第四話:病院へ行こう!

 

 ユーリの強硬な主張の基、彼とスマイルに引きずられる形でとある病院の前に連れてこられたアッシュ。看板に掲げられた病院名は『PM医院』・・・すみません、水無月ネーミングセンスなくて。

(あれ?ここどこかで・・・?)

病院の敷地を眺めながらふと思うアッシュ。所々、塀から見える木立が見覚えのある気がしたのだ。

「どうかしたの、わんこ?」

「いや、何でもないッス・・・。」

そのまま二人に促され渋々ながらも建物の中へと入っていった。

 病院独特の消毒液の臭いが漂う空気。ただでさえ鼻のいいアッシュは匂いのきつさに顔をしかめる。薄暗い室内。病院なのに不衛生というか不健康そうなイメージだ。

「お客さん、いないね〜。」

スマイルが感心しているのか呆れているのか分からない物言いをする。

「予約をされていたアッシュ様ですか?」

そこに突然現れたのは一人の女性看護士だった。

『!?』

その登場に少なからず驚く三人。アッシュの鼻が馬鹿になっていることを差し引いても、魔物であるユーリたちに気配を感じさせず声をかけるとは恐るべし、看護士さん。流石に妖怪の治療を受け持つという病院だけのことはあるのかもしれない。女性は細目でニコニコしその表情からは彼女の意図を窺い知ることは出来ない。言うなれば『テ●スの王子様』の不●周助とか『BLECH』の市●ギン系統の顔をしているのだ。

「そ、そうッスけど・・・貴方は?」

「私はこの医院の看護士ですよ。一応、一般のお客様と貴方達のような普通の人間でない方を担当する敷地は区別されているのです。従って、この建物は入院患者以外は普段誰も出入りしてないんです。ああ、もちろん掃除はしてますよ。」

『はあ・・・。』

看護士の説明に何となく相槌を打つ三人。

「待合室を薄暗くしてあるのは光が苦手な方もいらっしゃるからです。診察室は明るくしてありますけど、それは患者に害のないように特別に研究・開発された照明ですから安心してくださいね。」

『それはどうも・・・。』

やはり何となく返事をする三人。

「それでは診察室にご案内しますね。お連れの方はこちらでお待ち下さい。」

「は、はいッス。」

緊張でカチコチになりながら看護士の後に続くアッシュ。

「わんこ、大丈夫かな〜。」

心配そうに彼を見送るスマイル。

「奴が妙な好奇心を起こさなければ大丈夫のはずだ・・・。」

ユーリはどこか苦い顔で溜息をついた。

 さて、看護士の後について診察室の中に入ったアッシュは扉を開けた途端、様々な薬の臭いに混じって、どこか懐かしい臭いのすることに気づいた。

「ようこそ、当医院へ。本日は初診ですか?」

通された部屋のデスクに居たのはフチ無し眼鏡をかけた理知的な印象を受ける男性だった。アッシュは目を見開き、ヒクヒクと鼻を動かす。

「どうしましたか?」

「せ、先生・・・?」

「え?」

アッシュの口から漏れた言葉に目の前の男性がアッシュの顔をまじまじと見遣る。

「アッシュ・・・君?」

「や、やっぱり先生ッスか!?俺アッシュです!三年位前にお世話になった!!」

「ああ、久し振りですねえ。元気でしたか?」

「はいッス!」

アッシュは瞳を輝かせ、嬉しそうに尻尾をパタパタ振っている。今にも喜び勇んで飛びついてきそうなアッシュに医師の男性は微笑んだ。どうやらこの人物とアッシュは顔見知りであるらしい。

「まさかユーリさんの言っていたアッシュ君が君とは夢にも思いませんでしたよ。」

「先生、ユーリさん知ってるんスか?」

「ええ。世間とは案外狭いものなんですね。」

診察室にはほのぼのとした空気が漂っていた。

 

 

2005/04/06完成)

 

 

 

第五話:診察室の間隙と待合室の惨劇と

 

「え〜と、ユーリさんの話だと今日は狂犬病の予防接種に来たんですよね。アッシュ君は。」

 医師の男性の言葉にビクリと体をひくつかせるアッシュ。やはり避けられない道らしい。ここまで来ておいて今更だが、狼男としてのプライドがいたく傷ついていた。

「大丈夫ですよ、アッシュ君。僕は注射するの上手いですから。血管の位置間違えて・・・なんてミスはしませんよ?」

男性は医療ミスの心配はするなと告げる。

「い、いえ、そういう意味じゃなくて・・・その・・・。やっぱり予防接種受けなくちゃ駄目なんスか?」

「アッシュ君は嫌なんですか?」

「い、嫌というか・・・俺一応狼ッスし、それ以前に魔物ですし・・・。」

「うんうん。」

「なのに普通の犬がするようなことするなんて・・・そのやっぱり・・・威厳とか尊厳とか沽券とかに関わるような気がするんスけど・・・。」

「ああ!成る程。そういうことですか。・・・プッ。いや、アッシュ君可愛いですねえ。ククククク・・・。」

「わ、笑い事じゃないッスよ!先生!!」

噴出して笑いを堪えている男性に顔を赤くして抗議するアッシュ。

「大丈夫大丈夫。アッシュ君だけじゃないですから。」

「へ?」

キョトンとするアッシュに男性が説明する。

「他にも来てましたよ、予防接種に来た方。」

「・・・ほ、本当ッスか?」

縋る様な目つきをするアッシュ。

「医者としては守秘義務があるのであまり詳しくは言えませんが、イヌ科の獣人の方とかですね。だから安心してください。」

ニコニコと害のなさそうな笑顔で言う男性。

「では、とりあえずそこに座ってください、アッシュ君。」

「はいッス。」

男性に促され、患者用の椅子に腰を下ろすアッシュ。

「それから、魔物は普通の人間や動物とはいろいろと体の構造も違うので、先に一応簡単な診察をさせてもらうけど、いいかな?」

「はいッス、先生。」

アッシュは男性の言葉に素直に頷いた。

 一方その頃待合室で待たされているユーリとスマイルはいろいろと暇であった。初めは辛抱強く待っていたが次第に待ちくたびれたスマイルがブツブツ文句を言い始める。

「わんこ、まだかな〜。」

「・・・。」

対するユーリは無言である。

「ユーリ、暇だよ〜。」

「・・・・・・。」

「退屈〜。退屈〜。」

「・・・・・・・・・。」

「わんこまだ〜?」

「・・・・・・・・・・・・。」

「わんこ〜。わんこ〜。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「お腹空いた〜。」

「喧しい!」

ユーリの拳がスマイルの顎を捉える。ナイスアッパーカット。血を吐いて宙を舞うスマイル。そしてそのままグシャッと床に激突した。先程までスマイルがジタバタして騒がしかった待合室は一転して静寂に包まれる。

「フン。」

ユーリは不機嫌そうにドカリと長椅子に座り込んだ。もちろんスマイルは放置である。待合室には消毒液に混じって血液の臭いが空気に漂っていた・・・。

 

 

2005/04/08完成)

 

 

 

第六話:謎の医師の正体、その名はD・D!

 

「本当はちゃんと血液検査とかもして個別に薬を調合するのが一番なのですが、それだと時間が掛かってしまいますからね。」

「すみません、先生。来月はライブが控えていて・・・。」

「いえいえ、アッシュ君が気にすることではありませんよ。」

 アッシュを一通り診察した後で医師の男性が言う。その言葉にアッシュがすまなそうに頭を下げると、男性は笑顔でそう言った。

「アッシュ君はアレルギーとかはなかったですよね。」

「はいッス。」

「じゃあ、ベースタイプでも平気かな・・・。」

そう言って男性は注射器を手に取った。

「それじゃあ、腕を出して体の力を抜いてください。」

「は、はい・・・。」

アッシュが服の袖を捲くる。

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。リラックスリラックス。」

硬くなっているアッシュに苦笑しながらも男性はアッシュの腕を取る。

 結論から言えば、予防接種は無事完了した。ただ、その後少々世間話・・・もとい、思い出話に花が咲いてしまい、診察室から出てくるのが大分遅くなってしまった。

「すみません、遅くなったッス。ユーリさん、スマイル・・・て、えええ!?」

診察室から出てきたアッシュは素っ頓狂な声を上げた。

「ん?何だ。遅かったな、アッシュ。」

アッシュの声にユーリが読んでいた本から顔を上げる。ユーリはあまりにも暇だったので待合室に置かれていた冊子を読んで時間を潰す事にしたのだ。しかも読んでいたのはイスラム教の聖典『コーラン』である。こんなものを置いてある病院も病院だが、読む魔物も魔物だ。吸血鬼としてどうなんだろう、この人の行動は。大いにツッコミを入れたいところである。しかしアッシュを驚かせたのはそれだけではなかった。それは長椅子のすぐ横の床で倒れ、血の海に沈んでいるスマイルであった。

「ス、スマイル!?大丈夫ッスか!しっかりするッス!!」

慌てたアッシュがスマイルの肩をゆすると、スマイルは口から鮮血を溢れさした。どうやら重症らしい。アッシュの顔色が真っ青になる。

「せ、先生〜!」

アッシュは全力で診察室へと駆け込んだ。

「た、大変ッス!先生!!」

「いきなりどうしたんですか、アッシュ君。」

「と、とにかくすぐ来てくださいッス!」

アッシュは医師の男性の腕を掴むとすぐさまリターンダッシュをする。その間およそ二十秒。かなりの早業であった。

「げ!?DD!!」

「あ、どうも。お久し振りです、ユーリさん。」

 アッシュが連れてきた人物に気づいたユーリがものすごく嫌そうな声を上げた。それに対しのんびりニコニコ手を振って挨拶をする医師の男性。どうやら彼の名前はDDというものらしい。

「な、何で貴様がここに・・・!」

「それはここが僕の病院だからじゃないですか?」

「そんなことは分かっているわ!」

ユーリの言葉に笑顔を崩さないDD。そのせいかユーリの表情がさらに険しいものになっていく。

「私が言いたいのは何故貴様が待合室になんぞ来とるかと聞いているんだ!医者なら医者らしく大人しく診察室か手術室にでもいろ!?」

「そうは言ってもアッシュ君に連れて来られたわけですし・・・。」

無茶を言うユーリにDDは返答する。しかしその言い方にユーリはケチを付けてきた。

アッシュ君!?何だその呼び方は!馴れ馴れしいぞ、私の犬に!!」

「そう怒られても困るんですが・・・。一応彼とも知り合いなんで。」

「何だと!?」

「先生!ユーリさん!遊んでる場合じゃないッスよ!?」

「誰も遊んどらんわ!DDなんぞと!!」

「ユーリさん、あまりカリカリされると体に良くないですよ?」

「黙れ!」

「はいはい。それで、どうしたんですかアッシュ君。」

ユーリの叫びを受け流し、アッシュに向き直るDD

「先生!ス、スマイルが・・・。」

泣きそうな表情で床に倒れているスマイルを示すアッシュ。

「ああ、これは凄いですねえ。」

感心しているようにどこかのんびりと言うDD。それからゆっくりとスマイルに近づくとまずは脈拍を確認した。そして出血場所等の確認。その様子はどこか検死官のようであった。いや、スマイルまだ死んでないんですがね。

「舌が傷ついてますね。口からの出血はそのせいでしょう。どうやら傷口は歯型のようです。噛み切っているわけではないですから・・・というかもう治りかけていますね。流石に自己治癒力が高いようです。だから大丈夫ですよ。死んだりしませんから。」

「よ、良かったッス・・・。」

DDの説明に胸を撫で下ろすアッシュ。

「よく透明人間相手にそこまで分かるな。」

「これだけ出血量が多ければ血で体の器官が浮き出てきますから。」

ユーリの言葉にDDは言った。

「心配なら、念の為に増血剤でも投与しておきましょうか。あと頭を打っているみたいなんでそちらの検査も。」

「いや、別に捨て置いてかまわないぞ。」

「ユーリさん!」

冷酷なユーリの回答にアッシュが抗議の声を上げる。

「じゃあ、間をとって一先ず応急処置しておきますね。」

DDはそう言うといつの間にかまた側に控えていた細目の看護士に指示を出し、医療器具を用意させた。スマイルの治療が始まる中、それを見守るアッシュとユーリ。

「そういえば、何でスマイルはあんな怪我をしてたんスかね。」

「私は知らん。」

アッシュの疑問にユーリは堂々とそう宣言した。

 実際の所、ユーリはすっかり忘れているようだが、真の原因は彼にある。それは第五話でユーリがスマイルに決めたアッパーであった。あの一撃の際、スマイルは舌を噛んでしまったのである。しかしユーリは彼を殴り飛ばしたことすら忘れていた。最早ご愁傷様としか言いようがない。

 

 

2005/04/10完成)

 

 

 

 

 

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