第二十話:強制掃除参加マニュアル(実行編)
掃除の基本は上から下へ。濡れた布で拭く場合はよく絞って丁寧に。隙間に溜まった埃の処理は慎重に。人数がいる場合は手分けをして効率よくやっていく。ゴミの分別は居住地区の自治体の定めに従うこと。電子機器や割れ物の扱いは要注意。薬剤使用はマニュアルにそれぞれ従って。換気をすることも大切です。間違っても酸性と塩素系の洗剤を一緒に使ったりしないように。ガスが発生して危険な場合があります。
「えっと、これは燃えるゴミで、これも紙だから燃えるゴミ。プラスチック・・・は一応燃えるけど、分けておかなくっちゃいけないんスよね。」
アッシュがエプロンにマスクにゴム手袋を装備した状態で溜まりに溜まったゴミの分別をしている。若干怪しい格好であるが、マスクは臭い対策なので仕方ないだろう。そうでないと、嗅覚に優れた狼男であるアッシュはいろいろと大変な目に合い、仕事は進まないからである。
(ユーリさん達っていつもこんなになるまで放置してるんスかね・・・?)
アッシュは行政から配布されているらしい、ゴミの分別に関する説明書きの項目と照らし合わせながら、ふとそんなことを考えた。彼は現在子供の姿になってしまった影響か、過去の記憶・・・正確には大人の姿であった時の記憶がないらしく、いつもはこの汚れ物の山が形成される前に自分が処理していたことを知らないのである。家事労働を任せている相手が偏っているとその人がいなくなった時にいろいろ困ったことが起きる。人によっては身につまされることではないだろうか(というか、水無月がそうです。いつも家事任せきりですみません、お母様・・・)。
「ふう、これでこの袋は一杯になったッス。新しい袋を持ってこないといけないッスね。」
ゴミ袋の口を縛り、アッシュは新しい袋を取りに立ち上がる。まだまだ全部が片付くまでに時間がかかりそうだった。
一方、シンクの前ではやはりエプロン・マスク・ゴム手袋装備のスマイルがスポンジ片手に皿を洗っている姿があった。
「正義の魂〜、真っ赤に燃〜やし〜♪」
歌を歌いながら、洗剤を泡立てていく。だたし、皿を割ると、ユーリとKKに怒られるので、のん気に見えてそれなりに気を使って洗っていた。特にユーリお気に入りのブランド物を破損した日には、血祭りに上げられることも覚悟しなくてはならない。まあ、常人ではないので回復も早いのだけれど。
「うん、こんなもんだね。多分、綺麗になってるはず!」
微妙に不安な独り言だったが、スマイルは笑顔を崩さず、次の皿へと手を伸ばした。台所では換気扇が音を立てて回っている。汚れの酷い物は落ちやすくなるようあらかじめ薬液に漬けておくのだ。その臭いと普通の台所用洗剤の臭いが混ざって、かなり鼻にくる臭気が発生していた。そのために換気扇なのである。
(今頃、ユーリやこわんこも掃除頑張ってるのかな〜?)
ワシャワシャとスポンジを動かしながら、スマイルはそんなことを頭に浮かべる。しかしその分手元が疎かになっていた。
ツルッ
ガッチャン
案の定、スマイルは手を滑らし、皿を落としてしまう。そして皿はいくつかの破片へと姿を変えたのだった。つまり、割れた。
「や、やっちゃった・・・。」
スマイルは思わず体が固まったのを自覚する。何だか血の気が引いていくような気さえしてきた。元々血色の良い顔色をしている訳でもなかったが。とりあえずこの先もスマイルの前途は多難であるらしい。
そして最後まで掃除参加を渋っていたユーリは自分の部屋にいた。せっかくKKが提供してくれたエプロン等も身につけず、本棚の前に立っている。何もしていないかと思われたが、どうも本棚の中身を入れ替えている様子だ。これは一先ず自室の掃除から始めたということなのだろうか。
「全く、何故私がこんなことをしなければならないんだ・・・。」
そして彼の口からが華麗なる声色で愚痴がこぼれている。というか、まだ納得してなかったのか、この人・・・。唯我独尊タイプであるユーリには“自分の家だから”という至極真っ当な理由も通用しないらしい。
(いつか絶対絞めてくれる・・・。)
彼は本棚の整理をしつつもある人物の顔を思い出し怒りのオーラを立ち上らせていた。傍目にはとても恐ろしい形相で、とてもじゃないが、バンドファンの皆様には見せられないお顔である。
「おのれD・D・・・!」
たとえ恨み言を言っても笑顔でかわされそうというか、問答無用で殴り倒しても平気そうに思えてくる某医者をひたすら罵倒し続けることで、何とか心の鬱憤を晴らすしかないユーリであった。
(2006/08/18完成)
第二十一話:強制掃除参加マニュアル(清掃人業務編)
アッシュ・スマイル・ユーリがそれぞれ清掃任務を果たしている頃、プロの清掃人であるKKは何をしていたのだろうか。一応、彼の今回の任務は彼らの家を清掃することであり、実際本人も彼らを手伝って清掃することを宣言している。そして彼がいたのはリビングスペースだった。
「・・・ここもゴミが凄いな。」
舌先三寸と裏工作で住民三名を掃除へと意識を向けさせることには成功した。けれどもリビングに広がる腐海に正直呆れずにはいられなかった。どうやったらここまで散らかすことができるのだろう。片付けられない人間というものを彼には理解できない。まあ、客商売なので露骨に表に出すことはないが。
「何か・・・あの先生がうちの会社に根回ししたのが分かる気がするな。」
ヘルズ・クリーンのVIP会員である某医師がすでにこの惨状を予測していたことをユーリ達は知らないだろう。そして万が一の時の為を考え、会社にある依頼をしていたことも。
(ある意味、あの先生が依頼人だよな〜。)
すでに顔見知りの人物を思い浮かべつつKKはリビングの清掃に取り掛かる。
(あの人、うちのお得意様であると同時に協力者でもあるんだよな。妖怪を毒殺する時とかいろいろ世話になるし。)
清掃の名の下にトイレ掃除から妖怪の駆除までこなすのがヘルズ・クリーンのモットーである。例えば銀の弾丸一発では仕留められそうにない相手に一服盛る必要があるとする。そんな時、薬を回してもらうコネの一つが例の医師なのだ。代わりといっては難だが、その医師が院長をしている医院の清掃はヘルズ・クリーンが手がけている。
「全くユーリが切れて暴れることを心配して防御策としてうちの会社に依頼するくらいなら、とっととアッシュを治してやりゃいいのに・・・。」
そんな言葉をKKは漏らす。ここまでくれば読者の皆様はお分かりだろう。KKの言う医師とはPM医院の院長を務めるD・Dのことである。当然KKはポップン医院を清掃に何度も訪れたことがあり、彼とも知り合いだ。といってもヘルズ・クリーンが担当しているのは魔物専門病棟で、一般病棟は普通の清掃会社が担当しているという。また、人外入院患者が暴れた際の鎮圧などの協力活動もしていた。因みにアッシュが子供になってしまったことに対する診察の時もユーリが万が一暴れて施設破壊に到る事態の危険性があれば、KK達スタッフが無力化するつもりであった(薬物提供は当然D・D)。まあ、実際はD・Dがユーリ達を丸め込んで事なきを得たが。
(・・・あの先生の考えることはよく分からん。)
魔物相手に医者をやっているくらいだ。そう簡単に理解できる腹の中身の持ち主ではなさそうである。
「ま、俺様には関係ないことだ。」
自分に害がなければそれで良し。どこまでも俺様なKKであった。ひょっとしたらユーリといい勝負かもしれない。ただし、KKの方が立ち回りは上手そうだが。
(それよりさっさと仕事仕事。)
再び意識を清掃業務完遂へと傾け、KKはゴミ袋に手早く放り込んで片付けていく。ついでなので、埃落としから拭き掃除までやった方がいいかもしれない。いや、その前に掃き掃除か。考えつつも彼の手が止まることはない。この辺りはやはりプロである。
(これは燃えないゴミ。これはアルミ、これはスチール。というか飲み終わった空き缶放置するなよ。蟻がくるぞ。)
もちろん分別することも忘れない。
(これがプラスチックマークがついているからあっち。ん?これは発泡スチロールか。それから・・・げ!?ベトベトしやがる。何だ、これは!)
いくら仕事とはいえ、こんなに状況の部屋を清掃しなければならないKKに同情したくなるくらい、部屋の現状は酷いものだった。
「これでまともな状態をキープしてきたアッシュが凄いのか、これだけ汚したユーリとスマイルが凄いのか・・・。」
そこには想像を絶する何かがある。
「つーか、あいつらちゃんと掃除できてんのか?」
実はこれが一番気がかりだったりするKKであった。
(あの先生が電報で脅迫するくらいだから、何もなかったらサボっててもおかしくないってことだよな。自己中心的な奴は厄介だぜ。)
実は自ら掃除をすることを渋っていたユーリを動かした原因である謎の電報の送り主もやっぱりD・Dなのである。その内容の一部をKKは事前に知らされていたのでちょっと有効利用させてもらった。簡単に言うとユーリ達が保護者失格の生活を続けるなら仔アッシュを治療の名目の下取り上げるというような脅し文句が書かれていたらしい。あのタイミングで届けてくる辺りがまた策士だ。実に侮れない存在である。
「天才と何とかは紙一重っていうしなぁ・・・。」
しみじみとそう呟いたKKの視界にはすでに膨らんだ三つのゴミ袋が転がっていた。この調子では五つ目のお世話になる時間も近い。仕事人として業務を投げ出すこともできず、彼は清掃を続けた。ここは一つ清掃人の鑑として彼を讃えたい。負けるな、Mr.KK。いくら多いと言っても某所で話題のゴミ屋敷やゴミタワーと比べればマシである。頑張れば腐乱の森でも海でも制覇できるさ!
「ふぅ、こっちは何とか片付いたな。」
額の汗を袖口で拭い、KKはようやく一息ついた。裏の清掃とはまた違った意味で地道な努力のいる作業であった。けれどもやり遂げたという満足感が彼の胸に去来する。まだ他の部屋が残っていると分かっていても。つまり一部を成し遂げた時点で浸りたくなるくらい大変だったということだ。
「さて、他の連中の様子を見てくるか。」
KKは決意も新たにリビングを後にする。心の中で家の中の惨状が悪化していないことを祈って。
「あ、KKさん。このゴミ袋はどこに置けばいいんスか?」
まず遭遇したのはアッシュ。廊下ではアッシュがまとめたゴミ袋の置き場所に困っていたのだ。因みにゴム手袋はまだしているが、マスクは外している状態である。
「おう、アッシュ。自分の担当場所は終わったか?」
「はい、頑張ったッス!」
笑顔で元気良くアッシュが答える。
「そうかそうか、偉いぞ。」
KKが頭を撫でてやるとアッシュは嬉しそうにまた笑った。
(大人の姿だったらこんなことできないからな。面白い経験だぜ。)
薬の副作用が引き起こした異常事態にもKKは楽しみを感じているようだった。けれどもそれによって生じたこの家の惨状は正直笑えないものだったりするのだが。
「それでどの袋がどのゴミだ?」
「えっとッスね〜、これとこれとこれが紙とかだから燃えるゴミッス。」
「んじゃ、まとめられるものからまとめておくか。アッシュももう少し頑張れよ。」
「はいッス!」
そして二人は集めたゴミを種類ごとにまとめることにした。一体どれだけゴミ袋の山ができることだろう。やはり日頃から小まめに掃除することが大切らしい。
「次は部屋はここだ。やれるな、アッシュ。」
「任せてくださいッス。」
まだまだアッシュのやる気は持続中である。KKの指示に従い、次の部屋へと挑むことになった。この調子でバリバリ清掃をこなしてもらいたいものである。残り二名が期待できないだけに、尚更に。ただ、子供に頼らなければならないというのは大変哀しいことなのだけれど。
そんな訳でMr.KKの清掃人業務はまだまだ続く。果たしていつになったら掃除は終わるのか。書き手としてはそろそろ決着を付けたいと思っている今日この頃である。
(2007/03/06完成)
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2007/04/21 UP