、熊さ、じゃなくて、熊のパンティを履いて、水玉のパジャマを着た。哀しいことにブラジャーは全然必要ない。
 言っとくけど、熊のパンティは僕が買ったんじゃないからね!
 最初にお父様が色々用意してくれたのは助かるんだけど、妙にファンシーなのはいただけない。自分で新しいのを買えばいいんだけど、なんか、敷居が高くて・・・
 「シンシアちゃん。」
 「なんですか?」
 「遠慮せずに、コスプレしてもいいのよ。」
 「んなっ!!好きでコスプレしてるんじゃありません!!!ああ、記憶覗かないで!」
 「本当だ。ビックリ。」
 「当たり前ですっ!」
 まったく、リサさんは何考えてんだか!
 あれ?ひょっとして、僕ってお客様たちやHPの閲覧者さんたちにコスプレ好きの観光ガイドって思われてるのかな?
 ・・・有り得るよ。
 なんか、ものすごくヘコんだ。一気に消耗たような感じだよ。
 はぁ・・・今日は早々に寝よう。
 これだけ疲れてれば夢も見ずに寝れるだろうし。
 でも、夢ってシンシアの記憶なんだろうな。
 心象風景って感じの夢をよく見る。
 どれも、悲しい夢。
 なんとなくだけど、男としてシンシアの想いは受け止めてあげたい。
 妙なんだけど、僕にとってシンシアは自分自身であるのと同時に、守ってあげたい女の子でもあるんだ。
 そういえば、アンドロイドさんは今何してるのかな?
 シンシアのこと、そして僕のことを、どう思ってるんだろうか?
 んー、なんだかな。変な気分だよ。
 ああもう、寝よ!

 すぐに戸締りをして、お父様におやすみなさいをしてから自室に移動。
 ベッドの上で髪を乾かした後、早々に横になった。
 「リサさん、仮想コンソール視界いっぱいに使ってもいいですよ。」
 「サンキュー!」
 リサさんは元気だ。
 視界いっぱいに仮想コンソールが広がる。
 僕はぼんやりと、その神業に見惚れた。
 たぶん、リサさんは色々な操作の一連の流れが暗記できてて、イメージでそれらを操ってるんだ。
 だから、見ていて操作が早いし、操作自体に気をとられることがなく問題の本質に集中できる。
 僕はぼんやりとリサさんの神業を眺め続けた。
 そして、いつのまにか眠りに落ちていた。


:夢
 何もない白い部屋。
 あたしは、ずっと、ここにいる。
 そして、ずっと、泣いている。
 きっと、どこか壊れてしまったんだ。
 こんなに泣き虫じゃなかったはずだから。
 もう、どのくらい泣き続けているのか、見当もつかない。
 永遠に続く地獄。
 ううん、永遠なんて有り得ない。
 いずれ、あたしは磨り減って、いつか消えることができる。
 「シンシアちゃん?」
 侵入者?
 こんなところまで!
 体が震えた。
 これは武者震い。怖がってるんじゃない。あたしは、怒ってるんだ。
 何人来たって同じ。
 あたしに、敵うわけがない。
 『ショートカット:モードS』
 視界が記号に置き換わり、目の前のそれが単なる敵と認識される。
 殺す相手の顔を眺める趣味などない。
 あれは敵。
 あたしから、すべてを奪った奴らの仲間。
 死んでも、仕方ない。
 攻撃パターン選択。完了。影響範囲予測:敵0001は蒸発、欠片も残らない。環境への影響は軽微。
 うん、それがいい。
 死体なんて、見たくない。
 あとは、実行するだけ。相手は敵。死んでも仕方ない。
 あんなの除去すべき物体に過ぎない。だから、問題ない。
 「待って!」
 また、侵入者?いや、違う、あれは、あたしだ!
 攪乱?
 あたしのシステムが攪乱されてる?
 「シンシアちゃんが2人!?まさか、セス、とか?」
 なに?敵も混乱してるの?
 なんだか知らないけど、シンシアが自分のことだってことは解る。じゃあ、近づいてくるのがセス?
 「ううん、あたしもシンシア。ね、落ち着いて。」
 ええと、あれ?
 とにかく、通常モードに戻らなきゃ。
 『ショートカット:モードN』
 視界が元に戻り、僕はあたりを見渡した。
 リサさん?
 あれ?他に誰かいたような気がしたんだけど。
 「シンシアちゃん?それとも、セス?」
 「シンシア、ですけど。」
 「ここ、どこだか知ってるの?」
 「そりゃあ、ここは・・・」
 あれ?
 さっきまで解ってたんだけどな。
 度忘れしちゃったよ。
 ええと、なんだっけ・・・そうだ!敵を排除しなきゃ!
 敵?
 なんか混乱してる。
 変だな。頭の奥が疼いてる。
 ・・・・・・寝よ。
 「んな!ちょっと、シンシアちゃん?こら!夢の中で寝るなー!」
 夢。やっぱりか。いつもの夢だ。
 しかし、夢って教えてくれるなんて、親切な夢だよね。
 「おやすみなさーい。」
 「おやすみじゃない!今すぐ起きなさい!これは重要なことなのよ!!」
 ああもう、うるさいな。
 「夢ってことは、今、あたしは寝てるんですよね。」
 「そりゃあ、そうよ。」
 「じゃあ、寝てて当たり前じゃないですか。」
 「そ、そうよね・・・いや、そうじゃなくて、寝るなー!」
 「せめて10分。」
 「馬鹿言ってないで起きなさい!」
 お休みなさいー
 「そう、だったら実力行使しちゃんだから!」
 殺気?
 「わー、起きます!起きますからー!!」
 僕はベットから飛び起きると、しばらく呆然とした。
 オレンジ色の豆電球に照らされた薄暗い僕の部屋。
 もちろん、リサさんの姿はない。
 リサさんの体は宇宙ステーションだ。僕の前に姿をあらわすわけがない。
 変な夢。
 うげ、まだ午前3時だ。
 「本当に起きて、どうすんのよ!あんたはー。」
 「あれ?リサさんがあたしを起したんですか?」
 「夢、覚えてる?」
 「ええと、確か、リサさんに襲われて・・・何で襲ったんですか?」
 「襲ってない!」
 「はぁ、そうなんですか。」
 「なんというかさ、シンシアちゃんって天然よね。」
 うぐぁっ!
 なんだか知らないが、大ダメージ。
 よりによって、リサさんが、それを言うか!僕に!
 「リ、リサさんには負けますけど!」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「フッフッフ!言うわね、シンシアちゃんも。悪かったわね!何度もお風呂で溺れてて!」
 あれ?まだそれ、言ってない。連想はしたけど。
 「あー!記憶読むの卑怯ですよ!」
 というか、今、なんか色々読まれてる!あちこちアクセスされてる!!これじゃあ、圧倒的に不利だよー!!!
 「ごめんなさい。私が悪かったわ。」
 あれ?なんでいきなり謝るの?
 「ええと、こちらこそ、ごめんなさい?」
 「頑張りましょうね。お互いに。でも、シンシアちゃんはマシなほうよ。元気だしてね。」
 「ううう、はい。」
 慰められちゃった。というか、これ、嫌味?
 いや、リサさんからは悪意は感じられない。
 かなり堪えるんですけど。
 すっかり、意気消沈した僕とリサさんは、寝なおすことにした。
 だいぶ、行動パターンが一緒みたい。
 確かに他人って感じがしないし。
 ああ、もう、なんてこった。


 朝。
 ちょっとばかり寝坊した僕は、大急ぎでお弁当とお父様の昼食を用意していた。
 お父様は、朝は食べないことが多いし、食べたとしてもトーストと牛乳くらいだ。だから、用意するのはお昼だけでいい。
 僕はお父様のお昼をお皿に盛り付け、ラップをして冷蔵庫にいれた。
 同時に、冷蔵庫の中で冷ましていたご飯を確認する。うん、大丈夫。あとは、お弁当にご飯を盛り付ければ完成!
 よーし、なんとか間合った!
 「シンシアは、いつも楽しそうに料理するね。」
 「あ、お父様!おはようございます!」
 「おはよう。」
 いきなりだったからビックリしたよ。あと、楽しそうなんて、そんな風に見えるのかな?
 はて?上機嫌なのはお父様のほうじゃないか。
 「お父様というのは他人行儀かもしれないな。今度パパって呼んでみるかい?」
 「へ?別に、お父様でも他人行儀じゃないと思いますけど。」
 「そのー、なんだ。昨日は言いそびれちゃったけど、僕もシンシアのこと愛してるから。」
 「な、ななな!」
 思い出した!昨日、リサさんが、僕がお父様を好き、なんてこと言いだしたんだった!!訂正しなきゃ!
 「あたしはキライです!いや、そうじゃなくて、お父様のことは好、いや、尊敬してるって言うニュアンスで、あくまで父親として好きって意味です!」
 パニック寸前だが、なんとか押しとどまった。
 とりあえず言ったぞ。うまく意図が伝わったかな?
 「お昼はハンバーグかい?僕の大好物だ。ありがとう、シンシア。」
 伝わってない?
 「り、料理だって好きで作ってるわけじゃないんですからね!つい、物づくりに没頭してしまったというか、なんとなくなんです!ああもう!あたし、お父様なんて好きじゃないですから!」
 「わかったわかった。繰り返さなくてもいいよ。ああ、昔はお父様のお嫁さんになるーなんて言ってたのに。娘ってやつは。」
 大げさに嘆くお父様。
 「ちょ・・・言ってません!!というか、なに捏造してるんですか!!」
 「ちょっとシンシア、これでも飲んで落ち着いて。」
 渡されたお水を飲みほす僕。
 「だから・・・あたしは・・・お嫁さんになるなんて、言ってません!」
 「いや、お約束なんだよね?」
 「や、約束?」
 そんなの、した記憶ないよ?
 「いや、約束じゃなくて、お約束。父と娘の間でかわされる伝統的なボケなんだろ?あと、ツンデレも。・・・まさか、素でやってたの?」
 僕はがっくりと崩れ落ちた。
 変!
 やっぱ、お父様は変だ!
 「えーと?・・・よくわかんなかったけど、ナイス・ジョークよ、アス。あと、シンシアちゃんも。」
 「ごめん、シンシア!地球の文化って知識としてはあるんだけど、習得できてるかというと、まだまだみたいで。」
 「・・・・・・」
 「でも、尊敬してくれてるって言ってもらえて嬉しかったよ。ボクはシンシアのことを娘として大切に想っているから。」
 思わず赤面してしまう。
 でも、たぶん、銀河では、こうやってストレートに言うのがスタンダードなんだよね。そうだよね、文化にギャップがあるのは当然だ。
 地球文化を学んてる教材がアニメだという、無視できない致命的で重大で明確な問題点が確実に存在するけど、少なくともお父様は歩み寄ってくれてるんだ。
 「あ、あたしも愛してます。お父様として。ええと、どっちかというと、大・・・じゃなくて、好きです。うん、結構、ええと、そんな感じですけど。」
 「ありがとう。」
 抱きしめられちゃったよ。
 さすがに気恥ずかしいな。
 でも、一応僕も銀河人なんだし、銀河の文化に慣れないと。
 そういえば、前、抱きしめられたまま絞め殺されかけたことがあったよ?
 あれも銀河の文化?
 いや、まさか。でも、ひょっとして・・・
 お父様は僕を普通に離してくれて、僕は安堵の吐息を漏らした。
 それと同時に玄関のチャイムが鳴る。
 すんごいタイミング。ドラマみたいだよね。
 いや、ありっこないか。
 こんな企画書いた時点でクビになる。アイタっ!なに?頭叩かれた気がしたんだけど。ハリセンか何かで。いや、音はしなかったし、あれ??


 玄関のドアを開けると、黒服にサングラス姿の大柄な運転手、佐野さんの姿があった。正直な話、とてもカタギには見えない。
 「おはようございます。」
 ちょっと気圧されながらも挨拶する。
 「おはようございます。」
 と、佐野さんは野太い声で挨拶を返した。
 佐野さんの奥には、大きな外車が停車してる。
 いつも思うけど、この組み合わせってメン・〇ン・ザ・〇ラックだよね。
 別のたとえもあるけど、我が家の前では、その例えが最適だ。
 なんでも、目つきが鋭いのを隠すためにサングラスをかけてるんだとか。
 それを聞いたときは逆効果なんじゃないかと思ったが、サングラスをとったほうが確かに怖かった。
 「おはよう夏美、はい、お弁当。あと、佐野さんもどうぞ。」
 夏美と佐野さんにお弁当を手渡す。
 「おはよう。気を使わせてすまんな。」と、夏美
 「いつも、すみません。」と、佐野さん。
 「送り迎えのお礼ですから、気にしないでください。手間もあんまり変わりませんし。」
 嫌な話なんだけど、ついに2週間前、近所の学校でも無差別誘拐暴行事件の被害者がでた。
 そのため、うちの学校ではなるべく車通学するようにとの指導があったのだ。
 僕には運動拡大コマンドという奥の手があるし、徒歩通学を主張したんだけど、心配した夏美が家まで迎えに来るようになってしまった。
 お父様は自分で送るからって断ったんだけど、なんと夏美に言い負かされてしまい、現在に到る。
 お父様が女の子に激弱ってのもあるけど、夏美って妙な迫力があるから仕方ないよね。
 佐野さんも運転手というよりはボディガードって感じだし、ひょっとすると夏美はとんでもないお嬢様なのかもしれない。
 なんというか、十分有り得る。
 どっかの国の王族だなんて言われても、夏美のことだとしたら信じるよ。


 時間は過ぎて、昼休み。
 うちの学校では給食が存在しないので、昼食は学食か弁当、あるいは購買部で買うことになる。
 授業が終わると早速いつものメンバーが集まって来た。
 いつものメンバーとは、僕と、夏美と、由香ちゃん、それから、クラス委員の渡辺茜ちゃん、青島陽子ちゃん、そして、隣のクラスからやってくる松田敦子ちゃんで計6人。みんな弁当派だ。
 まずは、おかずのトレードが行われ、食事が始まる。
 このトレードがあるせいか、僕の作る弁当はエスカレートを重ね、なんというか大好評だ。
 好評なほど損害は増えるんだけどね。いつもメインのおかずまで持っていかれてしまう。・・・あれ?そういえば、同じお弁当を食べてる夏美っていつも無事だよね?
 ひょっとして、僕の要領が悪いだけ?・・・まあいいや。話を続けよう。
 食事の後はトランプをすることもあるけど、大抵は雑談がメイン。
 しかし、これがすごいのだ。
 複数の話題が同時進行し、その話題も混ざったり分離したりと、かなり複雑。
 夏美はこっちを向きつつも堂々と雑誌を広げてるし、僕は話の内容を追いかけるのに手一杯で口をだせない。
 その結果、実質話してるのは4人だけのはず。
 なのに、こうも話題が錯綜するのは何故なんだろうか?
 口喧嘩で勝てないわけだよね。
 「うにゃ!・・・うわわ・・・キャン!」
 物凄い音を立てて椅子ごと転倒した。
 なんか、首筋にいきなり息を吹きかけられて、くすぐったくて身をよじったら転んじゃったんだ。
 「イタタタタタ、なに?なんなの?この忙しいときに!」
 言葉を発したのは僕じゃなくて、僕の中のリサさん。リサさんには悪いことしちゃった。あとで謝ろう。
 「シホちゃん(シンシアのあだ名)大丈夫?」
 由香ちゃんが助け起してくれた。
 「ちょっと、今のは酷いんじゃないの!」
 別のクラスから来てる敦子ちゃんがクラス委員の茜ちゃんにくってかかった。
 「あたしは大丈夫だから!転ぶの慣れてるし!」
 慌てて止める。我ながら転ぶの慣れてるってなんだよ。確かにコケネタばっかだが。アウチ!なに?ハリセン?今日、これ、2回目!これって末期症状じゃあ、痛い!ああ、もう3回目。あれ?僕何言ってるの?
 「だって、いつもじゃない!」
 納得いかない様子の敦子ちゃん。
 確かに、そのとおりだ。
 でも、茜ちゃんは悪い子じゃない。前のシンシアがこの学校に転校してきて、イジメにあいかけたのを防いだのが、この茜ちゃんだからだ。
 なんといっても、子供のイタズラ。大人の僕は、どっしり構えてなきゃいけない。
 うん、ノープロブレム、だ。
 「熊パンツ」
 どこからか、ボソリとそんな言葉が聞こえた。気付いてみると、転んだことでクラス中の注目を浴びている。
 見られてましたか?
 転んだとき、見えちゃった?
 慌ててスカートをおさえたが、もちろん、その行動に効果はない。
 昨日から災難続きだ。いや、ずっと前からか。
 なにが恥ずかしいって、見られたのが熊だったこと。やっぱり、早いトコ下着を買い換えておくんだったよ。
 「ごめんね。まさか、転ぶなんて思わなくて。」
 ものすごく申し訳なさそうな茜ちゃんの声。毎回謝ってはくれるんだ。だったらやらなきゃいいのに!
 「あたしは平気だから気にしないで。でも、何でこんなことしたの?」
 怒ってはいない。でも、今日のはさすがに悪質だ。ちゃんと注意しなくては。
 「だってシンシアちゃん、何度話しかけても上の空で返事しないし・・・あと、シンシアちゃんってリアクション面白いから癖になっちゃって。今日のはさすがに驚いたけどさ。ちょっと体張りすぎだよ。」
 「あたしは芸人か!」
 「茜!いたずらがエスカレートしてるぞ。気をつけろ!まったく、シンシアがボケてるのはいつものことだろうに。」
 夏美が茜ちゃんを叱りつけた。
 「夏美、それじゃあ、あたしが馬鹿みたいに聞こえるよ?」
 「ごめんなさい。今後は気をつけます。」
 「ええと、気をつけてイタズラするってこと?」
 「でも、シンシアちゃんって何時から天然キャラになったんだっけ?あたし結構、神秘的ってイメージ持ってたんだけど。」
 「ねー、誰か返事してー。」
 笑えない。ごめん前のシンシア、神秘キャラがボケキャラになっちゃったよ。それに、なんか放置されてるし。みんなのボクへの扱いって大抵酷いよね。
 「いつからだっけ?」
 「半年前くらい?」
 げ!それ、入れ替わった時と同じ!やっぱり気付かれてる?
 まずい?これ、まずい?話題を変えないと!でも、話題変えるって、どうすればいいの!
 「でも、確かに変わったよね。」
 うげげ!由美ちゃんまで!
 「なんとゆうかね、んーーと、可愛くなった。」
 「あ、そうかも!」
 口々に同意する一同。
 可愛い?
 これは男として、非常に、忌々しき状況なのでは?
 確かに、色々おもちゃにされてるって自覚はある。遊びやすいって意味の可愛いか?
 いや、それってなおさら悪いから!
 「ひょっとして、男ができたとか?」
 「なっ・・・」
 なんでそうなる!と言いたかったんだけど、言葉が途中でつまずいてしまった。
 何言ってんの!陽子ちゃんはー!!僕に恨みでもあるのー!
 「まさか、図星?」
 茜ちゃんが言った。
 「嘘!」と、敦子ちゃん。
 「そうだよ!あたしが男と付き合うなんてありえないよ!」
 「シホちゃん、家庭教師雇ったの半年前くらいだよね。」
 「由美ちゃん、それって秘密!」
 そこで初めて由美ちゃんの顔に後悔が浮かぶ。しまったって顔。
 「隠すってことは、ますます怪しいじゃない!家庭教師ってことは年上だよね、ね、どんな人?」
 「確か大学生。19歳、だったな。名前は・・・菅原とかいったか。でも、恋人ってことはないだろう。」
 夏美!良かった!意外なとこから援軍が来たよ。
 「19歳のおっさんじゃあ、いくらなんでも年が違いすぎるからな。」
 「お、おっさん?そんな年じゃない!お兄さんだよっ!」
 ニヤリと笑う夏美。
 「違っ、違うからね!」
 しまった!援軍じゃなくて、伏兵だ!
 理由は違うんだけど、結果的に僕が慌てて家庭教師を庇った形になるわけで・・・
 「ギブアップー」
 僕は耳をふさいで、授業開始のチャイムが鳴るまで黙秘権を行使した。

 その後、夏美達は恋愛話を一切しなかった。
 議題は家庭教師の有用性という1点のみ。
 すっかり、白状させられてるようでは、男の沽券とか言えないよね。
 自己嫌悪に陥る僕なのだった。
 きっと、スーツか何かが原因で性格に影響がでてるんだ。そうに違いない。
 脱げば戻る。そう信じてないと、やってられないよ。
 ああ、早く男に戻りたい!


:アス・ナルセ
 「ただいまー。」
 玄関から声が聞こえた。声に元気がない。
 さすがのシンシアでもリサは手に余ったらしい。
 足音はそのままボクの部屋へと近づき、いきなりドアが開いた。
 どうやら、体を動かしてるのはリサのようだ。シンシアだったら必ずノックをする。
 「ね、シンシアちゃん、悪いんだけど全知覚ブロックさせてもらっていいかな?」
 「全知覚ブロックですか?」
 「アーキテクトの遺跡のこととかも話したいんだけど、一部の情報には制限がかかってて、部外者に口外できないのよ。知ってるでしょ?」
 ボクは動揺する自分を抑えるのに苦労した。
 これは嘘だ。昔ならともかく、今のボクは旅行業者にすぎない。
 これは、リサがシンシアに聞かせたくない話があるということ。そして、それが良い情報のわけがなかった。
 「ごめんね、シンシア。なるべく早く話を終えるから。」
 「はい。わかりました。」
 嫌な沈黙が流れた。
 「アス、あなた、シンシアちゃんにポリア遺跡の資料とか見せた?」
 「どうしたんだ、突然。知ってるだろ?コピーすら禁じられた資料をどうやって見せるんだい?」
 「そう。」
 「その、シンシアは、・・・・・・悪いのかい?」
 自分で言って背筋が冷えた。ある程度の覚悟はしていたはずなのに。
 「そんなことはないわ。ね、落ち着いて聞いてね。」
 「ああ。」
 「まず、侵食だけど、やっぱりシンシアちゃんの生体がスーツを侵食してる。普通だと有り得ないけど、これは事実よ。でも、安心して。安定してるし、命がどうこうってことはなさそうだから。」
 「じゃあ、処理が終われば脱げるのかい?スーツを脱げば元に戻れるのか?」
 「終わればね。たぶんだけど。でも、処理がいつ終わるか解らない。記憶の同期化と似たような処理なんだけど、存在しないはずのアドレスから情報が流れ込んでるわ。だから、情報の総量がどれだけあるか解らない。スーツへは一部の情報が漏れ出てるって感じね。」
 「でも、いつかは終わるんだろ?」
 「そうね。でも、それか明日なのか何十年後なのか見当もつかないわ。」
 「強制的にスーツを脱いだ際のリスクは?」
 「止めたほうがいいわね。同期処理が走ってるのはシンシアちゃんの脳の中だから。スーツはそれを助けてるわけだから、悪化こそすれ、改善は有り得ないわ。」
 「人の体で同期処理なんて馬鹿な話が・・・」
 「そうね。はっきり言って異常よ。存在自体おかしいのよ。」
 そうか。
 有り得ないことがある。そんなことは、よくある話だ。
 そして、その多くについてまわるキーワードが存在する。
 「シンシアのスーツは、アーキテクトの遺物だとでも言うのかい。」
 リサはうなずいた。
 「それは単純すぎる解だよ。スーツだとしたら、アーキテクトしか着用できないはずだ。どこかの組織が新たに開発したのかもしれない。そっちのほうが現実的だ。」
 「シンシアちゃんの夢の中にね、ポリア遺跡の閉鎖区画がでてくるのよ。しかも、消失してた部分が復元されてた。遺跡の復元作業が終わるのはまだ何十年も先の話だから、現時点で人間があれを作るのは無理。たぶん、あれは昔のポリア遺跡なのよ。」
 「まさか!似てただけじゃないのか?」
 「そこでシンシアちゃんは泣き続けてたわ。そして私が声をかけたら、兵装モードに切り替わった。怒らないで聞いてね。客観的に言えば、あれ、バレストスよ。」
 「ば、馬鹿馬鹿しい、シンシアは人間だ!よりによって兵器だなんて。」
 「ね、落ち着いて。私はなにもシンシアちゃんが兵器だとは言ってないわ。シンシアちゃんは確実に人間よ。経歴的に矛盾もないわ。ただ、どこかからアーキテクトの機密情報がシンシアちゃんの脳に流れ込んでいて、それにより夢が構成された可能性が高いってこと。そして、情報源として最も怪しいのはスーツだわ。念のため同期化の進行を遅らせつつ、それを止める方法を探して、止まり次第スーツを脱がせるべきね。」
 「通報、するのかい?」
 ボクは祈るような気持ちでリサの返答を待った。

 偉大なるアーキテクト達の歴史は、同時に凄惨な殺し合いの歴史でもある。
 モノを生み出すことに長けた彼らは、争いにもその才能をいかんなく発揮し、何度も滅亡しかけた。
 ところが彼らは、その争いすらも糧とし、銀河コラボを作り、争いを乗り越えた。
 負の遺産とも言える兵器類は、アーキテクト自身の手によって消去され、現存していない。ただ、何万年たっても残っている争いの傷跡が、その途方も無い威力と兵器の強大さを証明していた。
 一度は大規模兵器を完全に手放したアーキテクト達だったが、滅亡直前に再び兵器を開発している。その主任開発者の名前がバレストス。そして、兵器はその名を継いだ。子供でも知ってる有名なお話。
 だが、攻撃時に浮かび上がるという魔法陣に似た紋章を知るものは少ない。そして、リサはそれを知る数少ない学者の一人。恐らく、リサはそれを見たのだ。

 アーキテクトの情報の一部は厳しく管理されている。
 リサの話が本当なら、シンシアの中にはアーキテクトの機密情報が存在する。しかも、最終兵器の情報が。
 だからリサにはシンシアのことを通報をする義務がある。
 そして通報されればシンシアは即座に隔離されてしまうだろう。
 シンシアの中の情報が本物で、それが兵器についてであれば、解析すらも禁じられ、即刻シンシア自体が凍結されてしまう可能性すら存在する。いや、兵器がバレストスなら、凍結される可能性のほうが高いくらいだ。

 「しないわ。」
 「いいのかい?それは犯罪だよ?」
 「まさか!私が夢を見ただけ。私が自分で見た夢に機密情報がでてきたとしても、なんにも不思議じゃないわ。」
 「そうか。今の話はリサの夢か。」
 「そう。」
 「ありがとう。本当に感謝するよ。」
 「ちょっと、頭上げてよ!私がそうしたいだけなんだから。シンシアちゃんって他人って感じがしないのよね。なんというか、同類の匂いを感じるわ。 時間も残り少ないし、シンシアちゃんに会って行きたいから、ブロックを解くわよ。だから、早くその顔をなんとかしなさい。」
 「ああ、ごめん、大丈夫だから。」
 「じゃ、解くわよ・・・シンシアちゃん?」
 「あれ?ああ、リサさん。」
 「ごめんね、あんまり長かったから退屈してたでしょ?」
 「いえ、なんか、夢?なのかな?うん、寝ちゃってました。だから平気です。」
 「シンシアちゃん、重要なこと言うからよく聞くのよ?」
 「はい。」
 「スーツと生体の侵食が進んでるの。その影響を最小限に抑えるため、スーツの基本コマンド以外は使っちゃダメだから。初級コース上で解説されるコマンド以外は利用禁止!日常生活に不都合ないでしょ?」
 「ええと、じゃあ、拡張系コマンドもダメなんですね。」
 「拡張系?ああ、うん、それもダメ。これは最悪命に関わる問題だから、絶対に守るのよ。」
 「解りました。」
 「アス!私、同僚に仕事押し付けてなるべく早く戻ってくるから、それまで・・・ええと、元気でね。シンシアちゃんのこともしっかりね。」
 「わかった。」
 「リサさんもお元気で。」
 「じゃあね。」
 「・・・リンク切れたみたい。あああ!もうこんな時間!ちょっと待って。急いで夕食準備するから!」
 慌しく、シンシアは出て行った。
 シンシアの着ぐるみスーツの製造元は偽装された存在しない組織だった。
 スーツが密輸品であるくらいに軽く考えてしまっていたが、それが特別性のものだとすればシンシアに危険が及ぶ可能性がでてくる。ましてやアーキテクト絡みとなれば、なおさらだ。
 本来であれば警察機関に保護を求めるべきだろう。
 しかし、シンシアの中にアーキテクトの情報があると知れれば警察組織、いや銀河全体が敵になる。
 力が要る。そして、手段もだ。
 ボクは考えられる限りの防衛策をとるため、行動を開始した。
 もう手放すことなど考えられなかった。