SRIシリーズ

新・怪奇大作戦

提供・よしおか薬局

 

第二話「人変え蛾」

 

 萌黄山近くの虎巣山(とらんすやま)は、今、キャンプを楽しむ若者達で溢れていた。キャンプ場はそんな若者でにぎわっていたし、キャンプ場にキャンプすることを良しとしない若者達は、川原や池のほとりにキャンプを張る者もいた。

 だが、山の自然保護や山火事の心配から、ふもとの村の青年団や、消防団のパトロールが、キャンプ場以外でキャンプをしている人たちを監視していた。

 ある日キャンプ禁止区域の池のほとりで、青年団の二人が、違法のキャンプを見つけた。そのうえ、火気厳禁なのに焚き火をした後さえあった。啓二と太郎は、それらの行為にいきり立ちながら、注意しようとテントを開けた。

「ここにキャンプをしては困ります。すぐに立ち退いてください。」

 そう言いながら、啓二がテントの中に入ったとき、卵が腐ったような匂いが、テントの中に充満していた。慌てて出てきた啓二に驚きながらも、太郎が、入替りに中に入った。だが、彼も我慢できずに飛び出してきた。二人は、テントの裾を剥がし、中の空気を入れ替えると、再び中に入った。中にはリュックとか、寝袋とか、食べかけのカップ食品の空容器とかが散らかっていた。そして、奇妙な事にきれいに脱いだ服とかつらが置いてあった。異臭のもとは、その服についたジェル状のもので、服の中には不思議な事にも下着まであった。異臭を漂わせ下着まで一緒に残った服と、それを置いたまま姿を消したキャンプの主たち。

 警察は、残された遺留品からキャンプの主たちは特定をしたが、彼らの行方は、このときからようとしてわからなくなってしまった。

 

 「それで、警部。何か、わかったのですか。」

 「いや、ただ、現場には同じような物質が残っていたと報告は受けている。」

 「同じような物質?」

 虎野が、徳田警部に聞き返したとき、研究室のドアが開き、白衣姿の藤崎が出てきた。

 「警部。科研の見解は正しようです。これは、恐ろしい事件になりそうですよ。」

 「先輩、それはどういうことです。」

 「実は祐さん。警部が持って来たサンプルは、人の細胞の腐敗したものだった。」

 「人の細胞が腐敗したもの?」

 「原因はまだわからないが、人の細胞が急激に活発化し、酸素と栄養補給に支障をきたして、壊死したみたいだ。」

 「細胞が壊死?」

 虎野は、呟いた。だが、虎野たちはこのときはまだ事の重大さには気づいてはいなかった。そして、このことがあの、大パニックになる事も・・・

 

 虎巣山で発生した人間蒸発事件はその不可解な発生エリアを徐々に広げていた。そして、ついには、となりの萌黄山まで、そのエリアを広げた。そのことは、キャンプ場でにぎわう萌黄山をパニックの坩堝に陥れた。

 原因不明の蒸発事件、それは、次々に被害者を増やし、ついには社会問題にまで発展していった。世論は、警察の対応の不甲斐なさと、原因を究明できないSRIの怠慢さを論い出した。

 世論の声に警察は焦り、徳田警部を叱咤した。だが科研では、容易に原因の究明ができなかった。頼りにしているSRIでも、原因の究明は容易ではなかった。このような世論の中、久遠寺所長は、再来週より出席する学会の準備に余念がなかった。(早い話が、アメリカで行われる学会に行くための買い物で忙しかったのだ。)

「ちょっと、誤解を招くような、言いたかはやめてくださいます。わたくし、所員の能力を信じておりますから、安心して買い物しておりますのよ。お〜ほほほほほ。」

(それはあるだろうが、こんなことが、マスコミにしれたら・・・)

「なにかおしゃって。」

(いえ、なにも・・・)

「ナレーターの方は、ナレーションに徹しておられればよろしいのよ。」

(舞台裏の録音室まで来るとは、恐ろしい女性だ。)

 焦る徳田警部の気持ちとは裏腹に、被害は広がっていった。これといった手がかりもなく、藤崎や虎野たちにも、焦りだけが目立ち始めていた。

 そんな彼らのもとに意外な情報が入ってきた。それは、やはり、徳田警部からもたらされた。

「藤崎君、手がかりが出たよ。」

 そう言って徳田警部が持ち込んできたのは、録音機能付のウォークマンと、一匹の生きた蛾だった。ただその蛾は、見慣れた種類のものよりも大きく、胴のサイズで20センチ、羽を広げると40センチ近くはゆうにあった。金色に輝くその蛾は、妙に惹かれるものがあった。

「警部、これは?」

「今回発見された被害者が持っていたものだ。そして、このテープには奇妙な物が録音されていたよ。」

 そう言うと、警部はテープを再生し始めた。最初の頃は、他愛のない状況の記録だった。藤崎のそばで聞いていた虎野が、痺れを切らして何か言いかけたとき、テープは、彼らに事件の真相を語り始めた。

『やっとわたしは、教授が話していた蛾を発見する事ができた。これは、世界的な発見になるに違いない。そして、この蛾が持つ特殊性を考えるとなおさらだ。わたしは、教授のレポートを実践してみる。このことには、彼も気づいてはいない。彼のテントにこっそりとこの蛾を入れてみる。そうすれば、明日には、何らかの答えが出るはずだ。

 おや、どこから入ってきたのだ。まあいい、こいつはサンプルにしておこう。ん?おかしいぞ。身体が熱くなって来た。

教授の話では、こいつを触らなければよかったはずなのに、ああ、ますます身体が熱くなって来た。う、手が、足が、顔が・・・・溶ける。どうしたというのだ。身体が・・・・」

 それから、彼の声は、水面下からの声のように聞き取り難くなり、ベチャッという音とともに、虫の声しか聞こえなくなってしまった。 

「これで終わりですか。」

「これでおわりだ。どう思う藤崎君。」

「これだけではなんともいえませんね。」

「先輩、この蛾が原因ですよ。こいつを駆除しなくては・・・」

「それは、軽率だよ。祐さん。まだ、このテープという状況証拠だけしかないのだから。僕たちは、科学者としてしっかりした証拠を掴まないと、軽率な行動は慎むべきだ。ところで、警部。このテープの中で、彼が言ってる教授とは誰かわかったのですか。」

「ああ、彼の遺留品からなんとかな。彼は、聖ヨハネント大学の大学院生だったよ。そして、彼が言っておる教授とは、彼の指導教授だった『Mic・Kebon』教授だ。生物学教室の教授で、昆虫博士だった。世界的にも・・」

「有名です。幻の蛾を発見したという学会への連絡を最後に姿を消した『Mic・Kebon』博士。彼の消息は今も不明のまま。」

「そして、教授が姿を消したのは・・・」

「そうだ、祐さん。虎巣山。これは、なにかありそうだぞ。」

「先輩。僕は、虎巣山に行ってみます。」

「いや、そのまえに、Kebon教授について調べてみてくれ。僕は、この蛾を調べてみるから。」

「それなら丁度いい。わしは、これから、教授の姪御さんにあたるMarry・Kebonに会いに行くのだからな。」

「祐さん。たのんだよ。」

「わかりました。先輩。」

 少し不満そうだったが、虎野は、徳田警部に伴ってMic・Kebonの、姪に会うために出かけた。

 彼らを見送ると、藤崎は、虫かごに入った蛾を持って、研究室へと入っていった。

 

 虎野と、徳田警部は大学のラウンジでマリーが来るのを待った。

「最近の大学は、こんなにきれいなのか。」

「ここは、まだましなほうですよ。凄いとこになると高級レストランと見間違うくらいですからね。」

 ファミレスのようなラウンジの中を見回しながら徳田警部はあきれ返っていた。

わしたちの大学のときはこんなものじゃなかった。口には出さないがそんなことを思ってしまう徳田警部だった。

「ここよろしいかしら。」

 二人が、声のほうに顔を向けるとそこには、ファイルバッグを胸に抱えた、若く美しい白人女性が立っていた。

「いや、ここは、来る人が・・・」

「うふ、それは、わたしでしょう。徳田警部さん。」

「それじゃあ、あなたが・・・はうどうでぅ〜。え〜と。」

「警部。彼女はさっきから、日本語を話していますよ。」

「わかっとる。」

 警部はちょっと顔を赤らめて虎野に言った。

彼女は、二人の会話を聞きながら、メグ・ライアンに似た明るい笑顔をした。

「うふ、警部さん。御上手ですわよ。」

「いや、御恥ずかしい。あまりに御美しいのであがってしまって・・・」

「まあ、お世辞もお上手なのね。」

それは御世辞ではなかった。警部は初心な少年のようにさらに顔を赤らめた。

「あら、ご挨拶がまだでしたね。わたくし、Marry・Kebon。Mic・Kebonの姪です。」

「ぼくは、SRIの虎野祐雪です。」

「そして、わたしが・・・」

「警察庁広域犯罪課の徳田則彦警部さんでしょう。存じておりますわ。叔父が失踪したときに大変御世話になったそうで、叔父の弟子だった方にお聞きしております。」

「そうだったのですか。それならそうと・・・」

「いや、思い出したくない事件だったもので。つい。」

 徳田警部は、言葉を言いよどんでしまった。

「あなたの叔父さんには申し訳ないことをしたと思っています。もう少し早く気がつけばはっきりさせられたのに・・」

「仕方ありませんわ。だれもそんなことを信じませんもの。」

 二人の会話が理解できない虎野は、ただ、二人の顔を見回すしかなかった。

「警部。SRIの方にも知ってもらったほうがよろしいのではありませんか。」

「よろしいのですか。辛い事を思い出すことになりますが。」

「けっこうですわ。今回の事を聞いて、わたしは決心にましたの。あのときのことをはっきりさせるべきだったと。ですから、ぜひ。」

「わかりました。」

 マリーの曇った顔を見て決心したのか警部は、虎野にポツリポツリと話し始めた。

「それは、まだ、今の所長が就任する前の話だ。わたしは、今の課に配属になって、SRIとのパイプ役をおおせつかった。まだ若く、警察の力を信じていたわたしは、半官半民のSRIを信じてはいなかった。先輩から引き継ぐときに、必ず不可解な事件の時にはSRIに協力を依頼するように耳がたこになるほど言われていたにも関わらずにな。そして、あの事件が起こった。それは、単なる失踪事件に思えた。祐さん、今、萌黄山にダムがあるのは知っているな。」

「ええ、10年前に作られたものですよね。」

「そう、そして、今はダムの底にある村が沈んでいる。それが、失踪したケボン博士が研究のために滞在していた広里村があったのだ。12年前、ケボン博士は、港南大学の桐原教授とともに、萌黄山で新種の蛾を発見した。しかし、写真だけで現物を採取できなかったふたりは、改めてこの山を捜索した。だが、そこで二人は失踪した。それから1年後、桐原教授のゼミの学生が同じくここで失踪した。わたしは、この村を中心に3人を探した。しかし、なんの手がかりも見つけられなかった。配属されて最初の事件だ。なんとしても解決したかった。だが、むだだった。」

「なぜですか。なにかあったでしょう。彼らに接触した村人に聞けば何か手がかりが・・・」

 警部は、遠い目をしていった。

「むりだった。村も村人もその一年前の山火事で全て、灰になっていた。」

「生存者はいなかったのですか。」

「ああ、不思議な事に村人はすべて、その発火地点に集まっていたようで、だれも助からなかった。そんなわたしの前に

一人の人物が現れた。それは、先代のSRI所長の岩城京助(Kyousuke・Iwaki)氏だ。彼は、全て灰になった火災現場であるものを発見してくれた。それは、蛾の繭だった。かなり炭素化していたが、その蛾が成虫になると30センチ近くになるだろうという事と、現在知られている蛾の中にはいない未知の種類である事を発見してくれた。そして、その繭の近くで火事のときに何かが上に覆い被さったらしくて、見落とされていたのだが、何者かの腕が見つかった。それをSRIに持ち帰り、岩城所長は、ある事を発見した。それは、この腕の細胞内の性染色体が変化途中である事だ。」

「そんなばかな。性染色体が変化途中って、つまり。」

「そう、性転換していたのだ。原因はわからなかったが、確かに変化していたようだ。」

「それと今回の事件が、何らかの関連があると思ったのですね。」

 虎野の問いに沈黙が走った。確かに関連性は薄い。ただの偶然といえた。

「その蛾の写真は十年前に一度見たきりなのでわたしにも確信がない。そこで彼女にお願いしてもう一度見せてもらおうと思ったのだよ。」

「わたしも、警部さんに御電話いただいて探したのですが、誰かが持ち去ったみたいで発見できませんでした。ただ、叔父が残したらしいイラストと日記がありましたのでお持ちしました。」

 そう言うと、彼女はファイルバッグの中から折りたたんだ一枚の紙と、一冊の古ぼけた大学ノートを取り出した。

「叔父の研究室は、あの失踪事件以降しばらくはそのままにしてあったのですが、大学に返還するときに誰かがあの蛾についての研究資料を持ち出したみたいでこれしか残っていないのです。」

 徳田警部はそれを受け取ると虎野に渡した。虎野はまず、イラストのほうを広げてみた。そこには色彩鮮やかに一匹の大きな蛾が描かれていた。それは徳田警部がSRIに持ち込んだ蛾に似ていた。ただ大きさがこちらのほうが一回り大きかった。大学ノートのほうは、日記というよりも考えをまとめるためのメモのようなもので脈絡のない書き方があちらこちらにしてあった。そして、失踪の数週間前の書き込みに、『TS蛾』『変身』『性転換』という文字が見られた。

「これはどういうことでしょう。」

「わたしにもわかりません。ただこの蛾には何か秘密がありそうです。ただそれだけですが・・・」

 虎野はそう答えるマリーの顔を見ながら何か引っかかるものを感じた。彼女は何か知っている。だが、それを彼女から聞きだすのは容易ではなさそうだった。

「ありがとうございました。これはお借りしてもよろしいですか。」

「どうぞ、この悲惨な事件の解決に役立つのでしたら御使いください。」

「ありがとうございます。」

 虎野は、ファイルバッグごと借りると席を立った。徳田警部も名残惜しそうにしながら虎野の後を追った。

 ラウンジを出て行く彼らを見つめながら彼女はそっと呟いた。

「お願いしますよ。わたしみたいな犠牲者をこれ以上出さないように。あの悪魔の蛾を殲滅してくださいね。さて、ひさしぶりにあの子の所にでも行ってみようかしら。ショックで失った記憶はまだ戻らないようだけど、そのほうが幸せね。なまじっかあるとこまるわ。わたしみたいに居もしない姪の振りをしなければならないのだから。」

彼女は立ち上がり、モンローウォークでラウンジの出口へと歩いていった。ラウンジの男たちは、その姿に見とれた。あの蛾のため若返り、十年近く女としての新しい人生を歩む事になった男だとは、だれも気づかなかった。

 「女も結構楽しいけど、月一のものや、ファッションやメイクなんて大変だわ。」

暑い日ざしが、彼女の金髪を照らし、一陣の風が彼女の髪をなびかせ、風になびくタンポポのようにきらめいた。

 

 マリーからの資料を持って、虎野たちがSRI事務所に戻ると、藤崎が、ソファーに横になっていた。研究室に入るとなんらかの成果が見つからないと出てこない彼がソファーに横になっているという事は、何か出てきたのだろう。だが、こんなときの藤崎は、その結果に基づき考えをまとめているときなので、声をかけても無駄だった。そのことを熟知している虎野と徳田警部は、マリーに借りた資料を検討することにした。それは、ますます彼らを混乱させた。そのメモを要約するとこの蛾には人を(正しくは男性を女性に)性転換する力があるらしいというのだ。そして、それは、一瞬に行われるのではなく徐々に、何度もこの蛾の力を使って、時間をかけて行われていくと言うのだ。

 成体となったからだがそう簡単に性転換するとは考えられなかった。性転換するだけでも異常なのだから、そんなことをすれば、身体にどんな影響が現れるかわからないからだ。

 虎野と警部がこの推論に戸惑っている時、横になっていた藤崎が起き上がった。

「祐さん、なにかわかったかい。」

 虎野は藤崎に警部と検討して得た推測を笑われるのを覚悟して話した。だが、藤崎は笑うどころか、真剣な顔をして二人に言った。

「その推論はほぼ正しいと思うよ。」

「そんな馬鹿な事が起こるわけがないですよ。」

「そうともいえないよ。わたしは、この蛾の鱗ぷんのなかに新種のヴィールスを発見した。それは、生物の性染色体を栄養にしていた。そして、摂取した性染色体の変わりにその生物の身体に居座るのだ。ヴィールスは、単性でしか存在しないだから、性染色体が一種となり、その性染色体が、存在しやすい環境を作ろうとして性ホルモンを中和して新しいホルモンを出し、細胞の活動を活発にする、それにより性転換をするのだ。」

「つまり、変身すると・・・」

「そうだ。これも仮説だけどな。それにこれは、自然界では考えられない。そこで、インターネットで検索したのだが、そこである事がわかったよ。戦時中にある研究がされていたと言う事だ。それは、男性を女性化する計画だったようだ。」

「では、先輩このヴィールスは、人工的なものだと?」

「そう、自然界では考えられないだろう。ただ、だれがこんなものを作ったか。そして、それをだれが現代に蘇らせたかだ。」

「でも、いったい何のためにこんなことをしたのでしょうね。」

「それは、このヴィールスの特性にあるのだ。」

「特性?」

「そう、このヴィールスは生物の細胞を再活性化させる。ということは?」

 徳田警部は訳がわからず唖然とした顔をしていた。

「つまり、若返りが可能と言う事ですよ警部。では、犯人はそのデーターを取るためにこんなことを。」

「多分そうだろう。」

「藤崎君。この蛾のことはわかったが、人が消えるのはどういう訳だね。」

「それは、実験でお見せしますよ。警部こちらに。祐さんも来て。」

 そう言いながら、藤崎は二人を研究室の実験テーブルに招いた。そこにはマウスが入った密閉されたガラスケースがあり、そのとなりには、持ち込まれた蛾が入ったケースがくっ付けてあった。藤崎は、蛾をマウスのいるガラスケースのほうに追い立てた。蛾は、マウスの上を飛び回り、また、元のケースに戻った。

 すると、先まで元気だったマウスが動かなくなり、身体の色も変色しくさりだした。そして、マウスは骨までぼろぼろになってしまった。そして、白い毛とジェル状の腐敗した細胞だけが残った。

「急激な変化に耐えられなくて、細胞が疲労し、壊死してしまった。これが、人間蒸発の真相だろうな。」

「でも、先輩。どうしてヴィールスが、発見されないのですか。」

「それは、寄生した細胞にヴィールスが同化してしまっているからだ。だから、一緒に死滅している。」

「それで、ヴィールスは発見されていないのですね。」

「なんて恐ろしい事だ。もしこれが街中にでも飛び始めたら・・・」

「先輩。何とかしなくては。」

「今、全世界の医療機関、微生物研究機関、民間・大学の研究機関に連絡して協力を頼んでいる。それの結果待ちだよ。」

「そんな悠長な事を言っている場合ではないでしょう。なんとかしなくては・・・」

「だが、このヴィールスに対する対策を立てない事にはこの事件は終結しないよ。」

「その前にこんなことをする奴を捕まえればいいでしょう。」

「それは、警察がする仕事だ。我々の仕事は、異常犯罪を究明して、解決の援助をする事だよ。」

「そんなことを言っていては犠牲者が増えるだけです。僕一人でも犯人を探します。」

 そう言うと虎野は、事務所を飛び出していった。

「警部。祐さんをお願いします。」

「おう、まかしておけ。」

 徳田警部はそう言うと虎野の後を追って行った。

 

 虎野は、闇雲に虎巣山の中をさまよい歩いた。だが、何の手がかりも捕まえられなかった。虎野は、頭に血が上ると見境なく行動に出てしまう欠点があった。だが、それは普段の彼からは想像しがたい点でもあった。山の中を歩き回るうちに彼は落ち着きを取り戻していった。そして、車へと戻ると、今まで事件が起こった現場と、推定時刻、最初の事件発生時から最新の事件までの発見時の状況などを、本部につながっているポータブルパソコンで検索した。

 そして、その中から、ある共通点を見つけ出した。それは、事件は夜起こっていること。(あたりまえだが、現時点では捜査は昼間に行われていた)派生場所が限定されている事。それは、今までは、虎巣山のキャンプ場とケボン博士達が消息を立った萌黄山のダム近くのキャンプ場でしか発生していない事だ。そして、被害は、人間にしか出ていない事。もし、ほかに生き物にも出ているのなら、捜索している段階で、毛だけの塊とか、羽だけの塊が発見されそうだが、そういう報告はなかった。これは、人を使った臨床実験の可能性もある。虎野は、事件発生現場の地図を見ながらあることをためしてみた。それは、時間にそって現場をつなぐのだ。だが、それは、7箇所の事件発生現場をただ、ランダムに繋いだ線を作るだけだった。次に、その現場をエリアに分けてみた。思いつく限りの分け方をしてみた。だが、何も出てこなかった。

 虎野は、県警のファイルにアクセスして、失踪者のリストを検索してみた。ポイントは、この付近で失踪した者、そして、帰還者はいないかと。だが、新たに4名の被害者らしき人物が増えただけで手がかりにならなかった。今までにわかっていることは、彼らがすべて男性で、年齢などは関係ないこと。服と髪の毛らしきものが、ジェル状のものにまみれて発見されている事。それにだれもそれ以外ものは発見されていない事。

 虎野は、もう一度、今度は時間を広げて調べてみた。だが、何も出てこなかった。地方版の記事、新聞社への投書(勿論、該当機関への許可をもらってのことだ)なども調べたが、出てこなかった。何度目かの失踪者のリストを見ていたとき、虎野はあることに気がついた。それは、ケボン博士達の事件から4年後に起こった失踪事件後の後、今回のような事件が数件起こっていることだ。それは、時間と所轄の担当地区の違いから見逃していたようだ。今回は、連続して起こっているので合同捜査になっているが、当時では、単独に捜査したはずだ。そして、この4年後の事件では、遺留品の中には、髪や、着ていた筈の服は発見されていない。そして、この失踪した人物は、ある医療関係の研究者だった。

 何か引っかかるものを感じた虎野は、この人物について調べてみる事にした。エンジンをかけると虎野は山を降りた。それと入れ違いに徳田警部が到着した事は、彼は知らない。この人物の家族を探したが、彼は独り者で、会社でも一匹狼で、友達もいず、研究者としてはかなりの業績はあったが、出世欲がかなり強く、厄介者のようだった。そんな彼を当時の常務の一人が買っていたようだが、その常務は、2年前にこの世を去っていた。妻はなく、養女が一人いた。

 虎野は、彼女に会うべく、彼女の住まいへと急いだ。そこは、虎巣山の中ほどにある洋館だった。目的の洋館の近くまで来ると、虎野は、車を近くの林の中に隠し、問題の蛾を捕獲するために持ってきていた網と捕虫箱を持ち、車から出た。ジャンパーに見えるSRI特性ジャケットを羽織ると、洋館へと向かった。日はすっかり暮れ、湿気た空気があたりを包みだした。後20メートルというところで、突然、雷鳴が轟き、雨が容赦なく、降り始めた。虎野は、ずぶ濡れになり玄関の前に立ち呼び鈴を鳴らした。何度か鳴らしたが、誰も出てくるような気配がなかった。あきらめて去りかけたとき、突然、玄関の扉が開いた。

 「どちら様でしょう。」

 扉から顔を覗かせたのは、妙齢の美女だった。彼女の美しさに虎野は、ボ〜〜っとなってしまったが、そのときか彼の脳裏に新妻の顔が浮かび、何とか正気を取り戻す事ができた。

 それでなければ、彼は彼女に見入って当初の予定を忘れていただろう。

 「すみません。珍しい昆虫がいると聞いて採取に来たのですが突然のこの雨で困っています。止むまで雨宿りさせていただけませんでしょうか。」

 彼の美女は困ったような顔をした。

 「この家にはわたししかいませんので、見知らぬ方を敷地内にお入れするのはちょっと・・・」

 と、彼女が言いかけたとき、彼女の背後に人影が現れた。

 「よろしいじゃございませんか。お姉様。その方、この雨でずぶ濡れになられたようですわよ。さ、どうぞ中の方に。」

その声の主は、長い髪を肩まで伸ばした美少女だった。もしあれば、国宝級の美少女といったところだろう。この美少女の前では、姉の美しさも半減してしまう。虎野はこの美少女の美しさに目を奪われてしまい、新妻の顔さえ浮かんでこなかった。

虎野は誘われるままに、暖炉の前のソファーに座った。初秋の夜の冷え込みはきつかった。その上、この雨が追い討ちをかける形になって一層冷え込みがきつくなっていた。

暖炉の火に当りながら美少女の入れてくれたコーヒーを、この美少女を見つめながら飲んだ。

「どんなものをお探しなのですか。」

「え、ええ、体長30センチ以上はある蛾なのですが、こう雨が激しいのでは今日はもうだめでしょう。」

「そうですわね。この雨では麓まで降りるのも困難でしょうからこの屋敷のお泊まり下さい。いま、この屋敷は姉と二人だけですが部屋はたくさんありますので。」

「ちょっと、それは・・・」

「よろしいじゃありませんか。それにあなたはもうすぐお眠りになるのですから。」

美少女のその言葉を聞いたとき、虎野はからだの異常にいがついた。身体が妙に痺れ、瞼が重くなってきた。もし、これがいつもの虎野だったらこうやすやすとは行かなかっただろう。だが、この美少女に見入られた虎野は、彼女の態度に気がつかなかった。後々まで、このことで、鷹に冷やかされる事になるのだが・・・

「眠くなってきたのではありませんこと、SRIの虎野さん。」

僕の事を知っている。虎野は薄れて行く意識の中で恐れを感じた。なぜならば、SRIが関わる事件はあまりにも社会的な影響が強い事件が多いので、彼らが表に出る事がなく、彼らの事を一般の人たちが知る機会はほとんどなかったからだ。ただ、どうしてもマスコミの前に出るときは久遠寺所長がその任を果たしていた。

(ただの出たがりという意見もあったが・・・)

「なんですって、ただのでたがり。所員のプライバシーを守るためと、事件の内容が社会に与える影響が大きいためにわたくしが出ていますのよ。わたくし、マスコミは嫌いなのですが、仕方ありませんわ。」

(その割にはインタビューのたびに服が新しいような気が・・・それにお化粧も・・・)

「仕事の関係上、マスコミの方とは仲良くなっておかないといけませんでしょう。所長というのは傍で見ているより大変なのですよ。おわかりになって。」

(へいへい。)

「返事は、はい。」

(はい。何時もこの人には何かと誤魔化されてしまう。)

「なにかおっしゃいました?」

(いえなにも・・・)

だから、彼女が虎野のことをしるはずもないのだ。ただ、SRIもしくは、警察に係わり合いがない限りは・・・

失われつつある体の全神経を奮い立たせ立ち上がって、彼女に掴みかかった。だが、彼女を捕まえようとしたとき、ついに力尽き虎野は崩れるように床に倒れてしまった。そのとき、虎野は彼女の恐ろしく冷たく美しい笑みを浮かべているのに気がついた。だが、すぐに深い闇の中へと落ちていった。

 

「彼、本当にSRIの人間なの。」

「そうだよ。」

少女は、冷たい薄笑いを浮かべたまま答えた。

「どうするのよ。このままじゃ、わたしたち大変な事になるわよ。」

「大丈夫だ。彼がこのままでは危ないけれど、彼も変わってしまえば誰もわからない。おれ達みたいにな。」

「それじゃあ、彼も・・・」

「そう、目の前で変化の状況を見たい、って言っていたじゃないか。ちょうどいいモルモットだよ。」

「あなたは変わったわ。あのおどおどした研究員とは思えないわ。」

「そうわたしは変わった。おまえが、初老の男からこんな若い美女に生まれ変わったようにね。」

そう言いながら、少女は、美女の後ろから胸を掴んでもみ始めた。

「あ、あん。だめ、こんなところじゃ。」

「そうだな、しばらく時間があるからベッドでたのしもうか。その前に、こいつをあそこに放り込んでおこう。」

そう言うと、二人は、眠りに落ちた虎野の、両腕と両足を持つと何処かへと運んでいった。暖炉のそばの隠し戸を開け、その奥のエレベーターに乗せると地下室へと運んだ。地下室は薄明かりに照らし出されていた。二人は、明かりをつけることもなく、地下室の奥にあるなにかの研究室のさらに奥にあるガラス張りの部屋の中に虎野を運び込んで、戸を閉めた。もし、虎野が目覚めていたら恐怖しただろう。なぜなら、虎野が閉じ込められた部屋の中にはあの蛾が壁じゅうに張り付いて休んでいたからだ。二人の美女は、笑いながら地下室を去っていった。

 

「あ、あん。だめ。そんなところなめちゃあ。ああ〜〜〜ん。」

彼女達は、全裸になり、ベッドの上でお互いのその美しい体を愛撫していた。

「こんな大きな胸をした女が元男とは誰が信じるだろうな。」

そう言いながら、少女が美女の胸を掴み、その乳首をなめまわしていた。美女はその感触にたまらず声をあげていた。

「ここはどうかな。」

少女が、左手を美女の日歩に手を伸ばしたとき、ドアが行きよいよく開いた。

「神妙にしろ。違法な人体実験による連続殺人の容疑で署まで連行する。」

そこには、徳田警部と数名の私服や制服警官たちが立っていた。

美女は意外な展開に呆然としてしまった。一方美少女のほうは、一瞬驚いたようだったが、不敵な笑みを浮かべて、警官たちに指示されるがままに従った。

服を着せ、署に連行しようとしたとき美少女は突然叫んだ。

「トイレに行かせて、もれちゃう。」

こういわれてはどうすることもできない。仕方なく、一人の警官が付き添ってトイレに連れて行った。そして、美少女はトイレの中へと入った。

しばらくするとさっき付き添った警官が慌てて戻ってきた。

「大変だ。あの子の様子がおかしい。すぐ署に連絡して、病院の手配をしなくては・・・」

そう言うと、外へと飛び出していった。それを聞いた徳田警部たちは、トイレへと向かった。トイレは中からカギか掛かっていて、中へ声をかけても何の反応もなかった。いやな予感に襲われた徳田警部は警官に指示してドアをこじ開けた。そこで、警部は見てしまった。そこには、両目の眼球が足元に転がり、洋式のトイレに座ったままの姿で死んでいる少女の姿があった。

そして・・・

 

「あの時は、あぶなかったですよ。もしあの時、警部が明かりをつけさせていたなら・・・」

「ああ、もう少し、藤崎君の到着が遅かったら祐さんのスライムができていたな。」

「いや、あの蛾に付着していた菌はかなり改良されていたようですから、祐さんは絶世の美女になっていたでしょうね。」

「どっちにしても願い下げですよ。」

「愛する妻がいるからな。」

「警部、ちゃかさないでくださいよ。」

三人は、SRIの事務所でコーヒーを呑みながら笑いあった。

捕らえたもう一人の美女から虎野の監禁場所を聞きだした徳田警部は、そこに向かおうとした。ちょうどその時、到着した藤崎は警部と二人だけで隠し戸の奥のエレベーターに乗って、地下室へと下りた。地下室についた警部は明かりをつけようとした。それを藤崎は止めた。

「ここに、あの蛾がいるかもしれませんから明かりはつけないでください。」

そう言うと、ポケットから赤外線めがねを取り出すとそれをかけた。もう一つとりだし警部に渡すと二人は地下室の中を探し回った。藤崎は実験テーブルの上に研究資料を見つけた。そのとき、警部が藤崎を呼んだ。警部が指差す先には、あの蛾にまみれた部屋があり、そこのなかに、眠りこけた虎野がいた。電子ロックで施錠されていた。早くしないともし目覚めた虎野が暴れると壁の蛾が舞いだし、虎野はアノ菌に冒されてしまう。警部と藤崎に焦りの色が浮かんだ。

「藤崎君、打ち破ろう。」

「ダメです。その音に反応して蛾が暴れだします。警部。ちょっと待っていてください。なんとかやって見ますから。」

そう言うと、藤崎はSRI特性の万能キットを取り出し、ロックのカバーをはずし、ロックの解除を試みた。そして、何とか行きそうになったとき、警報がなり、地下室の明かりがついた。突然の音と明かりに蛾たちが騒然となった。

「警部。ドアを破ってください。わたしが、祐さんを助けますから。」

「しかし、藤崎君。」

「時間がありません。それに、わたしはワクチンを投与していますから大丈夫です。」

徳田警部は、拳銃でロックを打ち壊し、徳田と藤崎は、ドアをぶち破った。藤崎は、飛び迂回始めた蛾たちの中に飛び込むと、まだ眠り込んでいる虎野を引きずり出して、実験室にあったアルコールや可燃性の薬品を中に叩き込んだ。徳田警部は実験テーブルの上にあったアルコールランプに火をつけるとそこに投げ込んだ。部屋は炎であふれた。

 

「でも、あのワクチンが効いて本当に良かったよ。出なければ、僕は君の奥さんに恨まれる所だった。」

「ええ、助かりました。ところで彼らの狙いはなんだったのですか。」

「それだが・・・」

「それは、僕が説明しよう。あの蛾に付着している菌は、生物の性別を変化させる事は知っているね。」

「ええ、それは、この間先輩に聞きましたから。」

「そのとき、あの菌は、新陳代謝を促す。つまり、活動が鈍っていた細胞の新陳代謝さえも促すのだ。」

「つまり、老化した細胞がまた働きを取り戻す。」

「そう、そればかりではなく。心の奥底に秘めた姿に変えてくれる働きさえもあったのだ。」

「じゃあ、あの女性は、失踪した常務と研究員。で、残った女性は?」

「常務のほうだった。そして、トイレで死んでいた少女は、研究員だろうな。だが・・・」

「だが?どうしたのです。」

警部は、何か言いかけて口をつぐんでしまった。

「わからないのは、死因なのだ。少女は、即死だった。死因は、脳髄の損失。」

「脳髄の損失?どうして?」

「いや、わかりやすく言うと、脳が消えているのだ。そっくりと、神経までな。」

「そんなばかな。」

いろいろな奇怪な事件に関わってきた虎野さえも信じられないことだった。

「いや、ありえないことではないよ。この間のアリババ事件の寺野教授の元・研究員の死体。」

「あ。」

虎野は、藤崎の言葉にあの光景を思い出した。容疑者として浮かび上がったTS大学憑依学部名誉教授の寺野教授の元・研究員の脳なし遺体。司法解剖のとき立ち会った藤崎や虎野も始めてみる光景だった。あるべきはずの脳がそっくりと消えたがらんどうの頭骸骨内部。そして、こぼれ落ちていた左右の眼球。このことが意味する事をまだ彼らは知らない。

新たな怪奇が彼らを待っていることを・・・・

 

次回予告 目が覚めると、全くの別人に変わっていた・・・

次回の「オカワリナサイ」をおたのしみに

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

月一回のペースで書きたいと思っていたのですが、初回からもろくも遅れていましました。

今回は、KEBOさんの「黄色い闇」という作品の設定を使わせていただきました。元は「人喰い蛾」。人が溶けるはなしですが、これが変身するはなしだったら、というところからこんな話になっています。

萌話しではありませんが、TS大学で掲載していただける間は続けるつもりです。

それでは、今回のスペシャルゲストKEBOさんに感謝をしつつおわかれします。

それでは、また。