第七話:底の見えない男

 

『本当に、お世話になりました。』

 アッシュとスマイルが揃って頭を下げる。それに対してDDは笑顔でこう言った。

「いえいえ、お大事に。」

ユーリは苦虫を噛み潰したような顔でそれを見ていた。

「ユーリさん、眉間に皺。せっかくの美人な顔が台無しですよ。」

「余計なお世話だ。第一貴様に言われると褒め言葉もムカついて聞こえる。」

「ははははは、相変わらず毒舌なんですねえ。」

DDはユーリに睨まれてもどこ吹く風である。ある意味大物だ。

「ユーリさん、先生に失礼ッスよ。」

「黙れアッシュ。私に口答えする気か。」

嗜めようとするアッシュに睨みを利かせて黙らせるユーリ。

「ユーリさん、アッシュ君に八つ当たりは良くないですよ?」

「な!?」

「八つ当たりッスか?何でまた・・・。」

「煩い!貴様には関係ないだろDD!」

結構痛い指摘をしてくるDDに反抗するユーリ。アッシュは彼らが何故もめているのかがわからないようである。

「全く、何でユーリさんはいつも僕に対して怒ってばかりなんでしょうねえ?」

「貴様が私の神経を逆撫でることばかりするからだろうが!」

「・・・そんな風に怒鳴ってばかりで疲れませんか。」

「貴様、実はわかっててやっているだろう、それ・・・。」

「さて、何のことですか。」

「と・ぼ・け・る・な!」

ユーリがDDの胸倉を掴みあげる。

「貴様といいあいつといい私をおちょくって楽しんでるんだろう!そうだな?そうだろう!?」

さらにグラグラと揺さぶる。一体ユーリとDDの間に何があったというのか。

「ユーリさん!先生になんてことするんスか!?」

「ユーリ、大人げな〜い。」

ユーリの行動をアッシュとスマイルが非難した。流石に二人同時に言われて内心怯むユーリ。

「・・・それはそうと、ユーリさん。」

「・・・なんだ。」

「最近ちゃんと寝てます?」

『は?』

ユーリ、スマイル、アッシュの声が唱和する。ユーリに怒突かれそうになっても笑顔を崩さないのも意味不明だが、こうして唐突にされる発言も周囲には理解不能だ。思わずユーリが掴んでいた胸倉を離してしまうくらいに。

「あまり寝られてないでしょう。」

『・・・・・・。』

「いくら吸血鬼でも睡眠不足が続けば体に毒ですよ。」

DDの言葉にしばらく沈黙が訪れた。

「・・・何故分かった。」

そしてようやくユーリが口を開く。苦虫を噛み潰したような顔で。

「何故・・・と言われましても、僕は医者ですからね。何となくかな?」

DDがユーリにだけ見える位置で一瞬人の悪そうな笑みを浮かべる。それを見た瞬間ユーリの白い頬が朱に染まった。

「き、貴様・・・!?」

「それでは三人ともお大事に。」

「先生、さようならッス。」

「替えの包帯ありがとね〜。」

「アッシュ君、スマイル君、さようなら。」

病院から出て行こうとするアッシュとスマイルを人のいい笑顔で見送るDD

DD!」

「ユーリさんには、はい、これどうぞ。」

「! 何だこの紙。」

「安眠によく効くハーブです。別に魔よけ効果はないから吸血鬼が使っても平気ですよ。」

そしてユーリには一枚のメモを渡した。ユーリはDDの顔を見遣り脱力する。

「だからあいつといい貴様といい私は苦手なんだ・・・。」

「それは光栄の至りです。」

ユーリの言葉にDDは微笑んだ。

 

 

2005/04/13完成)

 

 

 

第八話:ごはんにしよう!

 

「いや〜、先生ってば本当凄かったッス。スマイルの治療はパパッとできるし、俺達が全然気づかなかったユーリさんの不調を見抜くし・・・。格好いいッス。」

 PM医院からの帰り道、途中で拾ったタクシーの中で、アッシュが嬉しそうにDDを褒め称えていた。それをバックミラー越しに不機嫌そうに見つめるユーリと隣でボケッとしながら聞いているスマイル。

「わんこはさ〜、あの先生のこと好きなの?」

「もちろんッス!」

スマイルの質問にアッシュが力いっぱい答える。即答だった。

「じゃあ僕のことは?」

「え?・・・もちろん嫌いじゃないッスよ。」

アッシュに深い意味はなかったのだが、スマイルはその言い回しの違いにショックを受ける。

「ひ、酷い〜!愛が薄い〜!」

「へ?」

いきなり騒ぎ出すスマイル。

「僕はわんこの事大好きなのに〜!」

「え?え?え?」

ピーピー子供のように泣き出すスマイルに困惑するアッシュ。ユーリの不機嫌数値は静かに上昇。そしてタクシーの運転手さんは居た堪れない。迷惑極まりない空間が車内に現出していた。

 そんなこんなでようやく帰宅した三人。ユーリは自室に引っ込み、スマイルはソファーに寝転んでテレビ三昧。アッシュは夕飯の買い物に出かけた。夕飯と称すには大分遅い時刻だったが。しかも遠回りしてユーリのために安眠効果のあるハーブを購入。全く主夫の鑑だな、アッシュ。

「さて、帰ったら急いで作らないといけないッス。そうしないとスマイルとユーリさんが暴れて家が壊れるッス。」

何だか不吉な呟きをしてアッシュは帰宅の途についた。因みにその頃のユーリとスマイルは・・・

「お腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いた〜!」

「黙れスマイル!」

「ゴフッ!?」

空腹を訴え騒ぎ立てるスマイルの鳩尾にユーリの拳がめり込んでいた。

 それから一気に場面が進んで、アッシュが帰宅し、食卓の準備が整うまで到った。ユーリは読書をして時間をつぶしていた。スマイルはテレビでギャンブラーZのビデオを観ていた。しかも何故か感動して泣いていたりする。

「ユーリさん、スマイル、できたッスよ〜。」

「・・・そうか。」

「うわ〜い、ごっはん♪ごっはん♪」

ユーリは本にしおりを挟んでから閉じる。スマイルは一目散にテーブルへと向かう。テーブルの上には相変わらず見事な料理が並んでいた。

「すみませんッス、今日はもう遅いのでこんなものしか・・・。」

「え〜、そんなことないよ。わんこ美味しいよ?」

「ありがとうッス・・・て、もう食べてるじゃないッスか!?」

スマイルは他のメンバーが食卓に着く前にもう食べ始めていた。慌てたアッシュが嗜めようとするが、スマイルはどこ吹く風である。

「スマイル!勝手に食べちゃ駄目ッスよ。行儀が悪いッス。」

「え〜!だってお腹空いたんだもんお腹空いたんだもん!これ以上我慢できな・・・。」

「五月蝿いぞ・・・。」

そんなスマイルの頭をユーリは鷲摑みにしていた。頭蓋骨がミシリミシリと音を立てる。吸血鬼の握力は並じゃない。しかも片手だし。恐すぎです、ユーリさん。

「ごめんなさ〜い、僕が悪かった・・・です。」

スマイルの声は裏返っていた。

 その後、メソメソ嘆く(余程恐くて痛かったらしい)スマイルをアッシュが慰め、無事食事が始まるのはそれから十分程経ってからであった。

 

 

2005/04/16完成)

 

 

 

第九話:過去の幻影に想いを馳せて

 

 食事が済んで、しばらくした後、スマイルが唐突に口を開いた。視線はテレビに釘付けだった。番組は『これが世界の怪奇現象ファイルU』である。魔物のくせにこんなもの見るなよ。しかもユーリやアッシュまで・・・。まあ、ユーリはただ現場にいるだけで読書に勤しんでいるようだったが。

「あのさ〜、今日の病院の先生って何者?」

『・・・。』

スマイルの質問の意図がわからず、黙り込むユーリとアッシュ。

「今日の病院って・・・PM医院のことッスか?」

 アッシュが聞き返すとスマイルがコクリと頷く。ユーリはあからさまに嫌そうな顔をした。ユーリは彼の人物が苦手なのだ。ただの人間であるはずなのにむしろ彼の方が妖怪か何かである気がする。

「うん、そう。わんこはあの人好きなんでしょ?」

「もちろんッスよ。」

スマイルの言葉をアッシュが肯定する。

「でもユーリはあんまり好きじゃないんだよね?」

「・・・。」

しかしユーリは答えない。

「えええ!ユーリさん先生が嫌いなんスか!?あんなに善い人じゃないッスか!!」

「アレのどこが良い人だ!」

アッシュの抗議に思わず即ツッコミで返してしまったユーリ。

「善い人ッス!俺達みたいな魔物相手でも安価でちゃんと診察してくれるじゃないッスか。俺達は健康保険が通用しないから普通はもっとお金取られるんスよ!?」

「・・・まあ、それは確かに良心会計だと思うが・・・・・・。」

むしろまともな通貨を持っていない魔物相手なので、いろいろ勉強しているらしい。アッシュの言葉に少し怯むユーリ。

「じゃあ、さ。ユーリはあの先生のどこが嫌いなの?」

今度はスマイルが問う。

「どこって・・・。」

改めて問われると逆に返答に困る気がした。

「・・・というか、貴様らDDの回し者か?」

「どういう意味ッスか、それ・・・。」

「ねえねえ、ユーリ。マワシモノって何?相撲の選手がつけるヤツ??」

『スマイル・・・。』

首を傾げるスマイルにユーリとアッシュは同情するような呆れるような眼差しを向けた。いや、この場合力士の衣装がそれと知っていたことを褒めるべきか。

「・・・気が殺がれた。私はもう寝るぞ。」

「あ、ユーリさん。」

「ユーリ、だからマワセモノって何〜?」

「スマイル、“マワセ”じゃなくて“回し者”ッス。」

「じゃあ、わんこ。マワソモノって何なの?」

「だから・・・。」

アッシュとスマイルが押し問答をしている隙にユーリは部屋から姿を消した。

 

『君、大丈夫ですか・・・?』

『・・・わ、私に触れるな!』

『駄目ですよ、こんなに怪我してるのに・・・。』

 

『医者の言うことは聞くものですよ。』

『貴様は何者だ・・・?』

『・・・モンスター専門医って所ですかねえ?』

 

『初めまして。貴方がご先祖様の記録にあった吸血鬼のユーリさんですね。』

『誰だ!?』

『僕の名前は・・・。』

 

「・・・私は貴様らが嫌いだよ。」

 蘇る過去の記憶達は懐かしくて眩しくてそしてどこか苦いもので。ユーリは無意識の内に唇を噛んでいた。

 

 

2005/04/19完成)

 

 

 

 

 

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