イリス

 

「ふー」
 南友希(みなみともき)は段ボールを倉庫の奥まった床へと置くと、伸びをして腰を二、三回ぽんぽんと叩く。
 高校二年の友希は夏休みを利用して、幼馴染みの白川香奈実(しらかわかなみ)がバイトしているパソコンショップを紹介され七月末からここでバイトをしていた。
「う〜む、夏休みなのに色白って不健康きわまりないよなぁ。ま、バイト代のためだ」
 ため息をついてから気合いを入れ直すと段ボールを開き、入荷した商品のチェックを始める。その後、翌日発売の雑誌類に付録や、ラッピングを終えた頃にはすでに時計は終業時間の18時を回っていた。
 コンコン、
「ん?」
 友希は扉を叩く音で後ろ、店舗とをつなぐ扉にもたれかかって腕を組んでいる人影に気付く。
 そこにいるのは近未来系の女性型アンドロイドとでも表現すべきだろう。明るいラメのブルー入ったボディースーツをベースに濃いブルーのボディや手甲。マスクはイエローの大きな目に白いヘッドギアから水色の髪が肩へと流れている。「シーナ」この店のマスコットキャラクターである。
 彼女はブルーのヒールのあるブーツをこつこつと鳴らしながら、パイプ椅子に腰を下ろすと友希を手招きして、マスクを留めている金具を指さした。
 友希は苦笑しながら肩をすくめると立ち上がり、シーナの背後へ回り髪の毛に隠れた金具を外してゆっくりと前後に開く。その下からは見慣れた幼馴染みの香奈実の顔が現れた。
「ふぅ〜」
 彼女は呼吸用のチューブを口から慎重に外すと、フードを外しそこから栗色の汗でぬれた髪が落ちてくる。
「あ〜やっぱ空気って良いね」
 そういいながら友希に手伝って貰いながらボディを外していく。
「やっぱさ、友希がいると助かるわ。他の人だとなんだかイヤだもんね。マスクつけてるとさわられたり、撮られたりしてもシーナだしって割り切れるんだけどね。ん、ありがとシャワー浴びて着替えてくるからちょっと待ってて」
「わかった」
 友希は自分はこんなに香奈実に接近してどきどきしてるのに、男としてみられてないんだろうかとついつい考えてしまう。
 実際、スポーツが得意な香奈実は同世代の女の子に比べれば大柄でがっしりしている。
一方で友希は運動は苦手なせいもあるし両親の遺伝もあるのだろうか、高校生にしては小柄な方である。
 友希は苦笑しながらエルをタオルで拭いては棚へと収納していき、自分もエプロンをたたみながらロッカールームへと向かった。

「シーナってねぇホンと苦しいんだよ。呼吸方法はチューブを通じてしかないしさ」
 香奈実は先ほどとはうってかわって、グリーンのタンクトップにデニムのハーフパンツとさっぱりしたスタイルになっている。
「ふーん」
 友希は香奈実のおしゃべりにあまり気のない振りをしているが、実際、興味がないわけでは無かった。
「でさ、視界もせまいの何のって。って聞いてんの?友希」
「分かったから、早く帰ろうよ」
 友希は照れを見られるのをいやがり、歩調を早めていった。

 二日後、友希が休日あけでバイト先へ出社したとき、店長と副店長が事務所で顔をつきあわせていた。
「おはようございます」
 友希は何かあったのかなと思いつつ、自分のロッカーを開けてエプロンを取り出す。
「おお、おはよう」
「おはよ、友希クン」
 小太りの店長と、30才になる副店長が顔を上げた。
「何かあったんですか?」
「うん、香奈実がね夏風邪ひいたらしいのよ」
 副店長の三島あかねがため息をついた。
「香奈実が?」
「ええ、今日は日曜日でしょ。彼女、昨日も無理してたみたいだし、今日も出てきそうになったから無理矢理休ませたんだけど、シーナを使えないからどうしようかとね」
 確かにシーナは呼吸が制限されるために体力がある人が担当しなければならない、また、体型の関係から男性ではかなりきつい部分があるのは確かだ。
「まぁ、仕方ないさ。シーナ目当てのお客さんもいるが、緊急メンテナンスって事で乗り切ろう」
 店長の小久保は意を決したように立ち上がろうとしたのをあかねが制した。
「ちょっと待って、友希くん、華奢よね
 あかねは口元ににやりと笑みを浮かべる。小久保と友希は何を考えているのかと顔を見合わせる。
「友希くん、シーナやって。ボーナス出すから!」
「えぇっ!お、俺男ですよ!む、無理ですよ」
 友希は助けを求めるように店長を見るが、店長も考えるように友希を見ている。
「うん、それしかないか」
「えー店長まで!」
「香奈実をいつも近くから見てるんだし、シーナの動きも理解してるでしょ。お願い!この通り」
 あかねは手を合わせて友希を拝む。
「むー」

 結局、友希は押し切られ、シーナに入ることになった。
 先ず、一番下の全身タイツをあかねに手伝って貰って着込む。その前に、トランクスからサポーターに履き替える時に一悶着あったのだが。
 そしてラメの入ったブルーのタイツを着込む。全身タイツは洗濯済みだったが、これは洗濯がなかなか出来ないらしく、香奈実の香りに包まれていく感覚に股間が反応するのが自分でも分かった。
 胸はあかねが近くのコンビニで調達してきたブラにストッキングを詰めて形成し、あかねがファスナーを上げていく。このタイツには体を整形するためのパットが入っているらしくウェストの締め付けはかなりの物があった。
 そして胸パーツ、下半身のパーツ、グローブをはめ、7pのヒールのあるブーツをあかねに手伝って貰いながら履き、事務所から隣の倉庫へと歩く練習をした。
 最初はあかねに支えて貰いながらふらついていたが、次第にコツをつかんだのか不安定なものの何とか歩けるようになった。
 そしてマウスピースにチューブのついたものを口へと入れる。あかねの話だと、右側が空気を取り込み、左側で空気をだすそうだ。そしてそのチューブの先をマスクのヘッドギア部分へ差し込むと、先ずマスクの下あごから後頭部にかけての部品を取り付ける。
「いい、しゃべれなくなるから手で合図してね」
 友希が頷くのを確認するとパチンと固定する。そして、髪とヘッドギア、マスクの部分を慎重にはめ込む。友希は一瞬にして視界を奪われる。
「微調整するから視界が確保できたら手で合図して」
 少し動かすと急に目の前が明るくなりあかねの胸の谷間が目の前にうつりこみ、慌てて手でOKサインを作った。
 そこからあかねに開店までの三十分で女性らしい仕草を教わり、不安のまま開店を迎えた。

 開店後は店先でチラシを配ったり、ポーズをとって写真を撮られたりと慌ただしかったものの、友希自身は香奈実の汗とゴムの臭いと自分の汗の臭いと湿気。それから下半身のボディスーツの刺激で常に興奮気味の息子に攻められていた。
 昼が過ぎ、客数も落ち着いたので事務所へ引き上げ、あかねに手伝って貰ってマスクを外す。
 事務所の冷房のひんやりした空気が顔の火照りを取っていくものすごい爽快感に友希は大きく息を吐いた。
「ご苦労様。たいした物よ初めてでこんなに着てられるのって。香奈実でも一時間程度しか無理だったのよ」
 友希にスポーツドリンクを手渡しながら笑う。友希はしばらく椅子に座っていたが疲れからいつの間にか寝息を立てていた。
「かわい!そだ、この子だったらあの企画も可能かもしれないわね」
 あかねは笑みを浮かべると静かに事務所から出て行った。