T S 病 院 物 語

 

 タクシーは、街中を離れ、はずれの小高い丘の上にある病院の玄関に止まった。

「870円です。」

料金の金額を告げる、若くかわいいドライバーの声に、彼女に見とれていた僕は、はっと気がついた。この街では、他のところに比べて女性の、特に若い子の活躍が目立っていた。僕にとっては、うれしいかぎりだ。

タクシーを降り、玄関の自動ドアの前に立った。これから僕の職場となるところへの第一歩だ。自動ドアが、音もなく開くと僕はその中にあしを踏み出した。こうして、僕のこの病院での第一日目が始まった。

玄関ドアを入ると広いフロアがある。そこは待合ロビーで、開院まではまだかなり時間があるのに、老若男女。美醜、大小さまざまな人たちが待っていた。その中を通り抜け、僕は、病院の事務局へと向かった。事務局は、診察受付の横にあった。中を覗くとすでに事務員達はすでに来ていて、彼女達、7人の事務員達は忙しそうに立ち回っていた。僕は一番とろそうな子を見つけると彼女に話し仕掛けた。それは、忙しく動き回る彼女達の仕事を邪魔せずにすむと思ったからだ。てきぱきと仕事をこなす彼女達の中で、もたもたと仕事をしている小柄な黒ぶちメガネの子のそばに寄った。

今時、黒ぶちメガネだぜ。服もダサいし、髪は三つあみのおさげ。まるで、昔のマンガに出てくるガリ勉、真面目の女の子だ。これで、セーラー服を着たら中学生と間違われるだろう(一応ここにいるということは、高校は出ているのだろう。)。でも、最近の子は、成長が早いから、小学生でもやばいかも・・・

「ねえ君。事務長は誰だい。」

「はあ?」

彼女は、不思議そうな顔をして僕を見つめた。

「だから、事務長だよ。君の上司の。」

なぜか返答に困っている彼女のところに先輩らしい美女が書類を持って近づいて来た。

「事務長、書類に目を通してください。新任の戸田先生ですね。こちらが、当『天使ヶ丘総合病院』の事務長の斎賀眞子です。」

「本当に?」

彼女は頷くと、斎賀事務長(彼女が言う事が正しいとして)に書類を提出すると自分の席に戻った。僕は、あたりを見回し、目があった子に視線で聞くと、その子は軽く頷いた。と言う事は、この小学生にも負けそうな子がこの病院の事務長と言う事になる。僕の頭は混乱していった。この子が事務長?

彼女は顔を真っ赤にして下を向いていた。僕は半信半疑ながらも新任の挨拶をした。

「今度、H医科大学からまいりました戸田恵一です。よろしくお願いいたします。」

「こちらこそおねがいします。」

彼女は、小声で恥ずかしそうに答えた。

「事務長、戸田先生の病院内の案内おねがいします。」

「え、でもわたしは、仕事が・・・」

「それならば、わたしたちが終わらせますのでよろしく。」

事務の女の子全員にそう言われ、斎賀事務長は、何も言えなくなってしまった。

彼女は、何も言い返せずに黙って私と事務局を出て行った。

僕と彼女はこれといった会話もなくただ黙って病院の廊下を歩いていた。

「戸田先生は、院長とは・・・」

「昨日挨拶をしました。ところで、僕の配属は?」

「ええ、院長の話では、この病院に慣れてもらうために全ての科を経験してもらうとか、おっしゃっていました。」

「全ての科?僕の専門は、婦人科なのに。」

「でも、先生達は一応全ての科を経験されるのでしょう。」

「ええ、その中で、一番自分にあった科を専門に勉強するのです。だから、婦人科を選んだのに・・・ぶつぶつぶつ。」

しばらく僕は不満をこぼしていたのに、事務長は、聞こえないのか、何かぶつぶつと呟いていた。

「最初のかは決まっているのですか。」

「ハイ、最初は皆さん、同じ科に配属になります。」

「それはどこです。」

「それは・・・・

 

第二話「おいでませ泌尿器科へ・・・」前 編

 

 です。」

 「泌尿器科?」

 普通、新人医師は、緊急治療科(急患などの担当科。救急車が入ってくるところ)とかにまわされる。それは、医師の仕事の大変さや大変さとか、生命の大事さを学ぶために回される。(本当は、重労働で人手不足なのだが)ところが、マイナーな泌尿器科に回されるとは・・・(泌尿器科の先生、看護婦さんゴメンナサイ)

 泌尿器は、目立たない場所ではあるが、ほっとくと大変な事になるところではあるし、泌尿器が化膿したりして、正常に機能しなければ体内の毒素がたまり、他の内臓器官の活動を阻害し、死に至らしめることもあるのだ。だが、僕は、研修中に寝たきりの老人にくさい尿を頭から掛けられ、ここだけはとるまいと誓ったのだった。その科に配属なんて、いやだ。僕は、事務長に抗議した。

「事務長、僕、いや、私は一人前の婦人科医ですよ。それなのに専門外に配属になるのですか。」

「ですから、それは、この病院に慣れていただくまでのことで、泌尿器科も、2・3日だけです。」

 蚊の羽音ほどの小さな声で答えた。だが、僕は納得しなかった。けど、彼女は、そんな僕にお構いなしに、事務所を出て行った。こう見えても結構頑固なところはあるようだ。僕は仕方なく後を付いて行く事にした。僕は、ぶつくさ言いながらも後を追った。事務長の後を追って、角を曲がったところで、ぼくは、ジャイアントパンダとすれ違った。僕と、同じ高さのパンダが、二本足で歩いていた。僕とすれ違いざまに軽く会釈をしていった。それを見送っていたのか、「鍼灸治療科」という、ネームプレートのしたに、白いチャイナタイプのナース服を着たナイスナイスのバディをした看護婦が立っていた。かなりの美人で、スリットから太ももが見え隠れしていた。胸のネームカードには、「鍼灸治療科 医師・王 沙流」と書かれていた。どう見ても彼女は、20歳前後だ。どうもこの病院は若い人(若く見える人)が多い。

 彼女は、僕に気がついたみたいで、声を掛けてきた。

 「あら、新人の先生ね。わたしは、王 沙流。鍼灸治療科の主任よ。よろしく。」

 僕は、彼女の制服に見とれて、彼女の言葉を聞いていなかった。

 「あら、この服が気になるの。これは、私の師匠の好みなの。」

 「あ、そうですか。いいご趣味で・・・・」

 僕は、自分でもなにを言っているのか理解していなかった。ちらちらと見える彼女の太ももに気をとられて何がなんだかわからなくなっていた。

 「先生。なにをしているのですか。ちゃんとついてきてくださいよ。」

 一人で先に行っていた事務長が戻ってくると、意外に強い力で僕を引っ張って行った。

 「チョちょっと、事務長。痛いですよ。もう少し、優しくおねがいします。」

 「あ、す、すみません。先生ちゃんとついて来てください。」

 「事務長って意外と力が強いのですね。」

 「い、いえ、あの・・・斎賀でいいです。」

 また消え入りそうの声で言った。さっきは気づかなかったがかなりの美少女だった。

 「マコチャン。さっきの先生は・・・」

 「斎賀です。」

 「だから、マコチャン。」

 「眞子と呼ばないでください。仕事中です。」

 「それなら仕事が終わってからはいいのだ。じゃあ、斎賀さん。さっきの王先生だけど・・・」

 「仕事が終わってからも困るけど・・」

 さっき以上に消え入りそうな声で言いながら、顔を赤らめていた。それがまたかわいらしかった。

 「王先生は、鍼灸治療科の主任で・・・」

 「そんなことじゃなくて、年はいくつなの。それに独身?彼氏いるの?」

 「設定では、確か20歳だったと思います。」

 「設定?」

 「いえ、二十歳です。この病院の者は全て独身です。彼氏は、本人に聞いてください。私そこまでは、知りません。」

 少し怒ったみたいで、顔がふくらんでいた。それもまたかわいかった。

 「二十歳か?え、じゃあ、医師の免状はあるの?」

 「え、あ、それは、その〜〜。海外での飛び級で取られましたので〜〜〜その〜〜。」

 「ふ〜〜ん。」

 外国の医師資格でも日本で働けるのだ。などと感心しながら僕は、さっきの王先生の姿を思い出していた。と、そのとき同時にパンダの事も思い出した。

 「この病院、変わった患者さんがいるね。パンダの着ぐるみを着ていたよ。暑いだろうになあ。」

 「あ、それは、早乙女さんです。あれは、着ぐるみではなくて。」

 「着ぐるみじゃなくて?」

 「いえ、その、仕事場のユニフォームだそうです。」

 何か、かなり焦っていたがその慌てぶりもかわいくて、いじめたくなるような子だった。

 「さ、先を急ごうか。」

 僕は、さっさと、歩き出した。

 「待ってくださ〜〜い。」

 そう叫びながら斎賀事務長は走ってきた。と、前方のほうでものすごい音がした。

 「ぐわしゃ〜〜〜〜〜ん。わんわんわん〜〜〜。」

 おかっぱ頭のまだ幼顔の(事務長といい勝負)看護婦が、足を滑らせ、見事なスライディングをして医療器具の入ったトレーを落としたのだ。その後のほうには、八の字眉をした白衣のじーさんが、困ったような顔をして部屋の前に立っていたが、その顔の唇が笑いをこらえているのを、僕は見逃さなかった。

 僕の背後から、事務長が飛び出してきた。さすが事務長。事後処理をするのかと思っていたら、駆け寄ったときに落ちていた注射器を踏んで転んでしまった。いったい何をしているのだこの人は・・・まったく。

 僕は転んで泣きそうな事務長を起こすと、彼女の服のほこりを払って、頭を優しく撫でた。看護婦のほうは、じーさんが起こしていた。でも、この子意外と重かった。着やせするのかな?

 「まったく、人手不足だから看護婦にしたらとたんにドジばかり。困ったものだ。」

 「だって、だって、まだなれないのだもの。」

 「まだ、って4ヶ月は経つだろうが、医者はいやだ、看護婦になりたいというから・・・」

 何か言いかけていたじーさんは、僕に気づいて話を止めた。そして事務長が立ち上がり、泣くのを抑えながら僕を紹介した。

 「猫野先生。こちらは、今度この病院に赴任されました戸田先生です。戸田先生。こちらは、精神科主任の猫野番台先生です。」

 「初めまして、戸田恵一です。猫野とおしゃいますと、猫野岩丸をご存知ありませんか。」

 僕が名乗ったとき、散らばった器具を拾っていた看護婦の背中がぴくっとうごいたのには、僕は気づかなかった。

「岩丸なら、わしの甥じゃ。ほれ、奴ならそこに。」

 そう言った時、事務長が大きく咳をした。

 「なんじゃ、まだ知らんのか。」

 「はい、まだ。」

 「そうか。それならこれからがたのしみだなあ。」

 そういいながら、じーさんは、さっきまで立っていた部屋の中へと入っていった。

 「大丈夫かい。」

 優しく声をかけて、片づけを手伝おうとしたら、彼女は僕から顔をそむけて手早く拾い上げると、深く頭を下げ、顔を上げることもなく去っていった。

 「変な子。でもかわいかったなあ。」

 実際この病院の関係者は、綺麗な人ばかりだった。これだけ集まると壮観だった。

 「斎賀さん。さっきの子は。」

 「はい、あ、あの子ですか。あの子は、猫野先生の娘さんで、猫野いわみちゃんです。」

 何か考え込んでいる様子で返事も上の空だった。

 「そう、いわみちゃんか。ところで、この病院には男性職員はいないのじゃなかったっけ?」

 「いえ、少ないだけです。猫野先生と、あの王先生の師匠、非常勤の王 偉人先生。他にも何人かいらっしゃいますよ。」

 「ふ〜〜ん。」

 まあ男に興味がない僕にはどうでもいいことだが、楽しい病院勤務になりそうだ。とにやけていた僕のそばにいつの間にかメスを目の高さに掲げた美人の女医さんが立っていた。ブルーのシャツは、その巨乳におされ伸びきっていた。

 髪の裾を綺麗にそろえ、たらした前髪から覗く瞳は大きく、冷たい光を放っていた。

 「おまえが新人か。こっちに来い。」

 強引に僕を連れて行こうとするその美人医師の前に、事務長が手を広げてとうせんぼをした。

 「羽扶先生。その方はまだ違います。そのときになったら先生のところへお連れします。」

 「きっとだな。今度は、私の番だからな。わすれるなよ。」

 そう言うと、きびすを返してその美人女医は去っていった。

 「はいわかっています。ふう、困った人だわ。」

 「斎賀さん、今の人は?」

 「形成外科主任の羽扶(わふ)京子先生です。」

 「羽扶?」

 数年前に、皺取り手術で入院した男性俳優を性転換して医師会を追放になった医師にそんな名前の人がいたが、彼は、50代の男性だった。関係者かしら?ちなみのその男優は、16歳の美少女に生まれ変わり、今では、トップアイドルになっている。もともと演技力は定評があり、頭の回転も良かっし、明るかったので当然と言えばいえるのかもしれない。男の頃は、脇役ばかりだったから遅咲きだったのだろう。(て、そんなこととは違うだろう。)

 そんなこんなで、僕たちはやっと、泌尿器科の診察室の前についた。先に事務長が入り、その後から僕が、入っていった。そして、僕は驚愕した。その診察室の医師用の椅子に座っていたのは・・・・

 

 

第三話

 

あとがき

 長くなりそうなので、分けました。まずは前編の終わり。どこが、「おいでませ 泌尿器科へ・・・」だ。といったことはナッシング。本番はこれからだ〜〜。ということで、次回をお楽しみに。

 

月一回は書き上げたいよしおかでした。