秋葉原観光案内

第9話

 男達と僕は、静かに睨みあった。
 老若男女を問わず一度に複数人を連れ去り、怪我を負わせた後に開放する。
 全国各地で事件は発生し、その手並みは神がかり的。
 更に被害者の証言があいまいなため、捜査は混乱している。
 謎の連続誘拐暴行事件。
 その犯行に銀河人の技術が使われていたとしたら、ぜんぜん謎なんかじゃない。
 何かの人体実験でも行っているのか?
 だとしたら保護されたはずの被害者達も無事ではないのかもしれない。
 最悪、被害者達はとっくに殺されていて、助かったはずの被害者は別人である可能性すら存在する。

 僕は冷静でありながらもイライラ感を強めていた。
 1人の男が持つ拳銃の射線軸がフラフラと彷徨っている。
 狙いがそれるのはいいが、時々拳銃の射線軸が由香ちゃんの体を通り過ぎてるのが、どうにも我慢ならない。
 しかも、その男は自分の照準がずれてることに気付いてすらいない。
 暴発したらどう責任をとるつもりだ?
 消すか。
 僕は男達の拳銃の射線軸が完全に子供達から外れたタイミングを見定めて跳躍した。
 更に天井を蹴って一気に距離を縮める。
 そして、強化した猫爪を大きく伸ばして一閃。
 男の身代わりとなった木の箱がバラバラに消し飛んだ。
 外した!
 思ったより衣装の出力が大きくて、とっさに軌道修正したものの避けられてしまったようだ。
 「ひいい」
 男は自分が拳銃を持っていることすら忘れて地面を這った。
 残りの2人も弾が地面を這ってる男に当たるのを恐れてか、撃ってこない。
 なんだ、ぜんぜんだ、こいつら。
 僕は男の背中を踏みつけると、猫爪を伸ばして男の首を、
 「シンシア!」
 夏美?意識を失ってたんじゃあ・・・
 「そんなの・・・食うんじゃない・・・道に落ちてるのを食べると・・・体に悪、い・・・」
 夏美は言葉を発した後、二度寝した。
 「誰が食うか!ってか寝言!?どんな夢見てるの!」
 夏美に反応はない。完全に寝たみたいだ。
 「ひいい、助けてくれ、食われるー」
 ムカ!
 ミシリ
 背中を踏みつけてた足に力をこめてみたら黙った。
 やれやれ。これでゆっくりと・・・
 ゆっくりと、なんだよ?
 今、僕、なにをしようとした?
 夏美が声をかけなかったら、何をしようとしていた?
 いや、それ以前に男が避けてくれてなかったら?
 最初に目測が狂っていなかったら?
 だとしたら、この人はどうなっていた?
 決まってる。
 今頃2つになってた。

 一気に目が覚めた。
 僕、全然冷静なんかじゃない!
 自慢じゃないが、残虐シーンは苦手なんだ。
 間近で本物を見たりなんかしたら、一発でPTSD確定だよ!
 いや、そうじゃなくて、人殺しはダメでしょ!僕!
 あれ、敵だからいいんだっけ?
 いや違うよ。なんだか知らないが採算が合わない気がする。
 よく考えろ!
 つい、なんてことは、あってはならない。
 脅威を取り除くのが目的のはず。
 その為に余計な可能性まで消してしまうのは良くない。色々歪んでしまう。
 あ、そうか!
 この男達が地球人だとすると、銀河人の黒幕がいるはずじゃないか!
 殺してしまっては貴重な情報まで一緒に消えてしまう。
 そうかそうか。
 貴重な情報は保護。当たり前の話だ。
 なんかまだ違和感あるな?
 まあいいや。考察はあとにしよう。

 僕は踏みつけた男の首に猫爪を押し当てた。
 「武器を捨てないと・・・後は言わなくても解るよね?」
 「うひょあああ」
 あ、漏らした。こいつ。
 とりあえず這っている男の手から拳銃を蹴り飛ばした。
 「ひ、卑怯だぞ!」
 「はぁ?何言ってんの?これだから人間って解んないよ。」
 あれ?そういう僕こそ、何言ってんの?
 「この化け物め!」
 「あ、それ知ってる。ガ○ダムの台詞だよね。」
 「違う!それを言うなら、化け物か、だ!」
 「そっか。でもどうするの?武器捨てないとホントにやっちゃうよ。」
 這ってた男が小さく呻いた。もう声もでないみたい。なんだか気の毒になってきたよ。
 再び犯人と僕たちは静かに睨みあった。
 「ねー、早くしてくれないかな?」
 「くっ」
 あ、本当に武器を捨てた!
 なんだ、ちゃんと仲間意識があるんじゃないか。
 まずいな、いつのまにか緊張感緩んでる。というか眠くなってる?
 こんな状況なのに。
 なんか頭がボーとしてる。あくびがでちゃうよ。
 「な、なめやがってー」
 まず!怒らせた。
 「ごめんなさい!昨日、よく寝れなくて!ほら!夜中に目が覚めちゃって眠れないことってあるでしょ?」
 「あ、ああ。そりゃあ、・・・じゃない!武器を捨てたんだから足をどけろ!」
 「ああ!ごめんなさい。」
 そういえば、踏んじゃってたんだよね。
 「あのー、大丈夫ですか?」
 男は再びうめくと、仲間のところへ這って行った。
 あー、大丈夫じゃないよね。さっき、ミシッとかいってたし。
 「くそっ!なんだってんだ。こいつは!」
 男は忌々しげに僕を見た。
 どうしよう?
 逃げるのは無理だ。この人数を運びつつ逃げるのは無理。
 だったら捕まえるべきなんだろうけど、正直言って手加減できる自信はぜんぜんない。
 犯人が自首してくれればいいんだけど、ダメだよね。
 うわっ!すっげー睨まれてるよ。
 セオリーからすると交渉すべきか。最優先事項は子供達の身柄、でいいよね。
 ええと、どう言えばいいんだ?君たちは完全に包囲されてる!とか?
 「ええと、馬鹿にしてるわけじゃなくて、あたしって緊張感長く続かなくて、気を悪くしたんならごめんなさい。」
 あー、僕、ものすごく馬鹿なこと言ってるよ。
 「まあ、猫じゃしょうがないな。」
 この人、猫って部分をものすごく嫌そうに言った。猫じゃないんだけどな。
 「逃げてくれませんか?とりあえず、あたしは追いかけないし、ナノマシンの解除はこっちでやりますから。」
 「ナノマシン?」
 「はい。エマース3型。さっき使ってたじゃないですか・・・知らないで使ってたんですか?とっても危ないんですよ、これ。」
 「危ない?」
 「後遺症の恐れがあるんです。」
 男の表情が変わった。明らかに動揺している。何も知らされていなかったのか?
 「いいだろう。」
 良かった!
 もう一方の男が倒れている男を抱え上げ、僕と話していた男が一瞬で距離を詰めてきた。早い!軍用の強化スーツ!?
 軽く体を捻って男の攻撃をかわす。
 男は勢い余って地面に倒れこんだ。
 いや、違う!
 「夏美!」
 男は夏美を抱えると、ものすごい速さで走り去った。そんな!
 見ると、もう一方の男達の姿もない。どうやら、別方向へ逃げたようだ。
 僕は即座に追撃に移った。どっちを追うかなんて、決まってる。
 距離がゆっくりと縮まっていく。
 これなら追いつけそうだ。
 感覚拡大の超感覚を使って、位置関係を確認した。
 もう一方の男達は純粋に逃げてるようだ。
 子供達に変化はない。もうすぐお父様達が現場に着くみたいだから、大丈夫だろう。
 僕は夏美の救出に専念すればいい。
 
 
 ようやく男を追い抜いて回り込むと、男はその足を止めた。
 あたりの風景はすっかり変わって、森の中って雰囲気。
 僕は自分の馬鹿さ加減を呪いたくなった。
 あのまま夏美を連れ去られてしまう可能性だってあったんだ。
 もう油断はできない。それに、妥協もできない。
 精度の悪い攻撃では、夏美を傷つけてしまう危険性がある。
 僕は覚悟を決めた。
 『運動拡大』
 『エネルギー・エンプティ。リミッターを解除しますか?』
 エネルギー不足!
 そんな!感覚拡大を使い続けたから?
 だとすると、感覚拡大ももうすぐ使えなくなるの!
 「くそっ」
 悪態が口をついてでた。
 犯人は夏美を盾にするかのように、前で抱きしめてる。
 夏美が傷つかずに狙える場所・・・頭、か。
 どうする?
 殺すの?
 相手は軍用の強化スーツを着てるから意外と死なないかも。
 それとも、リミッターを外してみる?
 ううん、それじゃあ僕の命が危ないし、犯人をかばって死んだら馬鹿みたいだ。
 「これが最後。夏美を解放して。でなければ、あたしはたぶん、あなたを殺すことになる。」
 声が震えた。
 情けない。なんて僕は弱いんだ。
 さっきの勢いは、どこに行ってしまったんだ?
 男の強化スーツにパワー充填が観測された。やる気だ。
 そして、男がゆっくりと夏美を地面に寝かせる。
 降伏じゃない。たぶんフェイント。
 まあいい。夏美が巻き込まれなくなるのは、いいことだ。
 夏美を寝かせた男は、予想を遥かに超える速度で襲い掛かってきた。
 鮮血が散る。
 左の肩が熱い。左手を伝って暖かい液体が地面に流れおちてるのを自覚した。
 かわしきれなかったか。でも夏美を確保できたから良しとする。
 僕は夏美を血で汚さないように気をつけつつ安否を確認した。
 夏美に怪我はない。よかった。
 夏美の無事を確認した僕は、夏美を背にして男と向い合った。
 「降伏しろ。寝てるお嬢さんの安全は保証する。お前も、まぁ、殺されることはないだろう。」
 今度はあっちが降伏勧告か。
 「無理。信用のしようがない。」
 「だろうな。」
 男と僕は再度激突した。
 男の手には、いつの間にか短刀が出現してる。
 猫爪で受けるのもヤバそうなので、全部避けることにした。
 さっきまでは夏美を抱いていたから出力を絞っていたのか。
 明らかに、スピードもパワーもむこうが上だ。
 でも、感覚拡大コマンドの超感覚に助けられて相手の攻撃が僕にあたることはない。
 「そういえば、あたしが狙いなの?」
 「・・・・・・」
 超感覚は男の動揺まで見抜いてくれた。そうか。
 ちょっとだけ夏美から離れてみた。
 追ってくる男。
 なるほど。
 『エネルギーが不足しています。Dモードに移行、あるいはリミッターを解除してください。』
 Dモードだって!冗談じゃない!どうしてこのスーツはこうも突然なんだ!
 僕は一か八かの特攻を試みた。ダメだ!やっぱり、むこうが早い!
 
 
 『Dモードへ強制移行します』
 
 
 「おい、なんのマネだ!」
 何度目かになる男の声が聞こえた。
 この奇妙な睨みあいが開始されてから、かれこれ20分以上はたつ。
 まさに幸運としか言いようがない。
 相手の大ボケに助けられた。まあ、終わるのも時間の問題だけどね。
 攻撃すれば一瞬でケリがつくのに、間抜けにも男は動けない僕を警戒して動けずにいる。
 僕の見立てだと、夏美を含む子供達はすでに催眠状態から脱して睡眠状態。運がよければ目が覚めてもいい頃合だ。
 お願い、逃げていて。
 もはや僕には祈ることしかできなかった。
 激痛がはしる。
 激しくお腹を蹴られたのか。
 僕の体は軽く宙を舞い、頭から落下する。
 ものすごく痛苦しいけど、悲鳴をあげることすらできない。
 「人形?・・・まさか!」
 男に仰向けにされたおかげで、男の様子が見える。
 男の目は驚愕に見開き、慌ててあたりを確認すると、今度はワナワナと震えだした。
 「畜生!やられた!!人形を囮にして逃げやがった!!あのガキも消えてやがる!」
 夏美、逃げてくれたの?
 「くそ!くそ!くそ!人間様を馬鹿にしやがって!」
 痛い!痛い!痛い!
 「どこに行きやがった!」
 どこだって?
 あなたの足の下ですけど。
 痛い!
 ああもう、いいかげんにして欲しい。
 ドガ!
 「きゃん!」
 あれ?声がでた。
 Dモードが解除されたの?
 「イタタタタ」
 男と目が合った。
 男の頬が引きつる。
 「まさか、人形に化けてたのか?」
 「化ける?ええと、そうなるのかな。」
 呆気にとられてる男。
 「馬鹿野郎!急所打たれてたらどうするつもりだ!ちょっとは頭使え!」
 「ごっ、ごめんなさ、い?」
 「ああもう、なにやってんだ俺は!」
 僕もなにやってたんだっけ?
 そうだ!夏美だよ!
 『感覚拡大』
 そうか、夏美はそこの茂みに隠れてるのか。
 子供達は保護されたし、お父様とその他大勢は僕たちを探してる。しかも結構近くにいる。
 逃げた2人の犯人は北北西に52kmほどいった場所で待機中。ホテルの一室、かな?
 『感覚拡大停止』
 ふう、節約、節約。
 「おい!馬鹿猫!」
 「馬鹿猫ってあたしのこと?酷い!」
 「うるさい!あのガキをどこにやった!」
 「逃げたんじゃないかな。催眠も解ける頃だし。」
 「シンシア!」
 アンドロイドさんだ!走ってきたらしく、息を切らしている。
 「気をつけて!この人軍用の強化スーツ使ってる。」
 「シンシアちゃん、その腕!」
 「あ、これ?ちょっとドジちゃって。」
 アンドロイドさんから表情が消えた。無表情のまま、真っ直ぐに犯人を見据える。
 犯人の人は気圧されてるような感じ。
 「新手か。お前から片付けてやる!」
 うわ〜、月並み!余裕がなくなってる証拠だ。
 「人間が私を?どうやって?」
 怖っ!あの笑顔、こわー!!。
 アンドロイドさんって怒らすと怖いんだ。気をつけよう。
 ボグッ!
 吹き飛ばされてる犯人な人。
 今、ボグっとかいいましたか?
 犯人はそのまま受身も取れずに落下。ピクリとも動かない。
 「えーと?死んでない、よね?」
 「さあ?知らないな。」
 「シ、シンシア!血、チチチチチチ」
 「あ!お父様?あれ?大丈夫ですか!?わーお父様ー、しっかりしてー!!」


 「傷がない?」
 僕を手当てすべく駆け寄ってきた夏美は呆然とつぶやいた。
 「本当だ。痛くない。」
 「他に痛いところはないのか?」
 「うん、平気みたい。」
 夏美が僕の顔をじっと見てる。とても真剣な顔。
 気まずいな。全部見られたんだよね。
 「ね、夏美」
 「どうした?」
 「変に思ったよね。」
 「変?・・・まあ、なんだ、お前の場合はよく似合ってる。いや、似合いすぎてるのも問題なのかもしれんがな。コスプレがハマりすぎというか・・・」
 「んな!コスプレ?、ち、違う!あたしはそんな・・・」
 よく見てみたら、夏美が凝視してるのって僕の顔じゃなくて、猫耳だ。
 『サブシステム:衣装:人間モード』
 ふう、これで猫耳も尻尾も消えたぞ。
 「シンシアちゃん」
 あれ?アンドロイドさんが呆れ顔。え?あ!僕、夏美の前でコマンド使っちゃった!
 心底嫌そうな表情で頭をかかえてる夏美。
 「あー、そこの家庭教師君、あとシンシア。私は寝ることにするよ。私はなにも見なかった、ずっと気を失っていた。それが良さそうだ。迷惑をかけるが、そこで寝てる成瀬氏共々運搬してくれたまえ。幸い私は軽いしな。」
 夏美はそのままゴロリと横になると、ほどなく寝息をたてはじめた。
 どう反応していいのか解らず、あたりは沈黙に包まれる。
 「シンシアちゃん、彼女は何者なんだい?」
 「ええと、すんごいお嬢様?まあ、常人じゃないのは確かだけど。」
 結局、捜索隊に発見されるまで、僕とアンドロイドさんはそこに立ち尽くしていたのだった。


(つづく?)