第二十二話:強制掃除参加マニュアル(物的証拠押収編)

 

 日本全国津々浦々。桜前線は本日も絶好調で北上中。未だ花粉症で苦しんでいる人もいれば、春風に誘われて散歩をしている人もいる。家の掃除に悪戦苦闘している者もあれば、のんびり茶を啜っている者もあった。

「・・・あ、茶柱。何か良い事が起こるかもしれませんね〜。」

PM医院の院長室。緑茶を口に運ぼうとしていたD・Dは茶柱が立っていることに気づいた。茶柱が立つと縁起が良いというのは極めてポピュラーな迷信の一つである。

「せっかくなので、新しい薬の実験でもしましょうか。茶柱のおかげで何か面白いものができるかもしれませんし。」

D・Dがそんなことをのほほんと呟く。けれども言っていることは何だか不吉な予感がしそうな内容だった。というか、アッシュを元に戻す為の調査はどうしたんですか?

「今度はユーリさんでもデータ検証してみたいですね・・・。」

パラパラと何かの情報が書かれたノートを捲るD・D。一体何をするつもりなのか。なおほぼ同時刻ユーリが突如悪寒に襲われたのは余談である。

 

 

「さ〜て、次はスマイルの様子を見に行くか。」

 所変わってユーリ宅。清掃会社ヘルズ・クリーンから諸事情により派遣されたMr.KKはやる気と清掃能力が今一つ信用できない家の住民達を指示し、何とか家の清掃とついでに彼らの片付けられない症候群の克服の為、奮闘していた。お客様は神様というが、中には神と崇めたくない客もいる。因みにKKにとってはユーリ達は神と崇める必要性のない客である。むしろ客と扱った方がお互い気色悪い思いをせずに済むだろう。

(台所はどうなったことやら・・・。)

キッチンスペース清掃担当者はスマイル。コンロに包丁、皿にコップ。何気に危険がいっぱいだ。ついでに三角コーナーは素手で触れたくない掃除場所のランキング上位入賞確実項目である。

「スマイルのことだから皿の一枚や二枚割ってそうなんだよな・・・。」

残念ながら正解です。そのことはすでに第二十話にて証明されています。もしかしたらさらにいろいろ割っているかもしれません。

「覚悟は・・・しておいた方がいいかもな。」

嫌なことだが、しておいて損はないような気もする。けれどもスマイルがあまりにも信用できないのだから仕方がない。

「おい、スマイル。そっちは片付いた・・・か?」

いろいろと覚悟を決めてKKはキッチンスペースへと足を踏み入れる。すると意外や意外、割と綺麗に片付けられた光景が目の前に広がっていた。確かに換気扇の掃除はしていないし、壁には油が飛んでいたりするし、コンロの吹き零れにも対処していないようだったが、パッと見た感じでは片付けられているように見えた。

(まさかスマイルがここまでできるとは・・・。)

変に感心すると共にここまでできる能力があるならああなる前に自分で清掃しとけとも思うKK。客に対して笑顔を向けても心の中では毒舌。彼はひょっとしたら接客商売には向いていないのかもしれない。いや、必ずしも愛想の必要でない業務もあるかもしれないけど。

(とりあえず清掃し残した部分の確認をするか。)

 継子苛めの童話や確執のある嫁と姑の遣り取りではないが、KKはスマイルの掃除の成果の内容を確認し始める。前述したように換気扇などコンロ付近は放置してあった調理用具がなくなった程度で、まだまだ汚れが残っていた。

「この辺はアッシュが元に戻ったら勝手に掃除してくれそうな気がしないでもないが、後でやっておくか。俺様もプロだしな。」

とか言いつつ追加料金交渉の材料にすることも頭の片隅では考えていたりする。実際にやるかどうかはその時になってみないと分からないが。

(それから食器類は・・・。)

とりあえず薬剤に漬けてあったケースの中にあった物はなくなっている。

「ん?洗い終わった食器はどうしたんだ、スマイルの奴は。全部拭いて仕舞ったのか。」

自分の記憶が確かならかなり整理するのが面倒臭そうな量だったはずだ。例え拭いて仕舞ったとしても無計画に入れていけば入りきらないといった事態も考えられるはずである。

(食器棚の量が思ったより少ないな・・・。)

KKはふとそんなことを思う。そして視線をあちらこちらに動かし、部屋の隅に隠すように置かれていた黒いビニール袋に気がついた。

「これは・・・。」

彼はおもむろに黒い袋へと手を伸ばす。けれども触れる直前、彼は手を止め、ポケットの中から白い手袋を取り出した。生憎警察官が現場保存の為に着用するような白手袋ではなく、ただの白い軍手だったが。一応今回の彼の仕事は表の清掃なので、こっちが基本装着アイテムなのである。

「さて、鬼が出るか、蛇が出るか・・・。」

こんな部屋の片隅に押しやられた袋から鬼や蛇が出てきたらそれはそれで嫌である。いや、比喩なのは十分承知だが、吸血鬼も狼男も透明人間もいる世界なので。

ガチャ・・・

 恐らく袋の中身であろう物が奏でた音は、硬質な、破片のような物がぶつかり合う音。陶器かガラスはそれとも両方か。KKは袋の中身を光の下へと曝していく。そして出てきたのはある意味予想通りの、砕けた食器の残骸だった。しかも山盛り状態である。

「うお、これはまた壮絶な・・・。」

どうりで食器棚がスカスカのはずだった。いっそ感心したくなるくらいの惨状にKKは溜息をつく。それは即ちよくここまで破壊したという感嘆。景気良く割れた食器の残骸は騒音に似た波を鼓膜に送る。

(こりゃ、ユーリがまた切れそうだな。)

物的証拠はここにあり、ましてや相手がユーリでは言い訳が通用する状況でもない。

(どうせ隠すならちゃんと隠滅しておけばいいものを・・・。)

例えば某医師ならやってのけるだろう。そしてバレても笑顔でやり込める。まあ、彼ならそもそもこんなヘマはしないが。

(な〜んか、あの先生だったら薬や手術で記憶改竄とかやってのけそうなんだよな〜。)

笑顔で自分の悪事の証拠隠滅するために薬を盛る某医師。さらにメスを握る某医師。想像するとちょっと恐い。

「・・・あの先生を敵に回すのは面倒になるだろうから俺様は御免だな。それに会社のお得意様だし。」

大事な取引先を下手して潰したら社長を含む上司の反応が怖いというものである。

「さ〜て、今はそれより仕事仕事。証拠は押さえたから、一応スマイルに説教でもかましてやるか。ユーリに任せるとしばらく行動不能になって清掃の人手が減るしな。」

そしてKKはスマイルを捜しにキッチンを後にするのだった。果てさて、落ちる雷はどんなものだろう・・・。

 

2007/03/28完成)

 

 

 

第二十三話:強制掃除参加マニュアル(罰則執行編)

 

「お〜い、スマイル〜。どこ行った〜。」

 のんびりとした、気合の欠片も感じられない調子でKKは廊下を練り歩く。その姿に何となく『悪い子はいね〜か〜』などとアテレコ(方言的にすると尚良し)したくなるのは気のせいか。とりあえず彼はスマイルに割り振られた掃除箇所を順番に回っていっているらしい。もっとも別のどこかに隠れている可能性もあるのだけれど。

「流石に家から逃亡まではしていないと思うんだが・・・。」

あのユーリですら一応掃除に携わっているのに、スマイル一人で逃げたとあれば後には間違いなく制裁行為が待っている。これまでにも殴り飛ばされたりとか握りつぶされそうになったりとか金盥を頭に落とされたりとか、まあ、いろいろな目にあっているので、ロクなことにならないだろうことは想像に難くない。

(そう考えるとあいつらの日常も愉快なもんだな。)

そこで愉快と思えてしまうKKも世間一般の常識からはちょっと、いや、大分ズレていることに本人は気づいていない。いや、恐らくMZDの目に留まった者の多くはそんなタイプなのだろう。多分恐らくきっと。

(さて、スマイルの奴を見つけたらどんなペナルティをつけるかな・・・。)

あそこまで大量に皿やらグラスやらを割ってしまったからには何かしら罰を与えないと示しがつかないだろう。

「罰金、罰ゲーム、罰掃除・・・て、これは意味ないか。」

確かに掃除は今やってるしね。

 ともあれ、捜索の結果、残るスマイル担当清掃箇所はトイレと風呂場のみとなった。まずはトイレへと足を向けるKK。

「おい、スマイル。いるか?」

鍵が掛かっていなかったので恐らくいないだろうことは分かっていたが、清掃具合を確認する為にもドアを開ける。家によってはある意味一番生活感があるかもしれない場所、それがトイレ。人間の生理現象に密着したそこは、使用者の痕跡を色濃く残す。まあ、気にしなければそれまでだが。というか、あまり気にしたいことではない。そして書いている本人も語りたくないので、これ以上はあまり突っ込まないことにしよう。

「やっぱりいないか。しかもこの様子じゃ・・・掃除もしてないな。」

例えば処分されていないトイレットペーパーの芯とか、もしくは便器の某部分とか、パッと見ただけで分かる証拠がここにもまた残っていた。

(別に舐められるくらい綺麗にしろとは言わんが・・・もう少し擦るとか、原始的でいいから行動に移った後があれば、見逃してやれたんだが・・・な。)

KKの頭の中では一先ずスマイルを捕獲してトイレ掃除をさせながら説教タイムに入ろうかと時間短縮の算段が始まる。この時点でアイディアが没になるかどうかはまだ不明だ。

「残るは・・・風呂場か。」

浴室エリアは意外と清掃箇所が密集している。浴槽がある区画と、脱衣所、そして洗面台などなど、水垢やカビ、石鹸カスとも時として闘う主婦(主夫でも可)の激戦区だ。そして使用する洗剤は臭いが強く、換気をしなければやってられない状況に陥るのが一般的である。裸足・素手でスポンジを握ってもいきなり骨まで溶けるようなことはないが、ゴム手袋を着用するのが無難かと思われる。

 さて、そんなエリアにズカズカと足を踏み入れたKK。脱衣所の向こうには曇りガラス仕様の出入り口があり、さらにその向こうには件の激戦区、カビの温床、湿気万歳な例のエリアである。一体ここで彼に何が待ちうけているのか。そして、スマイルの行方は!?・・・などと状況を煽ってみた所で、サクッと続き、いってみよう。

(む・・・生き物の気配があるな。どうやらここで間違いなさそうだ。)

KKはスマイルらしき気配を感じ取り、頭の中で状況を分析する。恐らくスマイルは風呂場を掃除している最中なのだろう。ここにいるということは。

(これは邪魔しないよう後にした方がいいか・・・?)

食器被害隠蔽工作失敗を暴露してやる気を削ぐ結果になるかもしれない。そうすると結果として清掃にかかる時間・及び負担が倍増する可能性があった。

(だが、ここまで来て何もしないで戻るというのも不自然さがある。ここは一つ様子を見に来たということにして声をかけ、スマイルの様子を探るか・・・。)

けれどもこういった彼の考えは時間をかけて熟考されたものではなく、実は十数秒の間に駆け巡った思考である。一般人には無理でも、一部の面々には可能なコンマ以下の思考と判断の世界がそこにあるのだ。

(・・・それにしても変だな。)

 ふとKKはガラス戸の向こうの影に動きがないことに気づく。無駄に元気の有り余ったスマイルのことだ、鼻歌通り越してカラオケ状態で浴槽を磨いていてもおかしくないはずだ。それなのに動きがない。漏れてくる声や音もない、これは不自然なことだ。

(まさか風呂場まで防音仕様とかじゃねぇだろうな、この家・・・。)

元々浴室というのは音が何故か反響する造りになっているのが一般的だが、ありとあらゆる場所がそうなっているかどうかまではKKも知らない。調べる気もない。必要になったら調べるかもしれないが、それは一先ず置いておく。

「な〜んか、嫌な予感が・・・。」

厄介事は避けて通りたい、危機回避本能とでもいうのだろうか。もしくは裏の清掃員として勘か。KKはガラス戸へと伸ばすべき手を躊躇っていた。けれどもいつまでもこうしているのは愚の骨頂であるという意識が働き、意を決して中に踏み入ることにする。

「おい!スマイル、何やって・・・!?」

ガチャ・・・バタン!

KKは戸を開きかけ、そして咄嗟にまた閉め直した。自由だった片手は反射的に口元と鼻を覆い隠していた。

(今の臭いは・・・。)

彼自身が認識するより速く、本能が呼吸を拒否した。吸うなと、これを体内に取り入れるなと。次に目に捉えたのは換気扇のスイッチ。少しだけ悩み、そして押した。そして聞こえ出した浴室内で換気扇のファンが回る音。やはり防音仕様ではなかったらしい。それと同時に嫌な予感が当たってしまったことも彼は察した。

(塩素ガスか!?)

僅かに感知した先程の臭いが確かなら、それは紛れもなく塩素ガス。眼や皮膚を腐食させたり、濃度によっては人を死に至らしめる危険物質である。塩素系洗剤と酸性洗剤が使用上の注意で『混ぜるな危険』と表示されていたりするのはこれが発生する可能性があるだ。

(混ぜやがったな、あの馬鹿!)

舌打ちしたくなるのを我慢し、胸の内でスマイルを罵倒する。この状況では十中八九そうであろう。因みに塩素系洗剤に酸性ではなくアルカリ性の物を混入した場合、塩素は発生しないが、漂白・消毒効果は落ちるそうだ。恐らく貰い物か何かで置かれていたのだろう。塩素系と酸性の両方の洗剤が。こういった危険を犯さない為にも使用洗剤は下手にあれこれ変えない方がいいだろう。たとえ安かったとしても。

「スマイル!」

 そしてKKは換気扇である程度空気の入れ換えを済ませてから浴室へと突入した。するとやはりスマイルが浴室で倒れていた。正確に言うと、浴槽の[ふち]に身体を折り曲げるようしてグテっとなっていた。

(窓は・・・!?)

中には窓らしい窓がない浴室があるそうだが、幸いここにはあった。KKはすぐに窓を全開にする。外に流れた塩素ガスで通行人が気持ち悪くなるかもしれないが、それでも死にはいないだろうと踏んだ結果だ。

「おい、スマイル!大丈夫か!?」

できるだけガスを吸わないよう気をつけつつも、KKはスマイルに声をかける。けれどもスマイルは意識がないのかグッタリしていた。しかも顔色が悪い。

(いや、それは元からか・・・て、そうじゃない!ここでこいつが倒れたら俺様の責任問題になるかもしれないじゃねえか!?)

焦った理由はスマイルが死にそうなことではなくそっちなのか・・・。

「あ、あの、KKさ〜ん!何なんスか?今の臭いは・・・ゲホ!」

「おあ!?アッシュ!おい、無茶すんな・・・お前の嗅覚じゃここは・・・。」

「でも・・・て、うわー!す、スマイルがー!?」

そして塩素ガスを感じ取ってしまったらしいアッシュが浴室まで顔を出し、咳き込みながらも動かないスマイルを発見してしまう。

「きゅ、救急車〜!いや、その前に透明人間て、普通の病院で診てもらえるんスか!?」

「いや、どうだろうなぁ・・・。」

いきなりの事態にアッシュは大混乱。そのせいか妙にKKが落ち着いているように見える。

「ひゃ、ひゃくとーばんに・・・で、でで電話を!」

「いや、それは警察・・・。」

「じゃあ、ひゃくじゅーななばんッスか!?」

「そりゃ時報だ。」

「えっと、ひゃくじゅーはち?」

「そりゃ、海上保安庁だな。海で溺れている奴を見かけたらこっちに通報するんだぞ。救急車も呼んだ方がいい場合もあるかもしれないが。」

「へえ、そうなんスか・・・て、そうじゃないッス!とにかくひゃくななじゅーななばんに電話を・・・。」

「それ、天気予報だぞ?」

ことごとく空振る電話番号に混乱の極みにあったアッシュはとうとう泣き出してしまった。なお、正解は110番でも117番でも118番でも177番でもなく、119番である。災害救急情報センターに繋がるので、火事の緊急通報や救助・救急車の要請の際には可及的速やかに通報しよう。

「仕方ない、あの先生の病院まで連れていってもらうか・・・。」

涙を流すアッシュを宥めつつもKKは携帯電話を取り出す。そしてどこかへと回線を繋げた。その後、救急隊員らしき人々が訪れスマイルを担架に乗せて運び去るのだが、それは語ると長くなるので省略する。こうしてスマイルへのペナルティは当の本人の手により下される結果になったのだった(ある意味)

 

2007/04/01完成)

 

 

 

 

 

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2007/04/28 UP