第十四話:切れた回線が繋がる代わりに嵐はきっとやってくる

 

ブツンッ ツーツーツー・・・

「・・・切れましたね。」

 アッシュに試作品の薬を投与した覚えはないが、心当たりとして考えられなくもない事項を漏らした途端、電話が切れた。

(驚いて受話器でも落としてしまったんでしょうかね。)

まさか衝撃と怒りのあまりにユーリが握りつぶしたとは彼も流石に思わなかったようである。いや、予想がついたらそれはそれで怖いが。

「でも結局の所、原因かもしれない薬を投与したのは僕ですからね〜。ユーリさん怒っているかも・・・。」

受話器を元に戻しながらD・Dは一人呟く。

(できれば病院で暴れて欲しくないな〜。)

病院ではどうなるか分からないが、ユーリがアッシュ・スマイルと同居している住処はすでに被害にあっているのは確かだ。

「念の為に応援呼んでおきましょうか。」

そしてD・Dは何かを思いついたのか、再び受話器を手に取りボタンを押していく。

プルルルル プルルルル・・・ガチャッ

『はい!こちら、表から裏まで清掃に関することなら何でもお任せ☆ ヘルズ・クリーンです。御用の方はこれからアナウンスされる指示に従ってください。それではまず、初めての方は1と#を、そうでない方は2と#を、会員の方は0と#を押してください。』

繋がった回線の向こうから聞こえてきたのは女性の声音をなぞった機械音。D・Dはガイダンスに従い、黙って電話のボタンの0と#をプッシュした。

『ふふふふ・・・会員の方ですね。では、会員ナンバーと#を入力してください。そうそう、分かっていると思うけど、迂闊に間違えると大変よ。気をつけてね!』

「おや、また合成音のパターンを変えたんですか。」

D・Dは以前と違う女性の声に苦笑しつつ、すでに何度かしたことのある作業を行うことにした――――――――――。

 

 

 それから四日後の午後八時。病院内では騒音と取られかねない足音をさせて外見的に言うと二人と一匹が診察室に殴りこんできた。

「あ、ちゃんと魔物用(こっち)の区画から入ってきたんですね。立派立派。」

「おちょくってるのか、貴様は!」

笑顔で拍手するD・Dに顔合わせた途端怒りのボルテージが上がりだすユーリ。

「まあまあ、そう怒らないでくださいよ。スマイル君達が驚いているじゃないですか。あ、何か飲みます?」

「ジュース!」

「俺はミルクがいいッスね〜。」

「勧めるな!そして受け取るな!」

「ユーリ、そんなに怒ってばっかりいると疲れるよ?」

「やかましい!」

ドカッ

例によって例のごとく、ユーリの拳がスマイルの顎に入った。余計な一言を挟んだばかりにユーリのストレス解消の餌食となる。まだストローを挿していなかったパックジュースが床に転がった。

「ユーリさん、診察室での暴力行為は止めてください。」

流石にやんわりとD・Dがユーリの行動をたしなめる。効果があるかは微妙だが。

「それとも鎮静剤が必要ですか?」

「・・・いらん。」

どこからか殺気でも感じ取ったのか、何となくぎこちない仕草で、ユーリは用意されていたパイプ椅子に腰掛けた。

「では、こちらへどうぞ、アッシュ君。」

「はいッス。」

 続いてD・Dに促され、アッシュの成れの果てらしき仔狼がイスの上にちょこんと乗る。緊張しているのか耳がピクピク動いていた。その様子をじっと見詰めるD・D。二人の様子をユーリは黙って見守っている。スマイルは床に倒れ伏したままであった。

「あ、あの・・・。」

「何ですか?」

躊躇いがちにアッシュが尋ねた。

「け、検査って痛いッスか・・・?」

「う〜ん、人によるかな?痛くないって人もいるよ。」

相手が子供であるにも拘らず嘘はつかないD・D。それにこっそりショックを受けるアッシュ。

「でも僕は腕が良い方だからね。悪い人に比べたら痛くもないし、すぐ終わるよ?」

アッシュの見上げる先には笑顔のD・D。彼のこれまでの所業を知らない者からしれば善良この上ない笑顔である。それをじっと見つめるアッシュ。そしてタイミング良くD・Dはニッコリと十人中九人が心を許すであろう人好きのする笑顔をした。

「頑張れるかな?」

「はいッス!」

パアッと顔を輝かせ元気良く返事をするアッシュ。ここに新たなる犠牲者(?)が誕生した。詐欺師は話術もさることながら場の空気を読むのが上手いという。

(アッシュ、騙されているぞ!絶対・・・!)

ユーリはそうは思うものの、D・Dの放つオーラが余計な事を言うなと如実に語っている。以前にも述べたかもしれないが、本来吸血鬼であるユーリがただの人間であるはずのD・Dを恐れることはないはずである。しかし、どうにも本能が告げるのだ。D・D(ヤツ)を本気で敵に回してはいけないと。強いて言うならば、もし敵に回したらロクな目に合わないに違いないと第六感が大音声で警報を鳴らしているという感じか。そんなわけで時々強気に出るのがためらわれるユーリだったりする。

「それじゃあ、念の為にまず普通の健康診断をします。はい、口開けて〜。」

「あー。」

 ユーリが内心葛藤している隙にD・Dはアッシュの診察を開始した。アッシュは素直にD・Dの指示に従い口を開ける。D・Dはアッシュの舌を初めとして、彼の口の中を観察した。医者ではないユーリやスマイルにはD・Dがそれを見てどう判断するのか見当もつかない。ただ、黙って見守るしか手がなかった。

「アッシュ君自身には気持ち悪いとか頭が痛いとかそういったことはないんですよね。」

「はい、無いと思うッス。」

「手足の痺れは?関節の痛みは?」

「カンセツってどこですか?」

「そうだね〜。ここ、腕の付け根とかがそうなるね。」

知識レベルまで子供になってしまったのか、単に度忘れしただけか、首を傾げるアッシュにD・Dが関節部を触って示す。

「う〜ん、そこは痛くないッスよ。」

「そうか。なら、いいんだ。」

「はーい。」

尻尾をパタパタさせているアッシュに笑顔を崩さないD・D。妙にほんわかした空間がそこにあった。

「ユーリぃ〜、暇だよ〜。」

「我慢しろ。」

またユーリとスマイルが話の展開からしっかり遅れていたのは言うまでもない。寂しそうにユーリに訴えるスマイルに珍しく常識人らしい面を見せて声を荒げず叱るユーリ。そしてこれが嵐の前の静けさであったりするかしないかは、MZDどころか書いている本人だって分かりはしないのだった(ぇええ!?)

 

2006/04/01完成)

 

 

 

第十五話:司法解剖はしないでください(何この題名・・・)

 

「じゃあ、次は採血しますよ。ちょっとチクッとするかもしれないけど、アッシュ君頑張れるかな〜?」

「が、頑張るッス・・・。」

 子供ながら緊張した面持ちでアッシュはD・Dが取り出した注射器を見つめる。流石に怯えはしないが、先端恐怖症ではないにしろ、痛そうだという先入観からついつい身体に力が入ってしまう。

「ほらほら、そんなに固くならない。」

そんな彼の緊張をほぐすかのようにD・Dはアッシュの頭を撫でる。それが気持ちいいのか目を細めるアッシュ。

「そういえば、アッシュ君はもう人型になれるんですか?」

「はい、疲れるからあまりしないんですけどなれると思います。」

「そうですか。やっぱり獣型の方が状態が安定しているのかもしれませんね。」

「先生はどうしてそんなこと分かるんですか。」

「う〜ん?僕がお医者さんだからかな。」

「す、凄いッス!」

「そうかな?でも、ありがとうね。あ、採血終わったよ〜。」

「え!?もうッスか・・・??」

ほのぼのな雰囲気が流れるトークの合間にいつの間にか注射器が使用済みになっていた。

「凄いッス、先生!全然痛くなかったッス!」

「そっか〜。良かったね〜。」

「はい〜。」

 瞳を輝かせているアッシュにニコニコしているD・D。とても邪念の欠片が感じられないその空間は魔物とか悪霊とか浄化しそうな勢いで汚れた大人は近づきがたかった。発生源の半分は十分汚れていてもおかしくなさそうなのに(笑)

「ユーリ、何でだろう?眩しくて近づけないよ〜。」

「嘘だ〜。D・Dに邪念が無いなんて嘘に決まってる〜・・・!」

その余波を受けて透明人間と吸血鬼が葛藤している。PM医院は何だかんだで今夜も平和であるらしい。何故ならば、少なくとも建物の被害はない。あったらあったで問題だけど。

 

 

「はいはい、そこで唸ってるユーリさんにスマイル君。アッシュ君と一緒に待合室に出てくれますか。」

「ユーリさんにスマイルさん、どうしたんスか?」

 葛藤のあまり意識を別次元に飛ばしていたユーリ達はD・Dとアッシュに話しかけられようやく我に返った。

「・・・もう、診察は終わったのか。」

「ええ、今できる範囲では終わりましたよ。」

「それでいつ戻るんだ!?」

胸倉を掴み上げんばかりに詰め寄るユーリにD・Dは苦笑を浮かべる。

「ユーリさんは本当にアッシュ君が好きなんですね〜。」

「な、何だと!?何故この私が下僕なんぞに好意を抱かなければならんのだ!」

「いや、お気に入りの下僕という時点で結構好意を抱いている証拠だと思うんですけど・・・。」

「う・・・。」

何故か妙に焦って怒り出したユーリにD・Dはあっさりと告げる。口ごもるユーリは照れがあるのかほのかに顔が赤い。彼は肌が白いのでちょっとした変化でも目立つのだ。

「まあ、真偽の程はいつか自白してもらうことにして・・・。」

「おい!」

さり気なく問題発言をしておきながら話題転換を図ろうとするD・Dに即座にツッコミを入れるユーリ。この辺はもう条件反射である。

「今から血液成分の検査もしなければいけませんから、すぐに診断結果は出せません。とりあえず、健康状態には問題なさそうなので普通に生活していただいて問題ないと思います。」

「それでそれで?こわんこはいつわんこに戻るの?今のこわんこも可愛いけどわんこのご飯が食べられなくなるのは困るよ。」

D・Dの言葉にさらにスマイルが問いかけてくる。

「さあ?何人か愉快な副作用の方も見ましたけど、幼児化したパターンは初めてですね。やっぱり個人向けに調合しないと駄目ですね、薬は。耐久性はあるはずなのに変にデリケートなのが不思議ですよね〜。」

「何をのん気に言っている!貴様それでも医者か!?」

「でも魔物相手の調合って難しいんですよ。原材料特殊ですし、家庭菜園で取れるようなばかりじゃないですし・・・。」

家庭菜園で採取できるような薬というのもどうかと思うが、ユーリの剣幕にもやはりD・Dの態度は変わらない。

「まあまあ、少なくとも笑いが止まらなくなる副作用の時は一週間放置しててもちゃんと治りましたし。多分今回も何とかなりますよ。」

「放置!?」

「本人が異常に気づいていなかったんですよ。正確には接種後三日で症状が出始めて、本人は気にしていなかったんですけど、日に日に酷くなっていく笑いに周囲の方々が耐えかねて、うちに引きずってこられたんです。」

『・・・。』

D・Dの素敵なまでに似非爽やかな笑顔と共に告げられた暴露話に思わず絶句するユーリ達。

「では、検査結果が出ましたら連絡しますので。お大事に〜。」

『・・・。』

 何となくD・Dの持つ雰囲気に呑まれてしまった彼らは、そのままズコズコと帰宅の途につく。

「・・・し、しまったー!またやられたぁあああああ!?」

そして就寝前に一日の出来事を思い返したユーリが頭を抱えて叫ぶのはまた別の話。だから、君は彼に勝てないんだね。

 

2006/04/02完成)

 

 

 

<中書き3>

 四月は狂犬病予防接種の時期なので、久々に頑張って『アッシュであそぼう!』を書こういう発想の下、書かれた続きです。十四話以降はちょっとシュールなサブタイトルをわざと付けていたりします。

 何だかお話の展開がリニューアルなはずなのに風陸嬢に差し上げた代物と違ってきてしまいました。・・・キャラの基本設定は変わっていないのですがね。そう、D・Dがヘルズクリーン云々ってのは元からあった設定だったのです(爆)

 

 

2006/04/28 UP

 

 

 

 

 

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