バカンス印の恋模様
さんさんと降り注ぐ太陽の光。キラキラと照り返す海面と耳に優しく響く潮騒。季節は夏。気温はおよそ三十度。波に砂浜、そして人ごみ。屋台からは物が焼ける香ばしい匂い。
(俺、何やってんだろ・・・。)
日番谷冬獅郎は遠い目をしながら水平線を見つめていた。
「隊ちょ・・・じゃなくて、冬獅郎!早くしなさいよ〜!」
そんな日番谷に本来彼の副官である松本乱菊が声を掛ける。
「そうやで、日番谷はん。あんま乱菊困らせたらあかんよ。」
さらに乱菊の後ろから顔を覗かせたのは市丸ギン。
「ちょっと、肩に顎乗せないでくれる?重いんだけど。」
「嫌やわ〜。そんな冷たいこと言わんと、ええやろ?」
「良くないわよ。」
「痛い痛い!耳引っ張らんといてや〜。」
乱菊に左耳を引っ張られて口先だけは抵抗らしきものをする市丸。
「日番谷君、せっかくみんなで遊びに来たんだし、楽しもうよ、ね?」
そして日番谷の正真正銘の幼馴染でもある雛森桃が日番谷の目の前にまで来て、ニコリと笑った。
「・・・ああ。」
彼女から目をそらして頷く日番谷。その頬が若干赤いのは暑さのせいだけではないだろう。
「わ〜い!海海海〜!!剣ちゃん、海って美味しいかな?」
「いや、塩辛いだけだろ。」
「ふ〜ん。じゃあ、金平糖の方が美味しいね☆」
いつものように更木剣八の肩に乗り、海を見て瞳を輝かせているのは草鹿やちる。その他諸々、一見怪しい人物が目白押しの集団だが、何故か周囲の人間に違和感をもたらすことも無く溶け込んでいた。
これは一体どういうことなのか。掻い摘んで説明していこう。彼らはご存知我らが護廷十三隊を誇る死神のトップクラスの面々である。実は、普段忙しい彼らの為に計画された毎年恒例のレジャー計画が、夏になると実行に移されるのだ。しかし各隊の隊長以下上位席官陣が一度に休暇に入られると仕事が滞るので、数回に分けて行われる。そして今回のレジャー計画はアミダクジの結果、『現世にて海水浴』ということになった。因みに内容候補は各隊の隊長・副隊長による提案なので、今回の発案者は絞り込めそうなものである。そんな訳で彼らは今、現世に海水浴に来ているのだった。なお、メンバーは三番隊の市丸に吉良イズル、五番隊の雛森、六番隊の阿散井恋次、十番隊の日番谷に乱菊、そして十一番隊の剣八にやちるといった八名である。皆、霊圧を抑える装置が内臓された特殊な義骸に入り、しかもそれは周囲の人間に違和感をもたらさないよう霊波も放出するというおまけつきだ。万が一に備え、記憶置換も準備してある。そこまで用心して現世にいく必要があるのかと疑問に思うかもしれないが、それはそれ、どっかの誰かさんがそういった案を出してしまったのだから仕方がない(しかもアミダだし)。とにもかくにも、ある意味豪華メンバーが現世に集っていた。
「ねえねえ、剣ちゃん。“海の家”って所に食べ物売ってるんだよね。金平糖あるかな〜?」
「さあな。」
海が初めてだというやちるに彼女を肩に乗せている剣八。彼の顔と髪型がいろいろとアレなことを除けば、まあ、親子に見えなくもない。多少会話がずれているのは目を瞑ってもらいたいが。
「吉良、どっちが速く泳げるか競争だぜ!」
「何で僕が・・・。」
恋次が吉良の肩に腕を掛けて言う。男二人のその光景は暑苦しいが、まあ、遊びに来た友人同士に見えなくもない。
「晴れてよかったね、日番谷君。」
「ああ、そうだな・・・。」
「冬獅郎って呼び方、まだ慣れないわね〜。うっかり隊長って言っちゃいそうだわ。」
「僕と乱菊は恋人同士に見えそうやな。」
「あんたは黙ってなさい。それより隊・・・もとい、冬獅郎。泳ぐ前には準備運動ですよ。」
「乱菊ひっどいわ〜。」
「それくらい言われなくても分かるっての。むしろ雛森に言ってやれよ。」
「む〜、私だってそれくらい知ってるもん。」
四人並んで歩く市丸・乱菊・日番谷・雛森は、まあ、親子とか親戚とか幼馴染とかご近所さんとか、そういった類に見えなくも・・・ないだろう。多分。恐らく。きっと。
「それじゃあ、更衣室で着替えてきましょうか。更木・・・さんと阿散井、それから吉良はパラソルと場所取りお願いね。」
割と姉御肌な部分のある乱菊がキビキビと指示を出す。剣八の肩にへばりついていたやちるも流石に更衣室までは一緒に入れないので、降りて今は雛森と手を繋いでいた。
「なあ、乱菊。僕と日番谷はんは何もせんでええの?」
「当たり前でしょ。あんたはどうせ手伝わないんだから頼むだけ無駄だし、た・・・冬獅郎の背じゃパラソルとか運ぶの大変じゃない。」
ビキッ
その言葉に日番谷が固まる。恋次等は一瞬噴出しかけたが後が怖いので何とか堪えていた。
「ああ、別に冬獅郎が持てないって言ってるわけじゃないですよ。だけど、低い位置であんな細長いもの運ばれると危ないでしょう。ほら、階段とかで小さい子が傘差してると歩く時周囲の人が危ないですし。」
正論だが、なかなか痛いフォローに日番谷の空気がさらに重くなる。
「ほ、ほら、日番谷君。私だって重い荷物持ってないし!」
「男と女は違うんだよ・・・。」
「ふええ・・・!?」
雛森が笑顔で入れた励ましも日番谷の気分をさらに重いものにした。例え、見た目がお子様であろうとも、やはり男としての沽券とかそういったものが気になるのである。
「ら、乱菊さんどうしよう・・・。」
「全く・・・。」
「別にいいだろうが。郷に入っては郷に従えと言うだろう。てめえが持ってたら不自然になるんだよ。こっちにいる以上人間らしく振舞え。てめえ位の現世の奴らはあんなもんは持たねえだろ。野郎としてのプライドがあるなら、別の方法で何とかしやがれ。大体パラソル如き俺一人で充分なんだよ。恋次も吉良もいらねえぜ。」
「さっすが剣ちゃん!」
「更木・・・。」
手を叩くやちるに顔を上げて剣八を見つめる日番谷。そしてガリガリと頭を掻くとしっかりとした顔つきで言う。
「悪い。手間取らせたな。さっさと着替えてこようぜ。滞在時間は限られてるしな。」
「じゃあ、剣ちゃん、あたし行くね〜。桃りんと乱ちゃんも早く〜。」
「はいはい。」
「じゃあまたね、日番谷君。」
「おう。」
「水着期待してるで乱菊〜。」
「後で海に沈めてその減らず口閉じさせてやるから覚悟しなさい。」
「俺らも行こうぜ、吉良。」
「うん。」
こうして彼らは男女二手に別れてそれぞれ更衣室へと向かった。
さて、これは各更衣室での一同の遣り取りである。まずは女子更衣室。雛森・乱菊・やちるだ。
「意外と狭いわね、このロッカー。」
「一般向けですしね。」
人の多さもあり、眉根を寄せる乱菊。そして苦笑を浮かべる雛森。
「やちるちゃんは一番下のロッカーの方がいいかな。」
「え〜、何かジメジメしてそうでやだ〜。あたしも剣ちゃんと一緒が良かったよ〜。」
「駄目よ、あっちは男用なんだから。こっちで我慢しなさい。」
「む〜。」
むくれるやちるに雛森と乱菊が言う。
(まあ、やちるなら男子更衣室入っても大丈夫かもしれないけどね。見た目は子供だし。)
もっとも乱菊はこんなことを思っていたのだが。父子連れで、幼児の娘と一緒に風呂や更衣室に入るという光景は全くないというわけでもないからである。
「やっぱり乱菊さん胸大きいですね・・・。」
「乱ちゃんはスタイルいいよね〜。」
着替えている最中に雛森とやちるが乱菊の身体を見て感想を漏らす。乱菊は美人でスタイルが良いと死神たちの間では有名だ。もちろん男性だけでなく女性陣からも憧れの的である。
「いいなぁ・・・。」
雛森は自分のそれと見比べてポツリとそう漏らす。胸も尻も腰のくびれも自慢できるレベルではない。
「そう?桃りんは結構ある方だよ。」
「え!?」
やちるの言葉に驚く雛森。
「そうね〜、割と着痩せするタイプよね。あんたって。」
そう言って雛森の胸元を覗き込む乱菊。
「あたしもいつか桃りんや乱ちゃんみたく大きくなるんだ〜。」
「や、やちるちゃん、乱菊さん・・・!」
困惑する雛森にさらに乱菊が追い討ちをかける。
「ちょっと失礼・・・。」
「きゃ!?ら、乱菊さん!ど、どどどこ触って・・・!!」
「あ、やっぱり結構ある。それに形も良さそうよね。」
胸を直に触って確かめる乱菊に雛森は真っ赤になった。
「まあ、あんたの場合大きすぎても困るかもね。」
雛森から手を離して面白そうに言う乱菊。
「え?」
「だって、あんまり大きいと手に余るでしょ?隊長の場合。」
「な!?」
乱菊がただ“隊長”とだけ呼ぶことのある相手は一人しか居ない。それが何を意味するか分かって、雛森は一気に耳まで赤くなった。
「あははは、桃りん可愛い〜。でもひっつーだってその内大きくなるから大丈夫だよ〜。」
「乱菊さん!やちるちゃん!」
更衣室に笑い声が響いた。
一方男性陣はと言えば、黙々と着替えていた。元々親しい友人同士というわけでもないし(恋次と吉良を除く)当然といえば当然かもしれない。
「そう言えば雛森ちゃん、服可愛かったな〜。なあ、イズル?」
「い、市丸隊・・・さん!何てこと言うんですか!?」
「桃色のキャミソールよぉ似合ってはるし、アクセントについた白のレースとリボンがまたキュートやん。」
着替えながら隣の吉良に話しかける市丸。それに対し、赤くなって言葉を返す吉良。現世に来た彼らはきちんとそれに合わせて普段と違う洋服を身につけていた。例えば雛森だったら、ピンクの生地に白いレースとリボンがついたキャミソールと白いスカート、そしてサンダルといった格好である。
(確かにあれは可愛いし似合っていたが・・・。)
彼らの会話を耳にしながら日番谷は思った。実を言えば日番谷は洋服を着た雛森に見惚れてしまい、結局何の褒め言葉も言ってやれていないという苦い経験をしてしまっていたりする。
「やっぱり可愛い女の子は可愛い格好するのがええやん。イズルもそう思うやろ。」
「そ・・・それは、まあ・・・。」
(市丸の野郎が言うとムカつくんだよ・・・!)
日番谷から不機嫌そうなオーラが立ち上りつつあった。それに気付いているのかいないのかというか多分気付いていて無視しているであろう市丸は、直接は吉良を遠まわしに日番谷をからかっているのが傍目にはよく分かった。この状況に内心焦る恋次と興味を持っていない剣八。
「そ、そういえば、乱菊さんも似合ってましたよね!こっちの服!!」
「あ、ああ、そうだね、阿散井君。松本さん、よく似合ってましたよね。」
話の流れを変えようと恋次は乱菊の名を話題に上げた。
「そんなの当たり前やん。乱菊ほどの美人なら何着ても似合うに決まってるやろ。」
それに対して市丸はサラリとそんなセリフを吐く。これも一種ののろけなんだろうか。
「きっと水着もええ感じやで〜。イズルは雛森ちゃんの楽しみやろ。」
「な!?」
「日番谷はんもそう思わん?」
(あっちに話題振った〜!?)
市丸の言葉に恋次は胸の内で絶叫する。そして話題を振られた日番谷はジロリと市丸の方を睨んだ。因みに使用しているロッカーの並びは市丸・吉良・恋次・日番谷・剣八の順である。間に挟まれた恋次と吉良の心境は夏の海岸から冬の永久凍土にいきなり放り込まれたようなものだ。ブリザードが吹き荒れている(特に恋次側)。
「僕が思うに雛森ちゃんて絶対着痩せするタイプやから、案外ボリュームあると思うねん。水着はセパレーツの方が可愛いタイプ多いし、きっとそんなんやと思うんけど・・・。」
「・・・。」
ビキビキビキビキ・・・
(さ、寒い・・・!夏なのに何でこんなに寒いんだ!?)
恋次は日番谷から霊圧が漏れているのではないかと疑いたくなった。しかしどうすることもできず、心の中で悲鳴をあげるのみ。ああ、彼に救いの手はあるのか。
「おい、お前らいつまで余計な口を叩いてやがる。さっさと着替えを済ませやがれ。」
そこへ冬空に差し込む陽光の如く、声を恋次達に掛けたのは剣八だった。どうやら恋次はまだ運に見放されてはいないらしい。
「そ、そうッスね。乱菊さん達待たせたら悪いですし、早く行きましょう!」
「う、うん、そうだね。阿散井君!」
恋次と吉良はそそくさと仕度を済ませて、更衣室を後にした。吉良は市丸を恋次は日番谷を引っ張り押し出す形で。
<NEXT>
*以前キリ番小屋に置いてあった際には一つのページにしてありましたが、やはりスクロールバーが小さい・・・要は長い状態でしたので分けることにしました。