イリス

第二話「爆誕」

 夏休みが終わったものの、まだ日中は夏の気配を色濃く残していたが、夕刻になるにつれ空気は明らかに秋の気配を醸し出していた。
 電気街の一角にあるホビーショップ「ロビン」は、平日と言うこともあり日中の客足はそこそこであったが、週末ということもあり十七時を回った頃からごった返し始めていた。
 二階のゲームコーナーの人混みを抜けるように早足で白川香奈実は店の奥へと向かっていた。
 祥成女学院の制服である白のセーラー服風のワンピースに紺のカーディガン姿である。
「おはよーございます!」
夏や冬を除いてシーナは月に数度店へと出る。その前日には香奈実が来て予定やイベントなどの打ち合わせを行っていた。
「あー涼しい。ほんとここは天国だわ」
 胸元をぱたぱたしながら椅子にもたれかかる。伝票の整理をしていたあかねは呆れた感じでため息をついた。
「天下の祥成女学院の生徒様が何をはしたないことを
「むーあたしだって祥成なんて行きたい訳じゃないわ。おばあさまがあそこの理事長でさえなければっていつも思うもん。おはよう。ごきげんよう。自分で言っててじんま疹出そうよ」
 香奈実はそういうと肩をすくめた。
「あたしだってそれをこなしてきたのよ。あんただってそのうち「お姉様」なんて言われるかもよ」
 そういってあかねは笑う。
「んで、この大きな段ボールは何?」
 香奈実はテーブルの上に鎮座している縦長の段ボールに眉をしかめる。
「それ?今日ようやく届いたのよぉ」
「届いたって何?何?」
 香奈実はダンボールに手を伸ばそうとするが、あかねがそれを制止する。
「これは彼のだからだめよ」
 そう言って事務所と男子更衣室を仕切るカーテンに目をやった。
「それにしても長いわね。友希君」
「え?友希まだバイトしてるの?」
 友希のバイトの契約は八月の下旬までであった。一体自分の知らないところであかね姉は何をしていたの?と思いつつ香奈実はカーテンに手を伸ばした。
「あ!」
「うわぁああああああああ!」
 カーテンを開けた香奈実の目に飛び込んできたのは、椅子に腰掛け、肌色の全身タイツを腰まで着た状態で、ベージュのパット入りブラと睨めっこをしている友希の姿である。
「な、何してんのぉ!あんたはわぁ!」
「うわぁっ香奈実、何、明けてんだよぉ」
「お〜、二人とも楽しそうねぇ」
 顔を紅潮させ詰め寄る香奈実にブラを握りしめたまま狼狽する友希、それを楽しそうにあかねは眺めていた。

「まったく、あかね姉も最初っからそう言ってよね」
「なにさ。香奈実が聞かなかったんだろ
 むくれる香奈実に抗議の声を上げた友希だが、香奈実の一睨みで声は尻すぼみになる。
 しばらくして三人は女子更衣室へと移動していた。早い話、友希の格好は遠目に見たら裸と言われても仕方がない肌色の全タイ姿であったからだ。とりあえず、友希は全タイを着込み香奈実から借りたニットカーディガンを羽織っている。
「まぁまぁ、二人とも。さてさて、こちらがシーナの妹「イリス」よ」
 段ボールの中からあかねはピンク色のマスクを取り出した。
「うわっ!かわいい」
 香奈実は声を上げる。マスクは赤みがかったピンクで、すこしきつめのデザインのシーナと違い、ブルーの瞳は大きく全体的に丸みがかったデザインになっている。
「でもちょっと顔大きくない?」
「大きいわよ。まぁ、目の錯覚を利用してるのよ。子供って全体的に顔が大きい印象があるでしょ」
「それで小さくてかわいいと錯覚させるのね」
「そういう事ね。まぁ、基本的にはシーナとマスク構造は変わらないから、固定感は同じだからね、友希君」
「え、俺が着るんですか?てっきりシーナだと」
 友希は驚いた声を上げる。
「何言ってんの。シーナは香奈実専用よ」
「え〜あたし、こっちが良い!」
 イリスのマスクを抱きしめながら香奈実は抗議の声を上げた。
「香奈実、あんたの身長は?」
 あかねはため息をつきながら香奈実に問いかける。
「167p
「でしょ。友希君が160p」
「何で知ってるんですか!」
「で、7pのブーツを履くシーナだと、ローヒールのイリスと身長が同じくらいになるのよ。それじゃ意味無いでしょ。それが香奈実だとシーナは174pになるから、イリスの背の低さが際立つってわけ」
 友希の抗議を無視し言い放ったあかねは、むくれる香奈実に、背の低さを強調され落ち込む友希と視線を動かす。
「さ、友希君、イリスになりましょう」
「う
 あかねは箱の中から全身タイツを取り出す。ピンクに青と黄のラインが入ったタイツ。
ただ、シーナと大きく違うのが、生地自体が厚めであるのと腰の部分に強力なサポーターが装着されている点である。
「これはシーナと違ってかなりきついからね。先ず足を入れてそうそう、上げるわよ」
「うっきつっ」
「さ、腕を通して」
「は、はい
 友希は右腕をタイツの中へと差し込む。一方で香奈実は友希のお尻をつついたりと感触を確かめていた。
「ほんと生地が厚いわね」
「でも関節部分は薄くなってるから動き自体に障害がないはずよ。どう?友希クン」
「大丈夫みたいですね」
 そう言いながら友希は体をひねってみたり、屈伸したりして試している。
「これはね、どうしても男性と女性じゃ肉付きが違うから外のスーツでそれを調整してるのよ」
 あかねは友希に胸の部分や腰の部分にパーツをつけながら説明していく。最後に腰の部分にスカートのようなパーツを取り付けると、一歩離れて出来を確認する。
そしてマスクの下の部分をはめると友希にチューブのついたマウスピースを差し出した。
「あれ?チューブが三本あるじゃない」
 自分の物と異なるチューブに香奈実があかねに訪ねた。
「ああ、これね。なんでも制作部の発案なんだけど、ほらここにスイッチがあるじゃない」
 そう言ってマウスピースの下の部分にある赤いスイッチを指す。
「ここを舌で押すと、バックパックに搭載されたペットボトルから水分が補給できるよ。股間に吸収マット装着れば長時間もいけるらしいわよ」
「でも何でスイッチなんですか?」
「あぁ、それはね、これが弁の開閉スイッチってわけ。試作段階では無かったんだけど試しに使ってみたら息を吸ったと同時にここからも水が流れ込んできたらしく、あいつ、むせかえって大変だったらしいわ」
 あかねはスーツの制作者に心当たりがあるのだろう。なんとも楽しげな笑い声を上げた。
「じゃ、かぶせるわね」
 友希は瞳でOKの合図を出すと、マスクを完全に固定する。ブルーの大きな瞳に白磁の肌、やや赤に近いピンクのヘッドレストからは二本のオレンジのツインテールが腰まで延びている。
「ね、ねぇ、あかね姉
「な、何?
「これってキョーアクなほどかわいいんだけど」
「わ、わたしもまさかここまでとは
 二人が硬直しているため何が起こっているか分からない友希は、何気なく首をかしげた。それが二人のツボを突いたのは言うまでもないが。 

「さて、お披露目は十月第一週にあるセールと言うことで」
 事務所に戻ったあかね、香奈実、イリス、もとい友希はテーブルに向かい合って企画書に目を通していた。
「予定では最初はシーナとペアで店内を巡回後、それぞれ店先での客寄せや新商品のイベントの手伝いという形になるわね」
「でもお披露目まで一ヶ月あるね」
「それまでに友希君にはこれを覚えて貰わないと」
 そう言ってイリスの前に分厚い『MKL−16:ILIS 設定書』と書かれた百科事典並の分厚さの本を置く。イリスはそれを開いてみる。そこには図解付きので、仕草など指示がなされていた。
 イリスはそれを指さしてみたり首を振ってみたりするが、当然その行為は二人に黙殺される。
「で、後一ヶ月で香奈実にお願いがあるんだけど」
「え、何?」
「とりあえず友希君に女の子らしい仕草覚えて貰わないとね」
「あ〜、確かにねぇ」
 二人はイリスを見てため息をついた。イリスは自然とまたを開いて設定書を見ながら固まっていた。まぁ、仕方ないわね。と香奈実は苦笑した。
「でもイリスって年齢設定とか考えると、足をそろえて流すより股をくっつけてハの字に開く方が良いのかもね」
「そうね、その方が良いかもね」
 あかねも顎に手を当てながら香奈実に賛同する。一方でイリスは必死に身振り手振りで「無理だ」ということを伝えようとする。
「あきらめな、友希」
 イリスの肩をぽんぽんと叩くと、イリスはあきらめたように項垂れた。

 家に戻った友希は仕様書を夜遅くまで読みふけっていた。時折、立ってポーズの確認をしているところをカーテン越しにしっかり香奈実に見られていたのは、当然、彼は知らないのではあるが。

 

 

第三話