第十三話:事情聴取
「全く貴様という奴は・・・。」
『まあまあ、ユーリさん。そう怒らない怒らない。』
電話口の向こうで聞こえるD・Dの声は実にあっけらかんとした口調で、ユーリは思わず手にした受話器を握りつぶしそうになる。吸血鬼の握力は伊達じゃない。
(誰のせいだと思っているんだあの白衣眼鏡〜!)
それでも何とか怒りを押しやり、改めて彼は口を開いた。
「それで、だ。D・D、貴様はアッシュに薬に何を混ぜた。」
『は?』
確信を持って告げた言葉に返ってきたのは不思議そうな声音。
「薬でないなら、茶や菓子にでも混入したのか。」
『え?』
しかし返ってくるのはユーリが望んだものではなく困惑しているような聞き返しばかりである。
『ちょっと待ってくださいよ、ユーリさん。何だか話が見えないんですけど・・・。』
事実、電話の向こうのD・Dもそう返してきた。
「だから私の犬を子犬・・・もとい仔狼にしたのは貴様だろうがと言っているんだ!」
またもや電話の無効でキーンっと耳鳴りのしそうな大声でユーリが言った。どうも癖なのか、D・Dののらりくらりとした口調を聞いていると、苛立ちやすいようである。もはや一種の条件反射なのかもしれないが。
『・・・全く、朝から何ですか。もっとも、世間一般からしたら立派に昼な時刻ですけど。』
受話器から聞こえてくるD・Dの呆れの色を含んだ声。
『それで、アッシュ君がどうしたんですか。結果だけでなく、過程もしっかり話してくださいよ。できれば、理路整然と語ってくださるのが望ましいですが、とりあえず、落ち着いた口調で話してくだされば結構です。』
丁寧な言葉遣いだが、微妙に馬鹿にされているような気がしないでもない口調でD・Dは言った。その言葉に思わず反論しそうになって
(落ち着け。これが奴の手だ。誤魔化されてなるものか!)
と思いなおすユーリ。果たして忍耐力が必要なのはどちらなのか。
「ユーリ、話が全然進んでないよ〜?」
「一体、誰とお話してるんスか?」
そしてユーリの脇には多少苦笑気味にしているスマイルと状況が分かっていない仔狼の姿があったりする。
そんな訳で、ユーリは時折怒鳴りつけたくなる衝動に襲われながらも、D・Dに起きてからの出来事を話し始めた。
『アッシュ君が小さくなった・・・ねえ?それはまた楽しそうな。』
「楽しいわけあるか!あいつが子供になったせいで今日はろくな食事が取れなかったんだぞ!?」
『輸血パックで良ければ安くしておきますよ?』
「子ども扱いするな。あんなまずいものを飲む位なら普通の食事で十分だ。」
『面白いですよね。幼年期は血液でしか栄養摂取できないのに成長すると普通の食事でも生きていけるなんて。』
「少なくとも百年はかかるがな。だが、人に紛れて生きる分には丁度いいさ。」
『たまに血液を摂取しなければいけないのが難点ですけどね〜。殺人になるとまずいから結局血液チャンポンで・・・生きにくい世の中ですよね、貴方達にとっては。』
「貴様のその例え方はどうかと思うが、頭の固い奴らがいることは確かだ・・・て、また話を逸らす気か!?」
『言いがかりはやめてくださいよ。』
「どの口がその白々しいセリフを吐くか・・・。」
ズゴゴゴゴゴ・・・
そんな効果音が聞こえてきそうなくらい、ユーリの周囲に怒りのオーラが立ち上っている。とうとう妖気の具現化とはくるところまできたという感じだ。
「す、スマイルさん怖いッス・・・!」
「こわんこ、避難しようか・・・?」
そしてこっそりと部屋から出て行こうとするスマイルと仔狼。そろりそろりと足音を忍ばせて、ユーリ(正確には電話)から離れていく。スマイルは仔狼を抱えて、少しずつ後退していった。しかしスマイルがドアのノブに手をかけた瞬間・・・
「貴様らどこへ行くつもりだ。」
「ひぃいいいいい!?」
「わぁあああああ!?」
ユーリの怒りを押し殺した声がかかった。その途端、スマイルは硬直し、仔狼は尻尾を逆立てる。かなり激しく動揺しているようだ。というか、ビビリ過ぎである。
「逃げようとするのは許さんぞ、スマイル。」
「・・・分かったよ〜。僕達もいればいいんでしょ〜?」
嘆きたいのをこらえて、スマイルはズコズコと部屋の中へと舞い戻る。当然、スマイルに抱きかかえられたままのアッシュも戻る羽目になるのである。それにしても随分とスマイルもヤラレキャラが板に付いたものだ(オイオイ)
「結局、貴様に心当たりはないのだな?」
『別にアッシュ君に変な薬を投与した覚えはないですよ。』
何度もこめかみに青筋を浮かべ、ブチ切れそうになりながらも、電話越しにユーリはD・Dと会話を続けていた。
『どうしてもというなら、検査してさしあげましょうか。小さい頃のアッシュ君というのも、一度見てみたいですし。』
「貴様なんぞにもったいなくて見せられるか!」
『一応、純粋な好奇心からきてたんですけど・・・。』
好意ではなくて好奇心というところがなかなか油断できない。ある意味正直なのかもしれないが。
『それでどうするんですか。嫌なら嫌でかまいませんけど、その場合元に戻らなくても知りませんよ。まあ、他に医者のあてがあるならかまいませんけど・・・。』
「き、貴様・・・分かっていて言ってるだろう!?」
『さあ、何のことです?』
例えユーリがD・Dに借りを作りたくなくとも、魔物相手に診療を手がけてくれるような医者はまずいない。探せばモグリで一人か二人いるかもしれないが。少なくともユーリはそういった相手の人脈を持っていなかった。もしかしたら某地獄清掃会社の職員なら持っているかもしれないが。
(おのれ、D・D・・・!)
「・・・分かった。アッシュを診てやってくれ。」
受話器をミシミシさせながら、結局折れたのはユーリだった。
『え〜と、それではですね・・・。』
受話器の向こうから何か紙をめくるような音がする。スケジュールの確認でもしているのだろうか。ユーリは無言でしばし待つ。
「ねえ、ユーリ。あそこの先生、何だって?」
「とりあえず、連れて行って検査することになりそうだ。」
その間に話しかけてきたスマイルにユーリは答えた。
「ふ〜ん、すぐ治るといいね。」
「全くだ。」
仔狼は待ち疲れたのか、散々驚き怯えて精神的に疲れたのか、スマイルの腕の中でうとうとし始めている。
『・・・あ、ユーリさん。申し訳ないんですけど、四日後でお願いできますか。』
「分かった。」
『心配しなくても、きっとアッシュ君は元の姿に戻れますよ〜。』
今一つ緊張感に欠けるD・Dの言葉。一応、ユーリを励ますようにも聞こえなくもない。とにかく検査の結果が出なければどうにもならないのだ。ユーリは溜息をつく。すると自然と肩の力が抜けた。
「ああ、早くそうなってくれるといいな。」
『多分、原因は予防接種の副作用でしょうしね。』
バキッ
受話器がへし折れた。
「やっぱり貴様のせいかぁあああああ・・・!!」
思わず受話器を握りつぶした格好でユーリが雄叫びを上げる。原因に心当たりがないというのは嘘だったのか。正確には変な薬を投与した覚えはないと発言していたようだが。
「うみゃあああ!ユーリがキレたよ〜!?」
「一体何があったんスか〜!?」
「あんの腐れ医者ぁあああああ!!」
とにかく最後の最後で問題発言を残して切断された回線が再び繋がるはずもなく、怒りのままに暴れまわるユーリが珍しく目撃されたという。
(2006/03/30完成)
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2006/04/14 UP