秋葉原観光案内
第8話
浮遊する意識:
男が激怒していた。
男の形相は醜く歪み、その体から発散される悪意は空気までも汚染するかのようだ。
怒りのきっかけは1通のメール。そして、かれこれ10分以上は罵詈雑言を吐き続けている。
不愉快だ。
男の正面にまわりこんで睨みつけてみた。しかし、男はあたしを完全に無視した。
いつもどおりに。
溜息をついたあたしは、男が見ていた設置型の端末を覗き込んだ。
宛先はロアス教授。
差出人はアス・ナルセ。
不思議だ。メールの内容がすごく気になる。どうでもいいことのはずなのに。
でも、画面には定型的な結びの言葉が映るのみで、内容を知るにはスクロールさせる必要があった。
唐突に男は端末を操作し、あっさりとメールの文面は画面から消えた。
抗議の声をあげたが、やはり男は反応しない。こいつ嫌いだ。
それから男は通信を開始した。
「私だ。今、お前のところに資料を送った。」
「ああ、確認した。」
「真ん中の子供が次のターゲットだ。サンプルとして採取しろ。そうだな、事前に多少痛めつけておけ。体の一部が欠損しても問題ない。あと、左の子供は眠らせて拉致するんだ。こっちは傷つけるないように注意しろ。」
「何?ちょっと待ってくれ!ターゲットが誰でも良かったからこれまでやってこれたんだ。警察だって警戒してる。解るだろ?リスクがでかすぎる!」
「これが最後の仕事だ。拉致を行うタイミングはこちらで指示する。報酬は10倍だそう。装備も十分に用意する。今更断ると言うなら、私にも考えがある。」
「解った解った、そう怒るなって。リスク分の報酬がでるってんなら話は変わるさ。でも、これで最後にしてくれよ。いいかげん足がついちまう。」
「実行のタイミングは後ほど指示する。」
男は一方的に通信を切ると、笑みを浮かべた。
「この私をコケにするとどうなるか・・・せいぜい苦しむがいい・・・」
男の狂ったような目にどこか親近感を覚えたあたしは、もう少しこの男につきあってやることにした。
シンシア・ナルセ:
僕はお客様が頭の高さに掲げてるワッカに意識を集中した。
深呼吸をし、意識を頭から尻尾の先まで行き渡らせる。
タイムリミットが迫っている。もう、後はない。
僕が跳躍すると、僕の体は直径60cmほどのワッカをすり抜け、無事に着地した。やった!
「ガクス!」
お客様は満足げに僕の体を撫でると同時に僕の口へお菓子を放り込む。
アーモンドをミルクでくるんだお菓子だ。結構これ好きなんだよね。
「アント!」
慌てて前脚をお客さんの手に乗せる。たぶん、この言葉はお手って意味。
「ガクス!」
またお菓子を口にほうりこまれた。そして、満足げに僕の体を撫でる。
不思議といやらしさは感じない。完璧に動物扱いされてるからだろうか?
最初は僕も抵抗してたはずなんだけどな?
このお客様って何者?
リクエスト欄には動物としか書いてないし、意図的に翻訳機能をOFFにしてる。僕的変な宇宙人ランキングの上位に食い込むのは間違いない。
「ほい、戻りました。今日は本当にお疲れ様、シンシアちゃん。」
アンドロイドさんが遠隔リンクが切れたことを告げる。つまり、お客様は帰ったということ。
本当に時間ギリギリだったみたいだ。1回だけでも大技が成功して良かったよ。
「シンシア?大丈夫なのかい?」
なんだか心配そうなお父様。
「だ、大丈夫じゃないです!」
そう言い放つと、僕は早々に猫の衣装を脱ぐために隣の部屋に移動した。
なに成功して喜んでんだよ!僕は!!
さすがのお父様も引いてたね。
今日のお客様って本当に何しに来たの?ひょっとして、動物の調教師か何か?完全に趣旨違ってるから!
嫌がってたはずの僕に、あろうことか芸をしこむなんて、あらゆる意味で常人じゃないよ!
訳わかんないうちに乗せられちゃってたし!
僕が食い意地がはってるとか、流されやすいわけじゃない、よね?
ああもう!
でも、良かった点もあるんだ。
外出のないリクエストだったから、金曜日の夜に時間をずらすことができた。
だから、明日からのテーマパークのイベントに参加できる。
由香ちゃんが当てたチケットを無駄にしなくて良かったよ。
悪いこともあれば、いいこともあるよね。
今日のことは保健所に捕まったとでも思って忘れよう。
『サブシステム:衣装:連携解除』
コマンド実行と同時に手が5本指に戻る。
何度も何度も改良を続けてる猫の衣装は、これでもかというほど不必要な機能が詰め込まれた一品だ。
頻度が高いとはいえ、これはもはや趣味の世界。
でも、1人で着脱可能だというのは助かってる。
僕はレオタードを脱ぐと、猫耳とイヤーガード、更に長手袋とオーバーニーソックス型のサポータを脱ぎ捨てた。
そして最後に、リムーバー液をたらしてお尻に接着された尻尾を剥がす。
・・・あれ?
リムーバー液が、ない?
大変だ!リムーバー液が切れちゃってる!!
「どうしよう、お父様!リムーバー液がなくて尻尾がとれない!これじゃあ、テーマパークに行けないよ!」
「うほえあ!シンシア!服、服!」
「キャ!」
慌てて僕はドアの影に隠れた。
見られた。ばっちり、見られたよ。お父様と、アンドロイドさんに!
よりによって、明日から2日間一緒なのに!!
「今連絡とってみたけど、リムーバー液は特注品で、準備するのに1週間はかかるって。」
「ええー!」
「服で隠せないか?」
そうだ。スカートを履いてみて、尻尾をぐるっと折り曲げ・・・
「無理!尻尾を強く曲げると、なんか背骨がピリピリ・ぞくぞくして我慢できない!」
「背骨?一度連携すると電気か何かで通信してるのかな?・・・そうだ!尻尾と耳を隠す機能を仮に組み込んでみたって言ってたような気がするけど、コマンドにないか?」
僕は脱ぎ捨てた衣装を再び着込こんだ。
『サブシステム:衣装:連携』
『サブシステム:衣装:全コマンドダンプ』
コマンドに目を走らせる。あ!
『サブシステム:衣装:人間モード』
消えた!猫耳も尻尾ない!
普通に裸だよ!
よかったー!!今ばかりは趣味に走った開発者さんに感謝だよ!
僕は私服に着替えると、お父様達と一緒に帰途についた。
土曜日、朝の9時に集合した僕らは○○○(伏字、とあるテーマパーク)に向かった。
日程は1泊2日。宿泊先はテーマパーク内のホテル。
ハンドルを握るのはお父様。助手席には男の僕の姿のアンドロイドさん。
そして後部座席に由香ちゃんと僕と夏美。
更にトランクには撮影機材と思われる重装備が満載されている。
今回のスポンサーというか、イベントに応募して当選したのは由香ちゃんなんだけど、仲良しグループご招待という企画なので送った写真に写っていた由香ちゃんと夏美と僕の3人がイベント参加の権利を得た。
そして、その保護者の2名枠を使ってお父様とアンドロイドさんが行くことになった。
本来だったら由香ちゃんの両親が保護者として行くべきなのだろうが、仕事の都合で断念。夏美のところもダメだった。
結果、お父様が保護者を引き受けることになって、1名分余ったからという理由で家庭教師というか、男の僕というか、アンドロイドさんが同行することになった。
お父様はともかく、アンドロイドさんが一緒というのは作為というか、夏美の陰謀を感じて不安なんだけどね。
でも、テーマパークで遊べるのは純粋に嬉しい。丁度、気分転換したかったから。
イベントは明日の午前中だけだから、今日と明日の午後は自由に遊べるはず。
ふっふっふ、ぜってー楽しんでやる。
僕は書店で購入したテーマパークの紹介本に目を落とした。
テーマパークに入場した僕は覚悟を決めた。
アンドロイドさんの人格であれば問題ないのだが、男の僕の人格のほうは、はっきり言って女性と名のつくものに免疫がない。
だから、僕が夏美達の魔の手から護らなきゃいけない。
どれだけ、からかわれようが、大人の余裕で防ぐんだ!
「シンシアちゃん」
「あれ?アンドロイドさん?・・・みんなは?」
「さあ、気を利かせたんじゃないかな。監視もしてないようだよ。」
「でも、いいの?いつもだったら2人きりじゃないとアンドロイドさんの人格はでてこないのに。」
「冷たいな。私にひっこんで欲しいのかな?」
「そんなことない!、です。」
「たまにはいいさ。知り合いもいないしね。それに最近忙しくて家庭教師もしてない。会いたくもなるさ。」
どうしよう?
これ、嬉しいかも。
「さて、混み出す前に人気の高い絶叫系でもおさえておくか。」
そう言って僕の手をとって歩き出すアンドロイドさん。
やっぱ、女殺しだよ。
いや、僕が女ってわけじゃなくて、シンシアの記憶をダイレクト・インストールしたから、ほんの少しは女心がわかるってことね。
開園からさほど時間もたってないはずなのだが、すでに長蛇の列ができていた。すでに1時間待ち。もっとも、通常は2,3時間待ちがザラだそうだから、時間的にお得だ。
でも、その1時間はあっという間に過ぎた。アンドロイドさんが一緒だったからだ。
アンドロイドさんの人格と直接会うのは久しぶりで、話したいこと、じゃなくて報告事項は山ほどあった。1時間では全然足りないくらいに。
結果、僕はジェットコースターが最初の山を上りきるまで延々と話し続けた。
そして、その数分後。
ベンチにぐったりと座り込む僕の姿があった。
「大丈夫?」
「うー平気です。」
忘れてた。僕ってこういう乗り物苦手だったんだ。あと、体が小さい分コースが大きく感じられて損だ。いや、この場合は得なのかな?いいや、損だよ。だってアンドロイドさんはピンピンしている。
「飲み物でも買って・・・いや、念のため一緒に行こうか。」
「ですね。」
「もうちょっと休んでから行く?」
「平気です!ええと、飲み物じゃなくてアイスにしようかな。」
「りょーかい。」
パンフレットを覗き込むアンドロイドさん。
いつも思うけど、アンドロイドさんの人格、管理プログラムとか言ったっけ?
とにかく、その人格が表に出てると、男のときの僕の顔がついてると思えないほどアンドロイドさんは魅力的になる。
「何?どうかした?」
「いえ、なんでもないです!」
慌てて目をそらす。
ええと、アンドロイドさんは銀河コラボ所属ながら今はロジカルプラン社にレンタルされてる。
普段は男の僕としての生活をしてて、大事な観光案内の仕事仲間で、有能な家庭教師。
何より、偶然にも元シンシア。
形としては僕とシンシアの中身が入れ替わったようなことになるわけで、一種の運命共同体。
大切なパートナーって言えないこともないんだよね。
「痛い!」
つい、痛いと口にしたけど、あんまり痛くない。軽く頭にゲンコツされた感じ。
アンドロイドさんが僕にゲンコツ?
「また注意力が失せてる。直さないと危ないよ。」
「ごめんなさい?」
「ほら」
アンドロイドさんは僕の手をとると、歩き出した。
なんというかさ、やっぱり、アンドロイドさんは女殺しだ。だって・・・
「ちょ!シンシアちゃん!耳!耳!」
珍しい。アンドロイドさんが慌ててるよ。
アンドロイドさんってどんどん人間的になるよね。
耳ってなんだろう?
なんとなく耳を触ってみる。べつに異常ない。両耳とも。いや、ちょっと熱いかな。
「ああ!尻尾まで!」
尻尾?ええ!
慌ててお尻を触てみたら、ある!あと、猫耳も!頭の上に生えてる!
「どどどどうしよう!」
「とにかく帽子を買おう!」
ちょうど近くの店に駆け込むと、アンドロイドさんが帽子を買ってくれた。
テーマパークの中だからこそ被れる耳のついた帽子。これで僕には頭の両脇の耳と頭の上の耳、そして帽子の上の耳で6つの耳があることになる。
「そうだ!もう一度コマンドで耳と尻尾隠せないか?」
『サブシステム:衣装:人間モード』「どうですか?」
「ダメだ。隠れてない。」
「どうしよう!壊れちゃったのかな?」
「隠れコマンドだから機能が不完全なのかもしれない。シンシアちゃん、連携にスキマを作れる?」
「隙間?ええと」
「そうそう、そんな感じ。連携するよ。」
わー!アンドロイドさんの顔のドアップー!
なんでこんなにドキドキするの?相手男なのに!
まさか、僕、ついに心まで・・・いや、問題ない!
だって、アンドロイドさんは元シンシア。ここ十年くらいでは女だった時間のほうが長いわけだよね。
それにアンドロイドなんだから男も女もないよ。
いや、僕、誰に、なんで、言い訳してるの?
「うーん、わざわざ特定の感情に反応して耳と尻尾が出現するようにプログラムされてるみたいだ。毎度ながら人間の考えることはユニークだな。解除できればいいんだけど。」
「解除ですか?ええと・・・」
リサさんって僕をハックするときは、こんな感じで・・・
「すごいな。」
「へ?いや、音程が違ったからあわせて、それから目立ってた違和感を揃えたんですけど。」
「音程?まあ、そういう表現もできるのか。でも、これで解決だね。耳も尻尾も・・・ああ!シンシアちゃん!お尻、穴!」
穴?ああー!スカートに穴開いてる!!下着にも!!尻尾のせい?
「そんなぁ!買ったばかりなのに!」
「着替え持ってきた?」
「車の中です。」
「仕方ない取りに行くか。ってなんだ、スカート売ってるんじゃないか。」
本当だ。キャラクター商品って感じだけど、これだったら外でも着れそう。
値段は高いけど、仕方ないよね。
あ!
アンドロイドさんが僕の手からスカートを抜き取ると、レジに持って行ってしまった。
「代金払います!」
「いや、これくらいいいよ。」
「そんな!悪いです!」
「大丈夫、バイトたっぷりしてるからさ。」
「!!ううう、ごめんなさい。」
アンドロイドさんが沢山バイトしてるのって、そもそも僕が先輩から紹介されたバイトを断れなかったから。
止めるためには後任を探すのが伝統だそうで、止めれないんだよね。時給はいいんだけどさ。
試着室を借りて着替える。うん、上着ともあってるし、いいじゃないか。
「いや、いいから。というか、シンシアちゃんが残してた貯金がたっぷりあるし、気にすることはないよ。」
更に何故か存在した下着の自動販売機でショーツを調達した僕らはアイスクリームの店に移動した。
アンドロイドさんはバニラのソフトクリーム。そして僕はチョコとバニラのソフトクリームを注文する。またまたアンドロイドさんのおごり。
女性って色々得だよね。いや、この場合は子供だから?
家庭教師から生徒へのご褒美?
それとも・・・でも、さっき会いたかったって言ってくれたよね?
そういえば、この帽子とスカートって初めてのプレゼントになるのかな?
あ!僕、まだお礼言ってない!
「何?表情筋の動作チェック?」
「あ!いや、そんなつもりもなかったんですけど・・・変な顔してました?」
「ううん、可愛かったよ。」
「ななな!」
「でも、ようやく表情が明るくなったね。」
「はえ?暗かったですか?昨日の仕事大変だったからかな?」
「いいや、ここ1,2週間ずっと暗い顔してたよ。みんなも心配してた。お友達もね。」
お父様が最近ピリピリしてるのって、僕が心配をかけてたせいなのかな?
ひょっとして、このデートをお膳立てしてくれたのは、僕を心配したから?
・・・デート?これ、デート!!
「どうした?いきなり立ち上がって。」
「なななんでもないです。」
落ち着け、僕!明らかに考えすぎだ。
「でも、いったいどうしたの?悩みでもあった?私には話せないことかな?」
「ええと、夢見が悪いだけなんです。ただ、それだけで。」
「どんな夢?」
「口にするとまた見ちゃいそうで。なんとなく言えないんです。見る回数は少なくなったんだけど、なんというか内容を覚えてるようになっちゃって。」
「そうか。でも、いつでも相談にのるから。携帯に電話してくれてもかまわない。」
「ありがとうございます。」
なんか、助かる。
アンドロイドさんには借りを作ってばかりだ。
「あー!シンシア!」
「お父様?」
そこで偶然にもお父様達と合流。
初めてのデ、じゃなくて、屋外カウンセリングはそこで終了した。
そして、新品のスカートと帽子について、たっぷりとからかわれたのだった。
夜、夕食を終えた僕らはホテルの部屋に帰った。
部屋割りは男女別。
僕としては女の子2人と同室になるわけだけど、まあ相手は小学生なんだから問題はないよね。
ドアがノックされた。なんだろう?
由香ちゃんがドアに走る。そして、大人の人からドレスを渡される。ドレス?
「ほら、明日のイベントで着るんだよ!はい、これが夏美の分。」
「ちょっと待て、私は聞いてないぞ!」
慌ててる夏美。ものすごく珍しい。
「イベントのパンフレットに書いてあるよ。明日これ着てパレードに参加するんだから。」
「そんなの私のガラじゃない!くそ、私がこんな初歩的なミスをするとは。・・・シンシアの彼氏に気をとられたせいか。」
あー、それはやっぱり、バチが当たったんじゃないかな。
僕もドレスには抵抗があるけど、なんというか、それ以上に恥ずかしいこといっぱいしてるから大丈夫。考えてて悲しくなるけど。
「とにかく私はパレードには出んぞ!」
「ええー!絶対似合うのに!」
狼狽してる夏美と食い下がる由香ちゃん。ものすごく珍しい状況だ。面白いから加勢してみよう。
「ここまで来てドタキャンは良くないよ。イベントにでる条件で無料で遊べてるみたいなもんだし。」
「うぐ!」
「あたしだって恥ずかしいの我慢して着るんだから、逃げるなんて卑怯だよ。」
「おまえの場合はマンマだろうが!」
「な!マンマって何だよ!」
「喧嘩しないて!ごめんなさい、あたしが無理矢理付きあわせちゃったんだよね。」
まずい!由香ちゃんが泣きそうだ!
「ちょ・・・いや、そうゆう意味じゃなくて・・・ええと、恥ずかしくはあるけど、着たくもあるんだよ。だよね!夏美!」
「あ、ああ。決して・・・嫌なわけじゃないぞ。だから由香が責任を感じることはない。」
「本当に?」
「ああ、武士に二言はないぞ。」
「うん、本当だから。あと武士って何?」
「流せ。頼むから今は突っ込むな。」
「平気だって。夏美だったら、ものすごく似合うと思うよ。いかにもお嬢様って感じだし。」
「お嬢様?制服にだって違和感を感じるというのに、私にこんなのが似合うわけがないだろう!」
あ、夏美に弱点発見。これって大発見!
「シンシアちゃんと夏美だったら何着ても絶対似合うよ。それより問題はあたしだよ。」
「そんなことはないぞ。客観的に言って由香は可愛いからな。」
あ、可愛い!夏美が照れながら由香ちゃんを褒めてる。
「うん!絶対似合うと思うよ。絶対可愛いって。」
そうか。今回は見られるだけじゃなくて、夏美や由香ちゃんのドレス姿を見れるんだ。ちょっと楽しみかも。
「シワになっちゃうと悪いからそこにかけとくね。明日は化粧もしてもらえるんだよ。」
「け、化粧か。それはオオゴトだな。」
「あ、そうだ。寝る前にお風呂行かなきゃ!何時までやってるのかな?」
「どうやら午前2時まで入れるようだ。2人で行ってくるといい。私は少し風邪気味だから部屋のシャワーで済ませるよ。」
「あ!あたしもシャワーにする!」
夏美に便乗できて良かった!これで大問題が1つ解決だ。
「ええー!1人じゃつまんないよぉー。」
「風呂につまるも、つまらんもないだろう。とっとと行ってこい!」
「はあーい。」
由香ちゃんが大浴場に向かい、夏美が服を脱ぎ始めたので、僕は慌ててベットに潜り込んだ。
大丈夫。ちょっとしか見えなかったから・・・ゴメン、夏美。
「シンシアちゃん!ね、シンシアちゃん!」
深夜、僕は由香ちゃんに揺り起こされた。
「大丈夫?うなされてたよ。」
「・・・平気・・・大丈夫だから。」
よりによって、この夢か。
1人でいるのが耐え切れなくなって、なんとか死のうとするんだけど、全然死ねないという悪夢。
ご丁寧に苦悩から苦痛までリアルに再現してくれる厄介なやつ。
途中で起してもらえて助かった。
最後に魂すらも消し飛ばすはずの論理兵器を自分に向かって放つんだ。
バラバラになっても死ねなくて、思い出の詰まった部屋が消し飛んだのを嘆いてるところで目が覚める。
そこまで見てしまったら、しばらくは動けない。
「ほら、ホットココアだ。」
「ありがとう。」
おいしい。
そういえば、シンシアになっちゃった日もホットココア飲んだんだっけ。
「少しは顔色も良くなったようだな。」
「顔色?」
「うん、さっきは真っ青な顔してたんだよ。ね、一緒に寝る?そしたら悪い夢もみないよ。」
「んなな!いや、平気!もう大丈夫!ごめんね。起しちゃって。まだ朝まで時間があるから、寝よ!」
「そうだな。今日、いや、昨日は変な疲れ方をしたからな。しかし、牛歩戦術というのは予想以上に疲れるもののようだな。」
「牛歩戦術?」
「さ、寝るぞ。」
夏美はさっさとベットに戻ると横になった。
続いて由香ちゃんもベットに戻る。
そして僕もベットに戻り、ゆっくりと朝を待った。
朝、僕たちは控え室に移動し、薄化粧をしてもらってドレスを着せてもらった。
やはり、というか、夏美はハマリまくっている。
どこがガラじゃないのかと、問い詰めてやりたいくらいだ。
あと、由香ちゃんもぜんぜん負けてない。というか滅茶苦茶可愛い。
この2人は絵として収まりがいいよね。写真撮りまくるお客様の気持ちが理解できそうだよ。
控え室から移動し、簡素な物置き場みたいな場所に移動した。
最初ははしゃいでいた由香ちゃんだけど、さすがに緊張気味。でもそれが激烈に可愛い。
夏美のほうは終始むすっとした様子。しかし、それはそれで我儘なお嬢様ってキャラが立っていて、魅力的だった。
ああ、なんで手元にカメラがないんだろう!
周りには魅力的なダンサーさんや、着ぐるみさんたち、ピエロ、パレードカーなど、普段目にしない代物がわんさとある。なんか、異界って感じ。完全に現実でありながら、でも異界。なんか面白い。
僕たちは車に乗ってパレードに参加した。
僕はとりあえず営業スマイルで手をふってみた。なるべく考えないのがダメージを防ぐコツだ。
由香ちゃんはぎこちない笑顔で手をふっているし、夏美はムスっとしたまま腕を組んでいる。
他の子供たちも個性溢れる表情としぐさで手をふっている。
僕は間近で子供達を観察した後、ギャラリーを眺めた。
あ!アンドロイドさん!!あと、お父様も。
お父様はバズーカを連想させるほどの大きなカメラを構えていた。望遠レンズ?弾とか出たりしないよね?
パレードの後、式典なんだかショーなんだか解らないのに参加させられて、マスコットキャラクターから記念品を貰った。
その後記念撮影をするとかで、また倉庫に移動。
事件はそこで発生した。
『警告:大気中成分に問題発生。内気循環に移行します。』
な、何?
パタパタと倒れていく子供達。
頭の奥底で何かの映像がフラッシュバックした。
「夏美!由香ちゃん!」
返事がない。
『感覚拡大 OK?』
『Yes!』
基本コマンド以外を使うと命に関わる−−−リサさんの言葉が頭をよぎったが、仕方がない。
なんだ、あの悪夢も役にたつんじゃないか。
少なくとも今、僕に覚悟をくれてる。仲間を失って苦しむのは夢の中だけで十分だ。
よかった。倒れた人達の命に別状はないみたい。
原因は・・ナノマシン?
これ、何故か知ってる。対象を催眠状態へ強制移行する代物だ。プリセットされてるのは眠りと従属の暗示か。
じゃあ、犯人は銀河人?
でも、眠らせるだけだったら他にも方法はあるはず。
なんて危険なものを使うんだ!
「隠れてないで出てきたら?」
自分が発した冷たい声色に自分で驚いた。感情と理性が分離したような奇妙な感覚。
腹の底で怒りが静かに渦巻いてるのに、心は冷えきってしまってる感じ。
「なるほど。あのケチが報酬10倍なんておかしいと思ったんだ。いいか、動くなよ。」
物陰から3人の男が姿をあらわした。
手には拳銃のような物体。あれも知ってる。着ぐるみスーツをスルーして直接肉体へダメージを与えられる武器だ。
相手は子供姿の僕に異様なほど警戒している。
見かけと能力が一致しないことがあることを知っているからだろう。
運動拡大コマンドでなぎ倒すか?
いや、あれは1回しか使えなかった。温存すべきだ。相手は銀河人。全員が検知できてるとは限らない。
でも、これが本当に役にたつなんて笑える。ちょうど2日前に特訓もしたし準備は万端だ。
「何がおかしい!」
『サブシステム:衣装:運動補助』
「化け猫!?」
相手が地球人である可能性が高まった。銀河人だったらこの姿をみても動じないはず。猫耳宇宙人もいるからね。
とにかく優先すべきは脅威を排除すること。
僕は衣装の運動補助昨日を最大限に活用するため、四つんばいの体制をとった。
更に衣装をクラックして運動補助の出力を最大限に高める。
そして、男達と僕は、静かに睨みあった。