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第十一話:現場検証
ユーリは大いに不満だった。スマイルの奇声に起こされ、アッシュと名乗る喋る仔狼が部屋に連れ込まれ、スマイルは相変わらず正気を失って(?)いる。本当に彼はイラついていた。ただでさえ短気だというのに、沸点を通り越して一気に水蒸気爆発でも起こしそうなくらいムカっ腹だった。
ミシリ メキメキメキ・・・
「いい加減にしろ、スマイル。」
ユーリが床に拳を叩きつけると何とも不吉な音をさせてめり込んだ。
「はひ、すみません、がんばって落ち着いてみまふ・・・。」
「はわはわほわ〜。」
スマイルはこれから不思議な踊りでも展開できそうなポーズで固まり、仔狼は恐怖に目を回している。
「これを連れて居間にでも行ってろ。仕度する。」
「は〜い。」
ユーリから仔狼を受け取り、シュタッと効果音が付きそうなくらいの勢いで返事をすると、スマイルはそそくさと部屋から出て行った。
「・・・後で、修理工を呼ばんとな。」
ユーリは彼らを見送り、ふとそんな一言を漏らしたのだった。
さて、身支度を整えたユーリがスマイルの待つ居間へやってくると、早くも空腹を覚えたのかスマイルがパンをボソボソ齧っていた。その様子はどうにも哀れを誘う。もっとも、ユーリはスマイルに対してそんな優しさを持ち合わせていないのだが。
「おい、スマイル。」
「な〜に、ユーリ。」
ユーリが声をかけると口元にパン屑をつけたままスマイルが答えた。その横では仔狼が見るからにビクビクした様子でユーリの様子を伺っている。やはりスマイルへの脅しが過激だったのかもしれない、少なくともこの小さなアッシュにとっては。
「今朝、アッシュの部屋にいったら、あいつがいなくて、この子供がいたと言ったな。」
「うん。いつも僕より早く起きてご飯の支度してるのにいないから、まだ寝てるのかと思って。でも、わんこがいなくて、こんなちっちゃくて可愛いこわんこに〜!」
「騒ぐな。うるさい。」
「ぴぃ〜・・・あい。」
ユーリに睨まれてコクリと頷くスマイル。
「アッシュがいなくなって代わりにいたのがこの子供、しかも名前は同じ・・・偶然とは思えないが・・・。」
腕を組み顎に手を当てユーリは考える。前日までは何もおかしなことがなかったはずだ。仮にアッシュが連れてきたにしても仔狼が彼のことを知らないのはおかしいし、ユーリ自身やスマイルも仔狼の存在を知らなかった。
(まさか・・・アッシュが小さくなったとでもいうのか?)
そんな非科学的なことあるかと突っ込みたい所だが、生憎自分達の存在そのものが吸血鬼に狼男としっかり非科学的なのでどうしようもない。
「やっぱりこわんこはわんこなの?」
「そんなこと俺に言われても分からないッスよ・・・。」
スマイルは小さなアッシュに問いかけるものの彼は不思議そうに見返すばかりである。しかし、仮にこの仔狼がアッシュだとしても、何故いきなり子供になってしまったのか。
「遺伝?」
(いや、それは何か違う。)
ユーリは自問自答する。
「体質かな〜?」
「いや、それも何かおかしいだろう。」
スマイルの呟きとユーリのツッコミ。
「分かった!何か変なもの食べたんだよ。も〜、駄目だよわんこ、勝手に拾い食いしたら!」
「は?」
「そんなわけあるか!」
スマイルのボケ発言を受けてキョトンとする仔狼に怒鳴りつけるユーリ。そんなわけで状況分析は遅々として進まないのであった。
それから、ひとまず三人ほど空腹を覚えたので、ひとまず朝食を取ることになった。しかし、アッシュがいないので、自然と彼に食事の支度を任せきりにしていた面々の食卓は簡素のものになる。
「はい、こわんこはミルクね。」
「ありがとうございます、スマイルさん。」
スマイルが器に注いだ牛乳を仔狼は少しずつ舐め始める。その様子は思わずほんわかしてしまいそうなくらいに可愛い。
「紅茶はどこだ?」
「さあ?棚の中とかじゃないの?」
「棚か。」
はっきり言って、どこに何が置いてあるのかユーリは分からない。スマイルは時々盗み食いのために台所に出入りしているので、ある程度知識はあるようだが。それにしても大の大人が情けない。目玉焼きの一つも作れないのだろうか。いや、下手に作って失敗したら食材が無駄になるわ洗い物が面倒になるわで身も蓋もないけれども。
「お、俺も何かした方がいいッスか?」
「こわんこはちっちゃいからね〜。」
「あう〜。」
「アールグレイか。イングリッシュブレックファストはないのか?」
「ユーリ、それ未開封だよ。開けてある他にあるんじゃないの。」
「貴様が棚にあると言ったんだろうが!」
「え?僕のせいなの!?」
ワイワイガヤガヤ
朝食からして前途多難な彼らが、まともに事態解決を図るのはいつになることやら。それはMZD(神)ですら分からないことだった。
(2005/05/22完成)
第十二話:容疑者
「どうしてわんこはこわんこになっちゃったんだろうね〜。」
「・・・あんまり撫でないでください、俺、犬じゃないんスから。」
「だって、触り心地いいんだも〜ん。」
紆余曲折どころか、しっちゃかめっちゃかトンテンカンテンな(?)経過があったものの、何とか食事を終えることができた。シンクタンクの中の惨状は敢えて語るまい。現在スマイルはアッシュが小さくなったと考えられる仔狼を膝に抱き、その毛並みを撫でている。仔狼は犬のような扱いに不満があるようだが。
「昨夜まではいつもの通りだったんだがな・・・。」
アッシュの様子に特に違った所はなかった。普段通りの態度であったとユーリとスマイルも認識している。
「病気じゃないよね〜。」
「俺はどこも悪くないッス。」
仔狼に尋ねるスマイルに仔狼はビタンと尻尾を打ちつけた。
「何か変なことしたのかな〜。うっかり、銀でできたナイフで指切ったとか、魔除けのハーブを呑み込んだとか。」
「そういう物は初めから家に置かないようにしているだろ。」
「じゃあ、誰かからの贈り物に変な薬が混入されていたとか・・・。」
「は?そんなこと・・・いや、待てよ・・・?」
スマイルの言葉に思い当たる節があるのか、ユーリが眉をひそめる。それを不思議そうにしながら見つめるスマイルと仔狼。
(昨日までは何も不審なことはなかったはずだ。)
ユーリはこれまでに出来事を思い返す。
(アッシュにも何かあるような気配はなかった。)
本当にいつも通りだった。
(いつもと違うことがあったとすれば、病院にいったことだ。)
そう、昨日彼らは狂犬病予防接種をアッシュに受けさせるために、病院へ行った。世にも珍妙(?)な妖怪でさえ診察する医師のいる病院へ。ユーリだけでなくアッシュとも顔見知りだった、眼鏡に白衣の底知れない性格の男。
「D・D!!」
彼の笑顔を思い出した途端、何故か無性に腹が立って、ユーリは吼えた。
『!?』
スマイルと仔狼は驚いて、身を硬くした。
「私としたことが何で気づかなかった・・・!」
怒りに身を任せ立ち上がったユーリはリビングに置かれた電話へと向かう。
(ドサクサに紛れて変な薬混ぜるくらいあいつならやる!)
ユーリは妙な確信を覚えていた。天使の笑顔で毒と解毒剤両方用意しておいて効果を確かめる実験をやらかす血筋なのだ、昔から奴らは。少々昔の嫌な思い出が脳裏を過ぎったりしたものの、彼の人物を問い詰めるために受話器を手に取る。
「ユーリ、いきなりどうしたのさ?」
「ユーリさん・・・?」
キョトンとしているスマイルと仔狼を相手にしている余裕は今のユーリにない。そしてつい先日もかけた番号をプッシュしていく。
プルルルル プルルルル・・・
受話器から聞こえる電子音。流石に三回コールで相手が出るということはなくて、ユーリはイライラしながら繋がるのを待っている。
(何をしている、早く出ろ!)
相手の都合など露ほど考えず、ユーリは胸の内で毒づいた。
カチャ
『はい、こちらPM医院です。』
電話線の向こうから聞こえてくる声は胡散臭い笑顔で魔物さえも丸め込む(?)脅威の医者、通称D・D。
「D・Dぃいいいいいい!!」
電話線の向こうでハウリングがするほどの怒声が響いた。
「ちょっと・・・一体何なんですか、ユーリさん?」
電話線の向こう側では、笑顔のままのくせに顔をしかめるというなかなか器用な表情をD・Dは浮かべていた。電話をかけた途端、聞き覚えのある声で怒鳴りつけられたというか、開口一番で怒声を浴びせてくるような相手は彼しかいないというか、ともあれ、耳は痛かったものの、電話の相手はすぐユーリだと判明する。
『貴様・・・空とぼけるつもりか!?』
電話の向こうのユーリは怒っていた。とりあえずD・Dは受話器から耳を離し、マシンガンのように発せられるユーリの苦情を聞き流すことにする。一通り怒鳴り散らせば、とりあえず相手はすっきりして落ち着くものだ。例え、電話の向こうで本人が聞いていなくとも。
「何を怒っているんでしょうね、ユーリさんは・・・。」
身に覚えのないらしきD・Dはボソリとそう漏らし、溜息をついた。そして受話器を机に置き、入院患者のカルテに目を通す。因みに魔物のそれではなく、普通の人間のものだ。PM医院の業務はあくまで通常の治療が主流であって、妖怪研究・・・もとい、医療は半分くらい院長であるD・Dの趣味だ。はっきり言って収入としては当てにならないから、真面目に彼も仕事をしなければない。こんな彼ではあるが、一応名医として世間では通っている。ユーリに言っても彼は信じなさそうだが。
「う〜ん、投薬治療があまり効いてないみたいですね。そうすると手術ですか・・・。」
(そうすると説明しなくちゃいけない訳だけど、担当の金谷君、口下手なんですよね。腕は確かなのに・・・。)
カルテをじっと見つめながら、考えるのは患者のこと。忙しいのかもしれないが・・・いや、雰囲気からそんな風には思えないけれども、受話器を置きっぱなしで仕事にいそしむというのもどうよ?救急車で患者が搬送されてきたならまだしも・・・というツッコミがそこかしこから聞こえてきそう(幻聴か?)なくらいの勢いでD・Dの態度はアレである。彼の医者として・・・もとい、人としてのモラルとかそういうところがどうなっているかなんて、書いている本人ですら分かりはしないのだ(書いている内に混乱してきた)
『―――――――おい!おい!D・D!?聞いているのか貴様!!また他人の話聞かないで変な実験してるんじゃないだろうな?大体お前は・・・。』
実はユーリ、案外D・Dのことを良く分かっているらしい。彼の行動を見抜かれている。
「ユーリさんはせっかちですね〜。」
そしてのほほんとした口調で白い紙に何か書き付けて、カルテにクリップで貼り付けているD・D。この場合せっかちとかそういう問題じゃないと突っ込んでくれる相手がいないのは惜しまれるが、相変わらず仲が良いのか悪いのか判断をつけられない関係の二人であった。
「はいはい、ユーリさん何ですか?」
『貴様、やっぱり聞き流していただろう・・・。』
ようやくD・Dが電話口に出た時には、ユーリから掛かってきてから十分近く経過していた。受話器からはユーリのげんなりした声が聞こえてくる。まあ、五分以上も矢継ぎ早に苦情を訴え続けたユーリもユーリだが。果てしなく、電話代が無駄になるんじゃないかというツッコミはどうかスルーしてやってください。
(2005/08/22完成)
<中書き2>
前回の更新から大分間が空いてしまいました。他のジャンルを強化していたので、ほとんどこちらが手付かずの状態に(痛) 続きを書こう書こうと思いつつもついつい後回しに・・・。次回こそはもう少し早く続きを書いていきたいと思います。それにしても気がついたら何ヶ月もたっていて驚きです。急に思い出して慌てて続き書いて何とか体裁を整えていることもありますし。
結局、連載を凍結する形になってしまいました・・・もっと早く掲示しておけとか言われそうですが、またこうしてコソコソ書き進めていたりします。本当はこのページをUPした時点でもう少し話ができていたのですが、そちらはまた近い内に出します。
2006/04/04 UP
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