第二十四話:完全掃除参加マニュアル(清掃任務完了編)

 

 闘い済んで、日が暮れて、ついでにまた昇ったりなんかして。ソファーだったり、ベッドだったり、そんな感じで三者が死んだようになっていた。因みに初めはもう一人いたのだが、トラブルより緊急退場、ドクターストップで入院中である。

「終わった・・・。」

呻くように声を上げたのはMr.KK。プロの清掃員である彼の力をもってしても今回のミッションは厳しいものあった。せっかくなのでその戦果を以前流行った某リフォーム番組風にレポートしてみよう。

 

 

 一部を残して足の踏み場もなかったリビングは、まあ、何と言うことでしょう。床のフローリングの木目までしっかり確認できる程になり、艶出しワックスの影響で照明の輝きを反射しています。

 埃を被っていたテレビは綺麗に汚れを拭き取られ、まるで新品のようです(大げさ)。物が無造作に積み上げられるばかりであったテーブルの上はすっかり整理され、新聞紙と雑誌は丁寧にマガジンラックへと収められています。

 壁際に置かれたチェストに飾られた置時計が静かに時を刻み、匠の演出した次の空間へと皆様を導きます。

 

 

「アッシュって結構凄い奴だったんだな・・・。」

これまでこの家がゴミに埋もれなかったのは何度も言うようだがアッシュの努力の賜物である。いや、それともここまで散らかし放題にできるユーリとスマイルが凄いのか・・・。なお、仔アッシュは子供ということで一応除外する。そんな訳で匠の偉業の続きです。

 

 

 食べた後放置され、食器にこびり付いた汚れで異臭を放っていたシンクタンクは、余計な皿やグラスが取り除かれ、柑橘系の匂い(要は洗剤の香)漂う爽やかで片付けられたキッチンへと姿を変えたのです。

 そして大人の雰囲気が漂う食器棚には綺麗に磨かれた食器達が一つ一つ丁寧に並べられ、まだまだ収納スペースとしての余裕ある機能を示しています(スマイルがたくさん割って駄目にしたから)。

 

 

「あとはゴミだしか。ちゃんとゴミ収集車に回収させとかないとどうしようもないな。一部は清掃会社である俺が引き取る形になると思うが・・・。ああ、そうだ。会社に連絡して車呼ばないと。」

 疲れているせいか、流石のKKも小言が多いようである。恐らく小型トラックにでもゴミ袋を積む気なのだろう。それも面倒臭そうな状況だが。ゴミの量が量なので。

(つーか、あの菓子とカップ麺のゴミは何だ?しかも全部カレー味だし・・・。)

どうやらゴミの山の正体の一角は見えてきたようである。まあ、とにかく、そんな感じです・・・だんだん語るのが面倒臭くなってきたんじゃないか?とか言わないでください。当たってますけど!(オイ)

 

 とりあえず、彼らの戦いは終わった。住居を占領していた腐海は姿を消し、何とか人が住んでいても不思議ではない、他人が尋ねてきても恥ずかしがらずに室内に招き入れられる程度の状態に回復したのである。

(ユーリの部屋は見ていないが・・・多分大丈夫だよな?)

ユーリの私室なんぞ無許可で侵入しようものなら鉄拳の一つでもお見舞いされそうである。生憎とKKはそんな危ない橋を渡る気はなかった。そんな訳で基本的に彼らの寝室はKKもノーチェックである。今更掃除しようとも思わない。職務怠慢というなかれ。彼はこれでもよく頑張ったのだ。使えないメンバーの分までも。それが敢えて誰かといった名前までは言わないが。

「知り合いの清掃はするもんじゃねぇ・・・。」

いろいろな意味で疲れるのだから金を貰っても割に合うかどうかは個人差だ。ともあれ、清掃お疲れ様。事後処理まで済ませればミッションコンプリートですしね。ありがとう、Mr.KK。君の努力は忘れない。

 

 

 

「・・・という訳で、これで依頼は果たした。料金は口座振込みで。それからゴミの分別表もなくさないようにしろよ。」

「はいッス!」

 KKの口上にアッシュだけが元気良く答えた。ユーリは無言で請求書と振込用紙の確認中である。普段ならアッシュに任せるかもしれないことも流石に大人が自分一人しかいない状況ではやらなければならないという意識が働いたようだ。事前に電報で釘を刺されたばかりでもあるし。

「残念なことに約一名メンバーが欠けてしまったが、命に別状はないらしい。」

「PM医院は凄いッスね〜。先生がいるからッスかな〜?」

アッシュの笑顔はキラキラ輝いている。純粋無垢過ぎてその輝きが痛い。だって大人は多かれ少なかれ汚れている人がほとんどだから。自覚がない人も結構いるけど。

「まあ、アッシュも自分の治療のことがあるから、気が向いたらスマイルの見舞いにでも行ってやれよ?場所は一緒だしな。」

「はいッス。」

何となく大人的良心で気遣いを見せるKK。

「んじゃ、アッシュにユーリ、またな。それから当社ご利用ありがとさん。」

「お掃除ありがとうございました〜。」

「ああ。」

そして別れの挨拶を交わすと、KKはユーリ達の住居を後にし、この地を去っていくのだった。こうしてまた彼らの元にいつもの日常が訪れたのである。アッシュは相変わらず幼児でスマイルは入院しているけど

「ユーリさん、後で一緒に買出し行きましょうね!」

「・・・ああ。金の振込みもあるしな。」

 ニコニコとユーリの方を見て尻尾を振っているアッシュについ表情が緩みがちな彼である。もしかしたら普段アッシュを振り回しているようで根本的に振り回されているのはユーリの方なのかもしれない。

「スマイルさんへのお土産はやっぱりカレー味のお菓子ですかッスね〜。」

ピコピコ動くアッシュの尾にユーリは何となく視線を向けた。小さくてフワフワしていそうな尻尾である。大人のアッシュのそれはもっと大きくて、フワフワよりはサラサラしていそうなイメージがあったのだが、やはり大人と子供では違うのか。

(触ったらまずいだろうな・・・場所が場所だし・・・。)

いい大人なんだから耐えましょうよ、ユーリさん。

(いかんいかん・・・今の私は保護者だ保護者。飼い主失格ではないぞ。D・Dなんぞに私の犬を奪われて堪るか!)

モヤモヤと考えている所を見ると、彼にもいろいろあるらしい。とりあえずアッシュの尻尾に惑わされている場合じゃないぞ

「ユーリさん、どうしたんスか?」

「いや、何でもない・・・。」

「ふひゃ!?」

「さっさと家に戻るぞ。」

心配そうに見つめてくるアッシュを誤魔化すかのようにユーリは彼を抱き上げた。驚いて変な声を上げるアッシュ。そしてユーリは足早に玄関の扉を目指すのだった。

 

2007/04/03完成)

 

 

 

第二十五話:月下終焉

 

 月が天空には輝いていた。雲に掛かることもなく、地上へと光を投げかけている。闇夜のせいか、それとも月光のせいか、血が騒ぐのをユーリは感じた。伴にいるアッシュも幼くありながら漂う空気がいつもと違う。それは人あらざる者が支配する時間ということをまざまざと示していた。

「ユーリさん、窓から入るのは不法侵入ですよ。玄関から回ってください。」

「あ!先生、こんばんはッス。」

羽根を使って宙に浮かび、鍵の開いていた窓から侵入しようとしたユーリに困ったような口調でD・Dが言った。ユーリに抱きかかえられていたアッシュはD・Dの登場に嬉しそうに手を振る。

「はい、今晩はアッシュ君。それからユーリさん・・・て、もう侵入済みですか。」

「いいだろう、これくらい。」

「ここは診察室じゃなくて一応院長室なんですけど・・・。もし僕がいなかったらどうするつもりだったんですか?」

「そうだな・・・スマイルにでも鍵を開けさせるまでだ。」

「はあ・・・相変わらずお元気そうで何よりです。」

それは皮肉以外何物でもないのだが、彼らの間では今更である。

「とりあえずそちらのソファーにでも座ってください。生憎余分なカップは置いてないので、飲み物が欲しい場合はビーカー入りインスタントコーヒーとかになりますが・・・。」

「要らん。」

「そういうと思っていました。」

ユーリの回答にD・Dは心得たように返事をする。それがまたユーリにとっては面白くない。たかが人間を相手にこちらの思考が読まれているような気がして。アッシュは思った以上に柔らかかったソファーに沈み込みかけてワタワタしつつも、大声を上げたりすることなく大人しくしている。

「それで本日の用件は何でしょうか?」

 相変わらず真意の読みにくいガラス越しの瞳を細め、D・Dがユーリに問いかけた。向けられた笑顔にある含みをユーリの勘は感じ取っており、分かっているくせに知らない振りを続けるこの知人の首を絞めてやりたいと思う。とはいえ、今そうすると目的が達成できなくなるのでやらないが。

「アッシュをさっさと元に戻せ。」

単刀直入にユーリが言う。アッシュは狂犬病予防接種のワクチンを打った結果、どういう訳か子供の姿になってしまった。しかも記憶退行のおまけつきで。狼男という立場上、普通の犬に使用するのと同じ薬というわけにもいかず、魔物仕様のそれを使ったせいか、副作用でこうなってしまったのだ。他にも相手によっていろいろと違う副作用があったりしたらしい。それはユーリ達の与り知らぬ話だが。

「いい加減、元に戻す薬くらい準備できただろう。」

今のアッシュ君はもう飽きたんですか?」

「そういう問題じゃない!」

家事で困ったのは自業自得だと思いますけど・・・。」

「D・D!!」

この調子でのらりくらりと話を逸らされる前にユーリは先手を打った。

「仕方ありませんね。ちゃんと治療しますからアッシュ君と一緒に診察室で待っててください。場所は分かりますよね?」

「当然だ。」

「はいッス!」

D・Dは溜息をついて眼鏡を上げると、院長室のドアを開けて彼らに退室を促す。ユーリとアッシュはそれに習いソファーから腰を上げるのだった。

 

 

 

 診察室は鍵が掛かっていたので、結局待合室でD・Dが来るのを待つことになったユーリとアッシュ。夜目が利くので電灯がなくても平気だが、二人の眼が暗闇に怪しく光り、傍目にはかなり不気味だ。肝試しでもしたら絶叫物である。

「静かッスね〜。」

「病院だからな。」

「真っ暗ッス・・・。」

「私達には関係ないだろうが。」

ユーリはすぐバッサリ切り捨てる会話をするのでなかなか話が膨らんでいかない。しかも人気のない廊下は声を異様に反響させた。

「先生、まだッスかね・・・。」

(時間を置くと何を仕込まれるか分かったものじゃないな・・・。)

見上げてくるアッシュの視線には答えず心の中で考えるユーリ。どうやら彼は警戒しているようだ。

ガチャリ

「あ、お待たせしました。どうぞ入ってください。」

「何で貴様がそこにいるー!?」

「うわ!先生!?」

そしていきなり診察室のドアが開き、中から顔を出したD・D驚愕するユーリとアッシュ。何故かと言うとD・Dがユーリ達を見送った院長室とここの診察室は階が違うのだ。どうやって・・・そしていつの間に出現したのだと思えば驚くのも無理はない。

「ユーリさん?アッシュ君?どうかしましたか。」

「い、いや・・・。」

「何か・・・そのッス・・・。」

唖然としたまま固まっている二人にD・Dが話しかける。真っ白になってしまった思考ではまともな答えを返すことができず、結局彼らはD・Dに促され診察室へと入るしかなかった。

「はい、どうぞ。」

 診察室に入ったアッシュは患者用の椅子に座り、ユーリはベッドへと腰を下ろした。そして医師であるD・Dはデスクにカルテらしき物を広げている。そして彼もまた椅子に座るとこう言った。

「じゃあ、軽く検診しますので楽にしてくださいね。」

「はいッス。」

健康状態の確認をしてから薬を投与するつもりのようだ。D・Dがアッシュを触診しながらいくつか質問をしていく。そしてユーリは黙ってそれを見つめていた。幼いアッシュが見られなくなるのは惜しいような気もするが、やはりいつものアッシュの方が扱いやすいし、側にいて馴染むのである。

「はい、よくできました。それじゃあ、肝心の薬ですけど・・・。」

そう言ってD・Dがガサゴソと取り出したのは一粒のカプセル錠剤。

「これが・・・そうなのか。」

ついついユーリも立ち上がって興味深げに覗き込んでしまう。これまでのパターンから注射だと思っていたので、ちょっと意外だったのだ。

「即効性がある風にしても大丈夫かもしれないのですが、アッシュ君にあまり負担をかけるのも可哀相かと思いまして。こんな短期間の内に急激に何度も骨格や筋肉、内臓に神経、そういったものが伸び縮みしたらどんな負荷になるか分かったものじゃないですからね。安全の為に効き目がゆっくりになるよう調整してみました。」

「ほう・・・。」

彼の説明を聞くに時間をかけただけそれなりの代物ができたようにも感じる。

「この薬を飲めば二十四時間以内にアッシュ君は元に戻れるはずですよ。ただし、普通の薬のように食後に服用するのは止めてください。」

「胃の保護はいいのか?」

「それよりも他の物と混じって変な化学変化が起きたら困りますから。ユーリさんだって嫌でしょう?ヨボヨボの年寄りになったアッシュ君見るのとか。」

「・・・。」

D・Dの想像するだに恐ろしい発言に絶句するしかないユーリ。ともあれ、胃が空の状態でこのカプセルを服用すればアッシュは元の大人の姿に戻れるようだ。

「今日は月が綺麗ッスね〜。」

 因みにその時、大人の話についていけない仔アッシュは窓の外から見える月をのんびりと眺めていたりする。月明かりに下、PM医院にて物語は終焉へと動き始めた・・・。

 

2007/04/15完成)

 

 

 

 

 

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2007/09/15 UP