「日番谷く〜ん、こっちこっち〜!」
更衣室から出て待ち合わせ場所に向かうと、人ごみの中でも目ざとく日番谷を見つけた雛森が笑顔で手を振る。人ごみから抜け出て雛森達の元に辿り着いた日番谷は不覚にもときめいてしまった。
(か、可愛い・・・。)
白地に赤のチェックのビキニタイプの水着でパレオもお揃いである。要所にはフリルをあしらったそれは雛森によく似合っていた。頭では駄目だと思っているのに、心拍数は上昇。顔に熱が集まっていく。それを雛森に知られたくなくて日番谷は俯いた。
「乱菊〜。水着よぉ似合ってるで〜。」
「寄らないでくれる、狐目男。」
パシンッ
乱菊が抱きつこうとした市丸をどこからともなく取り出した扇子で一撃し見事撃退する。まるで八番隊の京楽春水と伊勢七緒の遣り取りのようだ。
「ねえねえ、ひっつー。剣ちゃんは〜?」
「・・・ああ、更木ならパラソル借りに行ってるぜ。」
「ふ〜ん。早く来ないかな〜、剣ちゃん。」
「待ってりゃその内来るだろ。」
雛森から目をそらして、日番谷はやちるの言葉に答える。日番谷は照れくささが先立ってろくに雛森を見ていられないというのが本音なのだが、そんな事を雛森が分かるはずもない。
(日番谷君・・・何も言ってくれなかった。やっぱり現世の服って似合わないのかな〜。)
そう思い雛森が落ち込んでいるなんて、彼は夢にも思わなかった。第一、日番谷は自分のことでいっぱいいっぱいなのである。恋する青少年と乙女はどうも思惑がすれ違うものらしい。
「あ〜、居た居た。更木さんは先に場所取りに行ったんで、俺達も行きましょう!」
そこへやってきたのは剣八と共にパラソルを借りに行ったはずの恋次。その手には何故かカキ氷と焼きそばと焼きトウモロコシがあった。
「阿散井君、いつの間に・・・。」
「剃り眉!あたしの分は?あたしの!?」
「あ〜、はいはい。草鹿・・・さんはこれッスよ。」
手を伸ばすやちるに恋次はいちごシロップの掛かったカキ氷を手渡す。因みに“剃り眉”とは“剃り込み眉毛”の略であるらしい。恋次も言われた当初は十一番隊第三席斑目一角同様反論していたらしいが、最近は諦めの境地へと悟りを開いたようで、大人しく聞き流すことにしたという。後にこの事を聞いた彼の幼馴染でもある某貴族の養女は涙ながらに『大人になったな、恋次・・・。』等とのたまったとかそうでないとか。
「わ〜い、カキ氷カキ氷☆」
「程々にしておきなさいよ。普段とは勝手が違うんだから。」
「松本の言う通りだな・・・て、何だその格好はぁあああ!?」
乱菊の注意に同意を示した日番谷がこれまで見ていなかった(雛森のことで頭がいっぱいで)乱菊の方を何気なく向き、そして叫んだ。
「あら、冬獅郎。何か問題でもあります?」
いきなり大声を出され、肩をすくめてみせる乱菊。乱菊の姿といえば、黒のハイレグビキニタイプの水着で、しかも布地が少ないというお色気たっぷりな状態だった。もちろん似合っていることは間違いない。しかし日番谷には刺激が強かったのか、顔を赤くして、尚且つ苦い顔をしている。
「うわ〜、ら、乱菊さん。凄いッスね〜。」
後から来た恋次もその姿に改めて気付き顔を赤くしていた。
「ほんに、セクシーやろ。」
「あんたは黙ってて。」
肩に手を置こうとした市丸の手をつねる乱菊。そして日番谷は・・・
「おい、阿散井。」
「な、何ッスか。日番谷・・・さん。」
「脱げ。」
『!?』
「いいから、そのパーカー寄越せ!」
驚く一同を無視して日番谷は恋次から彼の着ているパーカーを剥ぎ取ろうとする。
「ちょ、ちょっと何スか、日番谷隊長!?」
「うわわ〜、ひっつー、セクハラ??」
「ちょ、やちるちゃん!?」
「日番谷はんて、雛森ちゃんだけでなくあっちもいけたんか〜。こりゃ、いいネタ掴みましたわ。」
「そんな訳ないでしょ!あの子に男色の趣味ないわよ。」
日番谷の意図が掴めず困惑する中で、彼はとうとう恋次からパーカーを剥ぐことに成功した。そしてそれを持ったまま乱菊の前まで来ると、日番谷は手にしたパーカーを乱菊に差し出した。
「ほら、松本。これ着てろ。」
『え?』
キョトンとする一同には答えず、日番谷は恋次のパーカーを乱菊に握らせた。
「どういうことですか?」
「・・・お、女がそんな肌の露出した服着てるんじゃねえ。だからこれでも着てろ。」
「隊長・・・。」
「えええ!?そんなもったいないわ〜。」
「お前は黙ってろ。」
「あんたは黙ってて。」
口を挟もうとした市丸を同時に声を発し黙らせる十番隊コンビ。ここはあえて流石と評するべきか。
「とりあえず、お気持ちはありがたいですけど、結構ですよ。というか、考え方古くありませんか。女の露出がどうのこうのって。」
「だ、だからってなあ・・・。」
「第一、こんな物着てたら泳げないじゃないですか。一応、私達は泳ぎに来たんですから。」
「じゃあ、それまで着ていろ。」
パーカーを突き返そうとする乱菊に譲らない日番谷。
「というか、それ俺のなんスけど・・・。」
恋次の呟きは生憎誰の耳にも届いていない。やちるは興味なさそうにカキ氷を食べ、市丸は傍観体制である。そして雛森はといえば・・・
(日番谷君、乱菊さんにはあんなことしてあげてる・・・。やっぱり乱菊みたいな美人が好みなのかなぁ?私、スタイル良くないし・・・。)
乱菊を気に掛けているらしい日番谷の言動に落ち込んでいた。
「とにかく、着ろ。いいな?」
「あ〜、はいはい。分かりましたよ。」
結局日番谷の主張を乱菊が受け入れ、彼女は恋次のパーカーに袖を通す。
「・・・森、おい、雛森。」
「・・・ふぁい?」
自分の殻にこもっていた雛森は何度か声を掛けられてようやく我に返った。彼女の視界に写ったのは日番谷。その途端に雛森の顔が不機嫌なそれに変わる。そしてプイっと横を向いてしまった。
「雛森?」
「日番谷君なんか知らない!」
「は!?」
日番谷には何故雛森が急に怒り出したか理解できない。
(もう!日番谷君ってば、私の時には何も言ってくれなかったくせに、乱菊さんには優しくして・・・!馬鹿馬鹿、もう知らないんだから!)
実際には雛森はヤキモチを妬いていたのだ。しかし、超能力者でもない日番谷には雛森がそんなことを思っているとは露知らずである。
「おい、雛森!」
「何よ!?」
日番谷が腕を掴むと、雛森は怒りを滲ませた声音でようやく日番谷の方を向いた。
「・・・ったく、何怒ってるんだか知らねえが、お前もこれ着てろ。」
そう言って日番谷が雛森に寄越したのは彼が先程まで来ていた上着だった。
「これ・・・。」
「俺のだ。お前なら何とか着れるだろ。」
「え・・・でも、日番谷君・・・乱菊さんは・・・?」
「は?松本がどうかしたのか??」
口篭る雛森に首を傾げる日番谷。どうやら本気で分かってないらしい。
(ああ、もう!何で普段勘が鋭いくせにこういう時は鈍いのようちの隊長は!?)
そんな二人の様子をイライラしながら見つめる乱菊。
「乱菊、先行かへんの?」
「行きたきゃ勝手に行きなさいよ。」
「最近妙に冷たない?」
「気のせいでしょ。」
話しかける市丸を適当にあしらう彼女はなかなかにクールビューティーだ。
「だ、だって、日番谷君・・・乱菊さんのことは・・・その・・・気に掛けてるでしょ?さっきもパーカー着せてあげたりして・・・。」
俯きながら、言いにくそうに雛森は口にする。チラリと目線を上げれば、日番谷に目で続きを促された。
「・・・そ、それでね、あのね・・・私、水着似合ってなかった?」
「は?」
真っ赤になってモジモジしている雛森に日番谷はしばし考え込んだ後、一気に顔を赤くした。どうやらようやく雛森が妬いていることに気付いたようだ。
「・・・あ、あのな〜、雛森。」
「う、うん・・・。」
「松本は流石に着れないだろ。俺のサイズじゃ。」
「そ、そうだね・・・。」
「だから、阿散井のやつを着させた。松本は客観的に見てもいい女だからな、あんな格好してると変な男が寄ってくるかもしれないだろ。」
「日番谷君・・・。」
(やっぱり、乱菊さんのこと好きなのかな・・・。)
雛森は何だか泣きたい気分になる。好きな相手には振り回されることもままあるものだが、不安で仕方がなかった。
「一応、俺は上司だし。部下に万一のことがあったら困るからな。」
鼻の頭を指で掻きながら日番谷は言う。
「流石、私の隊長ね。分かってるじゃない。」
一方、『いい女』という日番谷の評価に気をよくする乱菊。腕を組んで一人頷く彼女を見遣り、市丸は一言。
「まあ、そうやな。」
それは肯定の言葉だった。
「というか、心配性ですよね。」
(雛森に対してだけじゃなかったのは意外だけど。)
さらに恋次はそんな感想を抱き、やちるはカキ氷の三分の二を消費した。
「だから、お前もこれを着とけ。」
日番谷が雛森の手に上着を握らせる。
「多少サイズが合わないかもしれないけど、我慢しろよ。」
「う、うん・・・。でも、どうして?」
「いいから、着ろ。」
雛森の疑問には答えずに、日番谷は雛森に着替えを促した。雛森は何か言いたそうな顔つきをしたが結局日番谷の上着に腕を通す。彼女が着替えている途中で、日番谷は小さく呟いた。
「それにお前に他の奴の服着せるのは・・・な。」
その瞬間、パッと雛森が日番谷の方を向く。彼女の耳には彼の呟きが届いていたのだ。つまりは、雛森には他の男の服を身につけて欲しくないと言っているのである。
「日番谷君・・・!」
それまで愁いを帯びていた雛森の瞳に、喜びの混じった光が浮かぶ。そして日番谷は雛森の耳元に唇を近づけると囁くように言った。
「こっちの服も水着も似合ってたぜ。」
彼の言葉に反応するように、雛森は耳まで赤くなる。そして言ってから恥ずかしくなったのか、日番谷も顔を少々赤くしてそっぽを向きながらこう漏らした。
「・・・あ、あんまり、他の野郎に見せるなよ。」
そして二人は顔を赤く染めながらも向かい合って俯いていた。
そんな初々しい遣り取りをしっかり観察する羽目になった他一同はそれぞれ拍手をしたり頷いたり、ニヤニヤした笑いを浮かべたりパタパタと手で扇ぐ仕草をしたりと、反応を示す。
「愛だね、ひっつー。」
「見せ付けてくれますわ、日番谷はん。」
「よっ、隊長!」
「熱いッスね〜。」
『!?』
ここにきて、ようやく雛森と日番谷は周囲に人がいることを思い出したのだった。二人の世界に入り込むとある意味デンジャラスなのだという一例である。何事もTPOをわきまえることが世渡りの秘訣だ。とりあえず、日番谷はしばらくの間これをネタに乱菊他数名にからかわれる可能性が非常に高いと言える。
その後、迎えに来た剣八と共に吉良の待っているパラソルまで皆で移動し、ようやくまともに海水浴のスタートとなった訳である。
「よっしゃ、泳ぐぜ!」
気合を入れて準備体操を始める恋次の横で、浮き輪を抱えた雛森がやちるに話しかける。自分よりも小柄な彼女が普通に泳げるというのだ。雛森は少し意外に感じた。なお、日番谷に関しては昔から泳げると知っていたので・・・もといかつてスパルタ特訓をさせられた思い出があったりする。
「やちるちゃんは浮き輪いらないの?」
「平気だよ、ね!剣ちゃん。」
「泳ぐくらいできなきゃあそこではやっていけねえからな。」
「そういうこと☆」
「そ、そっか・・・。」
やちると剣八は流魂街の中でも特に治安の悪い地域が出身だ。生き抜くためには泳ぐ所か素手で泳ぐ魚を捕まえられるくらいの技術が必要になってくる。雛森は自分の配慮の足りなさに自己嫌悪を覚えた。
「ほらほら、湿っぽくならないの。」
「つか、雛森まだ泳げるようになってなかったのか?」
「日番谷君!あんまり大きな声でそういうこと言わないでよ・・・。」
そんな彼女の気分を変えさせようとするかのように明るく乱菊が雛森の肩を叩き、日番谷はからかうようにそう言った。それが功を奏したのか、雛森は今度は頬を染めてポカポカと日番谷を叩いてみせる。もちろん本気ではないので彼にとって痛いものではなかった。
「雛森君、良かったら僕が泳ぎ方教え・・・い、いや、何でもないよ。」
「?」
「けっ。」
そして彼らの会話に便乗するように吉良が雛森に泳法を教授しようと提案するが、日番谷に睨まれてあえなく撃退。しかも雛森には全く気付いてもらえないというおまけ付である。
「じゃあ、俺が教えてやるよ。」
「本当!阿散井君、ありがとう。」
「あ、雛森・・・。」
「隊長、ファイト!」
今度は恋次が下心皆無の善意で申し出ると、その声は雛森にちゃんと届いたようだ。哀れ、吉良。そして鈍感な恋次には日番谷の睨みも通用しない。いそいそと日番谷の側を離れ、恋次についていく彼女に伸ばした手が空を切る。そんな切ない状況の日番谷に、乱菊は目頭を押さえる振りをしながら声援を送った。
「乱菊、僕がオイル塗ってあげよか?」
「結構よ。」
「ほな、瓶貸してぇな。」
「そっちの意味じゃないわ!逆よ逆!!」
市丸のちょっかいを横に押しやりつつ避けながら。
こうして普通に海で遊ぶのに始まり、ビーチバレーやら素潜り対決なんていう脈絡不明なことまでしたりして、かなり大騒ぎだったようだ(特に恋次とやちる)。途中、海の家に食料の買出しに行った剣八が迷ってなかなか帰ってこなかったり、乱菊と雛森が日番谷が目を離した隙にナンパされたり、吉良がくらげに刺されて溺れかけたりといったハプニングもあったが、大体のメンバーは現世でのレジャーをそれなりに満喫できているようだった。もっとも日番谷はなかなか雛森と話したり二人っきりで何かする機会がなくて、不機嫌ゲージを徐々に上昇させていったりしていたのだが。
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