第十話:そして事件は起こる・・・
「ぴぎゅのげむほのはわぁあああああああ!?」
突然上がった家中に響き渡るような何とも発音しがたい悲鳴に、ユーリは柄にも無くベッドから飛び起きた。
「な、何だ!今の声は・・・スマイル!?」
こんな変な声を出せる奴はスマイルしかいない、ユーリはそう判断したようである。
「・・・さて、寝直すか。」
そう呟きユーリは再び横になった。スマイルのことなら自分が出向くまでも無い、そう判断したようである。そんなこんなで約十分後。
「・・・リユーリユーリユーリユーリユーリユーリ〜!!」
ドタバタバタバタバタバタン!
ドップラー効果と共にスマイルが部屋に飛び込んできた。
「喧しい。」
ユーリが寝ながらの体勢で、何故か天井から下がっている一本の紐を引いた。
ガン
「はうっく!」
すると何故か天井から金盥が落ちてきてスマイルの脳天に炸裂した。コントでお馴染みの某仕掛けである。そんなものを自分の寝室に仕掛けておくユーリもユーリだが。
「キャイン」
そんな状況に驚いたのか、悲鳴を上げてスマイルの腕から飛び出した茶色い影が一つ。
「ん?」
ユーリが半身を起こし目を向けると、それは部屋の隅に駆け込み丸くなってプルプル震えていた。
「何だあれは。」
ユーリはスマイルに問いかけようとしたが、スマイルは金盥の衝撃で目を回しかけていた。つまりユーリの声なんて聞こえていないのである。
「犬・・・?」
その物体は尻尾やら何やらの形態からどうも犬系の何かのように思われた。しかも仔犬サイズ。
「全く、スマイルめ。どこからこんなものを拾ってきた。世話は誰がすると思っている。」
ユーリはこんなことを言っているが、そうなった場合担当者は十中八九アッシュであろう。
「ほら、さっさと起きろ。おい、スマイル聞いているのか。さもなければ地下室に逆さ吊り且つ磔[はりつけ]にするぞ。」
何だか恐い発言をするユーリにスマイルよりも先に部屋の隅の物体が怯えてしまった。
「・・・怖いッス怖いッスお家に帰りたいッス・・・!」
そんな事をブツブツ漏らしながら鼻を鳴らして泣き出す小さな生き物。
(犬が喋った!?)
その事実に残っていた眠気がユーリから晴れる。彼はスマイルが普通の犬をどこかから拾ってきたと思っていたのだ。
(ということは、これも魔物の類か・・・。)
「とりあえず、アッシュに面倒を看させるか・・・。」
「あう?」
ユーリの言葉にピクリと犬っぽい生き物が反応する。
(犬同士だし、きっと気が合うだろう。)
誰に言うでもなく一人納得するユーリ。
「おい、そこの茶色い奴。」
「!?」
ユーリが話しかけるとそれは余計に縮こまった。どうやら怯えているらしい。
「おい・・・?」
「・・・お、俺は何も悪いことしてないッス。気がついたらここに居たッス!」
キュ〜ンキュ〜ンと鳴きながらプルプル震える哀れな仔犬に似た生命体。
「・・・。」
ユーリは正直これをどう扱っていいか分からなかった。ユーリはこう見えても割と動物好きである。少なくとも見た目が仔犬なので、強制的に何かするというのは憚られた。むしろさらに怯えさせそうな気もしたこともある。
(やはり、アッシュに任せるか。)
アッシュは子供好きだし、お人好しだし、きっと上手く宥めることが出来るだろう。相手に目が怖いと怯えられない限りは。
「ちょっと待っていろ。今からアッシュの奴を呼んでくるから。」
「・・・あぅん?」
ユーリは出来る限り優しげな声音になるよう気をつけて、部屋の隅で縮こまっている生物に話しかける。それが功を奏したのか、震えていた小動物が少しだけ頭を上げた。
「それで何か食べさせてもらうといい。アッシュの料理は美味いぞ?」
「・・・れ・・・な・・・え。」
「何か言ったか?」
「・・・俺と同じ名前・・・?」
「は?」
その生き物は恐る恐るという態で、ユーリの方に振り返った。子供らしいふわふわした柔らかそうな毛並みと、怯えていたせいか潤んだ瞳。愛犬家でなくとも可愛いものが嫌いでないなら精神的にクリーンヒットしそうなその姿に、例外なくユーリも一発を貰ってしまった。内心のた打ち回って絶叫したい気分に駆られながらも自分はそういうキャラではないので必死に押さえ込むユーリ。
「・・・?」
一方、そんなユーリの様子にキョトンとした表情を浮かべる生き物。いろいろと特殊な趣味の人にとっては思わず涎が出そうなラブリーな様子である。
「・・・ゴホン!す、すまないな。」
「・・・。」
そしてどうやら自分との戦いに勝ったらしきユーリが咳払いをすると、真面目な顔で例の生き物に向き直った。しかし今度はそちらの生物がポカンとした表情を浮かべてユーリを眺めていた。
「どうした?」
「・・・あ!す、すすすみませんッス。あ、あんまり綺麗な方なので、み、見惚れてしまいましたッス!」
ユーリに話しかけられてその生き物は真っ赤になってしどろもどろに説明した。
「そ、そうか・・・。」
子供に褒められてちょっと照れくさくなるユーリ。子供の賛辞は素直なものが多いので少々捻くれた性格をしている彼には時として毒だったりするらしい。
「それで、仔犬・・・。」
「俺は仔犬じゃないッス。狼ッス!」
キャンキャン鳴いて抗議してくる茶色い自称狼。
「ほう、狼なのか。」
「そうッス。俺は狼男ッス。」
その様子があまりに可愛らしくてついつい撫でてしまうユーリ。自称狼なその生き物も気持ち良さそうに目を細めて・・・後でハッとした顔をした。
「だ、駄目ッス!俺は犬じゃないッスからそんな風に撫でないで下さいッス。」
「・・・いや、触り心地が良くてつい。」
「“つい”じゃないッス〜!」
ジタバタともがく様子が可愛くてついついもっと撫で回したくなるユーリ。彼は好きな子は苛めたくなるタイプなのだろうか。果ては抱っこまでしてしまっている。
「して、仔犬・・・もとい、仔狼。貴様の名は。」
「・・・アッシュ、ッスよ?」
「は?」
「俺の名前はアッシュというッス。」
今度はユーリがポカンとした表情を浮かべた。
「うわ〜ん!わんこがこわんこになっちゃったよ〜!!」
『!?』
そしていきなり脈略もなく復活を遂げたのはスマイル。
「ユーリ、聞いてよ〜!わんこの部屋に行ったらわんこ居なくてでもその代わりにこわんこが居てこわんこにわんこのこと聞いたらこわんこわんこの名前言うしきっとわんここのこわんこになっちゃったんだよ〜。僕どうしたらいいの〜!?」
早口言葉に匹敵する勢いで一息に訴えてくるスマイルに少々押され気味なユーリ。
「すまん、スマイル。何を言っているかさっぱり分からない。」
思わずツッコミも兼ねて謝罪が飛び出す位スマイルは激しく動揺していた。むしろ号泣する勢いである。
「ううう・・・だ、だからぁ、わんこの部屋に行ったらわんこ居なくてでもその代わりにこわんこが居てこわんこにわんこのこと聞いたらこわんこわんこの名前言うしきっとわんここのこわんこになっちゃったんだよ〜。ユーリ何とかしてよ〜!」
無茶苦茶な事を言い出すスマイル。
「お兄さん、どうかしたッスか・・・?」
ユーリの腕の中でアッシュと名乗った仔狼は不思議そうに首を傾げた。
(2005/04/22完成)
<中書き>
これは元々不定期連載であった『アッシュであそぼう!』の話を再編集したものです。とは言え、基本的には以前掲載してあったものと何ら変わりありません。
一応、このお話も以前風陸みどり嬢に差し上げたシリーズのリニューアルなんですよ。何話かまとめて掲載しているので(といっても一つ一つは短い)更新する時は一気ですね。伏線もペタペタ貼り捲くりです。でも、ちょっと別ジャンルにはまりまくった影響で、放置してしまった状況でして、現在は休止中となっております。
あんまりアッシュで遊んでなくて、名前負けなお話ですが、気分が乗れば再開したいと思います。テンションの高い話なので、自分の気分が乗っている時でないとうまく書けないんですよ。
*1〜6話=2005/04/11 UP
*7〜10話=2005/04/25 UP
<NEXT>